精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
311話 事象の地平線
「遂に来たわね」
巨大質量同士の衝突により眩い閃光が迸る。
それは1800万km先の宇宙空間で起きた現象であり、観測した閃光は60秒前のものだ。
遅れて衝撃もやってくるだろう。
それまでに出来ることをやらなければならない。
まず鹵獲した機体を起動させる。
暗闇に覆われていた
各部位の装甲に統一感はなく、軽量級や重量級、対物理や対プラズマ用の装甲が混在している。
駆動系や配線が剥き出しになっている箇所もあった。
コックピットには生体反応がひとつ。
しかしバイタルサインは著しく低い―――いわゆる仮死状態であった。
次にこの戦艦に搭載されているマスドライバーを
マスドライバーとは、物資を射出して運搬する巨大カタパルトのことである。
動力には高圧ガスや電磁力などがあるが、この戦艦のマスドライバーは最新型の動力である荷電粒子を流用していた。
人類には
これは乗っ取った戦艦であるため、セキュリティの深部にあるメインエンジンのハッキングとなると時間がかかってしまう。
しかし後付けで増設されたマスドライバーの動力部ならセキュリティが幾分か甘い。
「……よし、繋がった」
マスドライバーの動力部にエネルギーを貯めていく。
過剰供給により
追加の警告として赤色灯の点滅が加わるが、やがて点滅すらなくなり視界が別の赤で染まった。
これは荷電粒子が収束、圧縮され続けることにより発生した光だ。
やがて空間の臨界点が崩壊。
不測状態となり縮退が始まる。
縮退した空間は分子レベルの極小サイズだったが、その威力はすさまじい。
マスドライバーが設置されている戦艦の後方部分が、縮退に巻き込まれて圧壊していく。
小型のブラックホールが生まれようとしていた。
あと数秒もすればブラックホールが発生し、戦艦を飲み込んでしまうだろう。
そんな戦艦の元へ、巨大質量が接近する。
1800万km先からやってきたそれは、機械仕掛けの彗星だった。
直径はおよそ1000km。
様々な機械や瓦礫を圧縮して作ったような彗星で、火星の表面を削ってもなお威力は衰えていない。
先程の閃光は火星と衝突した時に発生したものであった。
この彗星ことトレンタ級
遥か昔、恐竜絶滅の最大の原因となったのが直径10km程度の隕石だったが、今回はその比ではない。
衝突すれば地球は消滅する。
ゆえに様々な撃墜作戦が計画、実行されたが……失敗を繰り返し現在に至っている。
結局機棲骸の兵器を奪い、暴走させることによって対消滅を狙うという、奇想天外な作戦が成功しそうなのだから笑える話だ。
「ははっ、ざまぁ見ろだわ。この作戦を散々コケにした、企業役員共の吠え面が見られないのが残念ね」
彗星を消滅させるにはこの場に残って動力暴走を維持し、ブラックホールの発生を見届けなければならない。
要するに自爆であった。
無論このまま消滅する気はないので、鹵獲機体に自身の人格データを転送している。
動力制御にリソースを割いているため転送速度は遅かったが、ギリギリで間に合った。
人格データの送信完了と同時にブラックホールが発生。
そこへ彗星が突っ込んでくる。
次の瞬間、時が止まった。
明滅していた赤い光は止まり、音も衝撃も消え去り沈黙が訪れる。
光さえ飲み込む超重力の前では観測すら不可能。
全てが静止する世界でたったひとつ、動くものがある。
人型の残骸―――鹵獲機体だ。
鹵獲機体を固定していた格納庫のロックが外れ、空中にふわふわと浮かび上がると、ブラックホールに吸い込まれていく。
それは人類の科学では到達できない未知の力によるもので、超重力下でも潰されることなく活動している。
鹵獲機体が吸い込まれて消える直前、仮死状態だったバイタルサインに変化が起こる。
意識レベルが上昇し覚醒の兆候が見られた。
「バイタル安定……転送した人格データに破損なし。無事に起動したようね」
戦艦に取り残された人格データのコピー元、桜鈹重工のマザーAIであるマテリアは安堵した。
人格データの転送はコピーであり、コピー元は
戦艦の操舵室に搭載されている
それがマテリアである。
現在は鹵獲機体の未知の力により生きながらえているが、間もなくブラックホールに飲み込まれて消滅するだろう。
仮説の域を出ないがブラックホールの先には出口があり、ここではないどこかへと繋がっていると言われている。
作戦の性質上これ以外にマテリアが生き延びる可能性はなかった。
ブラックホールを抜けた先には、何があるのか。
「それは神のみぞ知る、かしら」
……科学の粋を集めて作られたマザーAIだというのに、柄にもないことを呟いてしまった。
マテリアが自嘲していると、鹵獲機体の影響が失われる。
「どうか無事でいてね。もう一人の私。それと―――」
超重力が戦艦と彗星を一瞬で呑みこみ、マテリアの意識もそこで途切れた。