精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
神託はどうやら神から一方的に送られ続けているらしい。
ラジオの電波のようにそこらへんを飛び交っているが、ほとんどの人が受信機能を持っていないのだ。
稀に受信機能を持つ者が現れるが、神の電波は強力ですぐに受信機能が壊れてしまう。
極めて稀に、受信できる器を持つ者もいる。
それがウルティアだ。
受信できるとどうなるのか。
どんどん受信の精度が上がっていき、意味不明なノイズに悩まされるようになる。
途中で器が壊れるか、心が壊れるかの二択だ。
地神教は神託を受け取れる人物を探し、保護していた。
器も壊れず心も壊れなかった者は、神に近づくことができるからだ。
これまでに亜神になれたのはたった一人。
地神教は長い歴史の中で、たくさんの殉教者を作り上げてきた。
「オルティエ、ウル姉を戻すことはできる?」
ウルティアの説明を聞いてシキは怒った。
地母神の彫像を睨みつけながらオルティエに質問する。
「神力の拡張はいわば肉体の成長と同じです。鍛えられた筋肉を戻す手段はありません」
「なら精神面でのフォローはできる?」
「可能です。治療薬には精神を安定させる効果もあります。ですが万全とは言えません」
「どうして?」
「神託は音や映像によるストレスだけでなく、脳細胞への影響も見られます。スキャン結果によると、大脳の前頭葉の前部にある、前頭前野へ交連する神経線維に変質が認められます。これも心を壊す要因です」
「変質ってことは治療できない?」
「通常の治療薬では不可能ですが、〈上位治療薬〉を使えば可能です」
「よしウル姉。心は絶対に守るから、あとは器が壊れることに期待しよう」
「ええっ? ちょっと待ってよ。何言ってるかわからないよ」
話の展開についていけず慌てるウルティア。
「ウルティア、貴女はマスターに忠誠を誓えますか?」
「うんもちろん」
「ウル姉!?」
即答したので今度はシキが慌てた。
親しい間柄だが忠誠を誓われるような仲ではない。
「ならば全面的に支援しましょう。唯一神に至ったのは聖女アルティミシアだっかしら。もし貴女が神に至れば、人という理から離れ久遠の時を過ごすことになるでしょう。あえて心を壊し、人のまま終えるという選択肢もあるけどいいの?」
「それじゃぁシキを助けられない。自分から神の力を手放す気はない。先に器が壊れるかもしれないけど……もし亜神になったらシキの、ううん、エンフィールド辺境伯領の守護神になるよ」
「満点回答です。いいでしょう、契約成立です」
不敵な笑みを浮かべたオルティエとウルティアが握手を交わす。
「ええ……」
有償チップを消費して手に入る〈上位治療薬〉を使用した時点で、半永久の命が手に入る。
細胞分裂によるDNAの損傷すら修復する体に作り替えられるため、通常の治療薬を追加で使えば老化現象すら治してしまうのだ。
治療薬を使わなければ細胞の老化が予定通りに始まるが、逆に言うと治療薬を使い続けるといつまでも細胞が若いまま維持される。
本人にはまだ伝えていないが、エフェメラも〈上位治療薬〉を使っているので不老不死なのであった。
有償チップは限りがあるとはいえ、ウルティアを救わないという選択肢はない。
過去にオルティエはシキに対して〈上位治療薬〉の服用を提案している。
なんだか着実に外堀が埋まっているような……。
そう思わざるを得ないシキである。
オルティエとウルティアが結託した翌日、改めてエンフィールド大樹海にある森人族の里に向けて出発。
今度は目的地まで問題なく到着したのだが、
「「シキさんこんにちわーーーー」」
シキを元気よく出迎えたのは、狼人族の少女と森人族の美女。
キルテとトリーシアだ。
二人は白銀の毛並みが立派な巨大狼に跨っているのだが、その狼はしょんぼりとした様子で伏せていた。
耳と尻尾が力なく垂れ下がっている。
⦅すまぬシキ殿。キルテに見つかってしまった⦆
シキの脳内に直接届けられた渋い男の声もしょんぼりだ。
この狼の名はガルム。
狼人族の人々が神獣と崇める大型魔獣である。
キルテは狼人族の里の娘で、神獣ガルムに仕える巫女でもあるが、巫女らしい行動は特にしていない。
好奇心旺盛で怖いもの知らずな女の子で、何にでも首を突っ込む性格をしている。
ガルムにはキルテに秘密で森人族の里まで来てもらう予定だったが、今日は見つかってしまったようだ。
「ウルティアおねーちゃんも久しぶりー」
ガルムからトリーシアが飛び降りると、ウルティアの両脇を抱えてその場でぐるぐると回りだした。
トリーシアは森人族の里の族長の娘で御年七十歳。
見た目は大人だが森人族の基準だと成人は百五十歳くらいなので、精神年齢はまだまだ子供だ。
ただ外見と精神年齢の成長の度合いには個人差があるようで、あと数年もすればトリーシアも大人びてくるだろう。
そう父親が述べていた。
美女の外見で童女のような言動は危うくて心配になるので、早く成長して欲しいと密かに思っているシキである。
「うん、元気にしてた?」
「元気だよ。ほら、ロージャも結構回復したんだから」
トリーシアが名を呼ぶと、半袖シャツの袖口から
周囲を警戒するように見回してから肩まで移動した。
地属性の上位精霊であるロージャは、森人族の里を守護する存在だ。
シキたちとは不幸な出会い方をしてしまったため戦闘になり、内包する魔素をごっそり消費してしまった。
回復に一年はかかると言っていたが半年ほど経っているので、半分程度は回復した計算になる。
もう半分か、まだ半分か。
つぶらな瞳で無言で見つめてくるロージャに咎められているような気がして、シキは目を逸らした。
半年余りの間に、森人族と狼人族の里の交流も進んでいる。
以前はお互いに存在を知っている程度だったが、ご覧の通りキルテとトリーシアは仲良しだ。
見た目はともかく精神年齢は近いので、一瞬で打ち解けた模様。
ガルムも狼人族にしか知られていなかったが、シキが聖樹守りと同様の存在だと森人族に紹介した。
その結果トリーシアが背中に乗るくらい、森人族の里でも馴染んでいた。
「ところであなたはだぁれ? シキさんのお姉ちゃん?」
「うふふ、そうよ」
「後で訂正するの面倒だからやめてよ……この人はエフェメラ。俺の母さんだよ」
「あれ、お母さんはエリンお姉ちゃんじゃないの?」
「エリン母様は育ての親で、エフェメラ母さんは生みの親なんだ」
「あーそーゆーことね」
「いいなーお母さんが二人いて。二倍甘えられるね」
「えーそうかな。小言がマシマシになっちゃうよ」
正反対の感想を述べるトリーシアとキルテ。
日頃の行いが透けて見える。
一通り紹介が終わったところで、シキたちは聖樹へと向かうのであった。