精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
血塗られた冒険者四名を回収し、ウルティアが治療を施す。
まず魔術の 《洗浄》で血を洗い流した。
《洗浄》は対象を水洗いする魔術だ。
洗浄能力は水の素洗い程度だが、魔素で生成した水なので《洗浄》の効果が消えると同時に水気も消え、すぐに乾くという利点がある。
生活魔術に分類され、元日本人で綺麗好きなシキとしては是非覚えたい魔術だ。
残念ながらシキには魔術の才能がなかったが……。
ざっと血を洗い流したら、今度は《大治癒》をかける。
朦朧としていた冒険者たちの意識が回復すると、周囲の状況から色々察したのだろう。
ウルティアに感謝を述べつつも、結界の外で喫肉薔薇に捕らわれていた言い訳をし始めた。
「というわけで俺たちは結界内で魔獣と戦っていたんだが、思いのほか苦戦してな。慌てて逃げたんだが間違って結界の外に出てしまったんだ」
「詳しい話は冒険者ギルドに戻ってから聞く。もう歩けるようになっただろう。すぐに移動する」
「あ、ああ……」
アルネイズに冷たく言い放たれ、青白い顔になる冒険者たち。
冒険者たちの顔色が悪いのは、罪が暴かれそうだからということもあるが、単純に血も足りていなかった。
《大治癒》は傷口を塞ぎ蓄積した疲労を癒すが、欠損や失われた血までは治せない。
Break off Online 製の治療薬を使えば治るが、冒険者たちが元気になって無駄に抵抗されても面倒だ。
歩ける程度に回復したならそれで十分だった。
数時間かけて冒険者ギルドまで戻ると、そのまま冒険者たちを引き渡す。
「ローナ、この者たちは第四位階冒険者にも関わらず結界の外で活動し、結界内に魔獣を誘導しようとした疑いがある」
「ほほう。それは随分と舐めた真似をしてくれましたね」
「待ってくれ、言いがかりだ! 俺たちは結界の内側で魔獣に襲われて、逃げているうちに間違って結界の外に出てしまっただけだ。さっきそう説明しただろう!」
「ふむ、つまりお前たちは喫肉薔薇に捕まっていた地点より、外側には行っていないと言うんだな?」
「そ、そうだ」
「あれれー、おかしいなぁー」
甲高い声が冒険者ギルド内に突然響き渡り、全員が声の主に視線を向ける。
そこにいたのは銀髪のツインテールを揺らした可憐な少女。
リファである。
両手を後ろに回して何かを隠しながら、挑戦的な目で冒険者たちを見つめていた。
「これなーんだ?」
「あ、ヤドカリに折られた俺っちの短剣」
「おい馬鹿。余計なことを言うんじゃねぇ!」
思わず口走ってしまった仲間のことを、弁明していたリーダー格の男が怒鳴り散らすがもう遅い。
リファは背中に隠し持っていた短剣を皆にも見えるように掲げた。
「へーこの短剣って、そこの俺っちおじさんのなんだ。結界の外の、喫肉薔薇の縄張りより外側に落ちてたんだよね。そうそう、丁度ヤドカリ型の大型魔獣がいるところ」
「ふーん。やっぱり嘘じゃない」
「嘘じゃねぇ! そのガキのデタラメだ! ガキが結界の外に出られるわけねぇだろ。ギルド職員のくせにこんなガキの言うことを信用するのか」
一気にまくし立てる冒険者だったが、ローナは呆れ顔だ。
「はぁ、これだからまともに情報収集しないやつは。どちらが嘘つきかなんてわかりきってるっての。面倒だけどしらばっくれるなら、逃げられないように証拠を……って、丁度いらっしゃいましたね」
冒険者ギルドの扉が開いて現れたのは、ウルティアに手を引かれた地神教の法衣を着た禿頭の初老男性。
彼はウルティアの後見人であるボガード司祭だ。
エンフィールド辺境伯領に新しくできた地神教の神殿の管理者である。
「なんで地神教の奴らが……まさか」
「そのまさかよ。ボガード司祭様には《噓発見》の魔術を使ってもらい、あなたたちの嘘を暴いてもらうわ」
「この人たちよ、ボガードお……司祭」
「わかりました、聖女ウルティア。地母神の名において、真実を明らかにすると約束しましょう」
ボガードが冒険者たちを見回してから、ゆっくり頷き宣言した。
《噓発見》とは名前の通り、発言者が嘘をついているかどうかがわかる魔術だ。
画期的な魔術かと思いきや、重大な欠点がある。
《噓発見》の結果は術者本人にしかわからないので、結果の報告時に嘘をつかれたらわからないのだ。
だから結果の信憑性を担保するため、聖職者が嘘をつかないと神に〈宣誓〉してから《噓発見》を使う。
聖職者の〈宣誓〉は嘘をつかない、真実を語るという誓いであり魔術ではないのだが、もし誓いを破れば神からの罰を受けることになる。
神から加護を賜るアトルランにおいて、〈宣誓〉を疑うことはタブー中のタブーだ。
「《噓発見》なんて出鱈目だ。神に誓うとか言って都合のいいように……っ」
そのタブーに触れかけた冒険者だったが、言葉を詰まらせる。
ボガードに睨まれたからだ。
ウルティアには好々爺のような眼差しを向けていたが、地母神を侮辱された瞬間、殺し屋のような眼光に切り替わった。
とてもこわい。
「クソッ、こんなの横暴だ。これだから田舎はクソなんだ。まともにギルドの管理もできちゃいねぇ。ここの領主はガキなんだろ? どうせ王都での活躍もデタラメで―――」
「「あっ」」
恐怖を誤魔化すように悪態をついた冒険者だったが、その一言は別のライン越えだった。
エンフィールド辺境伯領においては、地神教へのタブー以上にタブーである。
次の瞬間、冒険者の体が崩れ落ち床に縫い付けられた。
まるで上から見えない何かに押さえつけられているかのようだ。
「黙って聞いていれば若造がピーピーと煩い。我が主への侮辱は万死に値する。このまま押し潰して床の染みにしてやろう」
激怒したマニが真月の杖を掲げていた。
怒気を孕んだ碧眼が爛爛としていて、冒険者を押さえつける力が次第に強くなる。
冒険者の周囲の床が、ミシミシと音を立てて割れ始めた。
マニの体からは魔力が溢れ、周囲の人間を無差別に威圧しはじめる。
「がっ、あががががが」
「ストップ、マニ。怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、彼らには相応の罰を受けてもらいたいんだ」
「ちっ、我が主の寛大な心に感謝するのだな」
「主って……」
ここでようやく冒険者たちが、シキの正体に気が付いた。
答え合わせをするかのように、シキの頭上に姿を現したのが精霊オルティエだ。
本日の衣装は、ハロウィンガチャの白黒のゴスロリドレスと地雷系メイク。
驚き見上げる冒険者たちを銀の双眸が睥睨していた。
マニとは違い魔力は発散されていないというのに、言い知れぬ恐怖で冒険者たちは竦み上がる。
それはいわゆる殺気と呼ばれるもの。
泣き腫らしたような赤い目元―――病みメイクによって、妙な怖さが倍増していた。
「貴方たち、結界を抜けるまでに首切牙兎の群れと、猪突牙獣の幼体に遭遇して討伐しているわね。猪突牙獣の幼体は珍しいから、美味しかったでしょう?」
「ど、どうしてそれを」
「私には全て見えているわ。内臓は捨てたのね。もったいない。新鮮なうちに焼いて食べると美味しいのに」
「………まいりました」
オルティエのこの発言が決定打になった。
助けてくれた相手がエンフィールド辺境伯一行だっただけでなく、樹海での行動を逐一監視されていると知り冒険者たちは降参する。
素直に結界内に魔獣を誘導しようとしたことを白状したので、結局ボガードの《噓発見》の出番はなかった。
冒険者たちに与えられた罰は降格処分。
誘導未遂で被害者もいなかったとはいえ、辺境伯領に敵対行為をした罰としてはかなり甘い。
それでも今回の見せしめ作戦は成功だった。
後になってわかることだが、樹海内で不正行為をする冒険者は目論み通り激減することになる。
甘い罰則だけなら逆に侮られる要因になりかねないが、見せしめ作戦の本質はそこではない。
冒険者ギルドから去る時に、オルティエはこう言い残した。
「私の使命は結界内に侵入した大型魔獣を、可及的速やかに殲滅すること。愛するマスター、シキ・エンフィールド様の領地を守るための最優先事項です。だから皆さん、大型魔獣を見つけても決して近寄らず、すぐに逃げてくださいね。うっかり
その際オルティエはシキを背後から抱きしめ、漆黒の
銀の瞳は熱を帯びていて、シキのためなら何でもやるといったらやるスゴ味を感じさせる。
これを見て冒険者たちは、
「あ、これは次に悪事を働いたら、その場で処刑されるやつだ」
と悟るのであった。