精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
ピーちゃんとは聖樹守りのあだ名だそうだ。
エンフィールド辺境伯領の開拓が始まってから半年以上が経過。
領内では様々な事業が活発に運営されており、その中には冒険者ギルドも含まれていた。
エンフィールド辺境伯領における冒険者の役割は、濃密な魔素が漂う大樹海で育った貴重な植物や魔獣の素材の採取が主なものとなる。
魔獣からの防衛?
それは332年間、依然変わりなくエンフィールド辺境伯家がこなしているので問題ない。
冒険者の活動範囲は明確に二分されている。
防衛ラインの内側と外側だ。
当然だが防衛ラインの内側は比較的安全なのに対して、外側は魔境と言って差し支えない。
内側でも「比較的」と注釈が付くのは、濃密な魔素により小型魔獣でも他所と比べると強くなるからである。
聖樹守りが住んでいる聖樹は防衛ラインの外側にあるため、ごく一部の優秀な冒険者しかお目にかかれない。
逆に言えば優秀な冒険者であれば聖樹守りの姿を見ることができ、その愛らしい姿から女性冒険者たちを虜にしていた。
そしてウルティアも冒険者が本業ではないが、地神教の奉仕・布教活動の一環として大樹海の探索に参加しており、聖樹守りに一目惚れしたのである。
ちなみにピーちゃんというあだ名の名付け親はウルティアだ。
「王都の民よりピーちゃんが大事ってわけじゃないからね? ピーちゃんのところで魔王を食い止めれば民も助かるんだから」
「そうかな……ところでなんで魔王呼びなの?」
「外様の神は世界網に阻まれてアトルランには降りてこられない。となると地上に現れることができる最高戦力は、外様の神の僕の魔王しかいないわ。この大陸には守護神が定めた勇者はいないけど、シキなら勝てる……よね?」
アトルランには五つの大陸があり、そのうち四つには守護神が存在する。
それぞれ〈智慧の神〉〈混沌の女神〉〈試練の神〉〈地母神〉という名の神だ。
シキたちが住む五つ目の大陸だけに守護神がいないのは、生みの親である創造神がやらかしたから。
創造神は自身の神力を分け与えて守護神を作るのだが、うっかりペース配分を間違えた。
四番目の大陸の守護神を創造した時点で神力が尽きたため、五番目であるこの大陸には守護神がいない。
故にここは神無き大陸と呼ばれ、魔獣や闇の眷属、邪人といった脅威に晒されやすい土地として有名であった。
外様の神の尖兵である魔王が現れた場合は、守護神が勇者を任命し力を与え、迎え撃つことになっている。
数十年から数百年に一度は各地に魔王が現れ、各大陸に危機が訪れたが勇者の活躍により平和は守られた。
なら神無き大陸はどうか?
過去に二度魔王に蹂躙され、神無き大陸に住む人類はその数を大きく減らしたことがある。
魔王は圧倒的な力を持っていたが有限であった。
外様の神と世界網で隔てられているため、力の補充ができないからだ。
したがって次第に魔王は弱体化し、最終的には人の手で討伐できる程度になる。
それまでに多くの国が亡ぶことになるのだが。
ウルティアに問われたシキは、オルティエを見上げる。
『開示された戦闘能力から推測すると、トール級の上位かグランデ級の下位程度でしょう。スプリガンが三機いれば安全に対処可能です』
「おおー」
「精霊様はなんて?」
「マスターの敵ではないわ。大切なエンフィールド辺境伯領に傷一つ付けさせません」
「!?」
「ああ、そうか。ウル姉にはまだ言ってなかったっけ。精霊オルティエは喋れるようになったし、エンフィールドには転移で帰ってきたんだ」
「ええ……」
魔王なんて敵じゃないと言われた今、ウルティア的には神託の内容よりも精霊オルティエの進化のほうが衝撃的である。
「魔王はいいとして、最後に出てきた銀髪の女に心当たりはある? ウル姉」
「ううん、わからない。服装が古式の祭服に似ている気がするけど……」
「神託の中でウル姉を認識していたみたいだし、味方っぽくはあるのかな? 人違いかもしれないけど、一つだけ心当たりがあってさ」
シキはガスレット子爵家の屋敷に軟禁されていた時に、不思議な侍女と出会っていることをウルティアたちに説明した。
「紫紺の瞳って珍しいよね……あれ、でもどこかで見たような気がする」
「ロゼリア枢機卿がそうだよ」
「あー、あの人か」
地神教の枢機卿でウルティアと同じ聖女の称号を持つロゼリア・アトライトは、飴色の髪と紫紺の瞳を持つ妙齢の美女である。
【武闘神の加護】による拳術の達人で、地母神への深い信仰によって神気を拳に纏い、悪霊を素手で祓える武闘派聖女だ。
その無双ぶりから〈
「紫紺の瞳に宗教的な意味があったり?」
「聞いたことないよ」
「そっか」
シキの想像するファンタジー世界に負けず劣らず、アトルランの人々の髪や瞳の色はバラエティに富んでいる。
地球の遺伝子とは違う成り立ちをしていて、顕性遺伝と潜性遺伝の仕組みも地球のそれとはかけ離れているらしい。
秘密裏にアトルランの遺伝子解析をしているオルティエから説明を受けたが、専門用語の羅列に襲われ……シキは考えるのをやめた。
「けど私が知らないだけかもしれないから、ボガード司祭に聞いてみるね」
「よろしくね。あと古式の祭服ってどんなの? そっちも手掛かりになりそうだけど」
「ええと、何重にもヒラヒラがついてるの。うーん、言葉だと難しい」
「紙とペンをお貸ししましょうか? 聖女様」
ガラテアの機転により、ウルティアのお絵描きタイムが始まった。
鼻歌交じりでご機嫌に描くウルティアであったが……
「魔獣のトレントでしょうか?」
「Oh……ウル姉は画伯だったか」
出来上がった絵は、人というよりは木だった。
中心に描かれた棒人間を挟むようにして、ハの字の線が大量に引かれている。
棒人間の顔には猫のような目と、顎まで裂けた口が付いていた。
控えめに言ってこわい。
「この沢山の線はなに?」
「だからこれがヒラヒラ」
「あー、真横から見てるのかぁ」
自信作が評価されていないと悟ったようだ。
ウルティアが不満げに頬を膨らませる。
「むぅ、何よ。文句があるならシキが描きなさいよ」
「いや俺は神託見てないからわからないし」
「いいから何か描くの!」
ウルティアが羽ペンを強引に手渡してくる。
まぁ適当に同レベルの絵を描けば納得するか。
そう考えながらシキは羽ペンを走らせる。
潰れた雪だるまのようなフォルムと黒点の目玉を描き、中央に▲を足す。
これだけでほぼ完成だが、追加で小さな足と尾羽、止まり木としての横棒を描き加える。
「シンプル故にバランスが大事だが……意外と上手く描けたな。はい、ピーちゃんのできあがり」
「「かわいい~」」
「ん?」
あっさり機嫌の直ったウルティアの弾む声に、誰かの声が重なっていた。
シキが顔を上げると、ウルティアの従者が慌てて顔を背けている。
どうやらピーちゃんファンはこの場に二人いたようだ。
ちなみにウルティアは神託で関係ない映像も沢山見せられているわけで。
シキがどんな内容のものがあるのか聞いてみると、
「絵が動いてて、熊の魔獣の親子が雪山を滑り降りていくの」
「……ローカルCMかな?」