精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
ミレイユの朝は早い。
夜明け前に起床すると、部屋を出て寄宿舎の裏にある井戸で顔を洗う。
冷たい水で眠気を飛ばし歯を磨き、部屋のキッチンに戻り朝食の準備に取り掛かる。
まず昨日の夕食の残りのスープが入っている鍋をコンロに乗せ点火。
最新型の魔道具であるコンロに一瞬で火が着き鍋を温め始めた。
その間に同じく昨晩の残りのキッシュを皿に盛り付けたところで、ルームメイトを起こす。
「ローナさん、朝ですよ。起きてください」
「……ふわぁ。うん、起きたよ……………すぅ」
「寝てる人はみんなそう言うんですよ。ほら起きてーーーー」
ローナが頭から被っている毛布を引き剥がし、無理やり起こして井戸へ送り出す。
温まったスープを器に移していると戻ってきたので、二人で朝食を取る。
「そういえば昨日、辺境伯様がお戻りになられたそうですよ。辺境伯様と同じ黒髪の美しい女性が一緒にいて話題になってました」
「黒髪? スースさんじゃなくて?」
「それが違うみたいです。スースさんは美人って感じですが、その人は可愛いって感じだとか。辺境伯様に似ているらしいので、本物のお姉様かもしせませんね」
「へぇ~、黒髪黒目っていう珍しい共通点はあったけど、領主様とスースさんって全然似てなかったからね。タクティス子爵領に現れた時はスースさんの従者感が隠せてなくて、どこからどう見てもお忍びだったもん」
そんな雑談をしながら朝食を済ませると制服に着替え、冒険者ギルドに出勤する。
地域によっては24時間営業も当たり前な冒険者ギルドだが、エンフィールド辺境伯領は冒険者もギルド職員も足りていないので日中のみの営業だ。
ミレイユは今から三カ月ほど前に、ペトルス伯爵領からこの地に流れ着いた。
父親がそこで隣国の貿易品を扱う商会を営んでいたが、偶然ペトルス伯爵家の悪事を目撃。
ミレイユと商会幹部のマイルズの二人を残して、唯一の肉親の父親と商会の従業員たちは口封じのため皆殺しにされてしまう。
二人が隣のマトリカ男爵領まで逃げおおせたのは、父親の迅速な判断のおかげだった。
着の身着のままで逃げたため路銀はすぐに尽きる。
追っ手を恐れた二人は足が付かず、身元の保証がなくても出来る仕事として冒険者を選んだ。
結果は
薬草採取の最中に狼型の魔獣に襲われ、ミレイユを庇ったマイルズは命を落とした。
ひとりぼっちになり自棄を起こしたミレイユはエンフィールドに流れ着き、自殺するつもりで樹海に入る。
望み通り魔獣に襲われ命が尽きようとした時、偶然近くにいた冒険者に助けられた。
その冒険者のゴードン曰く、ミレイユのような境遇の者はさして珍しくもないらしい。
そして命を救われた者は、託された命を全うするべきだと諭され、その通りだと改心して現在に至る。
とはいえ完全に吹っ切れたわけではない。
未だに父親や商会の皆のことを不意に思い出し胸が苦しくなるし、毎晩のようにマイルズが魔獣に殺される場面を夢で見る。
辛いけれど、皆のためにも生きなければ。
ミレイユは冒険者ギルドの職員として一生懸命働いた。
元商会の娘だけあって読み書きと計算、礼儀作法は教えられていた。
物覚えや要領も悪くないと自分では思っている。
実際にギルド職員の先輩であるローナからも、これは期待の新人だと可愛がってもらってい、色々お世話もしてもらった。
……彼女とルームメイトになってからは、立場が逆転しつつあるが。
エンフィールド辺境伯領は発展の過渡期にあった。
毎日のように新しい建物が立ち、他所から人が流れてくる。
冒険者ギルドや公館があるこの一帯が、半年ほど前まで木々が鬱蒼と茂る森だったと言われて、誰が信じるだろうか。
段差や傾きがひとつもない、綺麗に整地された地面がどこまでも続いている。
これだけの面積の開拓を人力でやろうとすれば五年、魔術師がいてもその半分はかかるだろう。
しかもあくまで面積の話で、精度は度外視でだ。
そうゴードンは言っていた。
エンフィールド辺境伯領は王族、特にイルミナージェ第一王女の全面的支援を受けている。
ミレイユたちが住む寄宿舎に備え付けられた、最新型の魔道コンロなんかも第一王女から寄贈されたものだ。
だから整地も駐在している宮廷魔術師の魔術によるものなのだろう。
そう思ったのだが違った。
シキ・エンフィールド辺境伯の使役する精霊が、たった数日で整地したらしい。
一部では数日ではなく一瞬だと言う者もいるが、さすがにそれはない……はず。
ミレイユは最近になって知ったことだが、ペトルス伯爵家は邪人の吸脳鬼に乗っ取られていた。
吸脳鬼は第二王子に取り入り王都へ侵入。
第二王子や王城の人を怪物に変えて襲撃したが、シキ・エンフィールド辺境伯の精霊によって退治されたという。
つまり辺境伯はミレイユの仇を取ってくれた恩人であった。
ペトルス伯爵は取り潰され、領地も他貴族の管理下に置かれている。
もうミレイユが狙われる心配もないので、帰ることもできた。
父親や商会の皆はもういないが、親しい友人はいる。
急にいなくなって心配していると思うが……。
ミレイユはエンフィールド辺境伯で暮らすことを決意している。
その理由の一つは恩返しだ。
エンフィールド辺境伯領の人々、及び辺境伯には帰しきれないほどの恩がある。
ここで働いて領地発展に貢献する形で恩返しがしたかった。
もう一つの理由は、このエンフィールド辺境伯領での暮らしが楽しいからだ。
街並みは日進月歩の勢いで発展しているので見てて飽きない。
隣接するエンフィールド大樹海では良質な素材や薬草が手に入り、他領の大手商会が買い付けに訪れる。
商人ではなく冒険者ギルド職員としてだが、それらに携われることにやりがいを感じていた。
第一王女の支援により最新の物資や優秀な人材も集まっている。
無礼を承知で言えば、こんな辺境だがやがては王都に匹敵する都市になるのではないだろうか。
過去に例のないような大発展を遂げる領地。
それを見届けることが出来る。
後世に伝える生き証人になれるのであれば、こんなに嬉しいことはなかった。
あとは助けてもらったお礼を辺境伯に伝えたいところだが、いちギルド職員が領主と接触する機会なんてないだろう。
……と思いきや、チャンスは割と早く訪れる。