とある白蛇と記憶のDISC   作:人間

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七月某日 学生の天国①

 神父さんと出会った翌日、あたしが最初にしたことは『幻想御手(レベルアッパー)』の提出だった。

 初春経由で『風紀委員(ジャッジメント)本部』に行き、実はあたし『幻想御手』持ってます! と白井さんに提出。当然説教されるだろう、と思っていた。だって白井さんって初春にいつも怒ってるイメージがあったし。

 

 でも意外なことに、なーんにも怒られなかった。むしろ心配されたんだよね。

「体調は大丈夫ですの!? 頭痛や幻聴もなくて!?」なんて。思ってた反応とは真逆だったから、ビックリして何にも言えなくってさ。

 

 それを何かと勘違いしたのか「ああやっぱりもう副作用が! 初春、すぐに救急病棟に連絡を!」なんて騒ぎ出すもんだからもう慌てて訂正してさ。誤解が解けるのに苦労したよ。

 使ってないですってば! それにめちゃくちゃ元気ですよ! 初春のスカートなんてこれぐらい捲れます! ってついでに親友のパンツも見せつけたら落ち着いてくれたけどね。

 

 それからは素直に全部話したんだ。どうしてすぐに渡さなかったのか、ってことを分かってもらう為に自分の感じてた劣等感も吐き出して。

 初春にはビックリしたなぁ。あたしって欠陥品なのかも、って溢した時に「佐天さんは欠陥品なんかじゃありません!」なんて大声で立ち上がるもんだから。

 

 そこからの初春の言葉は、神父さんと会う前のあたしだったら大泣きしちゃってたかもってぐらい嬉しい言葉ばかりで。

 ああやっぱり、あの時の直感は間違ってなかったなって思ったんだ。きっと神父さんに会わずとも、初春が心を晴れ晴れとさせてくれてた、って。

 親友の言葉は心に響くね、ちょっぴり視界が滲んじゃった。

 

 でも、大丈夫わかってるよって言えたんだ。

 神父さんが教えてくれたんだ、こんなあたしにも才能があること。誰だって持てるけど、誰にでも持てる訳じゃない。

 それが親切。余計なお世話こそがあたしの才能なんだ、って。

 

 そうしたら白井さんがこう言ったんだ。

「佐天さん、少し変わられましたわね」って。

 あたしは何にも変わってなんかないですよ、髪型もそのままだし。

 白井さんは苦笑いしてから「見た目ではなく心が、ですの」って。

 

「正直な所、初対面の時は貴方があまり好ましく見えませんでしたわ。

無能力者(レベル0)』らしい自尊心に欠けているところとか、しかもお姉様に対して斜に構えてて」

「あ、あはは……」

 

 その言葉に何にも言い返せなかった。だって全部本当だったから。

 才能に対する執着心──使い方あってるかな?──は持ってたし。あと常磐台ってだけでマイナスイメージ持ってたのも本当だし。

 

「ですが強盗から子供を守っている姿を見て、評価を改めましたの。貴方は勇気のある人だと。

 それから寮に来たり、眉毛事件を追ったり。先日での事件もそう。短い付き合いながらも、貴方の人の良さはよく分かっているつもりでしたわ。

 ……(わたくし)としたことが、それを言葉にしていませんでしたわね」

「白井さん……」

「貴方が「親切」と呼ぶそれを、私は「勇気」と呼ぶことにしますわ。それが貴方の能力(ちから)なんですもの」

「っ。はい!」

 

 神父さんが見つけてくれた親切についたのは、勇気の二つ名。誰だって持てるけど、誰にでも持てる訳じゃない。

 また一つ、大事なものが貰えた。

 そこからは、またいつもの雑残。

 

「勇気の佐天かぁ。親切の佐天と、どう使い分ければ良いと思う?」

「交代交代に使えば良いんじゃないですか? というか、二つ名って自分で名乗るのはちょっと違うような気もしますけど……」

「分かってないなぁ。誰かが助けを求めてるいざって時に、バッと名乗れるのが格好いいんだよ!」

「じゃあ間を取って親切の佐天、勇気の涙子に分けたらどうですか?」

「そもそも助けを求める方がいらっしゃるなら、まずは通報してくださいまし。

 先日は言い損ねましたが、ああいう場面に出くわしたのなら第一に通報ですわ。そのまま突っ込むだなんてお姉様じゃあるまいし」

「あ、あたしも通報はしようとしたんですよ? でも携帯に充電がなくって……」

 

 そんな会話をしつつも二人の邪魔になる前に解散。

 

 それから数日。

 なんやかんやとあり『幻想御手(レベルアッパー)事件』は知らぬ間に収束されていた。

 

 いやー、ほんとすごかったらしいんだけどね。赤ん坊みたいな化け物が出たとか、首謀者はあの脱ぎ女だったとか。

 でも『無能力者(レベル0)』のあたしが現場に入れるはずもないし、関係者ってわけでもない。

 入ってくるものなんて全部ネット掲示板の又聞きしかないんだよね。

 

 ちょっとした非日常に絡んだりもしたけれど、ここからはいつも通りの変わらぬ夏休み。

 プールへ泳ぎに行ったり一日寝て過ごしてみたり。とにかく自由に過ごせる1ヶ月。

 

 なんて考えていたけど、結局色々と問題が尽きずに忙しい日々。

 それもようやっと落ち着いてこれからはゆっくり出来るはず。

 

 けど、そんなあたし達の自由を邪魔する物がある。

 それは先生、いや社会からの妨害! 学生に嵌める鉄の首輪! 尊厳破壊!

 

「夏休みの宿題……許すまじ!」

「言ってても終わりませんよ~。早めに終わらせて、残りはパーッと遊びたいって言ったのは佐天さんじゃないですか」

 

 とある夏の日、寮の自室。

 机を囲んだ三人の前であたしは激怒した。

  

「そうなんだけど、そうなんだけどさ! 改めて直面すると、こう……めんどくさいなって!」

「本音漏れすぎです」

 

 諌めてくるのは隣に座る親友こと"初春 飾利"。頭の花飾りがチャームポイント。

 あの『幻想御手事件』では大活躍だったらしいけど、煤だらけのかすり傷をつけて帰ってきたもんだから怒りのスカートめくりを受けて貰った。

 抗議を受けたけど封殺、心配させる方が悪い。

 

「少し拝見しましたがそれほど難しい問題も見当たりませんし、これぐらいの量なら今日で半分は終わりますわよ」

 

 更にその左隣には『風紀委員(ジャッジメント)』である"白井 黒子"さん。遠目からでもわかるツインテールの同級生。

 常盤台(ときわだい)中学っていう超お嬢様学校に通ってる『強能力者(レベル4)』の『空間転移(テレポーター)』。

 つまり、めちゃくちゃ頭が良い。あたしが頭を悩ませる問題も一瞬で解いてしまうからただの変態ではない。

 

「夏休みの宿題かぁ。私達にはないものだし、なんだか新鮮ねぇ」

 

 けれど更に頭が良いのがあたしの右隣に座るこのお方。

 学園都市に七人しかいないと言われてる『超能力者(レベル5)』の一人、『超電磁砲(レールガン)』の"御坂 美琴"さん。

 この前の事件を解決に導いた立役者、赤ん坊みたいな化け物をお得意の超電磁砲一発で吹っ飛ばしたんだとか。

 

「良いですよねぇ、常盤台……宿題そのものがないんですっけ?」

「うん。って言っても、良いことばかりじゃないわよ? ルールとかすごく厳しいし。特に門限なんて、一秒でも過ぎたら……」

 

 そう言うと御坂さんは何を思い出したのか、青ざめた顔で震え出す。

 あ、あの『超電磁砲』がここまで怯えるなんて。一体どんな目にあったんだろうか。

 

 好奇心が疼くけど、深掘りするのは止めておこう。傷を抉るような真似をしてはいけない。

 

「あ、佐天さん。そこ間違えてるわ」

「え? こうじゃないんですか?」

「それはね……」

 

 少し距離を詰めて始まった御坂さんの解説はとても分かりやすかった。

 教科書では少し分かりにくかった所も、スラスラと頭の中に入っていくみたいに理解できる。

 頭の良い人は教えるのも上手いというのは本当だったんだなぁ。なんて染々と実感するぐらいには。

 

「お姉様の教えを乞うことで、自然な流れで密着……!? 佐天さんなんてうらやm、恐ろしい……!」

「白井さ~ん。もう白井さんでいいのでここ教えてください」

「もう? でいい?」

「ひふぁいでふ~!」

「ハァ……全く、高度な情報処理が出来る癖に、どうしてこんな問題も解けませんの」

 

 問題集に向き合いながら横目に二人を見てみると、なんだかお互いの言いたいことをすぐに理解し合えてるみたいだ。流石パートナー。

 本当、二人に来て貰えてよかった。

 あたしから誘っておいてなんだけど、受けて貰えると思ってなかったから。

 

 さてそんなこんなで時間も宿題も進んでいき、真面目にやり始めて二時間ぐらいたった頃。

 

「あ、もうこんな時間。ちょっとお昼休憩にしない?」

「は~い。あー、疲れたぁ」

 

 後ろに倒れこむと、御坂さんは微笑みながら「お疲れ様」と言葉をかけてくれた。

 別に意図があったわけではないけど、この席順でよかったかも。

 

「綴りは"i"ではなく"e"ですわ。プログラミング言語は覚えられて、どうしてこれが覚えられないんですの?」

「うわーん! どうせ私は情報処理しか出来ない女です~!」

 

 あっちのスパルタさに比べちゃうと、ね。

 御坂さんすごく優しく教えてくれるし、分かりやすいし。

 ぐっと上半身を起こし、伸びをしてから立ち上がる。

 そろそろお昼ご飯を作り始めないとね。

 

「本当に任せちゃっていいの? 私も手伝うぐらい出来るけど」

「勉強教えてくれるだけで十分ですよ。ここはあたしにどーんと任せてください!」

 

 エプロンを身に付け、キッチンの前に立つと御坂さんが気遣いの声をかけてくれる。

 けど一人でも十分。この街じゃ大した自慢にもならないけど、小学生の頃に来てからほぼ毎日自炊してきた。

 そんじょそこらのコンビニ弁当よりずっと美味しく作れる。それぐらいの自信はあるつもり。

 

「佐天さんの料理、すごく美味しいんですよね~。食材の特徴をよく掴んでると言うか、活かし方を良く分かってて……」

「初春~? ハードル上げないでほしいんだけど?」

 

 自信があるとはいえ、あんまりハードルを上げられるのは困る。お嬢様学校の食堂にいるだろう本職には逆立ちしたって勝てないわけだし。

 

「へぇ、そうなの。それじゃあ、楽しみにしてるわね。佐天さん」

 

 悪い意味なんて一ミリも感じられない、純粋な笑顔。

 今この場において、それが一番のプレッシャーだったりする。

 もし半端なものを出したら、白井さんは酷評するだろう。それはいい、しょうがない。

 けど御坂さんは気を使う。絶対使う。

 

 ──わ、私は悪くないと思うわよ? うん、味があるわ!

 

 なんて言われた日には、こんなに小さいけれど確かにあるプライドがズタズタになる。

 そうなったら二日は立ち直れない。

 

「や、やったりますよ!」

 

 今持ちうる全てで、この高い壁を超える!

 乙女の本気を見せてやる!

 

 

「んっ!? すご、美味しい!」

「まあ本当。ファミレスなんかよりずっと味の使い方がお上手ですわね」

「んん~っ! おいひいれふ! んぐっ、流石佐天さんです!」

「ハァ……ハァ……! ど、どうも……!」

 

 机の上に並んだ本気料理の数々。それを箸で取っていく三人と、倒れ込んでるあたし。

 ちょっと考えてた予算をオーバーしちゃったけど、なんとか壁を乗り越えることが出来たみたいだ。

 脳みそフル回転気力全開で作ったから、勉強なんかよりずっと疲れた。というかもう今日は勉強したくないかも。

 

「それにしてもなんだか悪いわね、ちょっと勉強教えるだけでこんな美味しいの作ってもらっちゃって」

「い、いえいえ、ほんと大助かりしてますから」

 

 なんとか起き上がって、箸を手に取りいただきます。

 ん、確かに美味しい。というか改心の出来かも。

 

「お姉様、こちらのポテトサラダも大変美味ですわ♡ ささ、お口をお開けになって……」

「目の前にあるのになんであんたから貰わないといけないのよ……ってか近い!」

 

 楽しそうにじゃれ合う二人と、気にも止めずに黙々と食べる初春。

 この光景も変わらないなぁと思いながらも、目の前の料理が減っていくペースを見て少し計算する。

 

 あたしはそんなにいらないからあと十分もすればお腹いっぱいになるかも。

 三人とも大食いってわけでもないから、多分同じぐらいのタイミングで満腹になるはず。

 

 いくらハードルを超える為とはいえ、ちょっと作りすぎちゃったかもしれない。

 残った分は冷蔵庫に置いておこうかな。

 

 ふとその時、あの日のことが脳裏を過った。

 嫌になるくらいの晴天下で見かけたあの教会、そして出会った黒人の神父さん。

 

「そういえばあれから会ってないや……」

「誰にですか?」

「……え、ごめん。何が?」

「何がって……あれから会ってない、って言ってたじゃないですか」 

「あ、あー。もしかして、あたし喋ってた…?」

「はい」

 

 不思議そうな顔をしてこちらを見る初春と、後に続く言葉が出ずに愛想笑いをするしかないあたし。

 まさか考えてることがそのまま口に直通してたなんて。ちょっと、いや結構恥ずかしい。

 そんなこと頻繁にしてない、と思いたいんだけど。

 

「前に話してた、神父さんのことですか?」

「……うん。あれから一度も会いに行ってないなぁ、って」

「なんだかんだ忙しかったですしねぇ」

 

 そう染々と出た言葉に、確かにと頷く。

 水着のモデルを引き受けたり、視線の謎に迫ったり。『幻想御手事件』が収束してからもなんだか忙しい日々が続いてて。

 

 気がつけば七月ももう終わり。八月に入る前に宿題を終わらせて、毎日を楽しめるような夏休みを過ごしたい。

 そんな気持ちから今日は二人に声をかけて、勉強を教えてもらってる訳なんだけど。

 

「正直、今日はもう宿題を進めるのはやめようかなって。本気でする料理がこんなに疲れるなんて……」

「お互い、苦手分野が終われば後は消化試合ですしね」

「全く、そんな甘い考えで本当に大丈夫ですの? そのままズルズルと引きずって、気がつけば二学期前日に……」

 

 いつの間にかじゃれ合いが終わったのか、頭にたんこぶが出来た白井さんからの鋭い一言。

 返す言葉もないけど、集中力が残ってないのも事実なんだよね。

 

「……とまぁ、普段なら釘を刺していましたが。

 これほど素敵な料理を戴いたんですもの、そうなった時にはまた協力してさしあげますわ」

「……! はいっ、その時には真っ先に白井さんにヘルプ出しますね!」

 

 よかった。今日一日で結構進めようと思ってたけど、こんな頭じゃなぁって悩まずに済みそう。

 白井さんに大感謝。流石我らの『風紀委員』。お返しを今のうちに考えておかなくっちゃ。

 

「……黒子、あんたいつの間にそんな佐天さんと仲良くなってたの?」

「はっ!? お姉様……妬いてらっしゃるのですね?

 もうっ、心配せずとも私の一番はいつだってお・ね・え・さ・ま☆ なんですから♡

 信じられぬと仰るのなら、今ここで証明の熱いヴェーゼ(完璧な発音)を……!」

「うわっ!? ちかっ、つよ、っだぁもう! 鬱陶しいッ!」

「わぁー!? 待って待って御坂さん! 放電、放電だけはーっ!」

 

 と、そんなこんなありまして。

 

「それで……神父さん、って?」

「佐天さんが最近知り合った方だそうですよ」

 

 何事もなかったかのように話を切り出す御坂さん。

 その後ろには時折痙攣しながらも床に倒れ伏す白井さん。

 

 これ、無視しないといけないのかな。そっと隣の親友に視線を送るも、向こうはパートナーのことなんて気にも止めてない。

 むしろ良い笑顔で、なんかちょっとスッキリしてそう。初春、根に持つところあるよね。

 もう深く考えるのはやめよう。

 

「実はちょっと前に迷子になったことがあって……充電もなくてマップも開けなくて。その時に助けてくれたのが神父さんだったんですよ」

「へぇ……第十二学区の人が通りかかるなんて、珍しいわね」

「いやそれが、第七学区にちゃんとした教会を構えてて」

「教会? 第七学区(ここ)に?」

 

 御坂さんの疑問は最もだ。

 第七学区は学生のための区画。特に中高生が多くて、並んでる店もそれに合わせたものばかり。

 

 とはいえ教会だってそこら辺にある。人が信じる宗教は自由だからね。あたしのクラスメイトにもキリスト教信者はいるし。

 でも本にあるような教会が立ってあるのはかなり珍しいことだ。

 

 第七学区だと、ビルの中に教会が入ってることが多い。

 一軒家を構えるより、そっちの方がずっとコンパクトで利便性も良い。

 だから教会をどんと構えるためにあんな寂れた場所にいるんだろうけど、変わり者といえばそうなのかもしれない。

 

「って言っても、開発が放棄された地区にあって……街中からはちょっと遠いですね」

「へぇ。変わってるわねぇ、利便性がないんじゃお布施も少ないでしょうに」

「お布施?」

 

 聞きなれない単語なものだから、思わず聞き返してしまう。

 あたしの疑問に答えてくれたのは初春だった。

 

「謝礼金のことですね。教会的には、寄付と言った方が正しいのかもしれません。

 教会の運営は信者さん達の寄付で成り立ってますからね」

「寄付……そっか、神父さんって会社での役職じゃないもんね。お金を稼いでるわけじゃないんだ」

 

 じゃあどうやって電気代とか払ってるんだろう。

 あたしは学園都市からのお金をなんとかやりくりして過ごしている。

 けどこんな暑い夏場にはエアコン代も合わさって電気代はどうしてもかかってしまう。

 だからせめてもの抵抗に携帯の充電を控えめにして──

 

「あ」

 

 そういえばあたし、教会でがっつり充電してる。

 お布施がなくてお金に困ってるだろう教会から、がっつり電気いただいちゃってる!

 い、いやでも携帯の充電に使うぐらいじゃ電気代はそんなにかからないっていうし──ってそうじゃなくてお金のない所から電気を使ってるのが問題なんじゃん!

 

「佐天さん? 顔色が悪いけど……どうかしたの?」

「──きます」

「へ?」

 

「今から教会に懺悔しに行ってきます!」

 

 

 第七学区の廃棄地区、そこは路線バスも通らない開発が放棄された場所。

 鉄骨だけ伸びた建設予定地、打ちっぱなしのコンクリートビル、砂が積もってるだけの場所まである。

 アスファルトにはヒビが入っていて、雑草だって生えている。

 

 学園都市の中心部に近いこの学区でそんな場所があるなんて、よく考えるとすごく不自然だ。

 一体どんな事情があってこんな風になってしまったんだろう。

 

 それはともかくとして。

 この灼熱天下の中、あたしは今見覚えのある道を教会へ向けて進んでいる。

 一人で、ではなく。有り難いことに四人で。

 

「うわ~……本当に何もないのね」

「こんな所で住んでいるなんて、正直驚きですわ」

「すごいですよね~。よりにもよってここでなんて……」

 

 辺りを見回す御坂さんに、手で首もとへ風を扇ぐ白井さん。それとあたしの隣を歩く初春。

 その言葉には含まれるものがあったから、どうにも気になって疑問がすぐに口をついて出た。

 

「そんなにこの場所って有名なの?」

「有名かと言われれば、今はそうでもないんですけど……昔は大変だったそうですよ」

「「大変って、何が?」」

 

 御坂さんと意図せずハモった一言に答えてくれたのは白井さんだった。

 

「私達も詳しく把握しているわけではありませんわ。何せ『風紀委員』に入る前のことですから。

 聞いた話では数年前、ここにはいくつもの研究所が立てられていたそうなんですの。学園都市でも指折りの優秀な研究者達が日夜実験に精を出していたとか。

 

 ──しかしそのどちらも一夜にして消え去ったそうです」

「研究者が消えるのはまだしも、研究所も?」

 

 御坂さんが引っ掛かってる所、なんとなくあたしにも理解できる。

 学園都市の研究所は、それはもうとにかく頑丈に出来ている。っていうのは常識だ。

 能力者が日常的に事件を起こすこの街では色んな被害が出るけれど、研究所が壊れたなんて話はネットでだって聞いたことがない。

 

 白井さんの話を引き継いで、親友が口を開く。

 

「『風紀委員』に入ってから、気になって報告書を読んだことがあるんですけど……要領を得ませんでした。

『恐らく研究所跡と思われる場所には謎の粘液が多く残っており、その中には白衣と思わしき物も確認出来た』とか……」

「溶けた……ってこと? 研究所も、研究者も」

 

 あたしの言葉に、隣の彼女は首を横に振った。

 否定じゃない、わからないってことなんだろう。

 

「粘液を調べようとしたら、その場で消えてしまったそうです。同時に、現場に残っていた粘液も同様に」

「能力者にしては規模が大きすぎるわよね……新しい化学兵器の実験でもしてた、とか……」

「実験データ諸とも溶けて消えてしまったので、今ではもう確認のしようがないみたいです」

 

 能力者の仕業なのか、それとも実験に失敗したのか。

 全ては闇の中、か。

 都市伝説として広まらなかったのも、なんとなく分かるかも。

 

「その後再開発の話も上がったそうですが……見ての通り、話は上手く進まなかったみたいですわね」

「これも噂なんですが、建設中には必ず一日一人、事故が起こって怪我人が出たそうです。

 それも()()()()()()

「人災じゃなく事故で、か。

 呪いか祟りか……それを嫌がって開発は中止された、ってわけね」

非科学的(オカルト)ですけれどね。

 そういう訳もあって、ここは不良すら寄り付きませんわ。『風紀委員』の警邏ルートからも外されてるぐらいですの」

 

 ゴーストタウン、っていうのとは違うんだろうけど。半分陸の孤島みたいなものではあるのかもしれない。

 とにかく人が好き好んで寄り付くような場所じゃない、ってことはよく分かった。

 

「神父さん、なんでこんなところに住んでるんでしょうね……」

「そればかりは本人に聞いてみないとわかりませんわね」

「けど教会の立地としてはある意味正しいと思うのよねぇ。特にこの街ならさ」

 

 その言葉に首を傾げたのは、あたしだけじゃなかった。

 

「どういうことですか? ここら辺一帯、結構な事故物件だと思いますけど……」

「だって、呪いとか祟りとかを鎮められるのって言ったら聖職者じゃない」

「ああ確かに!」

 

 アンデットにゴースト、そういう敵に大ダメージを与えるのはいつだって聖職者の仕事だ。

 なるほど流石御坂さん。神父さんの印象ともピッタリかも。

 

「お姉様……ゲームとは違いますのよ?」

「わ、分かってるってば。でも、人が早々寄り付かないからこそ、こう厳かというか神聖さがあると思わない?

 車もロボットも走り回ってないし、線路も引かれてない。騒ぎとは一切無縁じゃない」

「……それは確かに、そうかもしれませんわね」

 

 じりじりとアスファルトが熱を照り返す中、いつぞやぶりに聞こえてきたのは蝉の声。

 ここには少ないかもしれないけれど、人の管理から外れた確かな自然がある。

 

 逆に言うと、それぐらいしかまともな音は聞こえない。とても静かな場所。

 不気味に感じもするけれど、同時に爽やかにも感じられる。

 この街で教会にはピッタリの場所、っていうのは本当かもしれない。

 

「都会にいると忘れがちだけどさ……こういうのもたまにはいいわよね」

「ですね!」

 

 そんなことを話しながらアスファルトを踏みしめ、歩みを進めて十分ほど。

 陽炎の向こうに、一週間ぶりぐらいの見覚えのある壁が見えてきた。

 

「ここですここです、あたしに親身になってくれた優しい神父さんがいる教会は!」

 

 壁には変わらずスプレーアートの跡があって、門から入ってすぐの庭は前と同じく綺麗に手入れがされている。

 花壇には相変わらず何も生えていない、この季節に植える花って案外ないものなのかな。

 

「へぇ……本当に教科書で見るような教会ね~。正しく教会、って感じ」

「こういうのを見るのは初めてなのですが……意外と落ち着いた色合いをしていますのね」

「門、アーチ、中庭……お嬢様の別荘感があっていいなぁ~。こういう所に住んでみたいなぁ」

 

 反応は三者三様で、皆好意的に捉えてくれてるみたい。

 別にあたしは関係ないけれど、なんだかちょっと鼻が高い。神父さん、この教会は今時の子にも受けますよ!

 

「──おや……楽しげな雰囲気に釣られてやってきたけど……」

 

 背後から聞こえてきた、優しさを感じさせるその低い声。聞くだけで安心感をくれるその声の方へ、あたしは笑顔で振り向いた。

 

「神父さん!」

「やあ。約束通り、来てくれて嬉しいよ」

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