精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~   作:忌野希和

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93話 また髪の話してる

「シキ、もう駄目。誤魔化しきれない」

 

「そんな! なんとかしてよ母様」

 

「無理よ。だって、私も……我慢できないもの!」

 

「そんな、うわぁぁぁぁぁっ」

 

「お待たせしました……あらあら、出直した方が良いかしら」

 

 イルミナージェがエンフィールド男爵家の屋敷を訪れると、エリンがシキを後ろから羽交い絞めにしているところだった。

 エリンはシキの頭に顔を埋めて深呼吸をしている。

 

「か、帰らないでください。王女殿下」

 

「すぅーーーはぁーーーーー。ああ、なんていい匂いなの」

 

「匂いを嗅ぐなら自分の髪の毛にしてよ母様。どうせ同じ匂いなんだから」

 

「えーだって自分の髪の毛の匂いを嗅ぐって、なんだか変態みたいじゃない」

 

「人の頭の匂いを嗅ぐほうが変態だよ……はい、おしまい!」

 

 シキはエリンの拘束をするりと抜けてイルミナージェを出迎える。

 

「わざわざ屋敷までお越し頂いて申し訳ありません。イルミナージェ第一王女殿下」

 

「いいえ、盗聴のおそれのない屋敷に招いたということは、重要なお話があるのですね? そう、例えば二人の髪の毛が艶も良ければいい匂いもしている理由ですとか」

 

「えーっと、お招きした目的はその件ではありません。状況からしてそう思われても仕方ないですが……」

 

 イルミナージェがじっとシキの頭を見つめる。

 シキとエリンの髪の毛が艶やかでいい香りなのは、シャンプーとリンスのおかげだ。

 

 それは以前CRで購入した中型戦術車両の中にあったシャワールームに備えられていたもので、アトルランの洗髪事情と比べると遥かに先進的である。

 一般的に使われている石鹸より汚れがよく落ちて、艶が生まれていい匂いもする。

 

 エリンに提供したら一発で虜になってしまった。

 もちろんシキもスプリガンに出会うまではアトルラン基準の洗髪で我慢してきたので、シャンプー&リンスとの再会にはとても喜んだ。

 

 しかし日常使いするには供給量の問題があった。

 シャンプーとリンスはあくまで中型戦術車両のシャワールームに付いているおまけであり、これのために中型戦術車両を大量購入するのは勿体なさ過ぎる。

 なので一度は使用するのをやめたのだが……。

 

「前に一度エリンから良い香りが漂ってきたことがあったのです。香水とは違った清涼感のある香りで気になったのですが、その一度きりだったので気のせいかと思いました。ところが最近は毎日のようにエリンから匂いがするではありませんか! それに匂いだけでなく艶まで!」

 

「母様、使用は週に一度って決めたじゃないか」

 

「だってぇ、一回これに慣れちゃうともうやめられないの。石鹸にはもう戻れないわ。というかシキだって最近毎日のようにシャンプー使ってるじゃない。貴重じゃなかったの?」

 

「うっ、それは……」

 

 エリンに指摘されて気まずそうにシキが視線を逸らす。

 秘密基地エアストを開発していていくつか発見したことがある。

 

 〈物品庫〉をCRで購入し設置したのだが、空の倉庫かと思いきや中には物品がぎっしり詰まっていたのだ。

 物品とは日用品のことのようで、調理器具、食器、衣類 (インナーがメイン)、石鹸(シャンプーとリンスも含む)、洗剤、バケツ、家具、保存食(糧食)などが棚に並んでいた。

 

 相変わらず品揃えは軍事用に偏っているが十分すぎる内容で、シャンプーもシキやエリンの数名が使うだけなら年単位でもちそうだ。

 それでいてコストは中型戦術車両の半分くらいなので、その気になれば大量調達も可能。

 

 というわけで毎日シャワーを使うようになったシキであった。

 人類は一度知ってしまった快適さを捨てることはできないのである。

 

 ちなみにオルティエも〈物品庫〉に中身があることを知らなかったようで、シキの役に立てなかったとシュンとしていた。

 それもそのはず〈物品庫〉の説明文は「物品をしまい込んでおける倉庫」としか書いてなかったので、中身があるとは思わないだろう。

 

 どうして「物品がしまい込んである倉庫」じゃないのか。

 説明文もスプリガンの武装などと比べても非常にシンプルで、なんだかゲームとしての粗を見つけてしまった気分になるシキであった。

 

「えーっと、ある程度の調達は見込めるようになったんだ」

 

「本当!? 嬉しい! これで惜しみなくシャンプーが使えるわね」

 

「いや、惜しみはあるから……」

 

「シャンプーというのですか? その髪を綺麗にする石鹸のようなものは。是非私にも譲っていただけないかしら。お代は支払いますわ!」

 

 鬼気迫る表情のイルミナージェに両手を掴まれシキはたじろぐ。

 やはり女性にとって髪は命なのかなぁとぼんやり思ったシキだが、イルミナージェはその先を考えていた。

 

 オルティエの衣装同様に、貴族社会への革命をもたらす逸材になるに違いない。

 是が非でも調達して可能ならシャンプーとやらの再現、不可能なら定期的な供給が欲しかった。

 

「すみません。本当に売るほどはないんです」

 

「そうですか……もし売っていただければなんでもしたのですが」

 

「!? 姫様!」

 

 イルミナージェの問題発言に背後で控えていた護衛騎士のテレーズが声を荒げた。

 

「ふむ、なんでも……」

 

「シキ殿!? 冗談ですからね!」

 

「実は本日お呼びした件なのですが、〈慧眼卿〉について伺いたいことがありまして」

 

 その単語を聞いた瞬間、興奮していたイルミナージェから表情がすっと消える。

 そして掴んでいたシキの手を放して一歩後ろに下がると、これまでに見たことのない冷徹な瞳をシキに向けた。 

 

「……叔父上の何が知りたいのですか?」

 

 〈慧眼卿〉とは、弟帝コンスタンティンの二つ名であった。

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