精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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280話 しょうきに もどった!

 吸脳鬼を倒してもオズワルドと奴隷たちが目覚めることはなかった。

 アリスの治癒魔術で負傷を治しても変化は見られない。

 

「やはり吸脳鬼に吸われた脳のダメージが大きいようだな。ならば主の力を借りるとしよう」

 

 ゼーレがいつのまにか手に持っていた、ペン状の道具を天に向かって掲げる。

 先端についているボタンを押すと、道具に付いているランプが赤く点滅し始めた。

 

 これは Break off Online 製の緊急ロケータービーコンというアイテムだ。

 いわゆる発信機なのだが、この場で押す意味はない。

 精霊を召喚したと思わせるための演出である。

 

 ゼーレの手から緊急ロケータービーコンが消失した。

 ストレージボックスに収納しただけだが、これも使い捨てアイテムに見せかけるための演出だ。

 

 ゼーレの頭上に出現したのは、純白のドレスを纏った絶世の美女。

 

「これが精霊オルティエ……様」

 

 その姿を初めて見たティオとアリスが息を飲む。

 オルティエは倒れるオズワルドの元へ飛んでいき、額に向かって手を翳す。

 

 淡い緑の輝きがオズワルドに降り注ぐ。

 するとものの数秒で意識を取り戻した。

 

「う……あ……、私は」

 

「うそ、体まで若返ってる」

 

 ティオが驚くのも無理はない。

 オズワルドの皺だらけだった皮膚に張りが生まれ、年相応の若い肉体に戻っていた。

 さすがに萎んだ筋肉までは戻らなかったが。

 

 オルティエが振りかけた Break off Online 製の治療薬の効果である。

 倒れたままの奴隷たちをオルティエが一人ずつ癒していく。

 

 脳の損傷だけでなく、アリスがつけた傷や後天性の持病、体の欠損などもついでに治してしまう。

 というか治療薬の効果が強すぎて勝手に治る。

 オズワルドはぼんやりとその様子を見ていたが、次第に意識がはっきりしてきたようだ。

 

「そうだ、私は邪人に脳を弄られ、長いあいだ操り人形になっていた。邪神への忠誠を強いられ、恐怖で体は縮み、頭にはずっと靄がかかっていた。それが今はどうだろう。頭の中が晴れ渡り、生まれ変わったかのような気分だ。私はあのお方に助けられたのか?」

 

「そうだ。我が主、シキ・エンフィールド辺境伯が使役する精霊オルティエだ」

 

「シキ・エンフィールド様……精霊オルティエ様……ああ、絶望の闇の中に希望の光を見た。私は救われた……ようやく救われた! 精霊様に感謝を!」

 

 オズワルドは興奮した様子を隠さず、オルティエに向かって跪き祈り始めた。

 他の奴隷たちもオズワルドと同じ気持ちのようだ。

 

 邪神から解放された喜びと、オルティエの神秘的な美しさに感動。

 涙を流しながら祈りを捧げている。

 

「なんという癒しの力……これがゼーレ様の主シキ様の力の一端……」

 

「な、なんだか新しい信仰が生まれそうな勢いね」

 

「ジーナ嬢、来た道を引き返そう。これまでに訪れた農場でも意識を失っている人々がいるだろう。精霊の癒しが必要だ」

 

「ええ、そうしましょう。オズワルド、それでいいわね?」

 

「承知しました! 精霊様の御心のままに」

 

 精霊オルティエを引き連れたゼーレは、各農場の人々を治療して回った。

 助けられた後の反応は皆同じだ。

 

 持病と欠損すら治す美しい精霊オルティエを、崇める勢いで拝み倒している。

 ノンストップで全ての農場を回り、全員の治療が完了した。

 

 唯一の犠牲者はミアという名の農場主の娘。

 少なくともここ数年の吸脳鬼は、ミアに擬態して潜伏していたようである。

 

 ガスレット子爵家の屋敷まで戻ってこれたのは、日が暮れて暫く経ってからのこと。

 ここでもやはりガスレット子爵家一族と、一部の使用人が倒れていて大騒ぎになっている。

 当主の妻と思われる人物が、寄り添うようにして泣き崩れていた。

 

「母上、来ていたのですね」

 

「オズワルド、あなたは無事だったのですね……その姿は!?」

 

「はい。私の病は精霊オルティエ様に癒して頂きました。ご安心ください。父上たちも癒してくださいます」

 

「精霊?」

 

 タイミングよく現れた精霊オルティエの姿を見て、驚き絶句するガスレット夫人。

 オルティエが手を翳し、淡い緑の輝きに包まれれば、意識不明だった当主もすぐに目を覚ます。

 

「……っ、儂は」

 

「父上、お目覚めですか」

 

「オズワルド!? その姿は……そうか、すべて終わったのだな。精霊様、どうかガスレット子爵家の罪を懺悔する機会を頂けないでしょうか」

 

「懺悔ならこちらのジーナ・サンルスカ侯爵令嬢にするといい。洗いざらい話せば悪いようにはしない。そうだろう? ジーナ嬢」

 

「ええ、そうね」

 

 ガスレット子爵家は全面降伏。

 当主の口から真実が語られることとなった。

 

 事の発端は今から十年前。

 一人の男がガスレット子爵領内の奴隷商の店に、黒髪の男児を売りに来たのが始まりだった。

 

 この男児こそ当時二歳の、エフェメラとはぐれた直後のシキである。

 それまでガスレット子爵家は、真っ当な奴隷売買を行っていた。

 

 なので明らかに攫ってきた子供なんて絶対に買わない。

 むしろガスレット子爵領の治安を乱す者として通報義務が発生する。

 

 しかし、男が通報されることはなかった。

 何故ならその男こそ、人間に擬態した吸脳鬼だったからだ。

 応対していた奴隷商人は洗脳され、シキを購入すると王都へと移送した。

 

「何故シキ・エンフィールド辺境伯は王都で軟禁されていたのかしら?」

 

「わかりません。儂たちは洗脳が解ける今日まで、吸脳鬼に関する記憶を封じられ、洗脳されていたことすら自覚しておりませんでした。オズワルドだけは違ったようですが」

 

「私だけ効きが悪かったのか、洗脳を何度も掛け直されました。体がボロボロになったのもそのためです。精霊様にすっかり癒して頂きましたが。話を戻すと、吸脳鬼は我々を操ってはいましたが、目的を語ることはなく接触も最低限度のものでした」

 

 かつてオズワルドがジルクバルドに語ったように、吸脳鬼は物証を残さずオズワルドたちの脳内に直接命令を出していた。

 しかもそれは命令とすら認識できない暗示のようなもの。

 

 何の疑問も持たずにガスレット子爵家は違法奴隷を扱うようになった。

 違法奴隷を他の貴族に売り、裏世界での地位を着々と築いていく。

 

 その状況をおかしいと認識できていたのはオズワルドのみ。

 またガスレット子爵夫人のような違法奴隷に関わらない部外者は、洗脳されず何かしらの理由を付けて物理的に遠ざけられていた。

 

「なぜ違法奴隷を扱ったのかといえば、買った貴族の弱みを握るためでしょう。ノーグ侯爵家が最たる例です」

 

「ならシキ・エンフィールド辺境伯を軟禁したのも、王弟の息子だと知り政治利用しようとしたから?」

 

「そこまではわかりませぬ」

 

「吸脳鬼がどのようにして王弟の息子だと知り得たのかは、調査する必要があるだろう。オズワルド殿の語った通り、邪神の啓示で主を狙っているのならば……許さん」

 

 こうしてガスレット子爵家はサンルスカ侯爵家の管理下に入った。

 全ての罪の告白と絶対服従を条件に、罪を問わず家名も残ると公表される。

 

 他の貴族から処分が甘すぎると批判が巻き起こったが、南部開拓に駆り出されると聞いてすぐに溜飲を下げた。

 事実上の追放であり、現在のガスレット子爵領は他家へ分領されることが決定。

 

 貴族たちは突如現れた空白地の奪い合いに夢中になり、本来の持ち主のことはすぐに忘れてしまった。

 このままガスレット子爵は歴史の闇に葬られる。

 なんてことは、シキが関わっている以上あるわけがなかった。

 

 分領の配分で貴族たちが揉めている間に、驚異的な速度で南部開拓は進められる。

 開拓地では新たな精霊信仰が生まれ、ガスレット子爵家と奴隷たちが毎日祈りを捧げているとか、いないとか……。

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