精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「おー、これはダイミョウっぽい」
「大名?」
シキが呟くとオルティエが小首を傾げる。
フェリデアとセラがゲイルたちに接触し、エンフィールド大樹海に連れていく一部始終は、小型情報端末から送られてくる映像で見ていた。
「ううん、なんでもないよ。ゲイルたちが誘導しようとしていた大型魔獣がこいつか」
ヤドカリ型の大型魔獣は巨大な巻貝を背負っている。
樹海の北西は海に面しているので、そちらから流れてきたのだろう。
結界の外を縄張りにしていたヤドカリがなぜここに現れたのか。
それはもちろん……。
「マスター。それでは行ってきます」
「こいつはまさか」
「ひぃっ」
「駄目だ、背中を見せるな!」
背を向けて逃げ出したゲイルの仲間の冒険者に向かって、ヤドカリが《水弾》を吐き出した。
子供を丸ごと包み込みそうなくらい巨大な水の塊が迫るが、逃げるのに必死な冒険者は攻撃されたことにすら気付いていない。
カシムの警告も虚しく《水弾》が直撃……する寸前、ひょっこり現れたフェリデアが冒険者の首根っこを掴んで引き倒した。
紙一重で外れた《水弾》はそのまま飛んでいき、射線上にあった大木に直撃。
けたたましい音と共に、幹が大きく抉れてしまった。
地面に転がりながらその光景を見ていた冒険者は、ようやく自分が狙われていたことに気付き呆然としている。
「逃げようとしても無駄だぜ。背中を見せた瞬間、今みたいに体が消し飛ぶほどの《水弾》を撃ってくるからな」
「何でこいつが結界の中にいやがる!?」
「あらあら、誰かが誘導でもしたのかしらね」
「精霊は何をしてんだ」
「その精霊様を怒らせたのは、どこの愚か者だったかしら」
嘲るように言うセラを睨みつけたゲイルだったが、すぐに切り替えて仲間たちへ指示を飛ばす。
「くそっ、《水弾》を撃ってくるなんて知らねぇぞ!」
それは単純にあの時のゲイルたちが、ヤドカリにとってたいした敵ではなかったからだ。
だが今は違う。
恐ろしい何かによって縄張りの外まで追い立てられ、恐慌状態に陥っていた。
「お前ら、撃退するしかねぇ。正面には立つな! 側面に回って削れ!」
こうしてゲイルたちとヤドカリの戦闘が始まった。
左右に展開し、手にした武器で攻撃を仕掛ける。
ヤドカリの攻撃力はすさまじいが動きは鈍いので、冷静に見極めれば回避は可能だ。
ただその冷静に、というのが難しい。
相手は格上の大型魔獣で、一撃でも攻撃を受ければ致命傷になる。
《水弾》の威力も見てしまった。
恐怖で体が委縮してしまうのも仕方がない。
ヤドカリの振り回した鋏が、躱しきれなかった冒険者の脇腹を掠める。
「ぎゃっ」
それだけで冒険者は錐揉みしながら吹っ飛んだ。
着ていた革鎧は砕け散り、折れた肋骨が肺を深く傷つけた。
仰向けに倒れた冒険者は口から血の泡を吹き、碌に呼吸もできないため次第に意識が遠のき―――。
「あれ、生きてる?」
急に痛みが引いて意識もはっきりしてきたので、起き上がり腹を手で触る。
革鎧は砕けたままだが、脇腹の傷は綺麗に治っていた。
「これはどういうことだ……ひっ」
冒険者が視線を上げると、そこには銀髪の美女が浮かんでいた。
精霊オルティエだ。
彼女は聖母のような微笑みを浮かべて冒険者を見つめていたが、他の冒険者がヤドカリに弾き飛ばされるとそちらへ飛んでいく。
膝が逆方向に折れ曲がり泣き叫ぶその冒険者に手を翳すと、薄緑色の淡い光に包まれ、見る見るうちに膝が治ってしまった。
「いつまでぼさっとしてんだ。早く戦闘に復帰しないと、お仲間が本当に死んじまうぞ」
状況が飲み込めず放然としていると、フェリデアに話しかけられた。
「勝てるわけないだろ。逃げないと」
「逃げられるわけねーだろ。今度こそ《水弾》を食らいたいのか? お前たちに残された道は二つだ。勝って生き残るか、負けて死ぬかだ。まぁ即死しない限り精霊が助けてくれるから、なんとかるんじゃねーの」
「そ、そんな……うわぁ!」
逡巡していると、視界に入ったのかヤドカリがこちらに狙いを定めて走ってきた。
冒険者は慌てて立ち上がると、否応なしに戦闘に復帰する。
ゲイルたちは精霊オルティエの治療を受けながらヤドカリと戦い続けた。
幸か不幸か、誰も即死していない。
手足がもげるような負傷をしても、精霊オルティエがたちまち治してしまう。
こんな治癒魔術は聞いたことがないし、連発できるわけがない。
実はもう死んでいて、夢でも見ているんじゃないだろうか。
そうやって逃避したくても、体を欠損する度に味わう激痛が、これは現実であると容赦なく突きつけてくる。
絶望的な痛みや後遺症が残るなら、もう死んでしまおうと諦めるかもしれない。
ところが精霊オルティエに治されると、まるで戦闘が始まる前に時を戻したかのように、体が元通りになってしまう。
「無理だ」
「もう許してくれ」
「死にたくない」
「ふざけ、るな」
弱音を吐きながらもゲイルたちは戦い続けた。
希望は良い。
どれだけ死にかけようとも、発狂しそうになる痛みが繰り返されようとも、ヤドカリへのダメージは確実に蓄積されていた。
絶望的な状況だが助かる見込みがあるおかげで、ゲイルたちは驚異的な粘り強さを発揮する。
フォローはオルティエの Break off Online 製の治療薬による回復だけではない。
フェリデアとセラは常にゲイルたちの側でヤドカリの注意を引きつけたり、致命傷にならないよう横槍を入れたりして戦闘をコントロールしている。
武器が折れたなら、やはり Break off Online 製の次元収納であるストレージボックスから新しいのを用意してやった。
常識外れの対応ばかりだが、ゲイルたちは戦うのに必死なのでそれどころではない。
ただ一人、この戦闘に巻き込まれたカシムだけはこの異常さに気が付いている。
フェリデアも大概だったが、精霊オルティエはもっと酷い。
カシムは不意にオルティエと目が合う。
ひえっ。
聖母のような邪神の笑顔が、カシムの心胆を寒からしめた。