精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「ミレイユちゃん、ただいま~。はいこれ解体所でもらってきた
「はい、おかえりなさい。お疲れ様でした。受領いたします」
ミレイユは冒険者から書類を受け取ると、受領印を押して報酬の準備をする。
剣闘鹿とは刃物のような鋭利な角を生やした鹿の魔獣で、その角は武器の素材として重宝された。
また肉は脂身が少なくさっぱりしていて美味しいらしい。
他所では
とてもじゃないが同列には扱えない。
ということで駐在中の宮廷魔術師のサマンサによって、新たに剣闘鹿と名付けられていた。
宮廷魔術師たちは調査で樹海に潜っていて、情報交換のため冒険者ギルドにも訪れるためミレイユも面識がある。
「ミレイユちゃん、俺の仕留めたこの剣闘鹿がまた大物でさぁ。肉の一番うまいところを隣の酒場のマスターに焼いてもらうんだ。奢るから、仕事終わりに一緒に食べないかい?」
「すみません。もう下準備が終わっている夕食用の材料があるので」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「ちょっと、うちのミレイユを誘うなんて十年早いわよ。最低でも結界の外に出られるようじゃないと駄目ね」
カウンター越しに詰め寄るチャラい冒険者から守るように、ミレイユを背後から抱きしめるローナ。
ローナの言う結界とは、精霊オルティエに守られている樹海の領域。
すなわちスプリガンの防衛ラインのことである。
「無茶言うなよ。結界の外なんて第二位階冒険者レベルじゃねぇか」
「当然でしょ。こんなに可愛くて賢いミレイユの相手なんて、そのぐらいじゃないと務まらないわ」
「まぁミレイユちゃんがローナより可愛くて賢くて若いのは確かだな」
「ああん……? なんだぁ? てめぇ」
地味に若さを付け足されてローナがブチ切れる。
ローナだって二十歳と若くないわけではないが、さすがに十六歳のミレイユと比べられたら不利だ。
ちなみに二十歳はアトルランにおける適齢期後半……割とギリギリである。
「は~これだから余裕かましてる奴はいいよなぁ。でもその油断が命取りなんだぜ。あの八方美人野郎のことだ。ちょいと強引に迫られりゃぁ―――」
「あっ、それ以上は」
思わず口を出したのはミレイユだ。
八方美人野郎とは冒険者のゴードンのことで、ローナとの仲が微妙なのは冒険者界隈では有名だった。
ここで言う微妙とはもちろん男女の仲のこと。
ゴードンはあまり意識していないようだが、ローナの矢印は完全にゴードンに向いていた。
態度で周囲には丸わかりだ。
その癖に告白する勇気はないのか、親しい先輩と後輩の仲をずるずると続けている。
これに対して周囲は生暖かく見守るフェーズに移行しているが、いつまでもそんな中途半端な状況が続くわけがない。
特にゴードンは真面目で優しいため、冒険者の初心者講習の講師役としても人気がある。
ミレイユも出会った当初は惹かれるものがあったが、さすがに先輩から横取りするほど恩知らずではなかった。
それに今は仕事が楽しいので、色恋はしばらくいらない。
ただゴードンはお人好しなので、ぽっと出の誰かにかっさらわれる可能性は大いにある。
それとなくローナには助言しているのだがこの先輩、普段は結構ぐいぐい来るくせに自分の恋愛に関しては奥手だから困ったものだ。
「ローナさん、自分の受付に戻ってください。冒険者の皆さんが並んでますよ」
「うっ、そうね。あんた、覚えてなさいよ」
捨て台詞を残してローナが持ち場に戻っていく。
「駄目ですよ、二人の関係は微妙なんですから」
「いいや、ミレイユちゃん。もう我慢ならねぇ。どっちもいい大人のくせにガキみたいなやりとりしやがって。おちょくってやろうとしたら周囲が止めるし、過保護なんだよ。毎日俺は一体何を見せられてるんだ?」
「あはは……」
気持ちはわかる。
そう口に出かかったミレイユだ。
「直接だと邪魔されるから……そうだ、ミレイユちゃん。女の新人冒険者が来たら講習は全部ゴードンに振っちまえ。それで八方美人かまして修羅場になればいいんだ。いや、あいつがモテるのはそれはそれでムカつくな」
「よぉカシム。楽しそうだな」
「げぇ!?」
不意に名前を呼ばれ、奇声を上げながら肩を竦み上がらせる冒険者カシム。
ぎこちない動きで振り返れば、そこにいるのは青髪に黄金色の瞳がギラギラと光る美女。
猫科の肉食獣を連想させる獰猛な笑みを浮かべていた。
「ど、どーもフェリデアの姉御」
「その様子だとまた結界内で遊んでたんだろ?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。適切な狩場で活動してるだけだぜ」
「いいや、お前なら結界の外で活躍できる。実力がある。前に連れてってやった時も大丈夫だったろ?」
フェリデアにがっしり肩を組まれるカシム。
豊満で柔らかい胸が肘に触れ、いい匂いもしてくる。
普通なら鼻の下を伸ばすところだが、残念ながらそれは恐怖の記憶を呼び起こす引き金にしかならない。
確かにカシムは結界の外に出て、生きて帰ってきた。
だがそれだけだ。
フェリデアやスースといった
結界の外でまともに活動できるのは第二位階以上の冒険者か、シキ・エンフィールド辺境伯の懐刀である親衛隊くらいなもの。
親衛隊は十二人いて、全員が絶世の美少女か美女なうえに恐ろしく強い。
辺境伯に絶対的な忠誠を誓っていて、他人が割り込む余地は皆無。
全員が辺境伯の情婦に違いない。
そうとは知らず、見た目に騙されて近づいて酷い目に遭った。
もしカシムが過去に戻れるならば、過去の自分を殴りつけてでもフェリデアをナンパするのを阻止していただろう。
フェリデアの言う実力というのは、少しでも可能性があれば―――結界の外で活動して、仮に100回に1回でも生き残ることができるなら、実力があるとカウントしていた。
100回に1回を毎回引けばいいという理屈らしい。
馬鹿かな?
100回に1回生き残るということは、100回に1回しか生き残らないということである。
引くも引かないもない。
当たるか当たらないかだから半々だ、なんてほざく酒場の酔っ払いより質が悪い。
ナンパに成功したと勘違いして、ほいほいと着いて行った先は結界の外。
その時は幸運にも100回に1回を引いたが、次は絶対にないだろう。
カシムが生き残った真の理由は、フェリデアが絶対に死なせないようにしていたからだ。
万が一深手を負っても治療薬ですぐに回復させる。
即死でなければどうということはない。
人は限界を越えた死地を克服することで大きく成長する。
つまりフェリデアは本気で100回に1回を毎回引かせるつもりだったが、それをカシムが知る術はない。
知ったとしても毎回死ぬ思いをするので嫌がるだろうが……。
「あ、その人が例のカシムさん?」
色香と恐怖の反復横跳びで思考がフリーズしていたカシムに、話しかけてくる人物がもう一人。
黒髪と黒い瞳が珍しい少年。
シキ・エンフィールド辺境伯だ。
本人は無害そうな顔をしているが、主を守るように背後でふわふわと浮いている奴がやばい。
精霊オルティエ。
広範囲に結界を張り、エンフィールド大樹海に生息するあの凶悪な魔獣たちの侵入を食い止めるだけでなく、片手間に王都で亜神を倒してしまったと噂されている。
戦闘力のやばさは親衛隊の比ではないし、美貌も人智を超えていた。
長い銀髪はその一本一本が艶やかで、動くたびに光に反射して輝いている。
小振りな顔に配置されたパーツは造形も配置も完璧。
名のある彫刻家が掘った彫像のように美しい。
神殿に祀られている女神像が動き出したかのようだ。
聖母のように微笑み、煌めく銀の双眸でシキを優しく見つめているが、
「うちのフェリデアがお世話になっています」
カシムにオルティエの視線が移ると、急に無表情になる。
道に転がる石を見るかのような、まるで興味がないという様子。
それなのに、どうしてこうも畏怖してしまうのだろうか。
世の中には美女に冷たくされることで悦ぶ輩もいるが、カシムは残念ながら
「あ……いえ……どうも」
ヤンキーに絡まれた陰キャのように、俯いて小声で返事をするカシム。
それを見てシキは「あ、これ迷惑をかけてるやつだ」と瞬時に理解した。
「会計中に邪魔してすみません。ほら、フェリデアも離れて」
「ちえー、しょうがねぇな」
「そ、それじゃぁ俺はこれで……」
フェリデアから解放されたカシムは、ミレイユから剣闘鹿の素材報酬を受け取ると、そそくさと冒険者ギルドから立ち去った。
カシムからのナンパが有耶無耶になってほっとしたのも束の間。
ミレイユの前にシキがやってきた。
「ミレイユさん、こんにちわ。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「!? ひゃ、ひゃいっ」
今度はミレイユが俯く番であった。