精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
シキはコンスタンティンとの釣り中の会話の中で、サンルスカ侯爵家の粛清の話を聞いた。
第二王子派の壊滅により裏世界のバランスは大きく崩れ、新たなる秩序が求められている。
サンルスカ侯爵家も粛清される側だが、身を切り膿を出すことを条件に取り潰しは免れた。
そして膿として切られるのは、ジーナの父である侯爵家当主ガーランドとダナンだ。
ガーランドはダナンの管理不行き届きを理由に、当主の座をジーナに譲って隠居。
ダナンには違法な奴隷や麻薬に関与し国を乱したとして内乱罪が適用される。
表向きには侯爵家の中でも、ダナンだけが裏世界と関わっていた……という設定だ。
本来なら侯爵家全員が連座で極刑だが、王族の温情でダナン本人のみ極刑。
配偶者や嫡子には最大限配慮された罰が与えられるという。
この沙汰を下すまでに、王族と侯爵家で様々な駆け引きや取り引きがあったとか、なかったとか。
逃げるダナンを追い詰めたと聞いて、シキはイザベラのことを思い出す。
本人は純粋培養の箱入り娘だったが、周囲が犯罪に手を染め真っ黒だったため、ずるずると裏世界に引きずり込まれる。
しかもダナンと行動を共にしているというので、居ても立ってもいられずゼーレに扮して粛清部隊に参加したのであった。
先んじて部屋の隅で気配を消して待機していると、イザベラを連れたダナンが登場。
追い詰められ逆上したダナンが、イザベラを床に叩きつけようとしたので、その両腕を剣で斬り飛ばして救出した。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 腕が! 腕が!」
「アリス、止血だけして」
「はい。ジーナ様」
ジーナの部下で元貴族令嬢のアリスがダナンに近づき、治癒魔術で両腕の傷口を塞ぐ。
同じく元令嬢のティオがダナンの動きを警戒していたが、両腕を斬り飛ばされすっかり戦意は喪失している。
隣の部屋の戦闘もすぐに終了。
処置を終え呆然としているダナンを、他の粛清部隊員が部屋の外へ連れていった。
「ゼーレ様。イザベラ様も治療を」
「問題ない。もう済ませてある」
「え?」
ゼーレの発言を聞いて驚いたのはイザベラ本人だ。
確かにいつのまにか肩と腕の痛みが引いている。
皆がダナンに注目している間に、ゼーレは手早く Break off Online 製の治療薬を散布していた。
「イザベラ、救出するのが遅くなってごめんなさい。辛い思いをしたでしょう」
「いえ、助けて頂きありがとうございます。ジーナ様。それとゼーレ様、ですか? もう大丈夫ですので降ろして頂けますか」
「そうか? 体は震えているようだが」
「……っ」
ゼーレに抱きかかえられたまま、イザベラが自身の体を両腕で抱きしめる。
自分でも震えには気付いていなかった。
「あ、すまん。こんな無骨な体で抱かれていても痛いか。それにいつまでも淑女に触れているのも無作法だったな」
「いえ、そういうわけでは……ですが、もう立てますので」
イザベラに促されてゼーレがゆっくりと彼女を下ろす。
その間、ジーナから謎の熱視線を浴びたため首を傾げる。
「ジーナ様?」
「なんでもないわ」
「改めて助けて頂きありがとうございました。旦那様を生かして捕らえたということは、秘密裏に葬るのではなく公の場で裁くのですね。私も命をもって償う覚悟はできています」
「いいえ、イザベラ。貴女は罪に問わないわ。夫であるダナンの悪行を知らずに嫁いだ、哀れな娘という役を演じて欲しいの」
「それはいけません。罪は正しく裁かれるべきです。私は旦那様と一緒に断頭台へ送られることを望みます」
「イザベラ、貴女は二つの侯爵家の闇に巻き込まれただけよ。ダナンの妻という立場もあって私が口出しするのも難しかった。こうなるまで助けられなくて本当にごめんなさい。貴女に罪はないわ。元通りとまではいかないけれど、侯爵令嬢に戻っていいのよ」
イザベラからするとジーナの申し出は予想外だった。
ジーナはダナンと違い侯爵家……ひいてはレドーク王国全体に利益をもたらすために、裏世界を管理していたはずだ。
ジーナに優しさが残っているなど想像していなかった。
とはいえ今更情けをかけられても遅い。
「ジーナ様、私は疲れてしまいました。裏世界の住人とはいえ何人も毒殺しています。きっと殺した彼らにも昔の私のような、何も事情を知らない家族がいるのでしょう。そんな人たちのいる場所に戻れとおっしゃるのですか。どんな顔をして戻ればよいのですか。私は表向きはいい人を装っていたお父様やお兄様とは違う! ……お願いです。もう許してください。私から罪を償う機会を奪わないでください」
「イザベラ……」
「死ねば罪はチャラなのかねぇ」
それはぼそりと呟かれた割にはっきりと聞こえた。
だからその場にいる者たちの視線がゼーレに集まった。
「失礼。思っていたことがうっかり口をついてしまったようだ。イザベラ嬢、君は死をもって罪を償うつもりのようだが、その覚悟はあるのか?」
「もちろんです」
「ならどうして未だに、君の肩は震えているんだ?」
「……っ」
「本当は死にたくないんじゃないのか?」
ゼーレは兜を被っているため顔は見えない。
それなのにイザベラは、隠している本心を見透かされているかのような気がした。
「君の事情は聞いている。何も知らずに裏世界に放り込まれ、望まない行為を強要された。俺が同じ立場なら理不尽に怒りを覚える。君だってそうだろう?」
「……なら」
「うん?」
「それなら、どうすればよいというのですか! たとえ強要されたことでも、私が殺したことには変わりはありません」
「ジーナ。イザベラ嬢が毒殺したのは、裏世界のルールから逸脱した者たちで合っているか?」
「ええ、そうよ」
「仮にその者たちの悪行が隠せなくなり、表沙汰になった場合どうなる?」
「一族もろとも極刑でしょうね」
「ではイザベラ嬢が秘密裏に暗殺したおかげで、一族は救われたわけだな」
「……!? そ、そんなのは詭弁です」
「イザベラ嬢。君は罪を犯したが、その罪で救われた者がいることは紛れもない事実だ。そして君が救われる立場になる未来もあったかもしれない」
人が作る法律は完璧ではない。
特に文明レベルの低い異世界では、時の為政者の匙加減でどうとでもなる。
法整備の不足だってあるだろう。
裏世界の役割とは、法律で縛ることのできない連中を制御するための必要悪であった。
「で、でも……私は、人を……」
「君の罪は君だけのものではない。君を陥れた者たちにも責任がある。どうしても罪の意識に苛まれるのであれば、俺たちにもその罪を背負わさせて欲しい」
ゼーレが無骨な手の平でイザベラの頭を優しく撫でる。
「イザベラ、君は生きていいんだ」
「あ……あぁ………」
生きていてもいい。
望んでいた言葉を聞いて、イザベラの両目から止めどなく涙が零れる。
崩れ落ちそうになったところを、ゼーレがそっと支えた。
そう、イザベラだって本当は死にたくなかったのだ。
何も知らされずに十五歳まで生きて、何も知らされずに裏世界に放り込まれた。
こんな理不尽なことはない。
この世に生まれてからまだ何もしていない、できていない。
無垢だった頃には二度と戻れないからこそ、余計にあの頃への憧れを強く抱くようになっていた。
こうしてダナンの支配から解放されたイザベラは、ようやく罪を分かち合える仲間との出会いを果たす。
気が付けば、体の震えは止まっていた。