流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第60話.勇気の絆

 何てこの場に似合わない、可愛らしい音だろう。破壊と暴力の匂いしかない世界に迷い込んできた子供のような、そんな小さなものだった。だがそれ以上に今が静寂すぎた。誰もがその音に意識を奪われ、耳を傾けてしまう。オリヒメも肩を上下させていたエンプティーも、倒れているブライすらもうっすらと目を開けて音の出どころを探っている。

 

「おい、スバル?」

 

 何回ぐらいその音が鳴ったころだろうか。ようやくロックマンは気づいた。この音が自分のスターキャリアーから鳴っているということに。

 

「……僕?」

 

 戦いを忘れたかのように全員の目がロックマンに集中した。妙な雰囲気の中、ロックマンは恐る恐るとスターキャリアーを取り出し、ブラウズ画面を開いた。空中に手ごろな大きさのエアディスプレイが召喚される。半透明な青色の画面には、「call」というマークが点滅している。電話だ。こんな時に誰がかけてきているというのだ。そもそも、通信ネットワークはパンク状態ではなかったのか。

 そんな考えが浮かんだが、この時のスバルは正常な判断ができなかったらしい。条件反射なのか、思わずパネルをタッチしてしまった。途端に、画面いっぱいに金色の髪の毛が広がった。

 

「あ、繋がった。ロックマン様!」

 

 ルナだ。スバルの大切なブラザーで、クラスの学級委員長がそこにいた。

 

「……い、委員長?」

 

 声が少しだけ裏返ってしまった。生きるか死ぬかという瀬戸際の直後に、彼女と会話ができるだなんて思ってもみなかった。

 

「な、なんで委員長が電話なんて……って」

 

 ブラウズ画面を挟んだ向こう側にいる、オリヒメと目が合った。何が起きているのかと不思議そうな顔でこちらの様子を窺っている。

 敵と対峙しているというのに、なにをのんきにブラザーと電話なんてしているのだろう。

 

「ちょ、今はそんな時じゃ……」

「こんな時だからでしょ!!」

 

 いつものルナの怒鳴り声が耳を射抜いた。ブラウズ画面を閉じようとしていた手を思わず止めてしまう。「こほん」と咳払いするとルナは改まってロックマンを見つめてきた。その目下が少しだけ濡れていることにようやく気付いた。

 

「衛星カメラは知っているわよね」

 

 いきなり何の話だろう。それぐらい知っている。宇宙にある人工衛星で地上を撮影する方法だ。

 

「知ってるけど」

「それを使って、あなたの活躍を見ていたの」

「ならこの状況分かってんだろ。さっさと切るぞ!」

 

 成り行きを見守っていたウォーロックが口を挟んできた。何だか変な空気になって来たなと思いながらも、スバルはまあまあとウォーロックの口を押える。

 

「分かってるわよ。私だけなく、世界中の人がね」

「……え?」

 

 今何て言ったのだろう。「世界中」と言われた気がする。

 

「委員長……今、世界中って……」

「ええ、それは……ん、何よあんたたち。今良いところ……何ですって、自分たちもしゃべりたい?」

 

 ルナが急に横を向いて誰かと話し出した。いや、文句の言い合いをしているらしい。

 

「も~、しょうがないわね」

 

 ルナの手が伸びたかと思うと、ブラウズ画面の映像が動いた。どうやら、ルナは自分のブラウズ画面を掴んで辺りを映そうとしているらしい。酔いそうな一瞬の視点変更の後、大きな顔が画面に映った。

 

「うおー! 見えてるかーー!!」

「そんなに近づくと逆に見えませんって……」

 

 ゴン太とキザマロの声だ。少しずつ下がっていくゴン太と、恥ずかしそうな顔をしているキザマロの顔が見えた。

 

「お前の活躍、見てたぜ!」

「ロックマンが戦っている。それを皆に知ってほしくって、僕らもできることをやってみたんです」

 

 キザマロが後ろを指さした。画面が少しだけ上に移動し、大きめの車が映った。小型トラックぐらいはあるだろう。後部に幾つもの機械が積み込まれているようで、それをせわしなくいじっている男性が二名。一目で分かった。天地と、ドンブラー湖でキザマロのブラザーになったスナップだ。

 

「これってテレビ局が使う車でよ、映像を色んな所に配信できるんだぜ。すげえだろ!」

「これを使って配信しましたよ。ムー大陸で戦うロックマンの姿を、世界中に!」

 

 その言葉を待っていたかのようだった。ロックマンの周りに新しいブラウズ画面表示された。それも一枚や二枚ではない。視界を覆うような……いや、まるでロックマンに覆いかぶさらんかと言うほどの勢いで増えて行く。

 圧倒的なブラウズ画面の大群を見上げて、ロックマンはマヌケに口を半開きにしてしまう。

 ある画面には街が、ある画面には森林が映っている。どうやら本当に世界各地から映像が送られてきているらしい。背景も、映っている人々も違えど、全てに共通していることは、全員がロックマンを見つめていることだろう。

 そこでふとウォーロックが気づいた。

 

「……おい、お前らなんで戦ってねえんだ?」

 

 スバルも気づいた。右の画面、隣の画面、その上と下の画面と手当たり次第に確認していく。ムー大陸に乗り込む直前、人々は自分だけは生き残ろうと互いに醜く争っていたはずだ。だがどの画面にも戦っている様子なんて見えない。争っている気配すらない。

 

「大丈夫サ。皆で気力し合って、全部倒したサ!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。画面を見ると、ドンブラー湖を背景にして八木ケン太が映っていた。周りには住民やサテラポリスの姿も見える。

 

「もう誰も争ってなんていないよ。皆あなたを信じているの」

 

 別の画面を見ると、雪景色の中で滑田アイが父親を初めとするスタッフや観光客たちと一緒に手を振っていた。

 

「手を取ることの大切さを、お前さんが教えてくれたんじゃ」

 

 首を上に動かすと、ナンスカ村のアガメ村長が村人たちと共に頷いている。

 その左下の画面にはコダマタウンが映っていた。ルナ達とは別の端末から繋げているのだろう。

 

「さあ、皆でロックマンを応援しよう! 頑張れロックマン! ファイトー!!」

 

 南国が手を振り上げ、コダマタウンの人たちがそれに続く。

 

「頑張れ~ロックマ~ン!」

「頑張れ! 頑張ってくれ!!」

 

 その熱唱が聞こえたのだろうか。別の画面から同じように、その隣の画面からも同じようにと、ロックマンにエールを送ってくれる。

 

「皆……」

 

 見渡すようにゆっくりと首を動かすスバル。そんな彼の目の前に一枚の画面が新たに表示された。映っていたのはあの子だった。ツカサに支えられながら、無理にでも立ち上がろうとしている。どうにか姿勢は保てたらしい。彼女が顔を上げる。汗でいっぱいで、顔も白い。それでも彼女はスバルと目が合うと、明るく笑いかけてくれた。

 

「勝って、私の……ううん、私達のヒーロー」

 

 口元が緩む。彼女の目を見つめて、強く頷いた。

 

「ロック……」

「へっ、ここまでされてんだ。応えてやらなきゃ男じゃねえぜ」

 

 ブラウズ画面を開いたまま、スターキャリアーをその場に置いた。足に力を入れる。まるで感覚が無い。力が入っている気がしない。腕も似たようなものだ。痛覚すら感じないのだから、体は限界を超えているのかもしれない。

 それでもロックマンは手足を地面に突き付けた。震える体を無理やり起こし、両手を地面から離す。腕が鉛のように重い。上半身が中々持ち上がらない。歯を食いしばる。頭が少しだけ上がった。視線の先にエンプティーがいた。彼の顔に不安の色が浮かんでいた。

 そう、彼も限界なのだ。あれだけ力を使ったのだから、消耗していないわけがない。

 まだ……勝てるチャンスはある。

 

「うあああああ!」

 

 獣のような声を絞り出し、無理やり背中をひっぱる。体が仰け反り、肘が引かれる。視界に天の川が広がった。

 荒い呼吸をしながら足元を窺う。なんとか立ち上がることはできたらしい。掌を開閉してみる。やっぱり感触は無く力が入らない。どう考えても戦えるような状態ではない。むしろ危険だろう。

 だがそんなこと、ロックマンが退く理由にはならない。

 

「追い詰められているのはあいつも同じだ。虫の息なのか、ただ疲れて切っているかだけの違いしかねえんだ。根性見せろよ」

「……うん!」

 

 立ち上がったロックマン。それを見て歓声を上げる人々。

 その光景を前にオリヒメは目を剥いてたじろいでいた。

 

「嘘じゃ……こんな、こんなことあるわけが……」

 

 オリヒメは知っている。世界がこんな綺麗なわけがない。もっと醜いものだ。それが自分からヒコを奪っていったのだ。だからこそ悲しんで悲しんで、考えて悩んで……ようやく答えを出したのだ。

 有能な自分が世界を収めて、無能な人間を排除して、選ばれた人間だけによる理想郷を築く。それ以外に世界を綺麗にする方法なんて無い。あるわけがない。

 それが否定されようとしている。だから叫ばずにはいられない。

 

「嘘じゃ! こんなものはただのまやかしじゃ! 妾からヒコを奪って行った世界が、こんな……」

 

 オリヒメの言葉を手が遮った。

 

「ゴ安心くダサい」

 

 エンプティーだ。肩を上下させながらも、彼は絞り出すような声でオリヒメに誓って見せた。

 

「私ガ否定しテ見せマす。セメて……」

 

 彼女を一瞥することもなく、エンプティーはベルセルクを握り締めて歩み出す。その足取りが若干ふらついていることにオリヒメは気づいた。思わず手を伸ばす。なのに声は出てくれなかった。ヒコとよく似た背中がオリヒメから離れて行く。

 近づいてくるエンプティーを見て、スバルは軽く唇をかみしめた。

 

「スバル、スターキャリアーは置いちまった。バトルカードは使えねえぞ?」

「分かってる」

 

 頷きながらスバルも歩き出す。エンプティーに向かってではなく、右斜め前にだ。そこにはブライの手から弾き飛ばされた、ブライソードが地面に刺さっている。

 

「無駄だ」

 

 柄に伸ばそうとしていた手を止めた。倒れているブライに目を向ける。彼の方は動く気力すら残っていないらしい。言葉もはっきりとは聞き取れるものの、無理しているのは明白だった。

 

「それは、孤高の証から生み出した剣だ。電波障壁と同じで、俺にのみ扱える力だ。孤高の証を跳ねのけた貴様では触れることすら……いや、あの時のように飲み込まれるだけだ」

 

 ブライの目を見つめる。どうやら嘘はついていないらしい。掌を見つめ、ブライソードと交互に見比べる。

 迷いの無い手で柄を握り締めた。紫色の蒸気が上がる。だが一瞬だけだ。他に変わったことは起きない。ロックマンは何とも無いという顔でブライソードを地面から引き抜いた。

 

「……なん……だと?」

 

 目を見張るブライ。そんな彼にウォーロックだけが軽く笑って見せる。スバルは彼の視線を受けながらエンプティーの前へと歩み出す。

 ロックマンとエンプティー。2人は剣を手に歩み寄る。ブライが、オリヒメが、世界が見守る中で、2人の距離が段々と近くなっていく。

 ロックマンが動いた。ブライソードを振りかぶり、エンプティーの頭を狙う。エンプティーも駆け出した。ブライソードに向かってベルセルクを叩きつける。衝撃が互いを押し返した。剣の重みに体が流されそうになって、ロックマンは歯を食いしばる。離すものかと、命綱のようにブライソードを握る手に力を籠める。エンプティーも同じだ。背中をのけぞらせ、ベルセルクを取り落としそうになっている。

 エンプティーが片足を退いて体勢を整えた。ロックマンの足を狙って横に払う。跳んで避けるような体力は無い。自分を引っ張っていた剣に任せて、倒れるように退がり、起き上がる。足を確認する。ちゃんと付いている。ギリギリ躱せたらしい。もう一度剣を構え、駆け出す。無理やり剣を振ったせいだろう。エンプティーは体勢を崩して地面に伏する様な姿勢になっている。それだけ彼も体力が残っていないのだ。

 好機だ。冷静にと言い聞かせながらも、切っ先を前にして跳びこむ。エンプティーと目が合った。彼との間に手裏剣が召喚された。だが数は少ない。たったの三枚だ。それもロックマンが体当たりをすると粉々に砕け散った。足止めにすらならない。起き上がろうとするエンプティーの左脇腹を、ブライソードが掠めた。エンプティーの顔が苦渋に歪む。

 笑みをこぼすロックマン。今度は彼が悶絶する番だった。エンプティーの膝が鳩尾に食い込んでいる。続いて左拳が後頭部を殴りつけ、ロックマンを地面に撃ち倒す。そして肩を大きく捩じって、首に向かってベルセルクの切っ先を振り落とす。右足がガクリと折れ曲がった。膝の横から衝撃が走ったのだ。僅かに切っ先が逸れて地面を穿った。ウォーロックの「してやった」という顔が目に入った。

 前傾姿勢になっていたロックマンが飛び出してきた。闇雲の体当たりだ。もつれあい、一回転して離れる二人。同時に立ち上がり、また剣を振るう。二回、三回と剣がぶつかり合い、火花が散る。その度に二人の体が悲鳴を上げていく。何度切り結んだだろうか。二人は剣をぶつけ合うと、よろめくようにして距離を取った。互いに睨み合ったまま、そこから一歩も動こうとはしない。

 

「……まだ、行けるか……スバル?」

「う……ん……」

 

 やせ我慢だ。もし願いが叶うなら、このまま倒れて眠ってしまいたい。だがそんなわけにはいかない。少しだけエンプティーから目を離して、上空を窺う。真っ暗な闇と、様々な色で煌めく大小の星々。その中央には、白い川のような星群。天の川だ。

 目を凝らすまでもなく、ベガとアルタイルが見えた。織姫星と彦星が天の川を挟んで輝いている。それぞれの下にはロックマンとエンプティー。二人を分けるようにして天の川が広がっていた。

 

「負けられないよ……」

 

 同じように空を見上げていたエンプティーが、視線をロックマンに戻した。

 

「僕は……負けるわけにはいかない!」

 

 ブライソードを持つ手に力を籠める。なんて重いのだろう。この一刀に全ての人の思いがかかっている。

 対し、エンプティーはベルセルクの刀身に手を当てて力を注ぎ込んだ。刀身の周りに三つのオーパーツが召喚され、回転し始める。全力ではないものの、カイザーデルタブレイカーを纏わせたらしい。これが彼の最後の力なのだろう。破壊の力で白く輝く刀身と違って、本人は今にも倒れそうな顔をしている。

 ロックマンもそれに応えた。ブライソードに手を当て、目を閉じる。先程の光景を思い出す。

 電話をくれたルナ、ゴン太、キザマロ。報道に尽力してくれた天地やスナップ。遠い所からも声を届けてくれた八木、アイ、アガメ村長、会ったこともない人たち。そして、あの子の言葉。

 胸が温かくなっていく。

 

「……今、分かったよ。父さん」

 

 思いはせるのは昨日の夢。

 

――それでもするんだ――

 

 夢で出会った父。大衆に向かって笑顔で手を振る憧れの背中。それが眩しくて、拗ねるように「誰も応えてくれないかもしれない」と嘆いてしまう自分。

 そんな情けない自分に、父は言ってくれた。

 

――誰かが応えてくれる。そう信じて、誰よりも先に勇気を示す。そう言う人が……――

 

「ヒーロー……って呼ばれるんだよね」

 

 ブライは目を見張った。ブライソードが輝きだしたのだ。それも白く、暖かい色で。

 

「ブライ、君には見ててほしい」

 

 振り返らず、ロックマンは言った。

 

「分かって欲しいんだ。僕がなんで絆を大切にするのかを……」

 

 ブライソードを振るう。白光でロックマンの顔が照らされる。そこ映っていたのは、凛としたヒーローの顔だった。

 

「行くよ、ロック!」

「おう!」

 

 剣を構えるロックマン。エンプティーも歯を食いしばってベルセルクを握る。二人の足が前に出る。そして駆け出す。

 白い光がぶつかり合う。

 無音が世界を覆った。

 数秒の静寂。静止画のような世界。剣を振り切ったまま、背を向けて佇むロックマンとエンプティー。最初に動いたのはロックマンだった。剣が手から滑り落ちる。背中で小さく呼吸して、体を起こした。

 

「僕の……勝ちだ」

 

 途端にエンプティーから大量の電波粒子が飛び散った。ダイナソーが転がり、シノビが音を立てて跳ね、ベルセルクが地面に突き刺さる。

 そしてゆっくりと横たわった。

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