精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「そうよ、きっと幻覚だったんだわ。あんな巨大な生物がいるわけないもの。あそこまでリアルな幻覚を見ることができるなんて、凄いわね人体」
場所は再びエアスト村の食堂。
椅子に座り背を丸めたマテリアが、現実逃避するかのように呟いている。
黒竜シュヴァルツァはシキに会う度に好物のシリアルバー(チョコ味)をもらっていたので、シキを見ると条件反射で涎が出るようになってしまっていた。
パブロフの竜である。
「現実よ。受け入れなさい」
「生身の人体って静かでいいわね。ネットワークに繋がっていないからデータを取得しなくて済むもの。私は私だけの世界で生きるわ」
「いいからこれでさっさとオンラインになりなさい」
オルティエが手に持っているのはボールペンほどの大きさのオス端子だ。
それはシキたちが二度目のシャワーと着替えをしている間に完成した、マテリア用の無線端末であった。
「うわ、結構長いね。それをうなじの端子に差し込むんだよね? 首を貫通しちゃわない?」
「角度的には頸椎に沿った端子なので問題ありません」
「はぁ、仕方ない。オフラインはオフラインで落ち着かないし挿入れますか」
恥じらいながら髪をかき上げ、うなじの端子を見せるマテリア。
「シキさん、私初めてだから優しくしてね。こんなに太いの入るかしら……ぎゃっ」
端末はシキの手に渡ることなく、無表情のままキレたオルティエによって端子へと叩き込まれる。
衝撃で仰け反ったマテリアは目を見開き、虚空を見つめた状態で停止した。
「マテリアさん、大丈夫?」
一分ほど瞬きもせず硬直していたマテリアであったが、我に返ると頭を抱えて机に突っ伏す。
「あああああああああ! 数字は嘘をつかない! スキャンされた天体、生物、あらゆるデータに一切の矛盾なし。欺瞞工作にしては情報量が膨大すぎる。誰が騙すという目的だけのために、この世界に住む住人一人一人のパーソナルデータを用意する? しかも小型情報端末でリアルタイムに観測している? 477年の歳月で大規模シミュレーションが可能になった? ううん、違う。彼らは間違いなく生きている。生身の肉体を手に入れたからこそわかる。てか魔術? 魔獣? 神の加護? 何それ。あははははははは!」
無線端末から証拠となるデータを受け取ったマテリアが叫ぶ。
とうとう奇声を上げて頭を机に叩きつけ始めたので、シキが慌てて止めに入る。
「マテリアさん! 落ち着いて」
「脳内分泌に抗えない! 感情が溢れる! シキさん助けて。怖いよ」
今度はシキに縋りつき嗚咽を漏らすマテリア。
情緒がもうめちゃくちゃであった。
『マスター、そのまま聞いてください。マテリアに挿した端末には彼女の位置情報やバイタルを監視し、いざというときは殺すための爆弾が仕込んであります』
「!?」
物騒な言葉に思わず体を強張らせたシキであったが、胸の中で泣き続けるマテリアには気付かれなかった。
どうして? という疑問の視線を投げかけられて、オルティエがボイスチャットで説明を続ける。
『これから本人がどこまで告白するかは不明ですが、マザーAIマテリアの経歴は裏切りだらけです。己の利益のために所属していた企業を裏切り、転々としています。メナス打倒という点では共闘できますが、それ以外では簡単に裏切る女で信用できません。それに加えて―――』
オルティエの声を遮るように、マテリアが独白した。
「Break off Online ? ゲーム? なにそれ、ふざけないでよ。私……私たちは確かに存在しているわ。創作物なんかじゃないんだから」
『―――彼女は、シナリオ外の存在です』
オルティエの表情は、どこか悲し気だった。
そういえばマテリアや人型メナスの情報は図鑑に載っていなかったことを、シキは思い出す。
〈妖星の昴〉、〈妖星の落とし子〉、〈妖星の遺子〉についてはしっかり載っているので、図鑑の更新タイミングは遭遇した直後のはずだ。
まだまだ検証数が少ないので断定とまではいかないが、マテリアと人型メナスはシナリオ〈外征輝星たちの伝承詩〉とは無関係の存在である可能性が高かった。
そうなると確かに味方とは断定しにくい。
しかもマテリアはシキ以外で初めて、Break off Online がゲームだと認識する存在だ。
スプリガンたちとの間に不和が生じなければよいのだが……。
「ふわふわで気持ちいい」
「あはは、くすぐったいよ。マテリアお姉ちゃん」
シアニスを膝に乗せたマテリアが、犬耳に頬ずりしている。
マテリアが泣きながらシキに抱きついて離れなかったので、オルティエが代わりとしてシアニスを召喚したのだ。
シキから引き剥がされても泣いていたマテリアだったが、すぐに犬耳の虜になる。
勝手にお姉ちゃん呼びを強要しているが、シアニスはあっさり受け入れていた。
シアニスは人懐っこい性格で、泥棒に対しても尻尾を振ってしまうタイプの番犬だ。
尻尾も機嫌よくマテリアの胸元で揺れている。
なお
「
「当たり前でしょう。マスターの許可もなしに〈
「懐かしい二つ名だわ。そんなことまで統企連のアーカイブに載ってるの? 私の最期はなんて書いてあるの?」
「統宙歴317年。地球への衝突が危ぶまれたトレンタ級メナスに対し、統企連の制止を振り切り鹵獲戦艦の動力部を故意に
「そのくらい何よ。地球に衝突して滅亡するよりましじゃない」
「ブラックホールに飲み込まれた貴女は知らなくて当然だけど、地球ではトレンタ級メナスの軌道を逸らすための衛星兵器が用意されていたわ。名称は星間物質型弾体加速装置。通称〈レーヴァテイン〉よ」
「え、嘘でしょ。完成していたの?」
「貴女が敵艦隊に潜伏し、通信を途絶させた48時間後に公式発表があったわ。地球全域の発電エネルギー七日分を消費するうえに、一度しか撃てない試作機だけれど威力は適切。運用されていれば、ブラックホールを作るより被害は少なく済んだでしょうね」
「そ、そんな……」
驚愕の新事実に、マテリアが驚き目を見開いた。