精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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286話 謎解きはテリヤキのあとで

「あれ、領主様じゃない」

 

「ローナさん、こんにちわ」

 

 自分の受付を処理して戻ってきたローナがシキに気がついた。

 

「何か用事ですか?」

 

「はい、ミレイユさんに用があって」

 

「えーーー、領主様もミレイユ狙いですか。十年早……くないか。結界の外で一番活躍できるし、というか結界を張った本人だし。ミレイユを御所望なんですね? どうぞどうぞ」

 

「ちょ、ローナさんっ」

 

 背中を押されて大混乱なのはミレイユだ。

(領主様が御所望って、そういうことなの!?)

 脳内で叫んだミレイユの両目はグルグルしていた。

 

「婚約者のガラテア様や王族の方々を飛び越えるとは、大下剋上だねぇ。あ、フェリデアさん的には許せない?」

 

「んあ? 俺は別に細かいことは気にしねぇよ。強いて言やぁ俺たちが大将とヤれる十八歳まで待って欲しいが……いや待てよ。何なら先に練習してもらったほうがすぐに愉しめるか?」

 

「やっ」

 

「ちょっとフェリデア! 変なこと言わないでよ!」

 

 ミレイユの顔が一瞬で真っ赤になる。

 シキは逆に青ざめていた。

 

 前世のコンプライアンス的には完全にアウトな発言だからだ。

 慌てる二人を見てローナはニヤニヤしている。

 

「フェリデア、もう少し慎みなさい。いつも言っているでしょう。貴女の言動がマスターの品位に傷をつけるのですよ」

 

「わーってるけど冒険者ならこれくらい普通だろ」

 

「ローナ、マスターの偉大さを理解しているのは評価しましょう。ですが序列は絶対です。そこを間違えないように」

 

「うーん、おかしいな。微笑んでるのに目がちっとも笑ってない。わかりました! 精霊様。てか喋れたんですね」

 

「ミレイユ。貴女の序列は28番目です」

 

「に、にじゅうはち」

 

「貴女が望むというのであれば歓迎しましょう。ただし序列は絶対守ることと、マスターに相応しい教育を受けてもらい―――」

 

「あの」

 

「だからそういう話じゃないんだってば。オルティエも何でわかっててそっちの方向に持っていくのさ」

 

 ミレイユの目が再びグルグルしだしたので、シキが止めに入る。

 また数字が増えていたが……そこはもう怖いのであえて触れない。

 

「ミレイユさんとはちょっと話したいことがあるんだ。仕事の後にご飯を食べながら……って、ああもう。そういう風にしか聞こえないじゃんこれ」

 

 最初から他意のない会食に誘うつもりだったのだが、会話の流れのせいでナンパにしか聞こえないのであった。

 

 

 

 

 

 下準備が終わっている夕食用の材料がある、というのはナンパを断るための真っ赤な噓だ。

 カシム相手ならいいが、エンフィールド辺境伯相手には通用しない。

 

 平民にとって貴族の言葉は絶対だ。

 少なくともミレイユはそう教わっている。

 

 その日の冒険者ギルドでの仕事を終え、ミレイユは辺境伯の屋敷にやってきていた。

 

「さっきはお騒がせして本当にすみません」

 

「い、いいえ。大丈夫ですから、謝らないでください。あと敬語もいりませんので」

 

 領主自ら出迎え頭を下げてくるシキに、ミレイユは恐縮しっぱなしだ。

 なんでも元ペトルス伯爵領のことで話があるらしいが、まずは夕食を御馳走になることに。

 

 かつて商人の娘として教わったテーブルマナーは通用するだろうか。

 失敗して変な空気にならないだろうか。

 緊張で味なんてしないかと思われたが、

 

「ん~~~美味しい! なにこれ。貴族様は毎日こんなの食べてるの?」

 

 ミレイユの横でローナが舌鼓を打っている。

 茶色いソースの付いた肉をフォークに突き刺して、口いっぱいに頬張っていた。

 

 ナイフは皿の横に置き去りだ。

 シキはミレイユの事情を知るローナも夕食に誘っていた。

 

 一人では心細かったので助かったが、これはこれで心臓に悪い。

 恐る恐るシキの方を見ると、彼は美味しそうに食べるローナを見て嬉しそうにしていた。

 

「照り焼きっていう調理法で、今のところ作れるのはうちだけかな。ミレイユさんもマナーとか気にしなくていいから、是非食べてみてよ」

 

「は、はい」

 

 促されて一口大に切った肉を口の前まで持ってくる。

 半透明なソースに包まれた肉は妙に艶やかで、美味しそうな香ばしい匂いを漂わせていた。

 匂いに促され肉を口に運ぶ。

 

「……!?」

 

 ソースが舌に触れた瞬間、これまでに経験したことのない味覚で口の中が支配された。

 肉料理といえば塩漬けや素焼き、胡椒や香草による味や香り付けが一般的だが、これはどれにも該当しない。

 別種の辛さと旨味を感じるのだが、問題はその後だ。

 

「甘い」

 

 肉なのに甘いのだ。

 しかもその甘さが辛さと肉の旨味を見事に引き立てていた。

 

「口に合ったようで良かった」

 

「これは、魚醤でしょうか? 後味の甘さは砂糖だとして、他にも混ぜていそう」

 

「え、すご。よくわかるね」

 

「肉料理なのに貴重な砂糖使ってるの!? さすが貴族様。ギョショーって何?」

 

「魚と塩を漬け込んで作る調味料です。レドーク王国では見ないですが、父が扱っていた貿易品の中にはたまにあったので」

 

「なるほど、それで知っていたのか」

 

 ミレイユの住んでいた元ペトルス伯爵領はレドーク王国の南東の端に位置し、隣国との貿易が盛んに行われていた。

 ミレイユの父親も貿易商の一人だったが、運悪くペトルス伯爵家の違法奴隷の取引を目撃してしまい、商会もろとも口封じされてしまっている。

 

 その後も食事を楽しみ、食後の紅茶を飲んで一息ついたところで本題に入った。

 

「ミレイユさんを招いた理由だけど、ペトルス伯爵家が邪人に乗っ取られていた話は知っているかな?」

 

「はい。そして王都で辺境伯様によって倒されたと伺っています。あの、父と商会の仇を討って頂きありがとうございました」

 

「あー、うん。本当は未然に防げれば良かったんだけどね……。それでペトルス伯爵家は取り潰し。新たな貴族が領地を管理することになるんだけど、その際に色々調べてわかったことがあるんだ」

 

 ミレイユの商会以外にも邪人によって潰された商会があったこと。

 隣国でも邪人の暗躍が確認されていて、協力体制を敷いていること。

 

「あと商会の従業員の家族は被害を免れていたんだ。被害者遺族には国から見舞金が支払われる予定だよ」

 

「そうなんですね。それはよかったです」

 

「そして最後にミレイユさんに関わることが一つ。貴女の母親のミレーヌさんのことなんだけど」

 

「え、母ですか?」

 

 急に母親の名が出て、目をしばたたかせるミレイユ。

 母親のミレーヌは物心ついた直後くらいに病死しているので、ミレイユの記憶の中では最も古い。

 

 既に不治の病を患っていた母親の手は細くて白かったが、撫でられた頭の温もりを今でも覚えている。

 何年も前に死んだ母親と邪人に、何の関係があるのだろうか。

 不安を抱くミレイユにシキが質問する。

 

「ミレーヌさんの実家について知っているかい?」

 

「……そう言われると知らないです」

 

 両親は恋愛結婚だったと聞いている。

 なんでも家出して行く当てのなかった母親が道端で路頭に迷っていたところを、偶然通りがかった駆け出し行商人の父親が声をかけたのが切っ掛けだとか。

 

 母親の死後も惚気エピソードは父親から色々聞いた。

 しかし母親の実家については詳しく教えてもらったことがなかった。

 

「ミレーヌさんはマトリカ男爵家の、先代当主の娘だったんだ。それで今回の事件でミレイユさんの存在を知ったマトリカ男爵家が、貴女を引き取りたいと言ってきているんだ」

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