数秒間、無言の時間が流れる。このまま無視して帰るのはよくない。
「初めまして。連邦捜査部シャーレ所属の古明地さとりと申します」
「シャーレの…。外から先生を呼んだと聞いていましたが、他の人も呼んでいたのですね」
シャーレという単語を聞いた瞬間に警戒心が増した。多少の敵愾心も含まれている。政を行う上で目の上のたん瘤のような存在なのだから自然な反応だろう。
「失礼しました、私の自己紹介がまだでしたね」
「いえ、お気になさらず。連邦生徒会防衛室長不知火カヤさんですね。本来ならばもっと早く挨拶をしに行くべきでした」
さらに警戒心が強まった。若干眉も動き、糸目も開いた。予想以上に調べが早いことに驚いているらしい。実際は今心を読んだだけで、11の行政委員会の名前と割り振られた役割を把握しているだけだが。
「光栄ですね。こちらこそ、サンクトゥムタワーの制御権復帰、およびその後も広範囲の事務処理を担当していただき感謝しております。この場を借りてお礼を言わせてください」
「サンクトゥムタワーの件につきましては私は関与していませんから、そちらは先生の方に言ってあげてください」
社交辞令、というだけではないようだ。暴動鎮圧してくれたことには感謝の意は本当に入っているらしい。主にカイザーコーポレーションという企業と癒着していることに関する警戒心や不安は消えていないようだが。法的には不味いことなのだろうがさとり個人から見れば別にそこまで問題だとは思わない。他には、連邦生徒会長代行への就任計画とそれに伴う改革なども計画しているらしい。なかなかの野心家だ。
連邦生徒会の生徒は連邦生徒会長におんぶにだっこと聞いていたが、連邦生徒会長に依存しないようにしていることや、倫理観が緩すぎるこのキヴォトスの治安を少しでも良くしようとしていることは評価できる。
とはいえ、動揺が表情に出てしまったことを考えると、少なくともリンには劣るか。彼女は緊急事態の中でもあの対応をやってのけた。
加えてカンナの心を読む限り、権力による圧力やイビリが行われており、カヤに対してあまりいい印象を受けていないらしく、人心掌握についてもはき違えている部分がある。
普段ならばこれらをすべて口に出すところではあるが、ここにはカンナや他の警備員もいる上、彼女の性格上陰湿な妨害を仕掛けられる可能性もあるため、アビドスの問題に割ける時間が減ってしまう。
「カヤさん、連絡先をいただいてもよろしいでしょうか」
「…はい?」
「何分、私はヘイローがありませんから、ここで過ごしていく上で不安は拭えないのです。
「……」
あくまでもお願いという体ではあるがカヤは断れない。他の人間の目もある中で断ればシャーレに対していい感情を抱いていないと宣言するようなもの。彼女のプライドの高さも相まって断るという選択がデメリットしか生まなくなる。
「こちらが私の連絡先です。さほど私に負荷はかかっていませんから、お気軽にご連絡ください」
「ええ、よろしくお願いします。カンナさんも私の連絡先を受け取っておいてください。この件に関して進展があるかもしれませんから。では失礼します」
方向さえ間違えなければ有用な人材だ。少しずつ懐柔していけばいい。消えない警戒心を浴びながらその場を後にした。
*
翌日の早朝。カンナから連絡があったためヴァルキューレに向かう。案の定さとりの策がハマり、ヘルメット団のリーダーを務めている者が来て示談を持ち掛けてきた。
正体をアビドス生にも明かさないという条件も付けてきたため予定よりも多く取れた。
この手の不良がまともに示談金や保釈金を支払うことはほとんどないらしく、またその対応の早さにカンナが怪訝な表情を向けてきたが、襲撃自体は明確な事実であることや、仕事が溜まっているという理由で見逃された。本人の中では納得がいっていないようだったので彼女の中にある葛藤も多少はケアしておいた方がいいかもしれない。
その金をアビドスの口座に振り込んだ後、書類を粗方片付けてから朝食ついでにアビドス自治区へと向かう。
「ここね」
地図アプリを駆使しながらセリカのバイト先────柴関ラーメンに到着する。
「いらっしゃい」
中にいたのはどこからどう見ても犬だった。それも二足歩行している。キヴォトスは本当にどうなっているのだろうか。生徒たちに動物の耳や尻尾が付いているのは見たが大人はその類の者しかいないのだろうか。
「嬢ちゃん、一人かい?」
「ああ、はい」
「健気なもんだな、この時間にこんなところまで一人で来るなんて」
「まあ、仕事も入ってますから」
「仕事はなるべく選んだ方がいいぞ」
ごもっとも。穏やか且つ中々裏表のない人物(犬?)のようで高評価だ。
「この柴関ラーメンを一つ」
「はいよ」
渡してくれたおしぼりで手を拭きながら品書きの方を指さす。
しかしいい匂いがする。地底にはラーメンなるものがないため初めてなのだが、これは期待が持てそうだ。
「へいお待ち」
数分待っているとテーブルのカウンターに置かれる。どんぶりをはみ出しているトッピングがいくつかついたボリューム満点のラーメンが。
「…あの、多くないですか」
「ん?ちょっと手元が狂っちまったかな」
わざわざ朝からここまで来てくれたことに対するサービスらしい。とりあえずスープから啜る。……美味い。色々な食材を使った出汁が使用されているのがわかる。これならば食べきれそうだ。
麺はどういうものかはわからないが米と同じであれば吸ってしまうので先に食べる。時折チャーシューやメンマも食べながら麺を食べ進め、十数分後にはスープのみが残っていた。
「ご馳走様です」
「お粗末さん。小さいのにいい食べっぷりだな」
まあ妖怪なのだから少なくとも食べ過ぎで体調を崩すということはない。
「嬢ちゃん、アビドスで仕事っていうと、もしかして嬢ちゃんが噂のシャーレの先生だったりするのか?」
「いえ、先生ではありませんよ。シャーレの職員ではありますけど」
「そうか…。まあ厳しいのはわかってるが助けになってやってくれ。ここにバイトしに来てくれてる子もいるんだが何やら昨日は元気がなかったんでな」
元気がなかったのはさとりにも原因があることは伏せておこう。
「セリカさんのことですか?」
「なんだ、知ってたのか。いい子だからよくしてやってくれ」
それは難しいかもしれない。自分の性分もあるが、人間の価値観というものはよくわからないところが多い。
「まあ、いずれは向き合わなければならない壁と向き合っている最中です。悪くはない悩みだと思いますよ。そしてその向き合うという作業を手助けするのが大人としての仕事だと先生は考えているようです」
「そうか。なら大丈夫か」
少なくともセリカは平気だろう。放置できないのが一人いるが。そして目の前の者も間接的ではあるが関係者。一応手は打っておく。
「大将さん自身も大きな悩みがあるようですね」
「…なんのことだ?」
「セリカさんがアルバイトに来てくれたことを嬉しく思っている一方で、同時に申し訳なさも感じている。違いますか?」
「何を根拠に」
「第六感のようなものですね」
嘘ではない。実際五感とはまた別のものではあるからだ。
「どういった部分に対する申し訳なさなのか。給料が低いこと?いえ、最低賃金が定められていますし、それをあなたが破るということはない。私が調べた限りではこの店自体は中々の繁盛ぶりですから少なくとも赤字というわけではないようですしね」
今日ネットで調べた限りでは昼食や夕食の時間帯にはそれなりの客が来ているらしい。
「となると、何か別のところからの圧力でしょうか」
「嬢ちゃん、そう土足で人の領分に入り込むもんじゃないぞ」
「一応言っておくと、サービスに対するお礼のようなものですね。もっと言うとあなたの悩みを話してくれるのであればアビドスの問題も多少は改善するかもしれないんですよ」
正直に言ってしまうともう答えはわかっているが、自分の口に出して言うかどうかでかなり変わってくる。言霊という言葉があるがあれは案外馬鹿にできない。もちろん事象に直接影響することはないだろうが、人間の心理的な面では自分で言葉を発したかどうかというのは非常に重要なのだ。ヘルメット団のメンバーの口を割らせたのもこういった面が大きい。アビドス高校が出たことで折れたようで、零すようにつぶやく。
「…退去通知が来ててな」
「退去通知?ここの土地を勝手に使っていたんですか?」
「いや、元々アビドス高校から許可を得て営業してたんだけどな」
「その土地の所有権がアビドス高校から移ってしまったと」
「ああ、そういうつまんねえ話だ」
カイザーとかいう名前とのこと。確かアビドスの借金先もカイザーコーポレーションだったはず。確定と見てよさそうだ。
「そして店も畳み引退するつもりでいるのですね」
「…そこまで言った覚えはないんだがな。まあ、引退するにはいい節目ってことだ」
嘘だ。どうしようもないと思い込み、諦めようとしているだけ。アビドス高校に対する恩義も感じているようだが。
「本当にそれで良いんですか?」
「……」
「自立した社会人として生きる上で、自分の理想と折り合いをつけなければならない場面はどうしても出てくる。ただその折り合いに自分の意志が全く介在していないと人間は遺恨を残します」
さとりは嘘をつくことができない。そのリスクをよく理解しているからだ。それは他人に対するものだけではない。
「多くの人達に、自分の料理を食べて欲しい。その思いから始めたはずです。このラーメンは貴方の誇りと言ってもいいでしょう」
「……!」
「仕方のないことと諦めたのならば、なぜ退去通知を受け取った時点で店を畳む準備を始めないのですか。余計なトラブルを生むだけだというのに。未練が大きいからでしょう」
目を見開いたまま固まる。
「開店当初は真冬の中でも暖房も碌に効かない屋台での営業。それでも来てくれるお客さんたち。そこから生まれた常連客」
「…なんでそれを」
「それは後でもいいでしょう。私が言いたいのは別に土地と建物がなくともやろうと思えばできるはずだということです。簡単に心配はいらないとは言えません。ですがその身が無事で、客が来るのであれば、商いは続けられる。この店は僅かでも過疎化を遅らせている要因でもあります。その上で問いましょう。本当に辞めるつもりですか?」
自分についてここまで詳しく知られていることに対する薄気味悪さは正直ある。だがそれ以上に
「…俺も耄碌したもんだ」
「別にそこまで恥じることはないと思いますよ。よくあることですから」
土地の所有者の都合で使用者が追い出される。統治者の端くれから言わせればありふれた話だ。
「もし追い出されたらシャーレの本拠地付近への移転を検討してください。常連客になると思います。いい条件の土地と物件探しに協力しますよ」
「…嬢ちゃん、人生何周目なんだ?」
「1周目ですが、これでも1000年以上は生きてまして」
「ははっ、冗談が上手いな」
冗談ではないが証明する手段も意味もないのでまあいい。会計を済ませ、扉を開ける。
「また来ますよ」
地底にはない食べ物。気のいい店主。好みの見た目。さとりとしてはかなり好感度が高い。
個人的には営業が続いてほしい。これは紛れもなく本心であった。
*
”先生”の生存を確認した後、昨日と同じく会議に参加するつもりでいたのだが、今日は自由登校で全員が揃うとは限らないそうなのでそれならばわざわざ行く意味はないため、D.U.へと戻った。
シャーレのオフィスに入ると見知った顔がいた。
「…げっ」
「ユウカさん?どうしたんですか?」
「手伝いに来たの!シャーレに部員として加入したから!」
スマホの通知を辿るとリンからメールが届いている。本当のようだ。
「でも本当は先生に会いたかったと。残念ながら先生はアビドスまで出張に行っているのでしばらく帰ってこないですよ。…私に文句を言わないでください。先生の意志で行ったんですから。とりあえずさっさと仕事してください。ほら、こちらが書類です」
「~~~っ!」
顔から湯気が出ているかのような勢いだ。それはともかく地団駄を踏むのはやめてもらいたい。
仕事になるのだろうかと心配すらしていたがそこはさすがのマンモス校の生徒会幹部。書類に向き合い始めるとかなりのスピードで書類を処理していった。主に金回りの書類だが、人間にしては信じられない計算速度だ。ほとんど反射に近い。よくわからない記号や言葉を瞬時に大量に思い浮かべており、酔ってしまいそうなのでいったん読むのを止めた。
何にせよキヴォトスの事情に詳しい人間が一緒にいてくれるのはありがたい。
「ユウカさん」
「なによ」
「ちょっとこっちまで来てもらえますか」
怪訝そうな表情を浮かべながらさとりの近くまで行き、PCの画面を見せられる。
「なにこれ?」
「アビドス高校の自治区です。どう思いますか」
「…狭すぎるわ。ハイランダーみたいなレアケースもあるけど、ここまで自治区が少なくなってるのは見たことないわね」
「そしてその周辺の土地の所有者がこちらです」
カイザーコンストラクション。カイザーコーポレーション系列の企業だ。
「……こんなに土地を買ってどうする気なのかしら」
「やはりユウカさんから見ても異常ですか?」
「そうね。カイザーコーポレーションみたいな大企業なら余ってる土地なんていくらでもあるだろうし、言っちゃなんだけどあんな砂まみれの土地を買ってもそこまで価値はないわ」
どこの時代でもその辺りの常識は同じか。
「ありがとうございます。私への貸し一つということにしておいてください。何かあったら力になりますよ」
「……」
心情的には頼りたくはないが心を読む能力の有用性から複雑な気持ちになっているらしい。
問題が山積みだ。終わらない襲撃。アビドス高校廃校対策委員会の公式化。土地。借金返済。普通に考えれば詰んでるが、まだ付け入る隙はある。スマホで登録済みの電話番号をタップする。
「リンさん」
『…何でしょう。手短にお願いします』
特に、対策委員会の公式化に関してはかなり使える。
さとりの年齢については適当です。後から変えるかもしれません。
さとりってどこまでコピー再現ができると思う?
-
他者の記憶にあるものだけ
-
自分の記憶にあるものも再現できると思う
-
わからないから作者の自由にしていい