精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
釣りに誘ったのは失敗だったかもしれない。
開始五分でシキはそう思い始めていた。
事の発端はエフェメラの「たまには父と子で語らいなさい」という説教からだ。
実の両親であるコンスタンティンとエフェメラに転生者だと明かしたシキ。
十二歳の少年の体に、別世界の大人の意識が入っていることを、両親は受け入れてくれた。
じゃぁ今日から改めて三人は家族だ。
となったわけだが、シキとコンスタンティンの関係性は微妙だった。
エフェメラとは僅かな期間だったが、赤子の頃に共に過ごした思い出がある。
住んでいたカドナ村が魔獣に襲われ離れ離れになり、お互いに安否を心配していた。
その一方でコンスタンティンとは最近まで面識すらないわけで。
いきなり父と子という役割を与えられても演じることが難しい。
演じるって何よ、本当の親子なんだから普通に話せばいいの。
考えずに感じるのよ。
感覚派のエフェメラはそう言うが、シキとコンスタンティンは理論派だ。
さっぱりわからない。
そういうところは似た者親子であった。
まぁ少しずつ慣らしていくしかないだろう。
というわけで〈パイロット登録〉したコンスタンティンを、エンフィールド大樹海にあるエアスト村付近の川辺へ連れてきた。
王族なので当然釣りの経験などなく、虫エサも触れないだろうからシキが用意してやる。
丁度よさげな岩場に並んで座り、のんびりとした時間が流れるかと思いきや……。
「アートリース伯爵領の南部開発だが、第一王子派のテレスド公爵家も参入することになった」
「ああ、ジェイムズさんのところだね。面会に来てたよ」
「あの偏屈爺がわざわざ来たのか。珍しいな。相手方のブレイル獣王国側の開拓は進んでいるのか?」
「向こうも結構な僻地だから、こっちより遅くなるかもしれない。進捗はこっちで確認しとくよ……あー、大使が先行して乗り込んでくるかも。冒険者だからフットワークが軽いんだ」
「ならは迎賓の準備だけは先に進めた方が良いな。やる気を出している第二王女に割り振ろう。第一王女は四日前にエンフィールド向けて出発している。到着したら本格的に大樹海の魔獣素材の販路を決める予定だ。まさかテレスド商会を割り込ませるようなことはしていないだろうな?」
「もちろんしてないよ。向こうからも小間使いを立候補してきたから、そうしてもらうつもり」
「……まぁ、ならいい。それとサンルスカ侯爵家の粛清についてだが」
さっきから仕事の話ばかりである。
エフェメラの言う語らいとは、絶対これではないだろう。
いや、二人ともエフェメラから与えられた指令は理解している。
現在はお互いに腹の探り合いをしているところだ。
その後も暫く仕事の話をしていたが、いよいよ話題がなくなる。
微妙に気まずい沈黙が流れ……先に踏み込んできたのはコンスタンティンだった。
「シキは本当に精霊たちに好かれているのだな」
「まぁね」
川辺に来た直後は、スプリガンたちがシキの元にやってきて、入れ替わり立ち替わり甘えてきた。
頭を撫でて欲しそうに擦り寄って来たり(シアニス)、
手作りのお菓子を持ってきてくれたり(セラ)、
川辺で見つけた丸い石を自慢したり(エル)、
シキニウムを補充しに抱きついてきたり(アリエ)だ。
黙っているとどれも永遠に続きそうだったので、途中で切り上げてもらった。
本日のメインイベントは父子の語らいなので。
「だがあれではどちらが主かわかったものではないな」
「そもそも主従関係と思ってないからね」
「そういう契約なのか?」
「だからそういうのじゃないって。精霊たちも家族みたいなものさ」
「ふむ……家族、か」
再び沈黙が訪れる。
微動だにしない竿を見ながら、コンスタンティンが呟いた。
「どうやら私は仕事以外の事柄に関しては不器用らしい。幼い頃からお前は真面目すぎて相手するのが疲れると、よく兄に言われていた」
「兄って、現国王様だよね。まぁ性格は正反対って感じがする」
「中途半端に未来が見えるゆえに、完璧を目指してしまう。一度たりとも完璧な結果に辿り着いたことはないというのにな」
「気持ちはわからないでもないかな」
自身の行動の結果で明確に未来が変わるのであれば、妥協のしどころがわからなくなる。
コンスタンティンは、強すぎる加護の力に人生を狂わされていた。
「人の欲望には際限がない。シキ、お前も気をつけよ。精霊の力に呑まれないことだ」
「もちろんわかってるよ。力を誇示するつもりはないし、質素倹約を心掛けているけどできてない?」
「現時点では問題ない。むしろ辺境伯という身分を考えれば、もう少し贅沢をしたほうが良いくらいである」
「周りに示しがつかなくなるってやつでしょ。ガラテアさんにも言われたけど。現状の暮らしで満足しているから、わざわざ見栄を張るためだけにお金をかけるのもねぇ。もったいないよ」
「その精神の有り様は、はやり前世の記憶の影響なのか?」
「半分はね。でも、もう半分はシキとして生まれ育った経験からだよ。孤児から辺境伯まで成り上がったんだから十分だよ。健康で何不自由なく暮らせる。それがどれだけ恵まれているか、理解しているつもりだ。満足だよ。孤児なんて今日を生きるので精一杯なんだから」
「そうか……確かに孤児を経験していれば、そういう考えにもなるか。我々王侯貴族も一度孤児を経験する必要があるかもしれん」
出世欲のなさは現代日本人だった頃の影響である。
日本人が全員そうだとは言わないが、少なくともシキは小市民だ。
異世界に転生しても現地に馴染む努力をして、穏便に暮らそうとしている。
現状達成できているかは怪しいが。
「相変わらず未来予知は安定しないの?」
「ああ。神託の詳細は聞いたが、未来視で現れる魔王はシキ、お前だ」
「ええ……だから俺は闇堕ちしないってば」
「今はそうだろう。だが大切な者が奪われた時に、同じことが言えるか?」
「む、それはそうだけど」
「あらゆる可能性を考えよ。心構えをしているだけでも違うものだ」
「経験者は語るってか。というか未来視の精度、もっと上げられないの? 条件を絞るとかさ」
「条件を絞ると負担が急激に大きくなる。前に昏倒しただろう」
「条件の絞り方次第じゃない? 人じゃなくて場所にするとかさ」
「ふむ……つまりどういうことだ?」
「広大な砂漠から米粒ひとつを探すのは大変だから……」
『マスター』
「ん?」
非表示状態のオルティエに呼ばれてシキはそちらを見る。
彼女が指差す先―――コンスタンティンの竿が動いていた。
「あ、引いてる引いてる」
「む、どうすればよいのだ?」
「そりゃぁもちろん、竿を引っ張り上げるんだよっ」
むしろ釣り竿に引っ張られ、川に引きずり込まれそうになっているコンスタンティン。
シキは慌ててその横から竿を掴み、思い切り持ち上げた。
インナーとして着込んでいるパワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉がうなりを上げ、食いついていた魚を一気に釣り上げる。
そいつは20cmほどの小振りな奴だった。
「え、小さい割に力強かったな。大樹海産だからかな」
驚くシキの横で、コンスタンティンは元気よく跳ねる魚を無表情のまま凝視していた。
魚の種類は何だろうか。
豊富な魔素を吸って魔獣化しつつあるのか。
それを見極めようとしている……わけではない。
「ああ、どうしていいかわからないのか。魚を掴んで針を外すんだ。やってみる?」
「いや、いい」
真顔で即答するコンスタンティン。
「何事も経験なんでしょ? 俺の孤児時代なんてドブ川の魚を採って食ってたよ。ほら―――」
「やめろ」
低い声でマジ切れするコンスタンティン。
彼はその才能と加護の力もあり、幼い頃から城での軟禁生活を強いられてきた。
だから自然とのふれあいには慣れていない。
これからエンフィールド辺境伯領に関わっていくなら、自然には慣れてもらわないと困る。
今後の語らいもこの方向でいいか、会話も慣れて来たし。
そう決意するシキであった。
決して細々と言われる小言への報復ではないので、悪しからず。