精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「あら、何の用? マニ」
「あらじゃないし。我の存在がカウントされてなかったじゃろうが。そこな王女よ。エアスト村出身で主に仕えるのは我を含めて十三人だ」
「えっ、どうして会話が聞こえていたのですか?」
仮にもここは政務を行う執務室である。
防音対策はしっかりされていた。
「そこに三匹の使い魔がおるじゃろ。こやつらを通して会議の様子を見聞きしていたのさ」
マニに言われて初めてその存在に気が付くイルミナージェ。
部屋の隅に設置された書棚の天井に一羽の
ぴくりとも動かずにいたため、気配すら感じなかったのだ。
来客用ソファの上では黒猫が丸くなって寝ているし、ガラテアの執務机の端には鼠もいる。
「あ、セレネちゃん」
猫
前回は主であるマニの命令で逃げられず猫吸いをキめられたが、今回はそのような指令は出ていない。
なので全速力で烏のヘカテがいる書棚の天井奥に逃げ込むのであった。
「冒険者ギルドに凄腕の魔術師が現れたと報告は受けていたが、貴女もエアスト村出身だったのか」
「うむ。というわけで以後よしなに」
「もしかして今後も増える可能性がありますか?」
「うーん、どうかなぁ。増えるかもしれないし、増えないかもしれん。まぁ多少増えても誤差じゃろ……あー、十四人には確定でなるかも?」
「誤差でシキのお嫁さんが増えるのはどうなのかしら」
「それも為政者の甲斐性というものだよ、母君」
「話をまとめると、序列という意味ではエアスト村の十三名が上で、十四番目が正妻ということでよろしいですか? 十四番目って正妻なんですかね?」
自分で言っていて、わけがわからなくなるガラテアである。
「真実としてはね。ただ公表する時は正妻が一番目で構わないわ。私たちはこの国、いいえこの世界の常識に囚われる存在じゃないもの」
ちょいちょいマウントを取ってくるリューナに苦笑いしつつ、ガラテアが各々の意見を取りまとめていく。
ひとつ、序列は絶対だがお互いに敬意を払うこと。
ひとつ、シキが認める限り側室の人数に制限はかけないこと。
ひとつ、シキへの裏切り行為は相応の罰をもって償うこと。
ここでいう裏切りとは利敵行為を指していて、いわゆる打算……政略結婚でもシキが許すなら構わないということになる。
そもそも正妻を迎える意図が政略結婚なのだから当然ではあった。
もちろん政略結婚と恋愛結婚は両立するが……。
「次に内定者の選定ですが、正妻の座には私ガラテア・ウォルトが立候補します」
「な!? それはいったいどういうことですか!」
「どういうことも何も、現在のシキ殿の婚約者は私なのだから当然の流れでは?」
「それは他の有象無象を寄せ付けないための方便でしょう!」
目覚ましいスピードで成り上がるシキには、多くの令嬢が殺到することが予想された。
なので防波堤代わりとして、ガラテアが婚約者というポジションについたのだ。
当時のシキは御前試合で〈雷霆〉ランディと互角に戦い、エンフィールド大樹海の魔獣素材の価値が認知され始めた頃。
王族を嫁がせる程ではないが、まだまだポテンシャルは秘めていそうだし、適当な令嬢と結ばれて派閥のパワーバランスが崩れても困る。
シキはまだ未成年だし、とりあえずキープしておくか……といった思惑が働いていた。
イルミナージェとしては最初から結婚する気満々だったが、それができなかったため、年も離れていてライバルに成り得ないガラテアを選んだというのに。
本人も防波堤だと理解した上での合意だったはずが、まさかの裏切りである。
「いやー最初は私も本気じゃなかったですよ? でもさシキ殿、十二歳とは思えないくらい賢いんですよ。普通に税や法律の内容を理解して、質問したり意見したりしてくるんだもの。知識は不足していても、あっという間に吸収して自分のものにしちゃうし」
それはシキに前世の知識がある大人だということと、オルティエのサポートのおかげだった。
小型情報端末のスキャン機能で、レドーク王国の王城にあった書物はあらかたデジタル万引き済みで、その中には税や法律に関するものもある。
情報は持っているのでそれを使いこなせる頭脳があれば、さぞかし有能に映るであろう。
「それにね、シキ殿が提案したあのグラフというのは素晴らしい! 画期的だよ、数字が見えるようになるんだ。しかも前年と比較したりもできる。グラフを活用すれば部下への説明も簡単。他にはダムという治水施設の発想も素晴らしい。流れてきた水をどうにかすることばかり考えていたけれど、流れてくる水そのものを上流で制御するなんて……。しかも逆に日照りの時は貯め込んだ水を放流することもできる。工事費用に見合う効果が出るかは要検証だが、ダムはものすごい可能性を秘めているよ」
ちなみにシキはダムの専門知識など持っていない。
そういう仕組みのものがあると知っているだけだが、この気付きというのが重要なのである。
「私より賢い殿方に初めて会ったよ。そんな素晴らしい人物に惚れないほうがおかしいだろう?」
「ガラテア、貴女は見る目がありますね」
「ちょっ、リューナさん!?」
こちらを敵視していたリューナまでガラテアを認め始めたものだから、イルミナージェとしてはたまったものではない。
エンフィールド辺境伯領への貢献という意味では、イルミナージェが最も活躍している。
開拓団の陣頭指揮、費用負担、派遣する職人や商人の身元調査及び根回し、最新設備の導入etc……。
さすがにそれらの成果だけをアピールするのは悪手だ。
この場はあくまで内定者の選定であり、正妻を正式に決める場ではない。
だからこそ今後のために、しっかり意思表明はしておかなければ。
「もちろん私も正妻に立候補します。私は暗殺されそうになったところを、シキ様に助けられました。私がエンフィールドを訪れたのは古い盟約を頼ってのことでした。ただその盟約は偽物でした」
レドーク王国の女性王族だけに伝わる盟約があったと、イルミナージェは皆に説明する。
その内容は「レボーグ王家が腐敗し、民を苦しめるような事態に陥った時、エンフィールド男爵家が精霊の力を使い現王家を打倒し、新たな王として君臨する」というもの。
これは当時のエンフィールド家当主が王女を口説いた時の文句に、尾びれ背びれがついたもので、実際にはそんな盟約はなかった。
それでも政治の道具として使われてきた歴代の女性王族たちの、心の支えになっていたことは確かである。
「お婆様やお母様から盟約の話を聞いて、御伽噺の英雄のようだと憧れ、心をときめかせたものです。そしてシキ様は盟約の内容以上に優れた才能を持つお方でした。シキ様に尽くすことがレドークの女性王族たちの悲願であり、運命だと言っても過言ではありません」
それにシキはコンスタンティンの息子である。
齢十二歳とまだ幼いが、出会った頃より顔つきが少しずつ大人びてきていて父親に似てきた。
割と表情豊かなシキに比べると、コンスタンティンは常にポーカーフェイス。
端正な顔と無表情が合わさり、周囲に冷たい印象を与えていた。
だからこそ稀に見せる優しい眼差しや微笑みの威力たるや、すさまじいものがある。
その一瞬を見逃さないために、会った時は密かにコンスタンティンの顔面を注視している叔父好きなイルミナージェであった。
シキが大人になればコンスタンティンに似た美丈夫になるだろう。
それでいて表情は豊かだろうから……あれ、それって控えめに言って最高では?
稀だから価値がある? そんなことはない。
好きな人の笑顔はなんぼあってもいいのだ。
「王女よー、帰ってこい。シキニウムを補充している時のアリエみたいな、やばい表情になっておるぞ」
「っ、失礼いたしました」
「……ふむ。イルミナージェ王女殿下、貴女のことを少し見直しました。しっかりミロードの良さを理解しているようですね」
「えっ」
何故かリューナの評価が上昇してイルミナージェは戸惑う。
シキに尽くすと宣言してから、ちょっとあれな表情で呆けていただけなのだが……。
リューナも隙がないかと思いきや、シキ絡みとなると結構ポンコツだった。
「シキの良さを語れば認めてくれるのかしら? トラステン男爵家を相手にした大立ち回りは凄かったわよ」
「それなら私は孤児時代の話ができる」
「わ、私もっ」
エリン、ウルティア、リティスも負けていられないと、シキとのエピソードトークを次々と繰り出していく。
その横ではエフェメラが楽し気に耳を傾けている。
十年間離れ離れになっていた息子の色々な話が聞けて、感無量なのであった。