流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
体が揺れている。グラグラと心地よいリズムだ。誰かが自分を揺すっているらしい。声も聞こえてきた。自分の名前が呼ばれている。うっすらと目を開けた。緑色の髪をした少年が自分を覗き込んでいた。琥珀色の目が眩しい。
「……ツカサくん?」
「おはよう、スバルくん。よく眠れた?」
おぼつか無い目を辺りに回す。白くて高い天井に、朝の陽ざしを迎えてくれる窓。父が買ってくれた大切な望遠鏡。
「……ここは、僕の部屋?」
「アハッ、寝ぼけてるの?」
ツカサの隣でミソラが笑っていた。
「まったく、遅刻はダメって言ったでしょ」
「ねぼすけさんだなスバルは」
「ついさっき起こしに来てもらったのは誰でしたっけ、ゴン太くん」
その後ろではルナが呆れ、ゴン太がキザマロの発言に焦っている。
いつも通りの光景が、いつも通りの日常が……スバルのいつも通りがそこにある。
「ささっ、行こうよスバルくん」
「行くって……どこに?」
「呆れた。皆で海水浴に行く約束、忘れたとは言わせないわよ」
そうだった。思い出した。今日は夏休みの思い出作りに海水浴に行くのだ。なんでこんな日に限って寝坊なんてしてしまったのだろう。
「そうだったね。行こうか」
ベッドから這い出し、スバルは皆と歩き出した。
怒りっぽいが面倒見のいいルナ。
おまぬけなゴン太と付き合わされるキザマロ。
そして親友のツカサに、初めてブラザーになってくれたミソラ。
大切な友人たち。かけがえのないブラザー。なんて自分は恵まれているのだろう。なんて素敵なブラザーに囲まれているのだろう。そう思うと、スバルの足取りは軽くなった。 そんな足が止まった。いや違う。動かないのだ。足が石のように固まって、動いてくれない。ツカサ達は気づいていないのだろうか。振り返ることすらせずに先に歩いて行ってしまう。「待って」と叫びたい。だが声が出なかった。自分はそこに居てはいけない。そんな罪悪感が込み上がってくる。なぜこんなためらいが生まれるのだろう。ツカサ達は遠くへ遠くへと、小さくなっていく。
「どっちに行こうとしてるの?」
後ろから誰かに話しかけられた。氷のような声に振り返ると、ツカサがいた。黒ずんだ目をして。いつの間にか部屋は無くなっていた。闇の中でツカサはスバルに語りかけてくる。
「僕たちを……こんな風にしたのに?」
黄色い電波粒子を纏って、ジェミニ・スパークへと姿を変えた。彼に呼応するように、ハープ・ノート、オヒュカス・クイーン、オックス・ファイアが後ろから姿を現す。彼らもツカサと同じ目をしていた。
「ち、違……」
「スバルくんです!」
今度はキザマロの声が聞こえた。泣きながらスバルに向かって叫んでいる。
「この世界を……皆をこんな風にしたのは、スバルくんです!」
彼の後ろではあかねが涙を流している。写真を手にして。
足が後退した。集中するツカサ達とキザマロの視線。崩れるように涙を流しているあかね。
違う。違う。これは自分がやったことではない。自分がこんなことをするわけがない。震える唇を必死に動かした。
「僕がやったんだよ」
思っていたこととは真逆の言葉が出てきた。体から抜け出るようにして、もう一人のスバルが出てくる。
「見てみなよ」
笑み一つ浮かべることなく、辺りを見渡せというようにスバルは手を広げた。いつの間にか闇はなくなり、景色が広がっていた。一面瓦礫の海に、倒壊した家々。住宅が立ち並んでいたコダマタウンは、遠くまで見通せる平坦な光景へと変わっている。小鳥一羽すら見当たらない、生命の色が失われた灰色の世界。
震えるスバルの耳元で、スバルが囁いた。
「この世界を壊したのは……僕だ」
◇
「スバル!」
意識が跳ねた。視界に飛び込んできたのは灰色の雲だった。ウォーロックが自分を覗き込んでいる。名前を呼ぼうとしたが、声が出なかった。息が苦しい。喉が痙攣して、胸が痛いほど動悸している。横になって空を見上げているのだと気づくのに、数秒時間がかかった。
「僕……生きてる?」
かすれるような声をようやく絞り出せた。
「ああ、だが危ないところだったぜ。あんなところから落ちたんだからな」
ウォーロックが上を指さして見せた。遥か上の方に宮殿の屋上があった。高層ビル並の高さにゾッとする。
「電波変換が解けたのが、地面に落ちてからでなかったら……アウトだったな」
自分の手を見てみる。電波変換は解けていた。
「ここは?」
「広場だ。オリガ・ジェネラルと戦った……な」
至る所に散らばった瓦礫のせいで少々様変わりしているが、確かにあの広場だった。結局、振り出しに戻されてしまったのだ。
「……ソロは?」
ウォーロックは無言で指さした。大きな瓦礫の陰で気づかなかったが、電波変換を解いたソロが突っ立っていた。流星型のペンダントを片手に、宮殿を見上げている。彼が何を思っているのかは、容易に想像がついた。スバルの視線に気づいたようで、ソロがこちらに近づいてきた。曇った顔でだ。胸元ではもう一つのペンダントが揺れている。
スバルの前で立ち止まると、目を逸らした。おずおずと手を伸ばしてくる。
「……立てるか?」
パチンと音が鳴った。ソロの顔が驚きに染まる。それに向かって吠えた。
「知ってたんだろ!?」
張り裂けるような声だった。立ち上がり、ソロを睨みつける。怯えるように目を逸らされた。
確信した。彼は知っていたのだ。
「ずっと、ずっと騙していたんだね?」
アポロン・フレイムの正体がスバルだということに。
そのうえでスバルに黙っていたのだ。隣で仲間面をしていたのだ。ファントム・ブラックを倒したときから、初めて会ったあの時からずっと。
思えば思うほど怒りは烈火のごとく燃え上がっていく。
ソロは何の反論もしなかった。弾かれた手を握って、視線を逃がしている。言い訳一つしないのが余計に腹が立つ。せめてこっちの顔ぐらい見たらどうなのだ。
「…………すまない…………」
聞き逃しそうなほど小さい声だった。
「お前の……言うとおりだ。俺は、お前を……騙していたんだ」
思わず殴りかかりそうになった。
「俺はきっと……いや……」
何かを言おうとして黙ってしまった。いまだに歯切れの悪い態度に、余計に腹が立ってくる。
「……ただの言い訳だな。そうだ、俺が全て悪い」
素直に非を認めると、ソロは踵を返して歩き出した。無言で睨みつけるスバルに、彼が振り返ることは無かった。
「あいつとの決着は俺がつける。もう、お前を巻き込まない……」
ポケットにペンダントをしまいながら、ソロは宮殿の中へと姿を消した。またあの長い階段を上って、IF世界のスバルの元へ行くのだろう。
そんなこと、もうスバルにはどうでも良かった。
「何なんだよ……何なんだよこれ!」
ソロが居なくなっても怒りは静まらない。むしろ留まるところを知らずに膨れ上がっていく。
ソロはスバルなんて見ていなかったのだ。彼が見ていたのはスバルと同じ存在であるIF世界のスバルの方だった。何だったのだろう、今までの時間は。ソロと過ごした時間全てが偽りに思えてくる。
そしてそれと同じぐらい無意味なことがある。今までの戦いだ。アポロン・フレイムの正体が、ここまでの戦いを、スバルの信念全てを否定したのだ。
「僕が……僕がアポロン・フレイム? 僕が……この世界を……?」
ツカサ達をあんな風にしたのは自分だ。あかねたちが虐げていたのも自分だ。なにがIF世界も助けるだ。ツカサ達の仇を討つだ。全部自分がしたことじゃないか。
胸にぽっかりと穴が空いた気がした。頭がチカチカして、吐き気まで込み上げてくる。
そんなスバルの背中を叩くやつがいる。ウォーロックだ。
「良いのか? 行っちまったぜ」
舌打ちしそうになりながら、ぶっきらぼうに返した。
「知らないよ」
自分を欺いていたやつだ。もう関わりたくなんてない。それ以前にこんな場所に、この世界に居たくない。スターキャリアーを取り出し、オリヒメがくれた黒いデータを取り出した。これを使えば元世界に帰れるのだ。大好きなツカサ達に会えるのだ。彼らなら笑って迎えてくれるはず。そう、自分の居場所はそっちなのだ。指先でこのデータに触れるだけで、あの世界に帰れる。
なのになぜだろう。手が動かない。
「なんだ、帰らねえのか?」
答えられなかった。何を迷っているのだろう。帰るに決まっているではないか。帰る理由は無数にあれど、ここに留まる理由なんて一つも無い。それでも過ってくる。ソロの横顔が。
ソロとIF世界を見捨てて戻ってツカサ達に会って……笑えるのだろうか。そんな疑問が浮かんできた。
頭の中で大小無数の意見が生じては交差し、グルグルと回っていく。自分がどうしたいのかすら分からなくなってくる。
そのままスバルは動けなくなってしまった。
「…………うし、なら行くか」
「え?」
ウォーロックがスターキャリアーの中に入ると、ブラウズ画面を閉じてしまった。
「おら、さっさとしろ」
「ちょ、どこに行くんだよ?」
「決まってんだろ、アポロン・フレイムのとこだ」
何を言い出すのだろうこの異星人は。今までの流れでなぜそうなる。
「い、嫌だよ。なんで僕が……」
「あのスバルを見てるとイライラするんだよ。昔のお前を見ているみたいでな。思いっきりぶん殴らねえと気が済まねえ。っつうわけで、お前も付き合え」
なんてむちゃくちゃな理由だ。加えて本人を前に遠慮が無い。苦い顔をするスバルを気にかける様子もなく、ウォーロックはさらに付け加えた。
「それにアポロン・フレイムを放っとくわけにはいかねえだろ。あいつは元世界に移動できるんだ。世界が違うから無関係ってわけにはいかねえんだよ」
ショックで忘れていた。まだラ・ムーは使えると言っていた。いつ侵略を始めるか分からない以上、今すぐにでも倒す必要がある。確かに正論だ。
だが正論だけでは動けないのが人なのである。スバルの足はまだ動かない。アポロン・フレイムの元に行くということは、IF世界のスバルと顔を合わすということ。なによりあの場にはソロが居るのだ。
世界の命運と個人の感情。どっちが重いかなんて語るまでも無いが、それでも前へは進めない。
だからウォーロックは背中を押すのだ。
「いつまでションボリモードやってんだ。おら行くぞ」
ようやくスバルは歩き出した。押すというよりは、引っ張られるように。