流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
遅れてしまって申し訳ありませんでした。
暗闇に溶け込むような小さい川だった。周りは緑に囲まれ、土と川の境界線には丸みのかかった小石。傾斜はほとんど無い様で、澄んだ水が音も無く流れていく。そこにポツポツと浮かぶ緑色の小さな光。蛍だ。
「美しいであろう?」
「ええ、とても……」
尋ねてくるオリヒメにエンプティーは素直な感想を口にした。それ以外の言葉が思いつかないし、そこに別の言葉を加えても余計な装飾品に思えてならなかった。それほどまでに目の前の光景はただただ美しい。
「ニホンの田舎に行けば見られる光景じゃ。と言っても、妾も直接見たことは無いのじゃがな」
エンプティーは一瞬だけ端のほうに目を動かした。川と木々が途切れている。今2人が見ているのはブラウズ画面に映った録画映像だ。本当は直接見てみたいのだが、流石に現地に行って人目につかない場所を探しているような暇はない。
それでも見る者を魅了するには十分だった。特にオリヒメにとってはだ。
「本当に美しいのう。これを見て妾達は何度も癒されたものじゃ……」
オリヒメが目を閉じる。耳を澄ましているのだろう。この静寂の中で僅かに聞こえる風や水の音に浸っているのだろう。もしかしたら、蛍の羽音も聞こえるかもしれない。
「……よくヒコ様とご覧になっていたのでしょうか?」
「……うむ」
少し間を置いてからオリヒメは頷いた。
蛍たちは淡い光を灯しながら川の周りをゆっくりと飛び回る。エンプティーはその中の一匹を目で追いかけた。きっとあれは雄だろう。雌はほとんど飛ばないと聞く。今、川を飛び越えようと手前の岸から飛び立った。対岸に大切な人でもいるのだろう。だが僅かな風に煽られているのか、ふらふらとおぼつか無い飛び方だ。川の中ほどまで行って、結局引き返して来てしまった。
「……オリヒメ様、私はそろそろ……」
「……動き出すか、あの者が?」
「ええ、私の予想では」
エンプティーは蛍に背を向けて、出口に近寄る。
「ゆるりとお待ちください」
「信じておるぞ。お主ならば、妾の望むものを手に入れてきてくれると……」
「……ハッ!」
エンプティーは部屋を後にする。ウェーブロードを通って、バミューダラビリンスの雲の上……スカイウェーブに出る。そこには当然のように夜空が広がっていた。遮るものの無い絶好の天体観測所。おまけに今日は月が無いようで、星一つ一つがはっきりと見える。エンプティーの頭上には川のように連なった星の大群が煌めいていた。
「ミルキーウェイ……二ホンでは天の川と呼ぶのだったな」
そうえいば、あの少女の故郷もニホンだ。
おもむろにスターキャリアーを取り出す。
「マテリアライズ、絵本」
一冊の本がマテリアライズされた。電子書籍が当たり前の今となっては、珍しい代物だ。緑色の表紙に書かれているタイトルを読み上げる。
「七夕物語。二ホン国を代表する昔話……天の川に引き裂かれる織姫と彦星の物語……」
丁寧にページを開く。一枚一枚ゆっくりと。どのページでも2人の男女が描かれている。最後のページにたどり着く。
「……だが、一年に一度だけ会うことを許される……」
静かに閉じるとスターキャリアーに戻した。もう一度空を見上げる。彼が見ているのは天の川の隣にある星座だった。それを構成する6つの星の中で、最も明るい星は白く輝いている。
「琴座の1等星……ベガ。別名、織姫星……」
それを最後に、まるで人形のように彼はしゃべらなくなった。頭一つ動かすこともない。それを横に振ったのはしばらくしてからだった。
「かまうな……私はオリヒメ様のためだけに存在しているのだ……」
そう呟くと、彼は天の川を挟んで反対側にある鷲座を見上げた。それの一等星の名はアルタイル……別目、彦星だ。
◇
雲の色はやっぱり気持ち良い物ではなくて、鳴りやまない雷鳴が訪問者の心を削る。おまけにウェーブロードはこんがらがった糸のように入り組んでいる。来る者を拒むためだけに造られた様な迷宮をロックマンは突き進む。胸のエンブレムに右手を当てれば、左手の相棒が頷いてくれた。
そして再び辿り着く。あの少女のもとに。優しい嘘をついた、大切な人のもとにやってくる。
「なんで来たの?」
こちらを見向きもせずにハープ・ノートは冷たい言葉を放つ。今のスバルには分かる。彼女の声に隠し切れない悲しみが混じっていることに。だから彼はその背中に力強く語り掛けた。
「君を……取り戻しに来た」
ハープ・ノートは微動だにしない。無視しているつもりなのだろう。だが肩が僅かに動いたのを見逃さなかった。
「さあ、帰ろう! 君のいる場所はここじゃない!!」
「…………帰って!!」
全力で拒絶を示す怒鳴り声。スバルには泣いているように聞こえた。
「嫌だ!! 僕は君を連れて帰る! それまでは何があっても僕はここから退がらない!!」
「………………そう?」
初めてハープ・ノートが動きを見せた。振り返りながら素早くギターを手に取る。
「だったら、そこから一歩でも退がったら、帰ってくれるってことだね!!?」
振り返りざまにパルスソングを放った。ハート型の弾丸が不意打ちとなってロックマンの身を焦がす。痺れるような衝撃が体に走り、体が後ろに傾きそうになる。ロックマンは膝の力を抜いて、その場で前のめりに倒れた。後ろには退いていない。
ギターの頭が動いた。不安と僅かな期待が籠ったハープの目にウォーロックがニヤリと笑って見せる。
「おら、さっさと立てよスバル」
「うん……」
体の痺れは取れた。何事もなかったかのように立ち上がる。
「ほんと頑固だよね、君は……」
弦を強く弾き、先程よりも大きなパルスソングを放った。ロックマンは両足を広げて体を前に傾ける。先ほどと同じ光景が繰り返された。立ち上がるところまで全てだ。
「しつこいってば……!!」
今度はアンプを両脇に召喚して音符の弾丸を発射した。2つの音符を前にロックマンは一歩前に踏み出した。無防備なその動きにハープ・ノートが「あっ」と小さい悲鳴を上げた。爆炎に飲み込まれるロックマン。息を飲んだ。
そんな彼女の前に、ロックマンは炎の中から悠然と姿を現した。歩みは止めるどころか、緩める気配すら見えない。
「……っ、来ないで!!」
ギターの頭から弦が放出され、ロックマンの胸に突き刺さる。ハープ・ノートは唇を固く結ぶと、弦を力の限りに弾いた。重い音のエネルギーがロックマンの体内に流し込まれ、内側から破壊する。
弦が抜けると同時にロックマンの体がふらついた。それでも足は前に進もうとする。目はハープ・ノートを捕らえたまま離さない。
「来ないで! 来ないでってば!!」
もう一度アンプを召喚すると、でたらめに攻撃を打ち込んだ。ハートと音符の雨が襲い掛かる。だが、それらはロックマンの周りをかすめて過ぎ去っていく。偶然なのか、その中の一発がロックマンに当たった。ここまでのダメージが重なったのか、ウェーブロードに膝をついた。体中に傷をつけてもなお、彼は立ち上がろうとする。
「なんで!? なんでほっといてくれないの!!? 私は君の敵になったんだよ!! 君を裏切ったんだよ!!?」
ロックマンは立ち上がるとまた無言の歩みを開始した。ハープ・ノートは一歩後ろに足を退いた。そこでようやく自分がウェーブロードの端に追いやられていることに気づいた。いつからか無意識のうちに後退していたらしい。
「君は嘘をついている」
ようやくロックマンが口を開いた。ハープ・ノートは弦に手を伸ばす。だが指先が震えてしまう。
「嘘なんてついてない!」
「嘘だ! ならあんなこと言えるわけないよ!!」
ハープ・ノートの手が少しだけ止まった。
「あんなこと……?」
「『本当のブラザーっていうのは、ココロとココロで繋がってる。トランサー上でブラザーを切ったって、本物の絆は切れやしない』
君が僕に教えてくれたことだ!!」
「そんな昔のこと……」
ハープ・ノートの目が一瞬だけ緩む。だが、すぐに演技の目に戻して弦を弾いた。
「馬鹿じゃないの!」
音の弾丸がロックマンを襲う。
「そんな昔にすがって! 今の私を信じるって、馬鹿だよ君は!」
「違う! あの時の君が本当の君だ! 今の君は嘘をついているだけだ!!」
心がくじけそうになる。だから声を発する。目をつぶって思いつく限りの言葉を叫んだ。
「私は君のことをブラザーだなんて思ってない!! だから切ったでしょ!? ペンダントだって返したでしょ!!? 私と君はもうブラザーでなければ友達ですらないの!!」
「それも嘘だ」
「嘘じゃない! 君の事なんて、なんとも思ってない!」
「なら、なんで泣いているんだよ!」
ハッと目を開いた。頬に熱い線が出来上がっていた。雫がぽたぽたとギターの上に落ちていく。
「嘘をついて、自分だけ傷つくなんてやめてよ」
ロックマンが足を止めた。目の前ではハープ・ノートが泣いている。
「つきたくもない嘘を言って傷つくぐらいなら、僕に分けてよ。一緒に背負わしてよ」
指先で彼女の涙を優しく拭ってあげた。拭きとった跡を新しい涙が伝っていく。
「本当のブラザーはどんなことがあっても切れないんでしょ?」
そしてハート形のペンダントを取り出す。ハープ・ノートの首に……あるべき場所に戻した。
「だから、もう……無理をしなくて良いんだよ。僕が側にいるから」
少しだけ躊躇うと、彼女の体を抱き寄せた。細くてガラスのように砕けてしまいそうだった。耳元で嗚咽が上がる。と思ったときには泣き叫んでいた。ミソラの本当の声だった。腕に力を込めて強く抱きしめる。
その時スバルは感じた。体内で起きた変化に。ツカサから貰ったあの黒い塊にひびが入ったのだ。亀裂はあっという間に全体にわたり、そして跡形もなく砕け散った。