乙女ゲー世界は喪女には厳しい世界です 作:白身魚定食
元より、恋愛というものに興味が薄かったという自覚はあった。
特にそれで困るということも無かったし、惚れた腫れたで一喜一憂する同世代の女子たちを『なんとなく大変だなぁ』なんて思うだけで済ませていたのである。いわゆる『喪女』とは違うけど、モテなくても構わないというその姿勢は、やはり喪女というべきなのかもしれない。
容姿はごく一般的。美人でもなく、ブサイクというわけでもない。平凡といえば平凡であった。
だが、自分にだって主張はある。
ゲームをするためだけとはいえ、一人で男性の部屋へと赴いた訳だし、その覚悟だって一応はあったのだ。
『でも、アイツはホントにゲームしかしなかったんだよなぁ』
もちろん、お泊りまでした。
アイツは自炊も出来るらしく、わりと手の込んだ夕飯でもてなしてくれた。
しかしながら、そんな事はなかった。
なんにも。
綺麗さっぱり。
でも、落胆するわけでもなく……そんな関係でもいいかと納得してしまう。そんな性格だった。
『つまり、私には必要無いものなんだ』
そう結論付けてしまうのも、無理はなかった。
そして、その同僚が階段から落ちて死んでしまった後も。
そういう感情は全く湧かなかった。
無論、寂しいとは思った。
あの同僚がいなくなって、空虚な日々を過ごしたのは確かだし。
だけど、その穴を埋められる存在に会えることはなかった。金輪際。
その同僚に向けられたそれは恋愛感情ではなかったと思う。
例えるなら友誼であり、男女間で成立しないと言われる友情だ。
そして、その同僚の方もそれでいいと思っていたと思われる。一般的で健康的な男性なら、平凡な容姿とはいえ妙齢の女性を家に上げて、何もしないはずはない。
仮に、彼が本当にBL趣味だったとすればあり得る話なのかもしれない。
『まさか……本当に?』
顔を忘れたアイツが、記憶の奥底から違うと絶叫しているような気がした。
『……ふふ。どうでもいいか』
アイツとはもう会えないし、ここは前とは異なる世界。気にするだけ無駄なのである。
自分の人格形成にアイツが関係していたかという話でもない。成人して社会に適応していった段階で、私はこの私になっていたのだ。
だから、この胸にあるものは……ただの感傷なのだろう。
◇
かくして数年の月日が経った。
「来年にはお前も王立学園に通うのだなあ。早いものだ」
感慨深げにそう語るのは、少しだけ髪が薄くなった今の父だ。十年近く父と子という関係を続けると、もうそれは正しく親子である。すでに前世での両親の顔は思い出す事もできない。
「私、すごく楽しみですっ!」
ワクワクとした感情を隠しもせずそう言うと、彼はウンウンと頷く。
「学業に関しては心配はしてないよ」
「では、実技の方は心配ですか?」
楽しげに言うと彼は呆れたように答える。
「いや、そっちはもっと心配してない」
この世界は剣と魔法の世界ながら、何故か銃も存在する。旧来の火薬弾ではなく、魔力を込めた弾丸を発射するというモノだ。
一般的な人たち(平民と言う)と根本的に魔力の量が違う。
魔力が高いと身体強化も使えるので近接戦闘に関しても強くなる。なので、平民の魔力無しに比べて貴族は強くなるのだ。
そして貴族は須らく戦闘力を求められる。
平民の暮らしを守るために空賊や他の国からの侵略と戦うことを求められる。これは辺境にあればあるほど重要だ。
大国に隣接する領地を持つ辺境伯などは大抵武力も高く、その寄子たる子爵家、男爵家なども中央近くの同ランクの者たちより強くあると求められている。
うちは辺境付近ではないため武力に偏ってはいない。むしろ伯爵家としてはかなり戦力は低い方だ。王都周辺の領地を持つ貴族は、多くの戦力を持たないほうが良いとされている為だ。(たぶん、謀反とかを警戒してるんだと思う)
話がそれたね。
そんなわけで私も自身の鍛練は欠かしていない。幸いにして魔力もそこそこ高いので、接近戦でも遠距離戦でも正規の騎士に褒められたくらいだ。
「ただねぇ。女だてらに鎧に乗るのは、どうかと思うのだよ」
父の嘆きの原因は【鎧】のせいだ。ゲームでのパッケージを見たところモビ●スーツかと思ってたけど、実際はパワードスーツの方が正しい。搭乗者の魔力に反応して操作できるのだけど、基本的には鎧は男性用なのだ。
この世界は女尊男卑。危険な仕事は男に任せて女は後ろでのうのうとしているのが普通のため、鎧に乗る女のことを『野蛮人』のように扱うらしい。
まあ、知ったことではないけどねw
そもそも、一人娘なわけだから次の当主は私になる。当主が陣頭指揮出来なくてどうするのかと問い詰めると、父も納得せざるを得なかったのだ。
それに、そうした家が皆無というわけではない。辺境の男爵家や準男爵家などにはやはり、女当主が居るらしいし。
「宮廷貴族の奴らにどう言われても、私は平気ですわ」
「……どうしてこうなったのかなあ……」
嘆息する父には申し訳ないが、私が転生してしまった事が原因だ。諦めてもらうしか無い。
「そもそも。女性ばかり優遇する政策のほうがおかしいと、私は思いますけどね」
「いや、それは……」
極端なまでの女尊男卑により、この国の経済は歪んでしまっている。嫁に来てもらうために多額の出費を強いられる領主たちは常に財政を圧迫され、女の方はわが世の春を謳歌するという。
もちろん、うちの領地ではそんな事にはなっていない。私自身は浪費はしない(無論、防衛に関する予算は別だ)
着飾るのは嫌いじゃないけど、社交をする度に新しいドレスやアクセサリーが必要などナンセンス。それを笑う人間のほうがおかしいのだ。
独り身の父に後妻が来ないのも、私が原因である。
そりゃあお互い慕い合うような縁談なら構わないが、うちの財力だけにしか目にいかないような女などは近寄らせるつもりは無い。
「また、申し込みが来てるのだがね」
父がそう申し訳なさそうに言ってくる。私は眦を決して答えた。
「たとえ国王陛下の仲介であろうとも、望まぬ婚姻には断固反対です」
「あ、ハイ」
父が仕方なく首肯するのを、内心申し訳なく思うけど。そこを誤れば領地の経済はたちまち逼迫するのは目に見えている。
「……ちなみに、お前の方にも来てるんだがね」
「わたし、ですか?」
年齢で言えば遅いくらいかもしれないが、周りからの評判の良くないのは折り紙付き。むしろ、声を掛けてくる家があったとは驚きだ。
「フィールド辺境伯は知ってるかい?」
「え……あの、大貴族ですよね?」
隣国との境を守る辺境伯は、伯爵家ではあるもののその階位は侯爵に比肩する大貴族。しかもフィールド家は“始まりの五大家”のうちの一つである。名門中の名門だ。
ちなみに他の四つは、セバーグ伯爵家、アークライト伯爵家、マーモリア子爵家、それに現王家のホルファートとなる。
「なんでそんな大貴族からお声が掛かったんですか? うちは中立派の筈ですけど」
ちなみに、現在王国は四つの派閥に分かれている。
レッドグレイブ公爵家を中心とするレッドグレイブ派、フランプトン侯爵家を中心としているフランプトン派、王家を中心とした保守派、そして一番数が少ない中立派である。
ぶっちゃけて言うと、中立派というのはレッドグレイブとフランプトンが積極的に取り込まなくてもよいと判断した弱小勢力のことである。どちらかと言えば保守派に近いけど浮動する層でもあるので両派閥が切り崩したい思惑はあると思うのだけど……
「フィールド家は保守派ですよね」
「うむ」
「勢いがあるのはレッドグレイブとフランプトンの方だと聞きましたが?」
「まあ、そうだね」
もし、単に王家だから臣従する、と言うのなら考え直してもらいたいと私は考えている。
そういう盲目的な忠誠心というのは、臣下として正しくない。
「理由をお聞かせ下さっても?」
「ふむ……」
薄い顎髭を撫でながら、父は答える。
「レッドグレイブの娘が王太子殿下と婚約しているのは知ってるよね?」
「はい」
女尊男卑の政策によって王家の求心力は右肩下がりであり、それに対抗するようにレッドグレイブとフランプトンは勢力を拡大している。
そこに王家とレッドグレイブが縁を結ぼうとしているわけで、フランプトンとしては面白くないはずだ。
「フランプトン家の方から打診されてね」
「解せませんね。寄親でもない侯爵様が当家に声を掛けるなんて」
しかもフィールド辺境伯は王家の保守派だ。保守派を強めるだけである。意味が分からないんだけど、父の説明で合点がいった。
「実は、お前の母はフランプトン派閥の家の出だったのだよ」
「は……はあ?」
なるほど。亡くなった母が縁戚というなら確かに私はフランプトン派閥に近い。だから父へ打診してきたというのも分からなくはない。
「侯爵様の派閥は多いのでしょう? 他にもおられるのではありませんか?」
私自身はフランプトン派閥の血統かもしれないけど、父は関係はない。
私自身が侯爵に取り入りたいと思うならいざ知らず、父に対して圧力をかけるやり方をする侯爵に対して、いい感情など持てるはずもないだろう。
「妙齢の子がいないらしいのだよ」
「なら、諦めて下さいませんかね」
正直言うと、権力争いの駒になるつもりは無い。恋愛感情に乏しい喪女の私だけど、それとこれとは話が違う。
「ちなみに、先方は乗り気なようだ」
「げえ……」
「はしたないよ、ステフ」
にこやかに諭す父。その言葉の意味を考える。
『辺境伯側はうちが欲しいということ? まあ、戦力は多いほうがいいだろうけど。それともうちの商用販路に興味ありかな?』
うちは辺境と中央の中間に位置しているため、商用販路に関してはそこそこに需要がある。大きな商会を幾つも育てているし、経済力だけは馬鹿にならないと思う。
侯爵に義理立てしつつ、辺境伯と繋がって保守派に近づくというのが父の目論見なのだろうか。
すると、父は呑気に全く違うことを言ってきた。
「向こうの息子さん、ブラッド君がお前のことが気になるらしいよ」
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまったが、父の顔をすかさず拭き始めるヴァール。うちのメイド、やっぱり優秀。
「婚約とはいかなくても、友達として付き合ってみないかい?」
「……考えて、おきますわ」
……父の顔に茶を吹いてしまった手前、断りづらかった。
ここのオフリー家は、商人に乗っ取られてはいません。詳しくは後ほど書くと思います。