精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「グリク、そっちに行ったぞ!」
「わかった」
前衛を務めるジャンとエスパの間を魔物がすり抜け、後衛へと襲い掛かる。
灰色の毛並みをした狼で、その見た目通り
レドーク王国各地で見られる一般的な魔獣だが、エンフィールド大樹海の灰色狼は一味違う。
まず大きい。
通常なら大人の腰の位置くらいにあるはずの頭部が、顔付近にある。
これなら喉元に嚙みつくのも簡単だろう。
巨体の急接近に恐怖を覚えながらも、グリクは慎重に魔術の詠唱を紡ぐ。
「万象の根源たる魔素よ 寄り合う焦熱を束ねて 彼の敵を貫き溶かせ」
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現した。
グリクの掲げた杖の先端から炎の槍が出現。
杖を振ると真っすぐ飛んでいき、突っ込んできた灰色狼の胸元に直撃した。
「Garuuuuuuuuu!」
灼熱の槍が毛皮と肉を焦がし、痛みで灰色狼が唸り声を上げる。
並の灰色狼なら十分致命傷になる威力だ。
しかし樹海の濃密な魔素で育ったこの個体は、体格相応に耐久度も上昇していた。
一瞬怯んだものの、灰色狼はそのまま突っ込んでくる。
その僅かな隙をついて、グリクは横に飛び退いて躱した。
傷つけられた恨みだろうか。
正面にいるナーヤを無視して、灰色狼はグリクを追いかける。
「くっ」
必死に逃げるグリクだが、後衛職ゆえに身体能力は高くない。
あっという間に灰色狼に追いつかれ、鋭い牙がグリクの喉に迫り―――
不意に水色の残像が視界を遮る。
グリクは何者かに地面に押し倒され、紙一重で灰色狼の攻撃を躱すことに成功した。
「大丈夫?」
垂れ気味の眉の下にある瞳が、グリクを至近距離から見下ろしている。
先程見えた残像―――髪の毛と同じ水色だ。
触れている体の感触は柔らかく、とてもいい匂いがする。
「グリィィィク。いつまでジェリさんにくっついてるの」
「ごめんなさい。今どけるね」
「あ、はい。ありがとうございます」
グリクを助けたジェリは素早く起き上がると、武器である短刀を逆手に構える。
攻撃が空振りした灰色狼は切り返し、再びグリクたちを襲おうとしていたが、そこへ横手から火の玉が飛来した。
人間の頭ほどある大きさの火の玉が、一発、二発、三発、四発……
合計六発が灰色狼に連続で撃ち込まれる。
一発の威力はグリクの放った《火炎槍》の半分程度。
しかしそれが六発も直撃すれば、単純計算で三倍の威力だ。
全弾が灰色狼の胴体を捉え、毛皮を焦がし、肉を抉り、内臓を焼く。
「Gyauuuuuuuuu……」
四発目が当たった段階で灰色狼は転倒。
そのまま全身を燃え上がらせて動かなくなった。
「す、すごい……」
「ひひっ、グリク。さっさと前衛の援護に戻りな」
連続で《火球》を放った盗賊風の男、ベンジャミンが呆然としているグリクをたしなめる。
この男は第三位階冒険者で、〈早撃ち〉という二つ名を持つ魔術師だ。
見た目は盗賊のようだが魔術師である。
また笑い方が独特で雰囲気も怪しくて誤解されがちだが、とてもいい人でもある。
〈早撃ち〉の二つ名は今放った魔術からきているわけだが、実は魔術を六回放ったのではなく、六発で一回の魔術だ。
だから早撃ちより連続撃ちのほうが正しい表現だったりする。
ステナの護衛依頼を終えたグリクたちは、エンフィールド大樹海へ腕試しに来ていた。
現在位置は精霊オルティエが張ったとされる結界に入ってすぐの場所。
遭遇したのは灰色狼が二体。
一体は今ベンジャミンが倒したので、残る一体を前衛のジャンとエスパが受け持っていた。
並の灰色狼なら第四位階冒険者のグリクたちの敵ではないが、ここの灰色狼は強敵だった。
前衛二人は油断せず攻撃して、着実に灰色狼の体力を削っていく。
「万象の根源たるマナよ 大気の刃となりて 彼の敵を切り裂け」
「Garuuuuuuuuuu!」
グリクの援護射撃である《風刃》が灰色狼の前脚を斬り飛ばしたところで勝負あり。
前のめりに倒れた二匹目の灰色狼は失血で動けなくなり、やがて絶命した。
「ふう、なんとか勝ったな」
「にゃあ、疲れた……」
「お疲れ様。今癒すね」
その場に座り込むジャンとエスパの元へナーヤが駆け寄り、負傷を治癒魔術で治していく。
グリクも魔力を大量に消費して体がふらついたが、杖に寄りかかり辛うじて立っていた。
「ベンジャミンさん、ジェリさん。ありがとうございます。僕らだけだったらどうなっていたことか」
先輩冒険者であるベンジャミンとジェリは、今回フォロー役でグリクたちに同行していた。
ジェリはグリクたちと同じ第四位階冒険者だが、実力はグリクたちより数段上である。
階級とはその冒険者の最低限の実力を保証するものだ。
だから同一階級でも冒険者の実力はピンキリであった。
「これだけでかければ素材だけでかなり儲かりそうだけど……うーん、ズタボロだ」
「ひひっ、最初は安全を取るものだ。最初から利益を考えて手加減してたらどうなってた? ジャンよぉ」
「うっ、そうっすね。そんなことしてたら、全滅してたかもしれないか。結界内でもこんな強い魔獣がいるのに、よく辺境伯領は無事だな」
「大型魔獣と違って普通の魔獣は縄張りが狭い。辺境伯領側まで出てくるのは稀だろう。全くないとは言い切れないがなぁ」
「ベンジャミンさん、本当に帰っちゃうの? 私たちだけじゃやってけないよ」
ナーヤの治療を受けて元気を取り戻したエスパが、ベンジャミンの元へ走っていき上目遣いで見上げた。
猫の瞳をうるうるさせ、いかないでアピールしたがベンジャミンは苦笑いだ。
「俺にはムルザに仲間がいる。お前たちが心配でついてきたが、そろそろ帰らんとな」
「ちえー、ならジェリさん一緒に冒険しようよ」
「ごめんなさい。私は辺境伯様に恩返ししないといけないので」
「えー、でも辺境伯様って面会が二ヶ月待ちなんでしょ? なんか冒険者ギルドに来てた商人が愚痴ってたよ」
「それが明日、食事に誘われていまして」
「そうなの? それってすごくない? 二か月待ちの貴族や豪商より先に会えるってことだよね」
「ジェリさん、辺境伯様のお妾様になるんですか? お貴族様に食事に誘われるって、そういうことだと聞いたことがあります」
ジャンを治療しながら会話を聞いていたナーヤが、シュババッとやってきて会話に参加する。
「いえ、そういうわけではない……はず……です」
まったく想定していなかった内容にジェリは動揺する。
ジェリは軟泥人と人族のハーフだ。
軟泥人とは全身が半透明のスライム人間で、種族の数としては非常に少ない。
アートリース伯爵領の森の奥の沼地でひっそりと暮らしている。
ジェリは胸元と左腕が半透明で、他人から気味悪がられたことがありコンプレックスだった。
ところがこれを見たシキは綺麗だと言ってくれた。
あれ、もしかしてもしかする?
でも、私みたいなのがシキ様のお妾様だなんて。
急に恥ずかしさがこみ上げてきて、顔を赤くするジェリ。
まぁ……もちろんシキにそんな意図はない。
綺麗と言ったのは他意の無い率直な感想だし、食事も友人として誘っただけだ。
罪な男である。
「グリク、ここでやっていくつもりなら、実力の近い者同士で組んだほうがパーティーバランスが崩れない。冒険者ギルドで追加メンバーを募ってみたらどうだ?」
「そうですね、ちょっと考えてみます」
赤面するジェリを見てきゃあきゃあとはしゃぐナーヤとエスパを尻目に、グリクはパーティーメンバー募集を真面目に検討するのであった。