精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
コンスタンティンとの語らいやイザベラ救出があった数日後。
予定通りエンフィールド辺境伯領に、イルミナージェ第一王女を乗せた馬車が到着した。
「およそ二週間ぶりですね。シキ」
「はい、イルミナージェ第一王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
今は公館の前なので、お互いに表向きの対応をしている。
跪き一礼するシキへ鷹揚に頷いたイルミナージェは、その隣で同じように跪いている少女に視線を向けた。
「リティス・タクティス。貴女とは授与式ぶりですね。息災でしたか?」
「イルミナージェ第一王女殿下おかれましても、ご健勝のこととお慶び申し上げます」
彼女はエンフィールド辺境伯領に隣接するタクティス子爵家の娘で、シキやエリンとは旧知の仲である。
エリンと同じ【剣神の加護】を持ち、領兵に混ざって魔獣討伐に繰り出したりするお転婆娘だ。
なんでもイルミナージェに呼ばれたそうで、昨日エンフィールドに到着していた。
昨日挨拶したときは貴族令嬢らしく質素ながらも上品なドレス姿だったが、今日は何故か騎士鎧を纏っている。
まるでこれから戦場に赴くかのように、表情も引き締まっていた。
理由がわからずシキが首を傾げていると、
「シキ。申し訳ありませんが、領地運営に関する打ち合わせは明日以降とさせてください」
「それは構いませんが、何か急ぎの用事がありましたが?」
「領地運営に影響を及ぼす、重要な案件があるのです」
「えっ、それは一体……」
シキが聞き返そうとした時、不意にリューナが現れた。
〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉のコアAIである彼女は、ボリュームのある金髪が特徴的な美女だ。
髪にボリュームを生み出しているのは、その立派な縦ロール。
所作もメリハリがあり気品が溢れている。
ドレスを纏えば上位貴族か王族にしか見えないが、現在は Break off Online 製の軍服姿。
普段から凛とした佇まいだが、今日はいつも以上に周囲へ威圧感を放っている。
「リューナ、任せたわよ」
「ええ」
「……あっ」
オルティエとリューナのやりとりを見てシキは察した。
察したシキを見てオルティエがあえて提案する。
「マスターも参加しますか?」
「遠慮しとく。てか俺がいたら絶対駄目なやつでしょ」
オルティエは微笑みを湛えるだけで、何も答えなかった。
「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。早速ですが、第一回エンフィールド家細君会議を始めます。司会は私、ガラテア・ウォルトが務めさせて頂きます」
公館の執務室に集まったのは、ガラテア、イルミナージェ、リティス、リューナ、ウルティア、エリン、そしてエフェメラの七名だ。
会議用の細長いテーブルを囲うようにして皆が座っている。
「また此度の会議は非公式のものであり、お互いの認識に齟齬がないよう事実確認する場でもあります。身分等は気にせず、皆が平等の立場で忌憚のない意見を述べるようにしてください」
ガラテアが周囲を見回し、異議がないことを確認してから話を進める。
「第一回の議題はシキ・エンフィールド辺境伯の正妻及び側室候補への意思確認と、内定者の選定になります。まずレドーク王国としての声明ですが……」
「先に良いかしら」
「はい、どうぞ。リューナさん」
わざとらしく言葉を遮ったリューナに対して、表情を硬くしたガラテアが発言を認める。
「エンフィールド辺境伯領がレドーク王国の一部である以上、対外的にふさわしい人物が正妻に立候補することは許しましょう。ですがそれはあくまでレドーク王国側の都合。シキ様……ミロードが望まなければ、きっぱり諦めてもらいます」
その上から目線の発言に、執務室の空気は凍り付く。
これに反論したのはイルミナージェだ。
「レドーク王国側の都合と言いますが、仮に家格の釣り合わない者を正妻にした場合、外交面で不利になるのはエンフィールド辺境伯領ではないでしょうか」
「あら、そんなことでエンフィールド辺境伯領が困ると本気で思っているのかしら。大樹海を含めた広大な領地、そこから産出される高価な魔獣素材、亜神をも打ち倒す精霊の力。その気になれば辺境伯領は自立できるというのに」
「辺境伯領発展のためには私やガラテアの協力が必要不可欠だと思いますが、切り捨てるのですか」
「本当に必要不可欠かしら? ミロードが望む領地発展と、貴女たちの考えている領地発展は本当に同じもの?」
「そ、それは」
痛いところを突かれてイルミナージェは言い淀む。
シキの望む領地発展とは、エンフィールド男爵領だった頃の領民たちが、豊かに暮らせる環境のことを指していた。
エンフィールド辺境伯領は急激に人口を増やしているが、そのすべてが他所からの流入である。
元々の領民の数は百人もいないので、外からの流入が進めば進む程、その割合は減っていく。
穿った見方をすれば、レドーク王国民を使った侵略とも言える。
イルミナージェはそれを理解したうえで領地開発の支援をしていた。
「まぁまぁ、そんなに王女殿下を責めなくてもいいじゃない。あの子も領地発展を望んでないわけじゃないし。都会のように発展して、暮らしやすくなったエンフィールドをマリナに見せたがっていたもの」
「エリン。貴女はどちらの味方なのかしら?」
「両方の味方よ。私は何番目でも構わないから。シキのお嫁さんになれるならそれで十分」
「話は聞いていましたが、改めて宣言されるとこうなんというか、破壊力がありますね」
「そうですね……」
シキの義母エリンのインモラルな発言に、ガラテアとイルミナージェが引いていた。
義理とはいえエリンとシキは母子の関係である。
法的に婚姻関係を結ぼうとするなら、色々と準備が必要だ。
まずシキとの養子関係を解消し、次にエリンをエンフィールド辺境伯家から除籍する。
その両方を行わない限り、エリンとシキは家族関係にあるからだ。
何なら内縁でも構わないエリンだったが、その場合は法的な婚姻関係より外聞が悪い。
そういった問題を加味しての、何番目でも構わない発言であった。
「まぁいいでしょう。私が言いたいのはミロードの気持ちが最優先ということです。打算で近づくようであれば排除します」
「ではエアスト村出身のリューナさんたち十二名も打算ではないと?」
「当然です。その愛情の形は様々ですが、我々は貴女方よりもミロードと深い関係にあります」
その深い関係とは一体何なのだろうか。
エンフィールド大樹海の奥地にあるとされるエアスト村。
リューナたちはそこの出身だというが、イルミナージェもガラテアも信じていない。
驚異的な戦闘力、優雅な所作、豊富な教養、洗練された服装。
そんな存在が文明のない僻地に十二名も存在するのだろうか。
つまりまだ知らされていない秘密があり、親密度はリューナたちのほうが上であることは間違いない。
くやしいがそこは認めざるを得ないし、イルミナージェは最初からそこで戦うつもりはなかった。
同じ立場であるはずの聖女ウルティアが、妙に余裕の表情を浮かべているのが気になったが。
「リューナさんのおっしゃる通りなのでしょう。そこは認めます。その代わりと言っては何ですが、私たちが表向きは正妻もしくはそれに近い立場になることで、政治や外交といった面倒ごとを一手に引き受けますので……」
「ちょっと待ったーーーーーーー!」
ここで執務室に乱入者が現れる。
扉がバンと開かれ、そこに仁王立ちしているのは小柄な美女だった。
艶やかな褐色の肢体を、露出度の高い漆黒のドレスが彩っている。
無造作に伸ばした長い銀髪は絹のようにサラサラ。
つぶらな瞳は碧色で宝石のような輝きを放っている。
背丈はシキより少し大きいくらいで、あどけなさの残る顔立ちをしているが、妙に大人の色香を漂わせていた。
体つきが
そして耳は
エアスト村からの新たなる来訪者、〈GS-202 マニ・ルーン〉その人であった。