とある白蛇と記憶のDISC   作:人間

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七月二十一日 神父の仕事①

 うだるような蒸し暑い日のこと。コンクリートから立ち上る熱気は、あたし──"佐天涙子"の気分をより最悪なものにさせた。

 

 夏休み初日、その日の朝に最近で一番の噂のアイテム、『幻想御手(レベルアッパー)』を手に入れた私は熱に浮かれたような気分でその存在を初春に明かそうとした。

 自首とかそういうのじゃなくて、本当に名の通りの効果があるのなら親友である初春にも共有したかったから。だって使うだけで強度(レベル)が上がるなんてまさに夢のようなことだ、本当にやって意味があるかもわからない時間割り(カリキュラム)に縋るよりずっと信じられる。

 

 だけど初春に伝えることは出来なかった。だって思ってみなかった、まさか手に入れたこれに副作用があるだなんて。それに保護観察だなんて、まだ使ってもないのに? 何を言われるのか分からなくて、怖くてここにありますだなんて言い出せなかった。

 もしかしたらそんなに危ないものなら、とデータを削除するのが一番賢いのかもしれない。

 

 わかってるけど、手放す気になれなかった。だってやっといつか夢に見たあたしになれるのかもしれないのに、お母さんがくれたあのお守りにやっと顔向け出来るようになるかもしれないのに。それがボタン一つで手に入るかもしれないのに、諦めるなんて出来ない。

 

 でも副作用が怖くてそのボタン一つ押せやしない自分が情けなくってなんだか惨めで、どんどん気分が下がっていくのを感じた。

 寝て起きて、まだ悩んでて。

 

 今日も使うべきか消すべきか、ずっと悩みながら歩いてたら嫌な場面に遭遇しちゃった。

 

 幻想御手を求めてデータの売買をしている場面、一人の男子学生に暴行を加えているグループの不良達。

 あたしは悩みすぎて気がつかない間にガラの悪い所に足を踏み入れてしまっていたんだ。

 

 逃げようとしたけど痛々しい傷を負ったその人を見捨てられなくって、勇気を振り絞って強く言ってみたけど力の有無は歴然で、あたしまで殴られるっていう間一髪の所で白井さんが来てくれた。

 

 そこからは、どうしたんだろう。

 とびっきりガラの悪そうな不良に白井さんが傷つけられているのをただ後ろで見てるだけ、何かしたくてもそうするだけの強度(さいのう)がなくって──ああそうだ、なんとか近くの警備員(アンチスキル)を捕まえて逃げてきたんだっけ。

 

 嫌だな、こんな考え方。

 でもしょうがないんだ、あたしは『無能力者(レベル0)』で、御坂さんみたいに電気を出せるわけでも白井さんみたいに瞬間移動できる訳でもない。

 

 文字通り済む世界が違う。

 本当にただの一般人、嫌になるくらい才能がない。だけど夢で見た憧れも捨てられない。でもプレーヤーに入ったこれを使う勇気もない。

 そんなことばかりが頭の中をぐるぐると周り続けていて、その時ふと気づいた

 

「──あれ、」

 

 辺りを見渡せば見覚えのない風景、見覚えのない廃ビルが目立つ開発が放棄されたような場所。その道のど真ん中であたしは突っ立っていた。

 

「……あたし、もしかしてまたやっちゃった?」

 

 考え事にばかり気を取られて足の赴くままに歩いていたせいだ、どこなんだろうかここ。

 帰り道なんてもちろん分からない、というか第七地区にこんな場所あることにちょっとビックリしてる。

 学園都市でも指折りの広さを持った学区にも、盛り上がってる場所ばかりじゃないんだなぁ。

 

「呑気に考え事してる場合じゃない! どうしよう~……あっ、そうだこんな時にこそ人類には携帯という素晴らしいアイテムが──!」

 

 パカリと開いた画面が映すマークの意味は電池切れ。

 そうだ、そういえばこれさっきもしたんだった。

 通報しようとしたら充電がなくって、後悔したばかりなのにまた後悔する羽目になるなんて。

 

「あー、ほんとやっちゃったな~……」

 

 ナビも見れない、見た渡す限りに公衆電話もない、人が通る訳もない。

 というか通ってたらそれ100%(ヒャクパー)不良だろうし、打つ手なし。

 

 もう進むところまで進んで、駅があることを祈るしかないかぁ。

 

「よしっ、そうと決まればなんとかタイムセールスまでには帰らないと!」

 

 ただでさえ余裕のない財布事情をこれ以上厳しくするわけにはいかない。

 と、いざ進もうと決心して、前の方やや右に少し気になるものが目に入った。

 

「なんだろう、門?」

 

 廃ビルの影に隠れて見えづらいが、それは確かに石のアーチが乗った鉄格子みたいなデザインの門であることは間違いなかった。

 洋風な家があんなビルの隣にあるってことなのかな。ちょっと気になるな。

 

 コンクリートの割れ目から草が伸びているような、それぐらいに手入れのされていない道路を進み、数十歩もあるけばそれの前に立つことは出来た。

 

「これって……教会、かな? なんでこんなところにあるんだろ……」

 

 どこかの教科書に乗ってそうなほど大きい訳じゃないけれど、決して小さい訳でもない。

 二階建てぐらいの教会が、廃ビルの間に挟まれる形でひっそりと佇んでいる。

 

 囲いの壁には不良が残したんだろう缶スプレーのイラストがいくつか目立つけれど、ヒビも入っていないし教会に続く道に目立つ汚れはない。

 良くも悪くも誰かの手が入っているのは間違いない、もしかしたら誰か住んでるのかも。

 

 それなら電気が通っているはずだし、携帯の充電だってさせてもらえるかも。

 携帯が復活すればナビだって使えるし、一直線に家に帰れて何よりタイムセールスにも間に合うはず。

 

「そうと決まれば!」

  

 作戦変更、教会の人にお願いして充電だけでもさせてもらおう。

 

 でもインターホンが門の周りについてないから、中に入いらないといけない。

 その為には門の鍵が開いてないと困るけど……少し力を加えるだけで金網のような扉は開いていく、ラッキーなことに鍵はかかってなかったみたい。

 

 教会までへの道のりはほとんどなく三十歩ほど歩けば着くぐらい。

 そこまでのスペースは小さいながらも石畳の通路を挟んで左右の庭には芝生のような草も広がっていて、花壇もある。

 まだ何も植えてないのか、それとも芽が出ていないのかはわからないけれど、これだけの空間とはいえ緑があるというのは不思議とホッとするような気がする。

 

 玄関前につく。

 扉は如何にも洋風と言った木製のもので、こういうのはおしゃれなお店が使ってるようなイメージがある。

 少なくともマンションで使われているような、ああいう扉にはない暖かみがあるかも。

 

 それにしても、遠目から見てなんとなくそうっぽいなーとは思っていたけど、やっぱりというかでかい扉だなぁ。

 きっと両手を伸ばしても一番上には届かないと思う。多分2メートルぐらいあるんじゃないかな。

 そういえばここにもインターホンがない、教会ってそういうものなんだろうか。勝手に入るのは良くないだろうし、ここはやっぱりノックするべきか。よし、それじゃあ──

 

 いや待てよ。

 

「不良のねぐらだったらどうしよう……」

 

 ノックまであと一秒、手だってもうする気満々で構えられているのに、ややスナップを効かせようとした瞬間に気付くなんて。

 頭が痛い、不良に髪を捕まれた時みたいに。

 

 ──やっぱり止めよう、今度は都合よく白井さんみたいに誰かが助けてくれるなんて思えない。

 あたしは運が良かっただけの一般人だ、問題に巻き込まれる前に道に戻らないと。

 

「もし、そこの君」

「っ!?」

 

 後ろから低い声、驚いて思わず振り返る。

 もしかして、不良?

 お願い不良じゃありませんように。

 風紀委員か警備員でいて!

 

 無情。心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。

 そこに立っていたのは、黒人の男性だった。

 よく見かけるTシャツ、特徴のないジーパン。それよりとにかくでかい。さっきの扉ぐらいある。

 体格も良いし、見えてる腕に筋肉が見える。あんな手で捕まれたりしたら、あたしの出来る抵抗なんてきっとなんの意味もない。

 距離も全然ない、あたしのやや向こう、そもそも門はこの人の後ろ。逃げられない。

 

 どうしよう、どうしよう。

 男が口を開く。

 

「悪いけど、少しだけ右に退いてくれないか。そこは私の家なんだ」

「え、あ、はい。すいません、すぐ退きますからっ」

「ありがとう」

 

 拍子抜け、って使い方があってるかは分からないけど。少なくとも男の人の声色は、想像していたよりもずっと柔らかくて優しいものだった。

 まだ頭が混乱してて中身とっ散らかってるけど、とにかく分かっていることがある。

 あたしは今、すごく安心している。

 

 男の人は少しばかりあった距離をほんの数歩で詰める。扉に手をかけ、あたしを見た。

 

「何か困っているんだろう? 私で良ければ力になるよ」

「あ。そ、そうなんです。実は……」

「ああいや、そうだな。話は中で聞くよ。私は暑がりでね、中ならクーラーも効いているし、冷えたお茶も出せる。どうぞ入ってくれ」

 

 男の人はそう言い残すと扉を開けて中に入っていった。

 開けっ放しの扉の向こうからは、本当に足元をひんやりとさせる冷気を感じる。つまりここには電気が通っていて、上手く行けば充電も出来る。

 それにさっきはテンパってて気付かなかったけど、ビニール袋を手提げていた気がする。ということは少なくともここからお店のある場所までは知っている。

 

 行かない理由はない。少なくとも道だけは教えてもらわなきゃ。

 

 

「好きに座ってくれ。すぐにお茶を用意しよう」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 男の人が裏の方へと消えていく。

 やっぱり手にはビニール袋を持っていたし、買い出しに行ってたのは間違いないかな。

 

 それにしてもここに入って目に入ったものは、本当に映画のセットで用意されたようなものばかり。

 三人ぐらいなら並んで座れそうな長椅子に、十字架のデザインがされた机。三本蝋燭がさせるあれもあるし、よく見ると聖書も置いてある。貸し出しもしてるのかな?

 あたしもちょっとはミーハーなつもりだけど、流石にこっち方面にアンテナは立ってないからなぁ。

 

 多分聖書、と思う本を手に持ってちょっと長椅子に座ってみる。

 うん、教室の椅子の横に長い版だと思えば特に違和感はないかな。むしろこっちの方が教科書忘れた時に見せてもらいやすくて良いかも。

 イメージとしてはハリーのポッターみたいな感じ。たまにはこういう椅子で授業受けてみるのもいいかもなぁ。

 

 ところでこの聖書、読んでもなんだか横文字ばかりで分かりにくい。全部人の名前なんだろうけど、すごい目が滑る。

 いくつかあったのから一冊適当に取ったけど、ちょっとこれは読めない。

 世界史の教科書だって読むのに一苦労だって言うのに、次から次へと並ばれちゃ困るよ。ちゃんと列に並んで来なさい。

 

「………………」

「聖書に興味がおありかな?」

 

 本から慌てて目を離す。

 しまった、ちょっとボーッとしてた。

 ほんとさっきまでなんだかんだと巻き込まれて疲れてる気がする。

 

 声をかけてくれた男の人は、膝をついてあたしにコップを差し出してくれている。

 こういう気遣いが今日は特にありがたいや。

 

「あ、ありがとうございます。ほんと、喉からからで……」

「今日は特に暑く感じるからね、おかわりが欲しかったら遠慮なく言ってくれ」

「はい、ほんとに、助かります」

 

 コップを取ってぐっと一煽り。

 っくぅ、麦茶が美味しいっ。麦茶が美味しく感じられるのは夏の特権だぁ。

 ああ、やっと一息つけた。

 

「っはぁ。……あれ、服着替えたんですね」

 

 その人の格好は先程のラフさとはまるで正反対に、きっちりとした、本当に映画で見たような神父服に身を包んでいた。

 さっきよりもスラッとした印象になったけれど、やっぱり体格のよさは隠しきれてない。

 

「神父さんだったんですね」

「ああ。ただでさえこんな暑い日に、こんな真っ黒い服着ていられないだろう? 外に出る時は少しでも涼しくないと熱中症になってしまうし。それにこれ、洗濯も大変で……と、私が話しても仕方がないな」

 

 隣、いいかな。あ、はい。どうぞ。

 そんな会話をしてあたしは少しスペースを開けると、ありがとうと神父さんは腰を下ろした。

 こうして改めて見ると、本当に大きい。というか、足も長い。

 人ってこんなにスタイル良くなれるんだ。こればっかりは生まれ持ったものが大きいのかも。

 

 生まれ持ったものといえば、やっぱりこの辺では珍しい肌色だ。

 黒人さんなんだろうな、だけど日本語が上手だ。日本人かと思うくらい。きっとあたしの何倍も勉強したんだろうなぁ。

 

「それで、何に困っているのかな? 私に差し出せるものなら喜んで渡そう」

「えっと、電気というか携帯の充電器を貸して欲しいんです。実はあたし迷子で……携帯のナビで帰ろうにも、充電が切れちゃってて……」

「うん」

「あっ、もちろん無理なら大丈夫なんですけど、せめて道だけでも教えてもらえたらな~と……」

「いいや、充電ぐらいならいくらでもしてくれ。この時代に携帯無しは不便だろう。充電器も、ほら。その壇上の裏にあるんだ。規格が合っていると良いのだけど」

「あ、多分それは大丈夫だと思います。ここ数年の充電器は全部規格が同じですから」

 

 壇上(机じゃなかった)の裏まで移動して、そこには確かにコンセントから伸びる充電器がある。

 先っぽも確認して……うん、同じ規格だ。あとは差すだけで、充電開始。ある程度貯まるまでは少し放置だ。

 

 神父さんの隣に戻って頭を下げて感謝を伝える。笑顔で力になれて良かったと言ってくれた。

 うーんすごくいい人、あれの後だけあって優しさが余計に染みる。

 

「ここら辺は廃墟と彼らのねぐら以外に何もない。充電が済むまでゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます!」

「しかし待っている間、聖書を読むのは若い君には向いていないかもしれないね。

 どうだろう、私と少し話をしていかないか? 話すことは私の本職だ、君の暇潰しに聖書よりは向いていると思う」

「そういうのって、神父さんが言っても大丈夫なんですか?」

「はは。今日は咎めるシスターもいないんだ、それに信者でもない相手に聖書を勧めるのは主のお考えに反すると私は思っているよ」

 

 そういうもの、なのかな?

 信者の友達がいないからそこら辺はよく分からないけど、確かに押し売りって必ずしも人に対して良いことではないよね。

 

 それにしても言い回しがちょっと神父さんっぽい。

 確かに聖書を読むだけって言うのはあたしに向いてなかったから、すごくありがたい。

 

「それじゃあ聞きたいことがあったんですけど──」

 

 そうしてあたしは神父さんと少しばかり話をした。

 神父さんの一日とか、ここに住んでるらしいシスターさんの話とか、色んなことを神父さんのことを聞いて色んなあたしのことも話した。

 それこそちょっとドジな親友のことも、コンビニでドアが潜れず頭をぶつけた神父さんのちょっと笑えるお話なんかも。

 

 話してる間に気付いたことは、神父さんはよく笑うということ。

 話し方一つ一つに思いやりを感じるということ。ここに来たばかりは暗い気持ちがあったけれど、話していたら自然とそれらを忘れられた。

 断言できる。神父さんはいい人だ。あたしの勘もそう言ってる、間違いないね。

 

 海外では肌の色で虐めがあったりもするらしい、あたしも最初は黒人さんってだけで悪いイメージが頭の中でいっぱいになった。

 でもいざ話してみれば今まであった悪印象なんて全部どっかに飛んでいってしまった。

 神父さんはそれぐらい優しい人だ。

 

 夢中になって口を動かし続けて、どれぐらいたっただろうか。

 おかわりを入れてもらったコップを傾けながら口を休める。

 一息ついたら、今度は向こうから話しかけてくれた。

 

「そういえば、ここには考え事をしていたら気がつかぬ間に着いていたと言っていたね」

「はい、そうなんです。いやー、あたしってばおっちょこちょいで……柄にもなく頭を回しすぎちゃったみたいです」

「そうか。悩みは吹っ切れそうかな?」

「あはは……それが全然で……」

 

 誰にも話したことのない、あたしの根っこの部分。相談なんて考えてもみなかった。

 こんな自分でも嫌っているような一面を、誰かに見られたくなんかない。

 誰だってそうだ。

 けど、

 

「……聞いてくれますか?」

 

 不思議と神父さんには話せる気がした。

 理由を一から十まで言葉にすることは出来ないけれど、この人なら大丈夫だって、そんな気がしたから。

 

「もちろん。私は迷える子羊の道草を払う杖なのだから」

  

 ──いつものあたしは明るいムードメイカーで、悩み事なんて無さそうに笑うのが得意で。

 けどいざそれと対面すると当たり前に出来ていたのに出来なくなる。

 

 御坂さんに、白井さん。

 同じ中学生なのに、あたしとほとんど変わらない歳なのに。あの人達とあたしが出来ることには万倍の差がある。

 スプーン1本まともに曲げられないあたしと違って、二人は手段こそ違えど容易く曲げてしまうことが出来る。

 溶かしたり、真っ二つにも出来るかもしれない。

 

 何が違うんだろう、あたしと二人の違いってなんなんだろうか。

 努力、そうなんだろう。頭の良さ、そうなんだろう。

 でもきっと一番の大きな差は才能なんだと思う。

 

 御坂さんは『超能力者(レベル5)』で、白井さんは『大能力者(レベル4)』で、あたしは『無能力者(レベル0)』。

 ほら、月とスッポンだ。

 

 学校でも渡してくる紙一枚で嫌が応にも突きつけてくるんだ、お前は何の才能もない欠陥品だって。

 だから手に入れたこれを使いたい、欠陥品のままで居たくない。

 夢にまでみたあの光景、一歩でもいいから近づきたい。

 それがズルであったって。

 

 でも怖い、副作用があるって聞いてから使ったらどうなるのか考えるのが怖くてたまらない。

 痛いのかな、苦しいのかな、もしかしたら死んでしまうのかな。

 一人じゃなかったら、あたしだって……そんな嫌なことばかり、嫌な自分ばかり考えてしまって。

 

「すごく中途半端で、何するにしてもダメで、まるで誰かの足をここまで引っ張りこもうとしてるみたいな自分が、すごく嫌で……」

 

 幻滅されたくない、他人にも自分にも。

 こんなことばかり考えていると、頭の中に黒いもやが、かかってくるように感じる。

 そのもやは頭の中から徐々に広がっていって、あたしの視界すら塞いでくる。いつもみたいに吹っ切れるべきだ、難しいことを考えるのは柄じゃないって。

 

 けどそうできなくて、喋れば喋るほど目の前がどんどん真っ暗になっていく。何も見えない、聞こえてくるのは自分の声だけ。

 

「……、あたしって本当に嫌な人間で──」 

「君はとても親切だね、そして強い子だ」

 

 ちらりと、真っ暗な視界に一筋の白が立った。光差す向こうから神父さんの声が聞こえる。

 

「君は自分の無力さを嘆き、心が折れてしまういつかを恐れている。

 確かに君の心の柱は少しひびが入ってしまっているけれど、まだ折れていない。まだ君は何にも失望していない。

 楽観的で無力だからではない、客観的に現実を受け止められる心の強さが君の中にあるからだ」

「心の、強さ」

 

 光の柱の数が多くなっていく。黒だけだった視界に、様々な色が差し込んでくる。

 これはなんだろう?

 

「それに君の懺悔から感じられたのは無力感や失望への恐れだけではなかったよ。

 『超能力者』と『大能力者』の二人、そして親友の女の子のことを話す時、どこがすごいのかと嬉しそうに話してくれたね。本人の居ないところで友人のことを褒められる、私はそれを親切だと感じたんだ。

 誰でも持ってる訳じゃない、『超能力者』だろうと。ただの嫌な女の子なら尚更」

 

「でもあたし、二人に嫉妬して……」

 

「『隣人の家を欲しがってはならない』、十戒にあるように嫉妬とは確かに罪だ。

 しかし罪のない人間は存在しない。罪があるからこそ人は人に優しくできる。手を取り合える。だが多くの罪人はそれが出来ない。だからこそ君の親切は、その才能は素晴らしいものなんだ。それを決して当たり前だからとくだらなく見てはいけない。

 どんな『学習装置(テスタメント)』も、君と同じ能力を引き出すことは出来ないのだから」

 

 差し込んでくる色とりどりの光が、もやを払っていってくれる。

 これは、そうだ。きっとそうなんだ。あたしが眠る前に良かったなと思ったこと、良いことしたなと思ったこと。

 誰のためでもなく、したいと思ったからした出来事。

 

 本当は体育があるのに友達に体操服を貸したこと。

 辛そうにしてるおばあさんの大荷物を持ったこと。

 走ってきたスリの身体にしがみついて逃がさないようにしたこと。

 

 強盗に連れ去られそうな子供を必死に守ろうとしたこと。

 今日不良達の前でやめろと言って庇おうとしたこと。

 どれもやった後に痛い目を見たけれど、全然後悔なんかしてない。

 

 そうなんだ。これがあたしの、才能なんだ。

 

「君が欲しがっているものと違って、それは決して何かを燃やすことも、何かを飛ばすことも出来ない。けど君は見知らぬ誰かにも親切を与え、誰かの心を守ることが出来る。何かを壊すことよりも、ずっと尊くて素晴らしいことだと私は思っているよ」

 

 やっとわかった事があっても、すぐにまたわからない事が増えてしまう。

 頬を伝う暖かい何かの止め方なんて、全くだ。

 けれどきっと神父さんも知らないんだ。だってこうして黙って隣に居てくれるだけなんだから。

 よかった、あたしは欠陥品なんかじゃなかったんだ。

 

 

 

「ご、ごめんなさい。恥ずかしい所見せちゃって……」

「私は何も見ていないよ。少し長椅子の汚れが気になってしまってね」

 

 微笑みながらであろう優しい声色で言ってくれるけど、正直顔は直視できない。

 初対面の人前で大泣きしちゃうなんて、本気で恥ずかしいし。

 

 ……神父さんの言葉はあたしが一番欲しがっていた言葉なのかもしれない。

 卑下して卑下して、し続けた先で『無能力者』の自分にだって特別な何かがあって欠陥品なんかじゃないってこと、そういう言葉をきっと望んでいたんだろうなぁ。

 

 そう考えると、なんかまた別の恥ずかしさが沸いてきた。めちゃくちゃめんどくさい女みたいだったな、と考えると思わず仰け反りたくなるぐらい恥ずかしい。

 

「ぐぉお~~……!」

「だ、大丈夫かい? そんな頭を抱えて……頭痛でも?」

「い、いや、大丈夫ですっ。ちょっと耐えきれなかったっていうか……!」

「耐え……?」

 

 一旦、一旦この恥ずかしさは置いておこう。このままじゃ会話もままならない。

 いや、そういえばなんであたしがここに来たのかを思い出せ。

 

 そうだ、携帯の充電はどこまで進んだんだろう。

 神父さんには様子を見ると伝えてから席を離れ、壇上の裏へ。携帯の画面に映る箱の中には三本線。

 うん、正しく十分。

 

「充電出来たみたいです。充電器貸してくれてありがとうございました!」

「どういたしまして。もう帰るのかい?」

「はい。タイムセールスに間に合わせないといけませんから!」

「そうか。最近はどうも物騒だ、本当は送っていきたいのだけど……喧しいシスターが帰ってくる前に、仕事を終わらせないといけないんだ。悪いね」

「そんな全然! ここまでしてもらったのにこれ以上は悪いですよ!」

 

 一人で帰るわけになったけど、正直ホッとしてる。

 送ってもらえるってなったらそりゃ心強いけど、やっぱりまだ少しこっ恥ずかしい所が残ってるっていうか。

 何より帰り道も気まずくなっちゃいそうだったから。

 

 それから扉を開け、ムッとした熱気が押し寄せるのを気合いで耐えて外へ。

 門を潜るまでは見送るよと神父さんも一緒だ。あ、少し不満そうな顔だ。

 その服かなり暑そうだし、そうなるのもしょうがないよね。

 

「それじゃあ、本当にありがとうございました!」

「教会は何人も拒まない、また迷えることがあればいつでも来てくれ」

「はい、何か困ったら絶対!」

「……いや、違うな。やはり言い換えよう」

「え、何をですか?」

「前言をさ。

 迷ってなくとも困ってなくとも、いつでも来て欲しい。また君とはゆっくり話したいんだ」

「っ、はい! じゃあまた今度来ます!」

 

 嬉しいな。まるで友達が増えたみたい。

 あたし、男友達は少ない方だから。多分、初春より男の知り合い少ないだろうし。

 じゃあ、と会釈して神父さんと別れる。後はナビの案内通りに進むだけ、画面によるとスーパーに付くのはタイムセールギリギリってところかな。

 

 けど不思議だなぁ。さっきこの道を通ってる時、心の中は嫌なことばっかりだった。

 それが今じゃ晴れ晴れとしていて、なんなら爽やかな風が吹いてるような気さえする。

 誰かに悩みを相談するって、こんなに大切なことだったんだ。そんなことにすら気付かなかったなんて、あたしってほんと馬鹿だ。

 

 でもきっと初春に相談しても、あたしの心は晴れ模様になっていたんだろうなって思う。

 なんとなくそんな確信がある。

 でも相談したのは神父さんで、こんな心持ちにしてくれたのも神父さんだ。

 

 多分、出会いってこういうことなんだと思う。

 まるで吸い込まれるように教会の門を潜り、あの人と出会った。

 なんかすごい不思議、運命っていうよりも引力って感じ。

 

 人の出会いは引力なのかもしれない。

 

「よーし、明日の補習も頑張るぞーっ!」

 

 あたしの親切(さいのう)は紙切れ一つ捲れないけれど、人の顔に笑顔を与えられるかもしれない。

 それって、どんな能力よりもよっぽど便利じゃん。

 

 能力補習も、もう少しだけまともに受けてようかな?

 そうしたら、あたしの親切もレベルアップするかも。なんてね。

 蝉の鳴き声と雲一つ無い晴天、あたしの頭にはもう、もやはかからない。

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