精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「ちくしょう、ふざけやがって。今に見てろよ」
「もう関わるのやめようぜ兄貴。折角あのお人好しの領主の小僧に見逃してもらったんだしさ」
「おい、あまり大きい声で言うなよ。聞かれたらどうする」
「てかこんな田舎、さっさと出やしょうぜ」
酒場の隅のテーブル席でくだを巻いている四人組は、冒険者ギルドで断罪された男たちだ。
大型魔獣を不正に結界内に誘導しようとして失敗。
喫肉薔薇に捕まり、死にかけたところをシキたちに助けられた。
本来なら喫肉薔薇に捕まった時点で見捨てられるし、知らなかったとはいえ領主に暴言を吐けば死罪もありえる。
シキの寛大な処置に感謝し心を入れ替え、真面目に冒険者を……するわけがなかった。
リーダー格の男、ゲイルはエールの入った木製ジョッキを一気に呷ってからテーブルに叩きつける。
「馬鹿野郎! 第五位階のまま他の冒険者ギルドに行ってみろ、いい笑いものだぜ。ムカつくが第四位階に戻るまではここを離れねぇ」
「じゃぁ真面目に冒険者するんで?」
「なわけねぇだろ。適当なカモを見つけるんだよ。毎日のように人が増えてんだ。カモだって増えてるだろうよ」
第四位階に昇格するには冒険者ギルドへの貢献、すなわち一定件数の依頼達成と、試験官相手の戦闘試験をクリアする必要がある。
依頼については採取、討伐、護衛の各種を十件程度こなすのが一般的だ。
しかしゲイルたちの降格処分には、昇格へのペナルティも科せられているため、この倍は必要だった。
ゲイルたちの実力はそこそこある。
真面目にやれば第三位階冒険者に手が届くかもしれないほどだが、腐りきった性根が邪魔をしていた。
新人冒険者を捕まえ、指導料と称して採取や討伐依頼の成果を取り上げる。
商会に属しておらず後ろ盾のない行商人を脅して、依頼に含まれていない追加報酬を巻き上げる。
いつも通りの手口でギルドへの貢献と金稼ぎをするつもりだ。
ゲイルは王都近郊にあるフロント伯爵領のスラム育ちである。
そこで様々な悪意の中を必死に生き抜いてきた。
他の三人も親から虐待を受けたり、元奴隷だったり、故郷の村で差別を受けていたりと、それぞれに性格が歪んだ理由がある。
同情の余地はあるかもしれない。
しかし、他者を傷つけても良い理由にはならなかった。
本人たちは野盗になっていないだけまともだとすら思っているが……。
繰り返しになるが、ゲイルたちの実力はそこそこある。
失敗したとはいえ、結界の外に出ることができたのだ。
きっと
「カモは明日探す。今日のところは女だ、女」
すっかり酔いが回り気分をよくしたゲイルは、近くのテーブルで食事をしていた青髪と緑髪の美女をナンパするべく、ふらつく足で向かうのであった。
「悪いことは言わない、彼女たちとは関わらない方が―――」
「なんだてめぇは。野郎に用はねぇんだよ。引っ込んでろ」
「そうだそうだ。俺っちより不細工なくせに出しゃばるんじゃねーぜ」
親切心で言ったつもりだったのだが、敵意を剥き出しで言い返されてカシムは鼻白む。
おまけに不細工と罵られた。
前歯の欠けた小柄で小太りのおっさんに言われたくねーよ。
ミレイユには断られたが、これでモテる方だっての。
と喉まで出かかったが、大人なカシムは我慢する。
冒険者ギルドの掲示板の前で依頼を物色していたら、不意に現れたフェリデアに拉致られた。
エンフィールド大樹海の入口でゲイルたちと合流し、現在は結界の内側を歩いている。
ゲイルたちの素性を知らない冒険者はいない。
それくらい先日の降格騒ぎは話題になっていた。
随分と甘い裁定だと思ったが、やはり裏があったのだ。
そして自分が巻き込まれるとは……泣けるぜ。
「ようカシムゥ、お前の力が必要なんだ。だから手伝ってくれるよな?」
今回もカシムに肩を回し至近距離で話しかけてくるフェリデア。
もう死ぬような目には遭いたくない。
そう誓ったはずなのに、またもやいい匂いと肩に当たる胸の感触に負けてしまった。
悲しいけどこれが男の性である。
しかも今回は美女がもう一人いた。
翡翠色の髪をサイドアップにしていて、ちらりと見えるうなじの色気がすさまじい。
彼女も辺境伯の親衛隊のひとりで、名をセラという。
真っ赤な唇が妖しく弧を描いていて、野性的なフェリデアとはまた違う魅力がある。
フェリデアと違ってスキンシップが一切ないのが残念だ。
いやフェリデアの同僚だし……絶対碌な女じゃない。
でも恐ろしいほどの美人だし……。
それでもお近づきになりたいと思ってしまう、女好きな男カシムである。
カシムと同様に二人の誘惑に負けたゲイルたちは、張り切って魔獣を討伐していた。
なんでもフェリデアが納得する強さを見せつけたならば、言うことを一つ聞いてくれると約束したらしい。
フェリデアが納得する強さ?
正気かこいつら?
結界の外で余裕で活動できるんだぞ?
そうカシムは説明したが、ゲイルたちは聞く耳を持たない。
やっかみからの妨害だと思われていた。
この戦闘も余興みたいなものだ。
美女に強い男アピールして、ちやほやされたいのだろう。
効果はまったく出ていなかったが。
最後は強引に襲い掛かるつもりなのだろう。
ああ恐ろしい。
先日は結界の外で大型魔獣相手に大暴れしていたのに、フェリデアの日に焼けた健康的な肌には傷一つなかった。
普段相手にしている冒険者の女とは全然違う。
きっと辺境伯が上位の治癒魔術や霊薬で維持させているのだろう。
ドレスで着飾れば、さぞかしいい女になるに違いない。
言動は野蛮な冒険者のそれと変わらないので、黙っていればという前提が必要だが。
貴族である辺境伯の部下なのだから、実際にドレスを着る機会もありそうだ。
セラはフェリデアとは対称的に日焼けのない真っ白な肌が美しい。
こちらこそ深窓の令嬢……いや女王様と言われても納得できる容姿だ。
獲物を見定める蛇のような視線に、ゾクゾクとした危機感を覚える。
ゲイルたちは小悪党だ。
冒険者としては下の下ですぐ音を上げると思いきや、これがなかなかちゃんと強い。
何故か斥候役をやらされているカシムが魔獣の接近を知らせると、しっかり連携して倒している。
真面目に冒険者をやってれば、いいところまで行っていただろうに。
「よーし、その調子で結界の外に行ってみようか」
「は? いや、結界の外はちょっと」
「まだ怪我も完治してないし」
死にかけたことを思い出したのだろう。
フェリデアの発言を聞いて、顔色を悪くしながら尻込みするゲイルたち。
もごもごと言い訳している。
「おいおい、いい年した野郎が揃ってるのに情けないねぇ」
「こいつ……こっちが大人しく提案に乗ってやったってのに……おい」
ゲイルが仲間に目配せをすると、フェリデアとセラを囲むように移動し始めた。
オイオイ、こいつら死んだわ。
セラはまだわからないが、フェリデアはゲイルたちなんて瞬殺できる実力者だ。
結界の外に出るよりも愚かで危険な行為である。
「ゲイル、早まるな。無事に帰りたいだろう?」
「だからてめぇは引っ込んでろ。邪魔しないなら最後にいい目を見させてやっても―――」
「私たちに構ってる暇なんてあるのかしら」
「!? ゲイル、後ろだ!」
セラが意味ありげに笑みを深めたのと、地面を揺らす振動を感じたのは同時だった。
振動のする側に振り向けば、鬱蒼と茂った木々が揺れ、めきめきとへし折れる音が聞こえてくる。
そして森から飛び出してきたのは、ヤドカリ型の大型魔獣だった。