精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
地獄のような時間は永遠に続くかと思われたが、ついに終わりが訪れた。
ヤドカリの脚の関節部分が弱点だと発見したゲイルたちは、途中からひたすらそこを狙い続ける。
最初は剣の刃すら通らず、外骨格の表面にうっすら傷が付く程度だった。
だが繰り返すうちに次第に傷は広がり、深くなり、青紫の体液が流れ始める。
半分ほどまで切り込みが入ったところで、自らの体重を支えきれずヤドカリの脚は千切れた。
元々遅かった動きが更に鈍くなり、ゲイルたちの心に希望が生まれる。
「いける、いけるぞ!」
「俺たちでも大型魔獣を倒せるんだ!」
「こいつを倒して素材を売れば、大金持ちだ!」
「ひゃっほう!」
喉元過ぎれば熱さを忘れるにしても、すぐ忘れすぎじゃないだろうか。
欲望に目が眩んだゲイルたちに、カシムは嫌な予感しかしない。
二本目の脚が切断されると、とうとうヤドカリは動けなくなってしまった。
「ふはは! よし、とどめだ!」
目をぎらつかせたゲイルがヤドカリの巻貝によじ登る。
逆手に持った剣を振り上げ―――
―――その瞬間、世界が赤に染まった。
空気を灼く轟音と、激しい熱風がゲイルたちに襲い掛かる。
巻貝の上にいたゲイルはもちろん、周囲の仲間たち(ついでにカシム)も十数メートル吹き飛ばされた。
「うわあああああ」
「な、何が起きた?」
「兄貴、大型魔獣が……」
吹き飛ばされ地面を転がり、目を白黒させたゲイルが仲間の指差す方を見る。
そこにはヤドカリだったものが残されていた。
巻貝の後ろ半分を残して、前半分のすべてが焼失している。
ヤドカリの断面は炭化して真っ黒。
地面は高熱により一瞬で草が焼失し、黒い焦土と化していた。
まるで真上からすべてを焦がす、灼熱の巨大剣で斬り付けられたかのよう。
もちろん素材はパーだ。
巻貝の残骸の上空に、精霊オルティエが浮かんでいる。
ヤドカリは非表示状態でオルティエより更に上空で待機していた、〈SG-068 アリエ・オービス〉の
Break off Online 製の武装で殺された生物は、ゲーム内通過であるCRに変換され死体も消失する。
ゲイルたちが呆然とする中で、残された巻貝が空気に溶けるようにして消えた。
『へー巻貝もヤドカリの体の一部って判定なのかぁ』
『焦がさないで茹でたら美味しく食べられるのかしら? 蟹っぽいし』
シキとアリエの呑気なボイスチャットは、当然ゲイルたちには聞こえていない。
「こ、こんなことが許されていいのか!? 俺たちの素材を横取りしやがって」
冒険者ギルドが公表していた「魔獣は精霊の糧となるため、死体は消えてかけらも残らない」という情報を、ゲイルは今更ながら思い出す。
その訴えにフェリデアは答えず、別の言葉を呟いた。
「これからがほんとうの地獄だぜ」
「何を……」
背後の森で、がさがさと木々が揺れた。
いやまさか……とゲイルたちが振り返るが、そのまさかである。
次に森から飛び出してきたのは、人間ほどの大きさのアリの群れだった。
「「「「うっそだろぉぉぉぉぉ!」」」」
地獄が終わったらどうなるのか。
次の地獄が始まる。
ゲイルたちの第二ラウンドが始まった。
背を向けて逃走する余裕はなく、生きるか死ぬかの二択なのは変わらない。
ヤドカリ戦と同様にフェリデアたちがギリギリ勝てそうなラインを演出する。
そのおかげで手足を齧られ、蟻酸を吐かれ皮膚が爛れたりしたが、なんとか撃退した。
地獄はまだまだ終わらない。
次は巨大なヘビで、ゲイルが巻きつかれ全身の骨を砕かれたが、その隙に仲間が集中攻撃して倒した。
その後も巨大ダンゴムシ、巨大トンボ、巨大トカゲといった様々な面子がゲイルたちに襲い掛かる。
「頼む、もう許してくれっ」
「何が? 私たちは何もしてないわよ? 何処かの誰かが大型魔獣を誘導しているみたいだけど、世の中には悪い人がいるものね」
地面に這いつくばり許しを請う冒険者に、セラがゴミでも見るかのような冷たい瞳で見下ろしている。
もちろん誘導はすべてスプリガンのアリエの仕業だ。
これでも弱めな個体をチョイスしている。
多彩な魔術や範囲攻撃をする個体だと、一瞬で全滅してしまう可能性があるからだ。
「ほらほら、ケツは持ってやるから根性見せてみな。役立たず共」
「ひぃぃぃ」
「それで俺はなんで呼ばれたんだい? 姉御」
「いやなんか丁度冒険者ギルドにいたから」
「ええ……」
オルティエたちの支援は継続されているので、必死に戦えば負けることはない。
しかし油断すると大怪我を負い、死の恐怖がちらつく。
倒した大型魔獣の素材は、ことごとく無言のオルティエ(アリエ)に燃やされた。
当初はオルティエたちに反抗心を持っていたが、次第にそんなものはなくなる。
反抗したところで勝てないし、余計なことに意識を割けば大型魔獣の攻撃を受け、苦しみが増すだけだ。
幾つもの死線を潜り抜けて、ゲイルたちはようやく理解した。
生き残るために不要なものを切り捨て、感覚を研ぎ澄ませることが、現状において最も重要。
そう、幸福であるということに。
そして精霊オルティエはともかく、同じ人間であるフェリデアとセラの凄さに気が付いたゲイルの心はひとつになる。
二人についていけば間違いない。
生き残れる。
幸福になれる。
「よしよし、ようやく兵士としての心構えがわかってきたみたいだな。俺も新兵の時に味わった地獄のブートキャンプを思い出すぜ」
「そうね。あの頃が懐かしいわ」
フェリデアとセラが何やら感慨深げに話しているが、ずっと付き合わされているカシムとしては意味がわからない。
ゲイルたちはすっかり正気を失ってしまった。
騎士団の団長と部下のような主従関係が出来上がり、フェリデアたちに教えを請いながら戦っている。
辺境伯はこうやって冒険者を洗脳し、領兵を集めるつもりなのだろうか。
巻き込まれただけのフォロー役とはいえ、この地獄に付き合って正気を保っているのだから、カシムもなかなかタフな男である。
こうしてゲイルたちは丸一日、大型魔獣と戦い続けた。
たった一日の出来事ではあったが、そもそも大型魔獣と戦う頻度は、ベテランの冒険者パーティーでも一度の探索で一回あれば十分だ。
普通は大型魔獣を一体倒した時点で、その素材を持ち帰ることになる。
魔獣の種類にもよるが、素材を売れば一か月はパーティーが働かずに暮らせる金になった。
多少の贅沢をしても半月はもつだろう。
それに都合よく大型魔獣に遭遇もしない。
エンフィールド大樹海以外の場所での大型魔獣とは、その地域を縄張りとする主であるからだ。
合計で十種類の大型魔獣と戦ったので、ゲイルたちは一日で年単位に近い戦闘経験を積んだことになる。
これによりゲイルたちの体と心は大きく変化した。
破壊と再生の繰り返しで余計な贅肉が削ぎ落され、ボロボロになった装備も一新。
上官であるフェリデアとセラに絶対服従の、パーフェクトソルジャーへと生まれ変わっている。
感情の起伏が極端に減り、私語もなくなり、待機中は直立不動で常に一点を見つめていた。
はっきり言って怖い。
命令に従うだけのロボットのような光景である。
だから後日に冒険者ギルドへ顔を出しても見た目が別人なので、誰一人彼らがゲイルたちであると気が付かない。
「おかえりなさいカシムさん。大樹海に行っていたんですよね? ゲイルさんたちを見ませんでしたか? まだ戻っていないんです。あんなでも冒険者の一員ですから。あ、新しい冒険者の方ですか? 少々お待ちください……凄く強そうですね。当ギルドは優秀な冒険者を歓迎します」
ゲイルたちににっこり微笑みかけるミレイユ。
「え、これもしかして俺が全部説明しないといけないのか? どう考えても信じてもらえないだろ……」
フェリデアにゲイルたちの面倒を丸投げされたカシムの受難は続く。