精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
エンフィールド辺境伯領と大樹海は、精霊オルティエの結界によって隔てられている。
といっても魔術的な障壁があるわけではない。
ただ結界の内側に侵入した大型魔獣は、精霊オルティエによって容赦なく徹底的に殲滅される。
それ故に結界の内側と外側では、明確に難易度が違う。
冒険者ギルドは『結界の外側で活動するには、第二位階冒険者以上のパーティーが必要』と設定していた。
冒険者の階級は第五位階から第一位階まである。
第四位階で新人卒業、第三位階で中堅、第二位階になると在野では頂点扱い、第一位階は英雄クラスで国のお抱えとなる。
特に第三位階と第二位階の間には超えられない壁があるとされ、第二位階冒険者は都市に数名、第一位階冒険者は国に数名しかいない。
つまり第二位階冒険者以上というのは非常に限られていて、結界の外で活動できるのは少数のはずなのだが……。
「あらあら、これは手遅れじゃない」
「一応まだ生きているよ、母様」
母様と呼ばれた浅黄色の髪を三つ編みにした美女、エリンは目の前に聳え立つ緑の壁を見上げている。
その壁は無数の茨が絡み合ってできたもので、高さが三メートル、横幅は百メートル以上あった。
目立った凹凸のない平坦な壁なので、傍から見ると手入れが行き届いた生垣のようだ。
所々に薔薇の花が咲いていて見た目にも上品なので、貴族の屋敷を囲っていても違和感はないだろう。
ただし、
その生垣の中から呻き声のようなものが聞こえなければ、であるが。
ミレイユとの話を終えた翌日、シキはエンフィールド大樹海を訪れていた。
現在位置は結界ことスプリガンの防衛ラインの外側。
森人族の里へ向かう途中である。
そこでとある人物……ではなく狼物と合流した後、聖樹へ向かう予定だったがその手前で足止めされていた。
「まあまあ、それなら早く助けてあげないと」
「あ、待って、母さん」
母さんと呼ばれた黒髪の少女、エフェメラが一歩踏み出すと緑の壁が反応した。
絡み合っていた茨が解け、その一本一本が意思を持っているかのように蠢く。
そしてエフェメラを拘束しようと襲い掛かってきた。
茨は青々とした蔓と無数の鋭い棘で構成されている。
これがエフェメラの柔肌に絡みつけば、一瞬で引き裂かれ血まみれになるだろう。
エフェメラが前方に傾いていた体を引き戻すと、鼻先を茨が掠めた。
そのまま後退すると茨が追い縋ってくる。
必然的に緑の壁の密度が下がり、その中に捕らわれているものが露わになった。
そこにいたのは沢山の魔獣の死体と、数名の生きた冒険者たちだ。
前者は白骨化したものから新鮮な死体など様々で、その全てに茨が絡みつきあらゆる養分を吸い尽くそうとしていた。
後者はまだ生きているが、茨に絡め捕られていて身動きが取れない。
それでも最初は無理して抜け出そうとしたのだろう。
茨で全員が傷つき血まみれになっている。
呻き声の主は彼らで、このままでは魔獣と同じ運命を辿ることになる。
エフェメラが茨に手を伸ばす。
素手で触れば大惨事だが、その両手には手甲が嵌められているので問題ない。
「えいっ」
茨を束にして掴むと、可愛らしい掛け声と共に思い切り引っ張る。
華奢な体とは思えない膂力を発揮し、茨がぶちぶちと音を立てて千切れた。
これは【武闘神の加護】によるものだ。
掴んだ茨の束のおよそ半分が千切れたが、残りの茨がエフェメラに絡みつこうとする。
窮地を救ったのは、風を纏ったエリンの剛剣だ。
隕鉄製の無骨な魔剣 〈流星砕き〉が真っすぐ振り下ろされると、残りの茨が一刀両断される。
切り離された茨が飛び散り、エフェメラの体に振りかかった。
「エフィ、今よ」
「ありがとう、エリン」
エリンの援護を受けたエフェメラが再度壁に近づく。
捕らわれた冒険者に絡みつく茨に手を伸ばそうとした時―――足元に何かがいた。
蹲っていたそれがエフェメラに気が付いて頭を上げる。
年の頃は七、八歳くらいだろうか。
つぶらな瞳をした少年で、服は着ておらず青白くて細い体が露わになっている。
「たすけて」
弱弱しく手を伸ばしてくる少年。
エフェメラは少年の姿を確認すると―――
その頭を踏み潰す。
地面と足甲の踵に挟まれた少年の頭は、熟れた果実のように破裂した。
中に詰まっていた脳漿がぶちまけられる。
……かと思いきや、出てきたのは半透明な果肉と無数の種だ。
そう、エフェメラが踏み潰したのは文字通り熟れた果実なのであった。
頭部を破壊された少年の体は、痙攣を起こすと内側から破裂。
新しい茨が飛び出してきたので、エフェメラは再度後退を余儀なくされる。
いつの間にか地面や茨の壁の隙間に、青白い体がいくつもあった。
どれも少年や少女のような姿をしていて、エフェメラたちに向かって口を開く。
―――あはは
―――くるしい
―――うふふ
―――たすけて
そして茨を従えながら襲い掛かってきた。
この大型魔獣の名前は
広範囲に分布する茨と、人に擬態した
人型の擬態は魔獣相手にはエサとして、人相手には油断を誘うのに適していた。
またそれっぽい言葉を発してはいるが、喫肉薔薇に言葉を理解する知性はない。
獲物が出す音を真似しているだけである。
では茨に囚われている冒険者たちは擬態に騙されたのかといえば、実は違った。
先に述べた通りエンフィールド辺境伯領と大樹海の間には、精霊オルティエの張った結界がある。
結界の内側は精霊に守られている。
それなら内側に大型魔獣を誘導して、精霊に倒させればいい。
そういうズルい考えに至る冒険者は少なからずいた。
魔獣を誘導する行為自体に罰則はないが、周囲に他の冒険者パーティーがいない場合に限る。
魔獣のなすりつけ、いわゆる
冒険者ギルドも結界の悪用を想定して、
『故意に結界内に魔獣を誘導したことが発覚した場合、エンフィールド辺境伯領への敵対行為として厳しく罰する。また結界内に逃げ込んでも、精霊の助けがあるという保障はない。仮に助けられたとしても倒された魔獣は精霊の糧となるため、死体は消えてかけらも残らない』
このように通告している。
つまり魔獣をトレインしても旨味はないし、バレたら罰せられるぞ。
しかしそう言われてもやる愚かな冒険者は、やはり少なからずいるわけで……。
故意ではなく偶然強力な魔獣に遭遇して敗走した場合、情状酌量が認められることがある。
もしくは訴える被害者が
死体が消えるなんてありえない。
もし消えるとしてもその前に掠め取ればいい。
エンフィールド大樹海産の大型魔獣の素材は高値で取引されていた。
多少のリスクを負ってでもやる価値はある。
現在棘に囚われている冒険者たちも、そういった浅はかな考えで結界の外に出たのだろう。
ヤドカリ型の大型魔獣を見つけるまではよかった。
結界まで誘導しようとしたのだが、このヤドカリの足が想像以上に速い。
逆に追い立てられて敗走。
慌てて逃げた先に喫肉薔薇の縄張りがあり、結界に辿り着く前に全員が茨に掴まったのであった。
ヤドカリは邪魔者を排除して満足したのか、鋏を小気味よく鳴らしながら自分の縄張りに戻っていく。
その一部始終は
というわけで冒険者は自業自得なので、見捨てても構わない。
しかし今後も似たような行為が頻発すると面倒なので、あえて助けて見せしめに処罰しよう。
シキは皆と相談してそう決めた。
「ここまで成長しているなんて、さすが魔素の濃い大樹海だわ」
「冒険者を助けるのは魔獣を殲滅してからね」
「支援と治療ならまかせて」
「ウルティア様、私の背中から出ないようにしてください」
「ママたちが張り切ってるし、お姉さんの出番はなさそうね~」
「そうじゃのう。なら我は周囲を警戒しようか。行くのだ
「「「あいあいさー」」」
こうして喫肉薔薇との戦闘が始まったのであった。