精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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281話 ΩΩΩ<

「ううむ、俺を攫ったのは吸脳鬼で確定か」

 

 ゼーレたちのやりとりを、シキはエンフィールド辺境伯領の屋敷から見ていた。

 

「よく四歳にして脱走できましたね、マスター」

 

「本当ね。吸脳鬼の監視がなかったとは思えないけど、心当たりはないの? シキ」

 

 頭の上から義母エリンの声が聞こえてきたので、当時の状況をシキは改めて思い出す。

 軟禁されていたのは豪華な屋敷の一室で、常に侍女が付けられ監視されていた。

 

 今思えばあそこはガスレット子爵が所有する屋敷だったのだろう。

 監視する侍女は数名の交代制で、シキが話しかけても大半は無視された。

 

 さすがに喉の渇きやトイレの訴えは聞いてくれたが、ここはどこか? 外に出してくれないか? といった問いには一切答えてくれなかったのだが……。

 

「心当たりとはちょっと違うけど、そういえば一人だけ変な侍女がいたね」

 

「変な侍女?」

 

「うん。なんか態度のでかい人だった。親切ではあったけど」

 

 軟禁されている二年間で、侍女自体の入れ替わりも何度かあった。

 中にはそれなりに優しく接してくれる人もいたが、その銀髪の侍女は特に印象深い。

 

 待機中に両腕を組んで仁王立ちしていたり、椅子に座っていても足を組んだりと、妙に態度が大きいのだ。

 そして紫紺の瞳を妖しく輝かせながら、シキに積極的に話しかけてきた。

 

「その日の晩御飯の献立を教えてくれたり、王都で流行っている歌劇の話だったり。屋敷に住む夫人の趣味の生け花が微妙なセンスで、感想を聞かれた侍女たちが困ってる話とか。話題には困らなかったね。この夫人ってもしかしてガスレット子爵夫人だったのかな。あと軟禁部屋の書棚にあった本を使って文字も教えてくれた。暇だったから勉強が捗ったよ」

 

「態度からして、侍女として礼儀作法を修行中の貴族令嬢かしら?」

 

「マスターに優しくして懐柔しようとしたのでしょうか」

 

「うーん、その割にたまにしか来なかったんだよね。頻度としては月に一度くらい」

 

 その侍女もある日を境に来なくなった。

 ガスレット子爵領での出来事からして、吸脳鬼もやたらめったら洗脳は出来ないはず。

 

 だから侍女たちは洗脳されていなかったと予想する。

 シキの質問に答えなかったのは、余計な情報を与えるなと命令されていたからだろう。

 

 変な侍女も命令は守っていたのだが、

 

『君は賢いから色々考えてしまうだろう。でも機会が来た時に躊躇っては駄目だよ。思い立ったが吉日さ』

 

 シキの頭を優しく撫でながら、そんな意味深な言葉を残して去って行った。

 

 それから半月後。

 シキは軟禁部屋の本棚の裏から小さな物音がすることに気が付く。

 

 書棚と壁の隙間を覗き込んでみると通気口のような小さい穴があり、光る二つの目がシキをじっと見つめていた。

 僅かに差し込む光が、光る目の持ち主のシルエットをぼんやりと映し出す。

 どうやら猫が迷い込んだようだ。

 

 幸いにも扉の前で監視する侍女からは死角になっていて、シキの行動には気付いていない。

 もし自分が逃げたら侍女たちは罰せられてしまうのだろうか。

 侍女たちの愛想は悪いが、それは職務に忠実だからであり、決してシキを雑に扱っているわけではない。

 

 お互いに言葉は交わさなくても、それなりの信頼関係を築いていたのだ。

 それ故に悩んでいたが、不意にあの変な侍女の言葉を思い出して……決心した。

 

 就寝時間になると軟禁部屋は施錠されて侍女は退出する。

 その日の夜、シキはまず本棚に収まっている本を全部抜いた。

 

 そうやって軽くした本棚を倒さないように、音をたてないようにゆっくりずらし、通気口を使って屋敷から脱走。

 シキは通気口にいた猫を追いかけているうちに、スラム街へと迷い込む。

 

 偶然見つけたストリートチルドレンの一団に混ざってスラム生活を始めた。

 四則演算ができない孤児たちのフォローをしているうちに、一団の頭脳担当として成り上がっていくのだが……それはまた別の物語だ。

 

「改めて思い出してもすごい怪しいな、その侍女」

 

「ガスレット子爵家に問い合わせしますか?」

 

「あ、そうか。今なら確認できるのか」

 

「名前はなんていうの?」

 

「それがね、わからないんだよねぇ」

 

 他の侍女は最初に自己紹介してくれたが、変な侍女は名乗らなかった。

 なんとなく聞きそびれたまま別れてしまった。

 

 シキは後日、ジーナ経由で軟禁されていた屋敷の情報を入手する。

 やはりそこはガスレット子爵家の屋敷で、微妙な生け花をしていたのも夫人であった。

 

 当主曰く、シキが脱走しても侍女たちに罰は与えられなかったそうだ。

 エリンが言っていた通り、侍女の中には礼儀作法を習うための貴族令嬢が数名いた。

 

 彼女たちに罰を与えてしまうと、王弟の息子シキの存在も明るみに出てしまう可能性があり、吸脳鬼はそれを嫌がったと予想される。

 さて、肝心の銀髪の侍女だが、なんと誰もその存在を覚えていなかった。

 

 しかも当主や夫人、侍女たちの記憶にもないだけでなく、屋敷で雇用する際の書類すら出てこない。

 つまり彼女を知っているのは、シキだけなのであった……。

 

 

 

 などという若干ホラーな展開があったものの、公表した転移のリキャストタイムである一週間が経過。

 エフェメラを連れて正式にエンフィールド辺境伯領へ帰る時が来た。

 

「それでは失礼します。イルミナージェ様」

 

「はい、エンフィールド辺境伯領にてお会いしましょう」

 

 オルティエがそれっぽく手を翳すと、エフェメラ、シキの順に姿が掻き消えた。

 派手なエフェクトも何もないが、人が突如消えればそれだけで十分インパクトがある。

 シキが転移する瞬間に見たのは、驚き目を見開くイルミナージェの顔だった。

 

 エンフィールド辺境伯領に戻って最初に向かうのは、行政区画に建てられた公館だ。

 ここではイルミナージェが派遣したガラテア・ウォルト侯爵令嬢が行政を取り仕切っている。

 公館の執務室を訪ねると、金髪碧眼の見目麗しい女性が数名の役人と共に忙しそうに働いていた。

 

「ガラテア様、お疲れ様です」

 

「エンフィールド卿、いつ戻られたのですか?」

 

「さっきオルティエの転移で戻ってきました」

 

「は? 転移?」

 

「うん。使えるようになったんだ。ちなみにオルティエと話せるようにもなりましたよ」

 

「ガラテア、貴女の仕事ぶりは高く評価しています。これからも頼みますよ」

 

「…は? はい。ありがとうございます?」

 

 オルティエの発言は妙に上から目線だったが、急展開についていけないガラテアはそれどころではない。

 頭上には疑問符が沢山浮かんでいる。

 

「そしてこの人が俺の実の母親、エフェメラです。父さ、王弟と正式に結婚したから王族だね」

 

「………は? 母君? え、若くない?」

 

「初めまして、ガラテア様。エフェメラ・レドークです。見た目は変ですが、それは十年間眠りについていたためです」

 

「あ、いえ。エンフィールド卿がそう言うのですから、母君であること疑ってはおりません……むしろ姉君のようです」

 

「まぁ、ありがとうございます」

 

 母ではなく姉と言われて、てれてれと喜ぶエフェメラ。

 その様子をぼんやりと見ていたガラテアだが、次第に本来の調子を取り戻したようだ。

 軽く咳払いしてから、表情をいつもの凛としたものに戻すと、不敵な笑みを浮かべる。

 

「私からも御挨拶させてください、エフェメラ様。私はガラテア・ウォルト。ウォルト侯爵家の娘です。シキ・エンフィールド卿とは()()()の関係となります」

 

「えっ、婚約者?」

 

「あー、そういえば言ってなかったっけ。ガラテア様は俺を無用なトラブルから守るために―――」

 

「はい、婚約者です。エフェメラ様とは近い将来の義母として、末永くお付き合いさせて頂けると幸いです」

 

「あれ、ガラテアさん?」

 

「ちょっとシキ? お母さんは聞いてないのだけれど。ナージェやラシィがいるのに―――」

 

「シキ! 大変!!!」

 

「うわぁっ。今度は何?」

 

 大声で叫びながら執務室に入ってきたのは、シキと同じ年ごろの見た目の少女だ。

 実際は四つ年上の十六歳だが、強力な【地母神の加護】の影響で体の成長が遅かった。

 

 少女の名はウルティア。

 地神教の聖女で、聖女と同格の聖人に指定されたシキを補佐するため、エンフィールド辺境伯領に赴任していた。

 ウルティアの背後には従者のアルネイズが、困り顔でついて来ている。

 

「ウル姉どうしたの? そんなに慌てて」

 

 余程慌てて走ってきたのか、息が完全に上がっている。

 それでも一回大きく深呼吸して息を貯めると、再び声を張り上げた。

 

「このままだと、人類が滅亡するの!!!」

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