流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第73話.行き先

 電波変換をしてスバルは廊下へと出た。ウェーブロードは使わなかった。使うに越したことはないのだが、それ以上に自分の足で歩いてみたかった。IF世界の人々が生活しているこの場所を。

 人には見えない周波数になって、うっすらと埃が溜まり始めた廊下を歩いていく。声のする方に向かっていくと、人をちらほらと見かけるようになってきた。何らかの重い荷物を運んでいる男性を目で追った。肩に包帯を巻いている。別の場所に目をやれば、足を引きずる女性が子供の面倒を見ている。その子供の頭にも包帯があった。その近くを通りかかった若い男性も、少し離れたところで座っている老人も、皆何らかの怪我をしているのが窺えた。

 

「ねえ、お母さん」

 

 妙に響く女の子の声に足を止めた。

 

「青い人が助けてくれたって本当?」

 

 先程あかねに庇われていた子だった。大きな怪我はしていなかったようで無邪気そのものといった笑みを浮かべている。

 

「ええ、そうみたい」

「その人も、ソロお兄ちゃんみたいに悪い人たちをやっつけてくれるのかな?」

「……きっとそうね」

 

 頷く母親も笑っていた。だが、それは胸の内から溢れてくるようなものではなく、本心を隠すための仮面のように見えた。

 少し迷いながらも目的の場所にたどり着いた。医務室と書かれているものの、とてもそうは見えなかった。見たことは無いが、野戦病院とはこのようなものを言うのだろう。血と薬品の匂いに顔を曇らせながら、並んだベッドを一つずつ覗いていく。奥の方まで来て、ようやくお目当ての人物を見つけることができた。少し汚れた布団の中で、ツカサが眠っていた。隣にはゴン太が寝ている。ミソラとルナは別室だろう。性別を考えれば当然の処置だ。

 ツカサの顔を覗き見る。緑色の髪に白い肌。女の子と見間違いそうな中性的な顔立ち。スバルが知っているツカサと一部の違いも見当たらない。瞼を閉じて深い眠りについている。思わず頬に手を伸ばしてしまう。

 指先が触れそうになったとき、ツカサの目が開いた。目が合った。そう思ったのはスバルだけらしい。ツカサはばねのように体を引き起こすと、彼のものとは思えない声を張り上げた。

 医師と思われる初老の男性と、手伝いをしていたと思われる南国が駆けつけてきた。押さえつけようとする医師に向かって、ツカサが手を振るった。拳が医師の肩や頬をかすめる。ばたつく足を押さえようとしていた南国の顔に、見事な蹴りが入った。南国のサングラスが音を立てて床を転がる。入り口が騒がしくなり、すぐに男性が二人ほど入ってきた。大人四人に子供が敵うわけもなく、あっという間に取り押さえられた。それでも彼の言葉にならない叫び声は止まない。

 スバルは背を向けるとその場を後にした。入り口の側に人の気配がした。キザマロだった。膝を抱えて蹲っている。涙を押し殺す声が聞こえた。

 

 

 人混みから離れてある部屋へと向かう。表札に「支配人室」のカードが挿しこまれていることを確認して、ドアをすり抜ける。虚し過ぎるほど広い部屋に、高そうな椅子と机。それに腰掛けるのは簡素な服装をした一人の女性だ。

 威厳があるわけでもなく、強固な姿勢を取るわけでもない。ただその奥深い優しさだけで数えきれない人を統べている彼女は、少し前までは普通の主婦だった人だ。

 スバルが入ってきたことに気づくわけもなく、外を眺めている。部屋の一辺全てがガラス張りになった大きな窓。外の様子が良く見える。荒廃した、生命の無い世界がだ。日光を通さぬ分厚い雲と、止みそうにない雨のせいで、外は黒い灰色に見えた。雷鳴が聞こえないのが不思議なほど。

 あかねは立ち上がるとこちらを振り返った。元の世界と変わらない、美人で優しい自慢の母親だ。そんな彼女だが、スバルと目を合わすことはない。机の上に手を伸ばして写真立を手に取る。入っているのは、三年前に撮った家族四人が映ったあの写真だ。

 あかねは表面を指でなぞった。無言で何度も、何度も。雲がより分厚くなったのか、外の黒が濃くなった。部屋にも影が広がり、あかねの顔色が見えなくなった。だからこそ見えてしまった。あかねの目元に光が伝ったことに。

 

 

 ソロの部屋に戻ってきても、スバルは電波変換を解かなかった。部屋の半分以上を占めた二つのベッドを見る。あそこに寝転がれば気持ちいいだろう。あっという間に夢の世界へと誘ってくれるはずだ。だがそれ以上に魅力的なものが枕元に置かれている。

 黒いカード……元の世界へと戻る、異次元への扉の鍵。これを使えば、スバルは元世界に戻れるのだ。

 ツカサたちが笑顔で迎えてくれる。

 あかねが暖かいご飯を用意してくれている。

 この鍵を使えば、向こうで笑って暮らしていけるのだ。カード一枚でこの世界と永遠に縁を切れるのだ。

 甘美な誘惑がささやきかけてくる。こんな世界、もともと自分には関係が無いのだ……と。

 スバルの顔が笑みを作った。ベッドに歩み寄り、黒いカードを手に取る。それをスターキャリアーに収めた。

 

「行こうロック」

 

 スバルの腹は決まった。

 

「ムー大陸に!」

「ヘヘ、そう来ねえとな!」

 

 分かっていたというように、ウォーロックは笑って見せた。

 

「IF世界だろうと関係ないよ。母さんも皆も、僕が守るんだ!」

「おう、いっちょブッ飛ばしてやろうぜ。そのアポロン・フレイムって野郎をよ!」

 

 たとえ元世界に戻ってもきっと自分はこのIF世界のことを忘れられない。帰ればきっと後悔するだろう。

 答えなんて最初から決まっていたのだ。

 相棒と頷き合うと、ロックマンはウェーブロードへと飛び出した。

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