流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第7話.滑田アイ

 廊下から聞こえてくるイサムの怒鳴り声の正体を確かめようと、スバルは恐る恐るとドアを少しだけ開いて覗き見る。目に飛び込んできたのは廊下ではなく、黄色いスキーウェアだった。アイがドアの前にいたのだ。

 

「あれ? アイちゃん?」

「ごめん、匿って」

「う、うん」

 

 アイは胸の前で手を合わせてスバル達に頭を下げる。スバルが中に招き入れようと少し横にずれたとき、アイの体が前に飛んだ。後ろから突き飛ばされたのだ。

 

「きゃあ!!」

「え!?」

「アイちゃん!?」

 

 ゴン太が真っ先に飛び出し、アイに手を差し出す。その間にバンという乱暴な音と共に半開きだったドアが大きく開かれた。ズシズシと遠慮もない足取りで、一人の大柄な男がスバル達の部屋に入ってくる。

 男はスバル達など目に入っていないかのような素振りで部屋全体を見渡している。

 

「ほう、良い部屋じゃねえか? グワハハハ、気に入ったぜ。俺様が借りてやるよ」

 

 男の後に続くようにして、数人の黒づくめの女性が入ってくる。男と女たちを追いかけるようにして、イサムが大股で部屋に飛び込んできた。その表情は先ほどスバル達に見せたものとは大きく違い、怒りで満ちていた。

 

「お前には一部屋たりとも貸さない! そう言ったはずだ!!」

「おいおい、ケチケチすんなよ。どうせ空き部屋ばかりなんだろう?」

 

 イサムの憤怒も男には何の脅威でもないらしい。

 アイを突き飛ばし、人が借りている部屋に勝手に入ってきた失礼極まりない男をスバルは睨み付けた。

 男は一見太っているようだが、どこか筋肉質なようにも見える。服装は不似合で趣味の悪いピンク色のスーツだ。誰もが羨むような大きい宝石をつけた8個の指輪から、一目で贅沢に趣向を凝らす人間だと分かる。黒づくめの女性達を控えさせていることから、身分の高い人物であることも窺えた。

 だが何よりもスバルの目を引いたのは、腐った男の目だった。

 

「こんなガキどもに無料で部屋を貸す余裕なんて、本当はないんだろう? だから俺様が借りてやるって言ってんだよ。

 おい、ガキども。俺様が小遣いを恵んでやるからさっさと出ていきな」

 

 そこで初めて男はスバル達に目を向けた。まるで汚いものでも見下すかのような目だった。男が顎で合図を送ると、女性の一人がスターキャリアーからカードをマテリアライズしてルナに近づいてきた。どうやら電子マネーが入っているらしく、カードの表面には金額が表示されているのがちらりと見えた。

 ルナは睨み付けて追い返そうとしたが、女は気にする様子もなく無理やりルナの手にカードを握らせた。躊躇も無駄もない機械のような行動だった。

 顔をしかめながらもルナはちらりとカードをみてしまう。そして表情をこわばらせた。どうやらこの男は、ちょっとしたお金持ちのルナですら仰天する金額を平然と出したらしい。

 

「お前、子供に何を!?」

「取引するのはガキの自由だろ? さ、ガキども。さっさと……」

「お断りしますわ」

 

 もちろん、ルナがこんなことで頷くわけがない。スバル達も同じ考えだ。ゴン太に抱き起こされているアイを見れば、カードを投げ返してやりたいぐらいだ。だが、ここはあえて丁寧に返却してやる。ルナは黒づくめの女性の手の上に、そっとカードを置いた。

 

「グワハハハハ!! こりゃ一本取られたな。しゃあねえ、今回は諦めるとするか。どうせ近いうちに、この部屋どころかホテルそのものが俺様の物になるんだからな!!」

「何度も言っているだろう、お前にこのホテルを売る気は無い!

 さあ、ここはお客様の部屋だ。さっさと出ていけ!!」

「グワハハハハ!!」

 

 男は下品な笑い声をあげながら女性たちを連れて部屋を後にした。ドアが閉まり、部屋の中がシンと静まり返った。シャンデリアの光が妙に眩しく感じた。

 

「……すまない、見苦しいところを見せたね」

「いえ、気にしませんわ。それよりアイちゃんが……」

「ううん、大丈夫」

 

 アイはゴン太の肩を借りて立ち上がろうとしているところだった。先ほどまで見せていた太陽のような笑顔も、今は弱々しいものに変わっていた。無理して笑っているのは明らかだった。

 突き飛ばされたときに体を強く打ったのかもしれない。それを抜きで考えてもあの体格差だ。アイにとっては自転車にはねられたようなものだろう。

 それでもアイは笑顔を絶やさなかった。

 

「さ、行こう。お父さん?」

「ああ……。

 では、私たちはこれで失礼するよ。ヤエバリゾートの全スタッフで、君たちに楽しい思い出をプレゼントさせてもらう。心行くまで楽しんでいってほしい」

「はい、ありがとうございます」

 

 ルナが深々と頭を下げたので、スバル達もそれに従った。

 イサムとアイは軽く手を振って部屋を後にした。

 

「……なんだか、妙なことになっているな?」

 

 滑田親子がいなくなると、ずっと様子を見ていたウォーロックが実体化して呟いた。

 

「そうだね、一体何が……」

「今調べていますよ」

 

 いつの間にか、キザマロがブラウズ画面を操作していた。キザマロが指で触れるたびに次々とページが開かれ、切り替わっていく。

 

「……まず、さっきのピンク色のスーツを着た男は『五里門次郎』。五里財閥の代表取締役社長ですね」

「やっぱり、それぐらいの地位があると思ったわ」

 

 ルナが肩をすくめた。先ほどの金額の衝撃がまだ残っているらしい。

 

「どうせ悪党なんだろ?」

 

 口をとがらせるゴン太にキザマロが頷いた。

 

「ええ、五里財閥は黒い噂が絶えない会社みたいです。中でも、乗っ取り屋としての一面が大きいみたいです」

 

 先ほどのイサムの言葉が思い出される。どうやら、このホテルは標的にされているらしい。

 

「……あ」

 

 別のページを開いたとき、キザマロは眼鏡をクイッと上げた。

 

「何か見つかったの?」

「ええ、このヤエバリゾートに関してです。最近、事故が相次いでいるらしいですよ。落雪や突然の吹雪が原因なので、天候制御装置が故障していると思われます」

 

 アイの身に起きた先ほどの雪玉もその一つなのだろう。

 スバルは窓の外に目を凝らした。雪山の頂上に四角い建物が見える。機械オタクのスバルにはあれが天候制御装置なのだとすぐに分かった。あれが故障しているため、雪の量や風の強さを調整できず、事故が続いているのだろう。

 

「この事故ですが、五里がこのホテルを買いたいという商談を持ちかけてから始まっていますね」

 

 そこでキザマロは手を止めた。

 

「ここからは僕の予想なんですが……

 どういう方法を使ったのかは分かりませんが、今回の事故はあの男が絡んでいると思われます。修理業者も天候制御装置への対応を渋っているみたいですし……全部、五里の嫌がらせってところでしょう」

「つじつまが合うわね」

 

 ルナは納得したようで、腕組みしたまま頷いた。普通に考えれば明らかに五里が黒だ。

 キザマロの話が終わると、ゴン太が荒い鼻息を上げて頭から湯気を吹きだした。そうとうご立腹らしい。

 

「なんだよあいつ、めちゃくちゃ悪いやつじゃねえか!! よくもアイちゃんとそのお父さんを!! なあ、委員長! 俺たちで何とか出来ねえか? こんなの放っておけねえよ!!」

「そうね……」

 

 ゴン太の提案は無茶だ。小学生が関わって、何とかできるような問題ではない。だからと言って見過ごせないのがルナであり、彼女を慕うスバル達だ。4人が一致団結しようとなれば、スバルと一心同体のウォーロックも当然参加する。

 

「ククク、今回は力任せでどうにかなる問題じゃねえな? どうするんだ、委員長?」

 

 ウォーロックはお手並み拝見という様子でルナの出方を伺う。

 

「簡単よ。売り上げが落ちていて乗っ取られそうになっているのなら、それを回復させてあげたらいいわ」

 

 それができれば誰も苦労しない。何がどう簡単なのだろうとスバルが思ったときルナの目がスバルに向けられた。

 その意味が分からなかった。だが、数秒後に期待の眼差しを向けられているのだと気づく。そして、ようやくルナの恐ろしい企みに察しがついた。

 

「……委員長、まさか……」

「そのとおりよ。スバル君、ロックマン様になってこのホテルをPRしなさい!!」

「えっ、えええええっ!?」

 

 まさかが大当たりだった。全身をプルプルと子犬のように震わせるスバルをよそに、ゴン太とキザマロは「流石委員長」という顔で頷いている。

 

「ちょ、ちょっと待……」

「今話題のヒーローが来たとなったらたくさんのお客さんが来るわ!」

「なるほど、そりゃいい考えだ!!」

 

 相棒のウォーロックまでもがルナの案に賛成してしまった。目立つことが好きな彼にはお好みの作戦だったらしい。

 

「いい機会だ。スバル、人助けついでに俺たちの顔を世間に売るぞ? これで俺様達も有名人だ!!」

「い、嫌だよそんなの!!」

 

 もちろんスバルは首を横に振る。

 

「なによ、命がけで戦うわけでもないんですから、難しい作戦じゃないでしょ?」

 

 あまり目立たず、静かに暮らしたいと願う恥ずかしがり屋のスバルにとっては、ある意味戦いよりも大変な問題である。

 

「さあ、作戦が決まったらあとは実行するだけよ。スバル君、ロックマン様に……」

「絶対に嫌だ!!」

 

 力の限りに叫ぶと、スバルは部屋から飛び出した。背後から「待ちなさい! まだ話は終わって……ゴン太、キザマロ、追いかけなさい!!」と声が聞こえた。2つの足音を振り切るようにスバルはひたすらに走った。

 

 

 必死に走ったおかげで一度は2人を振り切ったものの、結局ロビーでゴン太と鉢合わせてしまった。自分の運の無さを恨みながら、スバルはじりじりと詰め寄ってくるゴン太から後退する。

 

「お願いだから、見逃してよ。さらし者なんて嫌だよ」

「観念しろ。どうせ委員長からは逃れられねえ」

 

 ゴン太の言うとおりである。弱者であるスバルは、強者であるルナの言いなりになるしかないのだ。これに加えて、死線を共に超えてきたウォーロックまでルナ側にいるのだから泣くしかない。

 

「ククク、諦めろよスバル。有名人になれるチャンスだぜ?」

「僕は有名になんてなりたくない!!」

「ウォーロックの言うとおりだぜ。もうロックマンの名前は二ホン中に知られてるんだ。それをもっと広めるだけだろ」

「僕は平穏な日常がほしいだけなんだよ!!」

「賑やかだね? 何の話してるの?」

 

 スバル達3人に横から声がかけられた。自動ドアをくぐって外から入ってきたのは、先ほど別れたばかりのアイだった。

 

「あ、アイちゃん!!」

 

 スバルは慌ててポケットの中のスターキャリアーを押さえつけ、ゴン太はピンと背中を伸ばした。

 

「フフフ、二人とも仲が良いんだね?」

「ま、まあな」

 

 ゴン太はスバルの肩に手を置いて見せる。普段はここまでべたべたしないのに、どういう風の吹き回しだろうか。そんな疑問も別の違和感で頭から出て行ってしまった。アイの格好に気づいてスバルは目を丸くした。

 ホテルの外は雪山であるにも関わらず、アイはランニングシャツ一枚に短パンという格好をしており、全身からは滝のような汗を流していたのだ。首に巻いているタオルはぐっしょりと濡れていた。

 

「えっ!? アイちゃん、なんでそんな汗まみれに……?」

「ああ、これ? 外でランニングしてたの。体力づくりにね」

 

 雪山で大汗をかくとなると、ランニングではなくマラソンだ。

 

「スキー選手って、そんなこともするんだ?」

「そうだよ。体力づくりは基礎中の基礎だからね。本当は滑りたいんだけどね」

 

 スバル達は察した。雪の事故が相次いでいるため、アイは本業であるスキー練習ができないのだ。笑顔の中に少しだけ悲しい顔を覗かせたアイにスバルは明るめに声をかける。

 

「たまには休んでも良いんじゃないかな?」

 

 だが、アイは首を横に振ってみせた。

 

「ううん。皆そう言うけれど、私は頑張りたいんだ。私を応援してくれる人たちのためにね」

「『応援してくれる人たちのため』って……? 自分のためじゃないの?」

「もちろん、私自信のためでもあるよ。滑るの大好きだもん。でもね、大会に出てちょっと有名になって、気づいたことがあるんだ。

 大会になるとね、大勢の人たちが応援してくれるの。私の滑りを見るために大会に来てくれる人、大声で応援してくる人、フラッグを作ってきて振ってくれる人、テレビの前やインターネットを通じて見守ってくれる人。私、すごく嬉しかった。そして勇気づけられたんだ。一人じゃない……応援してくれる皆が勇気をくれるから、私は一人じゃないって……。

 だから、私は皆の期待に応えたいんだ。私が大会で優勝したら、皆喜んでくれるでしょ? だからもっとたくさんの大会に出て、大きい大会で優勝して、皆を喜ばせてあげたいんだ。そのためにも、立ち止まってなんていられないよ」

 

 そこまで語って、アイは「あ」と顔を赤くした。熱弁しすぎて、スバルとゴン太が置いてけぼりにされた顔をしていたのだ。

 

「あ、ごめんね。私喋りすぎちゃった」

「ううん、そんなことないよ」

 

 スバルはゆっくりと首を横に振る。

 

「僕たちと同い年なのに、こんなにしっかりした考えを持ってるなんて……」

「ああ、俺感動したぜ!!」

 

 涙もろいゴン太は目に涙を浮かべていた。アイは照れ臭そうに頭をかいている。

 

「アハハ……そこまでされると恥ずかしいな~

 じゃあ、私そろそろ行くね? 次のトレーニングがあるから」

「うん、それじゃあ」

「おう」

 

 アイは最後にもう一度笑顔を作ると、ホテルの奥へと姿を消した。

 

「凄いな……アイちゃんは……」

「だな……」

「……ゴン太、僕行きたいところがあるんだけど……?」

「……委員長には黙っておいてくれよ?」

「もちろん」

 

 ゴン太もアイの話を聞いて思うところがあったのだろう、見逃してくれた。ホテルの外に出ると、ウォーロックが話しかけてきた。彼にはスバルがこれから何をするのか見当がついているらしい。

 

「おい、スバル……行くんだろ?」

「うん……」

 

 自分はアイのように皆の前に立つ勇気なんてない。でも、アイのために何かをしてあげたい。だからスバルは、自分にできる最大限のことをする。

 

「天候制御装置……あれの故障原因を調べてみよう? 僕たちにできることがあるかも」

「そうこなくっちゃな!!」

 

 ウォーロックが力強く頷いた。もしかしたら、彼もアイの言葉に感化されているのかもしれない。そう思いながら、スバルはスターキャリアーを取り出した。

 

「電波変換!! 星河スバル オン・エア!!」

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