流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
電灯一つ点けていない薄暗い部屋。この部屋の灯りは壁に表示されている無数の情報だ。次から次へと休むことなくデータが入れ替わっていく。そのうちの一つに変化が起きた。まるで張り紙のように空中へと引き剥がされたのだ。それは空気に触れると同時にエア・ディスプレイへと変わり、簾のかかった上の間の前へと移動した。
簾の向こうにいる人物はその情報を一通り眺めると、腕を振った。別の情報がエア・ディスプレイとなって引き寄せられる。そしてまた次へと……その数は数十個に及んでいた。
これら全ての情報を管理しているのだ。それだけでもオリヒメの優秀さが分かるというものだった。だがどうしても疲れというものは生じてくる。補助作業をしていたエンプティーは機械の操作を止めることなく言葉を投げた。
「オリヒメ様、そろそろ休まれませんか?」
「いや、よい。この間にも世界は腐敗していっておるのじゃからな」
オリヒメは次のエア・ディスプレイを前に出した。エンプティーはそれ以上は何も言わず、世界中から集まってくる情報の整理作業に戻った。エア・ディスプレイが動く音と、情報を処理する小さな音だけが部屋に響く。
「……エンプティー、お主の方こそ休んでよいぞ」
「いえ、お手伝いします。オリヒメ様のためだけに私は存在しているのですから」
「……そうか」
オリヒメの手が止まる。引き剥がされようとしていた情報が空中で固まった。
「エンプティー、変わりは無いか……?」
エンプティーの手も止まる。
「……はい。未だに……」
「そうか」
オリヒメの手が動き出した。エンプティーも作業に戻る。再び訪れた無言の時間。それを一変させる出来事が起きた。エンプティーの手が一瞬止まり、素早くキーを叩き始めたのである。
「オリヒメ様! 来ました!!」
「こちらに回せ!」
「はっ!」
返事をする頃には情報が壁に現れていた。奪い取るようにしてオリヒメはそれを目の前に移動させる。
「これは……間違いない」
「では……?」
「うむ、オーパーツの反応じゃ。それも2つ……」
オリヒメは大きく息を吐き出した。エンプティーが前へと進み出る。
「今回はいかがいたしましょうか?」
「ソロとハイドに伝えよ。それと、ハイドにはやつが望んでいたものも渡しておけ」
「先日、エランド10体を無駄にしたばかりですが?」
「それぐらい構わぬ。それに今回の物もオーパーツを手に入れることを考えれば安い物じゃ」
「かしこまりました」
頭を垂れると、エンプティーは一瞬で姿を消した。
「オーパーツ……今度こそ、妾の手に……」
エア・ディスプレイに映る黄と緑の反応に、オリヒメは手を伸ばした。
◇
「へ~、これオーパーツって言うのサ?」
マテリアライズしたシノビを見ながら、八木はよく分かっていない顔で首を傾げた。
「とりあえず、そのシノビは厳重に管理してほしいんだ。貴重なものだから狙っている人もいるみたいだし」
「うん、分かったサ」
事の重大さを理解していないようだが、スバルはあまり深く言わないで置いた。
八木にはオリヒメ達のことは話していない。よく分からない裏組織がそれを狙っていると伝えても、理解は得られないだろう。シノビを預かることも考えたが、これは彼の物だ。使わないように伝えておけばそれで十分だろうと考えたのである。
そうしているうちに翻訳ソフトの設定が終わった。これでアメロッパ語で話されても、二ホン語で話してもなんら問題はない。
「それにしても、なんでスバルくんは翻訳ソフトも持たずに外国に? 観光って感じじゃないみたいだし……修行?」
「八木くんと一緒にしないでよ」
「いいなあそれ。スバル、俺たちも世界中の強者たちを倒しに……」
「いいからそう言うの」
ウォーロックの口をふさぎながらスバルは事情を説明した。
「キザマロって友達がここにいて、連れ戻しに来たんだ。テレビ関係者の人たちと一緒にいると思うんだけれど……」
「ああ、テレビ局の人たちなら……」
「知ってる?」
「うん。ちょっと待って欲しいサ。マテリアライズ、周辺マップ」
八木が周辺の地図をブラウズして、ある場所を指してくれた。テレビ局はそこを拠点にして活動しているらしい。キザマロがいる可能性も高いだろう。
八木に礼を言って別れると、スバルは足早にそこを目指した。
◇
暑苦しい人の壁を潜り抜けて、ようやくスバルはお目当ての場所にたどり着いた。テレビ局関係者たちがたむろしている地帯のようで、いくつもの放送局の旗が見える。
「どのテレビ局かな?」
「片っ端から当たって……ん?」
「あれ?」
耳を澄ますと聞き覚えのある声が聞こえてきた。目を凝らすと金色の縦ロールが揺れているのが見えた。あんな見事なドリル髪は世界広しといえど、2つとないだろう。
「もう来てたのか委員長のやつ」
「まあ、最近の飛行機ってすごく速いからね」
スバルは砂利に躓かないようにしながらゆっくりと駆け出す。近づくと声が鮮明になってくる。ある程度近づいたとき、ルナが怒鳴っているのだと気づいて足を速めた。
「委員長!!」
ルナが振り返った。その時、彼女の後ろで縮こまっているキザマロが見えた。彼の無事な姿にホッとしてスバルは胸をなでおろした。
「よかった委員長。キザマロも無事で……」
「よくないわよ!!」
「え?」
キザマロを無事に発見できたのだ。後は連れて帰るだけ。これ以上何が問題だと言うのだろうか。
スバルの疑問はすぐにルナの怒鳴り声で解明された。
「キザマロったら、帰らないって言うのよ!! この私が迎えに来てあげたっていうのに!!」
「……え? ええっ!?」
予想外の事態だった。いや、考えてみたら当然のことかもしれない。無事な身でありながら二ホンに帰ろうともせずに現地に留まっているのだ。帰りたくない理由があるに決まっていた。
「ちょ、どういうことなのキザマロ!?」
「そうよ、説明なさい!!」
つまりルナはキザマロの説明を聞かずに怒鳴っていたことになる。少々呆れる対応だが、彼女らしいとも言える。
プルプルと震えていたキザマロは目と歯を食いしばって立ち上がった。少し躊躇うと、思い切った風に語りだした。
「僕は……僕は帰りません。ドッシーを見つけるまでは!」
「ドッシーなんているわけないでしょ!!」
「いえ、僕は見ました!!」
ルナの怒号を受けても、キザマロはひるまなかった。今までに見たことのない強い目をする彼に、ルナも少しだけ口を閉ざした。
「僕は……見たんです! あの穴に吸い込まれた後、よく分からない空間でゴン太くんやミソラちゃんたちと離れ離れになって、途方に暮れていた時にいきなり地面がパックリと割れて……気づいたらこの湖の畔に投げ出されてたんです。
辺りを見渡した時でした……霧でよく見えなかったけれど、そこに首長竜の影が確かにあったんです!! あれはドッシーです!!」
「……本当にドッシーだったの!?」
「間違いないです!! 僕は見たんです!!
「…………で? それが私たちと二ホンに帰らない理由になるの?」
「探すんですよドッシーを!! 僕の手で見つけるんです!! 僕は世界初の、ドッシーを見つけた人になるんです!!」
ハァとルナは頭を抱えた。こういう幻想的な夢は女の子には理解できないらしい。ちなみに、理系派のスバルも同じだ。そんな大きな動物が、今の科学技術をすり抜けて未発見で居られるわけがない。
「そんなくだらないものにこだわってないで、さっさと帰るわよ」
ルナがキザマロの手を取ろうと手を伸ばした。
「何がくだらないんですか!!?」
バシリと鈍い音が鳴った。キザマロがルナの腕を弾いたのである。ルナが右手をひっこめる。痛いと言うよりは驚いた顔だ。
「な、なにムキになってるのよ。こんなことで……」
「こんなことじゃないです!! 僕にとっては、大事なことなんです!!」
スバルも驚きのあまりに何も言えなかった。普段から大人しくて礼儀正しいキザマロの荒れた姿に戸惑いを隠せない。
「良いですよね? ……委員長もスバルくんも、人に誇れるものがあって……」
次にキザマロが口にしたのは嫉妬の言葉だった。彼が何かをうらやましがるような発言は今まで何度も耳にしてきた。だがそれが冷たい言葉となって自分に浴びせられるとは、スバルは思ってもみなかった。
「委員長は学級委員長でトロフィーをたくさん持っていて……ゴン太くんは運動神経が良くてアイちゃんとも仲良くなって……スバルくんに至っては地球を救ったヒーローですよ?
それに比べて、僕は何なんですか?」
最後の質問がスバルの前で巨大な壁となった。
「だから僕はドッシーを見つけます! 世界で初めてドッシーを見つけた人になるんです!!
それまでは……お願いですからほっといてください!!」
キザマロが背を向けて走り出した。追いかけたい。だが足を前に出せなかった。人ごみの中にキザマロの姿が消えていく。
「……ど、どうしよう委員長……」
「……ほっときましょ」
「え?」
ルナが踵を返して歩き出していた。彼女の後姿が離れていく。それを見送ることしかできなかった。一人にしてほしいとその背中が語っているようだったから。
◇
テレビ局の陣地に戻ると、キザマロは休憩スペースへと入った。ここは入れ替わりでスタッフたちが体を休める場所だ。何人かのスタッフがジュースを飲んだり寝ていたりしている。
その中央にいる人物がキザマロに気づいて、人の良い笑みで駆け寄ってきた。
「どこ行ってたっつーの、キザマロくん! 探したっつーの!!」
「出間崎さん、どうかしましたか?」
目の前にいる人物はキュー・出間崎。今収録しているドッシー特集のディレクター兼アナウンサーだ。キザマロに声をかけ、テレビに出してくれている人である。ちなみに二ホン人の血が混ざっているらしい。
「次の収録の脚本を持って来たっつーの! これ、頭に叩き込んどいてね?」
出間崎がスターキャリアーからキザマロにデータを送った。ブラウズしてみると凄まじい量の文字が羅列した。
「あの……これ全部台本通りに読むんですか?」
「もちろんだっつーの! あ、けど細かいところは今まで通り君のアドリブでいいよ~。表現力は大事だっつーの」
「はぁ……」
番組に出してもらえるのは良いが、基本的にキザマロが口にするのはこの台本だ。いわゆる『やらせ』というやつである。
「これって、ずるいんじゃ……」
「別に気にすることじゃないっつーの。どこのテレビ局もやってることだっつーの。むしろやってない番組なんてないっつーの」
「そ、そうですか……」
「その通り。テレビは真実を報道するんじゃなくて、真実を作り上げるものだっつーの」
あまり気分のいい言葉じゃなかった。だが出間崎は平気な顔をして黄色いサングラスをクイッと上げて見せる。
反論する気も失せて、キザマロは台本に目を移す。と、その時後ろから声がかかった。
「キザマロくん、ちょっといいかな?」
「あ、スナップさん」
休憩スペースに入ってきたのはこの番組のカメラマンだ。ここに来たばかりのキザマロに何かと気を使ってくれたこともあり、キザマロが最も信頼している人物だ。
彼が来ると出間崎はスッと休憩スペースを後にした。スナップの隣を素通りだ。スナップは出間崎の方をちらりと見てからキザマロに本題を話し始めた。
「この映像で、流してほしくない場所とかあったら教えてほしいんだけど……」
「分かりました」
スナップからデータを受け取ると、ブラウズ画面に収録した映像が流れ始めた。見ておいてと言って、スナップはその場を後にした。
◇
「おい出間崎」
「なんだっつーの」
追いかけてきたスナップに、出間崎は嫌そうな顔で振り返った。
「今回のネタは特別に凄いんだ。このまま映像を流すだけでも十分いい番組になる」
「……だからなんだっつーの?」
表情を変えずにいる出間崎に、スナップはできる限り明るい顔と声で提案した。
「だからさ、昔みたいにやってみないか? 俺とお前が初めて組んだ時みたいに! 映像の加工も、やらせもしないで、ありのままの映像を流して……」
「馬鹿かっつーの!!」
出間崎が吠えた。辺りのスタッフも驚いて手を止めるほどだ。
「何度も言ってんだろ!! 番組ってのは数字が全てだっつーの!! 加工? やらせ? いいじゃねえか。それでもっとも~っと視聴率が取れるんだっつーの!!」
「けど……」
「うるせえっつーの!!」
聞く耳持たない。スナップは諦めて押し黙った。
「お前には分からねえっつーの。カメラマンは良い映像だけとってりゃいいんだからな。数字のとれねえディレクターなんざ誰も必要としねえっつーの!!」
それだけ言い残して出間崎は陣地から出ていった。撮影地点の視察にでも出かけたのだろう。あとに残されたスナップは大きく肩を落とした。スターキャリアーからブラザー画面を表示する。そこには出間崎の顔があった。だが下に書かれているキズナ力は驚くほど低い。その数値が目の前で下がった。
「……もう無理かな……」
ため息を吐き出す。ピッという音が鳴り、さらにキズナ力が下がった。
「あの……」
「ん?」
振り返ると、一部始終を見ていたキザマロがそこにいた。スナップは力のない笑みでごまかしてみせる。
「キザマロくんは友達を大事にね?」
ズキリと胸が痛くなった。
スナップはゲームでキザマロのブラザーになってくれたカメラマンです。
彼と出間崎がブラザーというのはこの作品のオリジナル設定です。