精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「……先程はごめんなさい」
「いえ……」
先程までのことを思い出しているのだろう。
少女は耳まで真っ赤にして俯いていた。
強烈な殺気に当てられ、色々と緊張の糸が切れてしまった少女は、シキに跨ったまま泣きだしてしまった。
無理やりどかすわけにもいかず、なんとか上体だけ起こしたシキであったが、そこを少女に抱きつかれる。
整った綺麗な顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
そのまま胸元に顔を埋めてきたので、シキの服にべっとりと付着する。
女慣れしているシキではあるが、年頃の女性に裸で抱きつかれるのは初めての経験だ。
とはいえ状況が状況なので、ただ困惑するばかりである。
温かった下半身はひんやりしてきた。
原因を作った二人に抗議の視線を送るが、そのくらいで怯むオルティエとプリマではない。
大切な主に裸で抱きついている少女を、憎らし気に睨みつけていた。
さすがに殺気を放つのはやめていたが。
結局数分かけて少女を慰め、落ち着いたところでお互いにシャワーを浴び、食堂でようやく一息ついたところである。
少女には軍用のシンプルなTシャツとカーゴパンツに着替えてもらった。
雪のように白い髪と宝石のような赤い瞳が特徴的な少女は、胸に手を当て深呼吸してからシキに深々と頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。私はマテリア。
「俺はシキ・エンフィールド。マテリアさんもAIなのか。こっちの彼女は総合支援AIのオルティエです」
「……よろしく」
「ひっ」
オルティエは一礼しただけだが、マテリアは怯えるように肩を震わせていた。
「完全にトラウマになってるじゃん」
「情報交換をする前に確認することがあるわ。マテリア。貴女はマスター、シキ・エンフィールドの敵?」
「み、味方に決まってるじゃない。メナスという共通の敵がいるのに、人類同士でいがみ合ってどうするのよ」
「そんな建前の話は聞いていないわ。桜鈹重工は第7次機棲骸冊封戦役にて、競合企業のキサラヅと橋頭堡を守る共同戦線を展開。しかしキサラヅが補給部隊の到着時刻を偽った上で戦線から密かに撤退。戦力が半減し補給も届かず、戦線で孤立した桜鈹重工の部隊はメナスの攻勢に耐えられず壊滅。戦闘及び通信ログは何者かに改竄され、桜鈹重工が手柄欲しさにキサラヅへ偽の撤退命令を出した、というのが公式の発表。桜鈹重工は背任罪に問われ統企連から除名。凋落の一途を辿ったわ。これが統企連のアーカイブ情報よ」
「んんんん? 何を言っているの? キサラヅなんて木っ端企業じゃない。どうして大手の桜鈹重工と共同戦線を張るのよ。というかなんで三つも戦役が進んで……え、まさか」
「そのまさかよ」
オルティエが何もない空間からタブレットを取り出し、テーブルの上に置く。
エアスト村以外では使えない、Break off Online 製のガジェットだ。
「!? 今どこから……は? ……統宙歴794年って……うそ……」
タブレットの待機画面に表示されている年号を見て、マテリアが勢いよく立ち上がる。
そして天を仰いだかと思うと、その場に崩れ落ちた。
「ちょ、マテリアさん。大丈夫ですか」
慌ててシキが駆け寄り手を差し伸べる。
掴んだマテリアの手は、血の気が引いていて冷たい。
「はは……どうやら私、477年後の未来の地球に来たみたい」
「あー、マテリアさん。実はここは地球じゃないんです」
「へぇ、なら火星? それとも477年も経ってるから木星まで到達しているとか?」
疲れ切った、投げやりな表情で周囲を見回すマテリア。
格納庫や食堂には窓がないので、彼女はまだ外の様子を確認できていない。
「ここはアトルラン。地球でも火星でも木星でもなければ太陽系でもない、遠い場所にある惑星よ」
「何それ。いくら477年後でも、そんな聞いたこともない惑星まで来れるわけないじゃない……まさか、477年後というのも私を騙すための嘘なの!?」
悲嘆に暮れていたマテリアだったが、今度は急に怒り出す。
それを見てオルティエはやれやれと溜息をついた。
「何故そんな無駄なことをしなければならないのよ」
「ならアトルランとかいう天体の観測データを見せなさいよ。マザーAIをなめないで。全部解析して矛盾を暴いてやるんだから」
「その肉体でどうやって情報を取得するつもり?」
「ここに接続端子があるわ。接続深度はサード相当よ」
マテリアは白い髪をかき上げ、うなじを見せる。
そこには直径3センチほどの接続端子があった。
「はぁ、そんな古い物理端子、規格が合うわけがないじゃない」
「またそうやって馬鹿にして!」
「落ち着いて、マテリアさん。オルティエも喧嘩を売らないでよ」
「売っていません。事実を述べただけです」
シキがマテリアの肩を持つので、オルティエの表情が徐々に険しくなる。
あ、これはよくない。
オルティエの機嫌が悪くなっていくのをシキは感じ取った。
後でフォローしなければ。
などと思ってはいるものの、その認識は大分甘い。
危機感が足りていない。
ぽっと出のくせに親愛なるマスターに裸で跨り、様々な体液を擦り付けた生身の肉体を持つAI。
しかもその境遇から庇護される立場。
いつまでマスターの服の裾を握っている。
早く放せ。
オルティエの中で、抑えきれない嫉妬の炎が渦巻いていた。
また、それだけでなく―――。
「……ではその規格に合う無線端末を工学ドローンに作らせましょう。一時間もかかりません」
「ありがとうオルティエ。マテリアさん、その間に外に出てみます? 実際に見て感じてもらったほうが、ここが遠い惑星だとわかってもらえるんじゃないかな」
マテリアは外に出ることを承諾した。
エアスト村の外に向かう道すがら、シキは気になったことを質問した。
「マザーAIってなんですか?」
「桜鈹重工全体を統括管理するAIよ。末端従業員から社長の給与、商品の開発から量産販売、在庫管理。そのすべてを把握、フォローし、問題があれば是正や処罰する権限を持っていたわ」
「おお、めちゃくちゃ偉いですね」
「ええ、めちゃくちゃ偉かったのよ。桜鈹重工は五大企業のひとつで、統企連の常任理事企業だったわ」
Break off Online の世界情勢については、シキもオルティエからある程度聞いている。
メナスに対抗するために人類は兵器の開発に注力を注いだ。
その結果軍需産業を担っていた民間企業が力を付け、台頭し、やがて国や政府よりも強い権限を持つ存在となった。
ざっくり言えば天皇と幕府のような関係性かなぁと、シキは解釈している。
そして巨大企業が集まり組織化したのが統企連で、人類の事実上の最高意思決定機関だ。
「マテリアという自我が生まれたのは統宙歴110年。それから200年以上の間、様々な企業のAIとしてメナスと戦ってきたわ。基本的に実体を持たず、電脳空間から企業のサポートをしてきた。だからここまで精巧な肉体に入ったのは初めてのことで……遅ればせながら気が付いたのだけれど」
マテリアは額に手をやると、頭痛を和らげようとするかのように指で揉んだ。
「人間の発する脳内分泌にまだ慣れていないみたい。だからさっきからずっと感情に振り回されているの。精神が肉体に引っ張られている、とでも言うのかしら。普段はここまで感情的じゃないのよ? だからシキさん、オルティエさん、先に謝っておくわ。ごめんなさい。今後も取り乱すことがあるかもしれない」
「わかりました」
丁度会話が終わったタイミングで、エアスト村の外へと出た。
エアスト村はエンフィールド大樹海の北西に位置する、巨大な崖の中腹にある。
中腹には元々天然の洞窟があり、そこを掘り広げて拠点にしたのだ。
洞窟の外は広場になっていて日当たりも良好。
「ふわ……眩しい。そして暖かい」
生身で初めて日の光を浴びたマテリアが、掌を顔の前に翳して青空を見上げた。
肌に受ける温もりを噛みしめるように目を細めていたが―――不意に周囲が暗くなる。
「えっ」
太陽を遮るようにして現れたのは、
漆黒の鱗に大きな翼と尻尾。
大きな顎には鋭い牙がずらりと並び、赤い瞳がこちらを見下ろしている。
周辺のパトロールをしていた黒き竜シュヴァルツァが、丁度帰ってきたのであった。
「Gyaoooooooooooo!(シキしゃん! チョコ! チョコ!)」
興奮した様子のシュヴァルツァが咆哮。
顎からは大量の涎が零れ、その真下で咆哮に驚き硬直していたマテリアに直撃した。
「ひうっ」
「うわぁ、マテリアさん!」
頭から生臭い粘液を被ったマテリアは、初めて生身で対峙する巨大生物への恐怖に耐えきれず失神。
慌てて抱きかかえたシキ共々、もう一度シャワーを使うはめになった。