TS転生者は負けヒロインたちに温水君を攻略させたい 作:あどべんちゃ
前略。『負けヒロインが多すぎる!』の世界に転生したので気ぶりまくろうと思います。草々。
……さすがにこれでは端折りすぎかな。もう少し詳しく話すとしよう。
僕は
何の因果か赤ん坊となって再び目覚めた僕はそのまますくすくと育ち、5歳の頃に地元にツワブキ高校という学校があることを知ってここが『負けヒロインが多すぎる!』の世界であることに気が付いた。同作品は僕の大好きなラノベの一つで、二次創作も漁った。それはもうたくさん見た。
で、思うのは。「原作じゃ摂取出来ない温水君とヒロインのイチャイチャ超美味ぇ~!」ということである。
勿論、原作のやきもきする距離感も大好きだ。大好きだがしかし、それゆえに糖度の高いやりとりが際立つのだ。
けれど、もうそれらの二次創作は摂取できない。何故ならこの世界は作中だから。ではどうすればいいか?
そう、僕がヒロインたちを焚きつけてイチャイチャさせるのだ。原作でちらほらあるヒロイン同士の牽制は激しくなるだろうけど、それはそれでアリ。
なんだか原作を冒涜している気分にもなるけど、おあつらえ向きに女子に転生したってことはそれぐらいしてもいいのではなかろうか。どうかな。駄目かも。でも言ってしまえばちょっと知り合いに発破をかけるだけだから……。
さて、ではアシスト対象について見ていこう。
一人目、八奈見杏菜さん。親友の姫宮さんに譲るかたちで恋に破れたラッコ系少女。
温水君からの外見の評価は高いものの、付き合いが長くなるにつれ「可愛いにも二種類、八奈見は後者」と言わんばかりに扱いが雑になっていく。ただ、学園祭の出し物で無意識に嫉妬していたりと芽が無いわけでもない感じ。
対して八奈見さんからの感情はといえば、これまた微妙なもの。抜け駆け禁止を制定したり温水君が他の女子とイチャイチャしているとあからさまに不機嫌になったり、ただの友人というには微妙なのだが、恋愛感情かと言われるとそれもなんとも言えない。
方針としては、温水君に対する感情を恋愛感情だと思わせることだろうか。元々友情からははみ出し気味なわけだし、ちょちょいと恋バナでもすればそんなに苦ではない気がする。問題は僕に恋バナの経験がまるでないことか。
二人目、焼塩檸檬さん。色々と危ない朝雲さんにかっ攫われたスポーツ少女。
温水君からの評価は学校の人気者といった具合で、かえって「あの焼塩が」と可能性を破砕しているように思う。
肝心の焼塩さんからの感情は、結構しっかりめにラブ。僕は女心がちっとも分からないので、具体的にどのあたりでそうなったのかは不明だが……少なくとも原作六巻の時点ではかなり明確に温水君のことが好きになっていると思う。
綾野くんとの一件を経て以降はきちんと攻勢をかけられる子だと思うので、方針は特に無し。原作通りに行ってくれれば僕的には満足なので、万が一にも文芸部脱退を賭けた勝負に負けないよう温水君に運動を促すぐらいかな。あとは他のヒロインとのバランスを考えつつ臨機応変に……要はノープランだ。
三人目、小鞠知花さん。正面切って想いを伝え、敗北した、小動物系少女。
温水君からの評価は妹枠。なので結構さらりと可愛いとか言っちゃうイメージ。悪い男だ。
小鞠さんからの感情はこちらもラブ。転機となったのは部長会議に係る一件だろう。あれは本当に罪な男だと思う。
方針は部長会議の件が終わったあとに焚きつけること。ゴスロリ服イベントとか、あのぐらいの大火力を叩き出さねば意識させるのは難しいと考えている。あと、小鞠さんは人見知りなので僕も文芸部に入って仲良くならなければアドバイスは出来ない。
四人目、志喜屋夢子さん。月之木さんと色々あったゾンビ系少女。
温水君からは結構意識されており、度々デートもしている。
志喜屋さんの側も、若干内心は読めないもののさすがに異性として意識していると思われ、ヒロインレースでは首位と言えるだろう。ただ、先輩なので一足早く卒業してしまう点がボトルネックになりそうな気がする。
方針は特に無し。下手にアシストするとそのままゴールしかねない……卒業後がどうなるかは、うーむ。高校生の行動範囲では進学する志喜屋さんを追えないのでどうにも。
五人目、馬剃天愛星さん。腐海に沈んだ自爆少女。
温水君からは……放っておけない同級生、といったところだろうか。こう、成績的に。
馬剃さんからの方は、温水君が妹さん仕込みのイケメンムーブを決めるのもあって結構しっかりと意識されている。というかあれ、他の女の子にもやってたりするんだろうか?少なくとも八奈見さん相手にはやってなさそうだけど。
方針は……あの子、(過程はどうあれ)温水君から積極的に接点を作ってもらったわりに、腐っているのが災いしていまいちヒロイン感が無いんだよな。ただ、彼女が腐るのは展開上避けることはできないので……。
となると、意識しだした頃にライバルの多さをそれとなく教えるとか?馬剃さんは自爆というか、勝手に爆発しがちなので下手に手を出すと良くないかもしれないが……まあ、そのぐらいなら大丈夫かな。
六人目、温水佳樹さん。色々と怖い先天性負けヒロイン。
温水君からは妹。どこまでも妹。どうしてそんなことまでと言いたくなるぐらい私生活を把握されているけど、妹。
一方佳樹さんも半分ぐらい諦めているというか、自分が認めた相手なら身を引く覚悟を持っている様子。後述の白玉さん相手はポジション被りの危機感から敵愾心を見せるものの、八奈見さんとかを相手には割と好意的。
方針は……うーん。応援してあげたいけど、いやしかし兄と妹はマズいんじゃないのとも……。
……でも、見たいなあ。身を引くつもりだったのに嫉妬しちゃう佳樹さん。いや、その場面を僕が実際に見れるかは分からないんだけど。うん、やっぱり応援しよう。
七人目、白玉リコさん。あざと可愛い後輩女子。
温水君からは、計算高くてちょっと怖い。でも美少女ではあるので、どぎまぎする――何せ、他の文芸部女子と比べて慣れていないので。そんなところだろうか。
そして白玉さんからは……うーん。兄の結婚の一件で、多少意識はしている、と思うのだが。そうでなければああいう振る舞いはしないはず、だけど。先述したように僕に女心は分からないので、本当にからかっているだけ、という可能性もある……いや、だったらちょっと怖すぎるなあ。人間不信になっちゃう。
方針はそのあたりの見極めから。まだ一年は猶予があるので、大分先送りにできる。
こうして見ると、温水君は中々の難敵だ。負けヒロインたちの失恋模様を目の当たりにしているので中々次の恋という発想に至らない。自己評価が低いので、ましてやその相手が自分だなどと思いもしない。難儀なヤツだ。
ちなみに、イチャイチャのその先……誰が温水君を射止めるかについては、流れに任せようと思う。僕は本当に誰が勝っても満足で、誰が負けても悲しいので。とはいえ焚きつける責任は持たねばならないと思うので、ちゃんとケアはする予定だが。……フラれた友達にどう接すればいいのか、調べておかないとな。
今後の方針は定まった。明日は入学式。物語が動くまではしばらく余裕があるけど、ひとまず明日だけは気合を入れなきゃな。
俺こと温水和彦は、いつの間にか所属したことになっていた文芸部の部室を訪れていた。俺を出迎えたのは同学年の小鞠、副部長の月之木先輩、それから――。
「……僕の顔に何かついていますか?」
「あ、いや……別に、何も」
「そうですか」
整った顔立ち、小柄な体格、ハスキーな声。さぞおモテになるのだろうその
俺の答えに頷いた彼は、再び黙々と読書に勤しみ始めた。
それから月之木先輩と少し話をして、彼女が去った後生徒会の怖いギャルが襲来した。その間、周堂は我関せずと言った様子で読書に没頭していた。随分マイペースな奴だ。
帰り際、ふと気になって彼に尋ねてみた。
「……周堂は三島と太宰、どっちが先だ?」
「生まれは太宰が先ですね。……冗談です、月之木さんと小鞠さんの“共通の趣味”についてはノーコメントで。中立でいさせてください」
……洒落はそんなに上手くないらしい。
翌日、流れで見学することになった八奈見を連れて部室へ向かった。
部長と副部長がイチャつきながら去っていき、小鞠も脱兎のごとく出て行った。残されたのは寡黙な関係者と部外者とほぼ部外者。とりあえず八奈見にお茶を出すと、彼女はぬけぬけとこう聞いてきた。
「ねえ温水君、ここ何する部活だっけ」
「……文芸部。小説を中心に活字媒体の作品の評論や創作を行う部活動、と僕は認識しています」
パタン、と本を閉じて周堂が話に加わってきた。さすがに聞くに堪えなかったのだろうか。
「へぇー、なんか頭良さそう」
「そういえば、創作ってことは周堂も書くのか?どんなやつだ?」
月之木先輩や小鞠の書く内容は概ねアタリをつけられるが。どうせBLだろう。
「
ほう、意外だな。てっきり本格ミステリでも書いているのかと思っていたが。
「意外、と顔に書いてありますよ、温水君」
マジか。俺ってそんなに分かりやすい?
「周堂……君も恋愛に興味とかあるんだね。どんな話か聞いても良い?」
「優しいのが取柄の冴えない青年が、魅力溢れる……でもどこか残念な少女たちと絆を育む、そういったお話です。今はまだ単なる友人関係ですが、ゆくゆくは砂糖を口から吐くような甘いやりとりを……と」
めちゃめちゃ意外だ。純文学とか読んでそうな顔の割に、普通のハーレムラブコメとは。
「……それって、主人公の男の子は最終的にどうするの?」
浮気じゃないかな、と八奈見がジト目になって尋ねる。
「さて、まだ決めかねています。誰か一人を選ぶことにはなるわけですが……言ってしまえば僕は過程の甘いやり取りや仄暗い独占欲にこそ魅力を感じる質なので、どうも見通しが立たず」
困りましたよ、とまるで困っていない調子で肩を竦める周堂。こいつも中々変人だな……いや、言わんとするところは分かるけど。そっちが本編と言わんばかりの口ぶりは中々筋金入りだ。
「……その様子だと、結構ラノベとか読んでるんだな」
「読みますとも。僕も年頃ですし」
自分で言うことかよ。フ、と笑う彼の顔はいやに様になっていて、それがまた小憎らしかった。
翌日。焼塩と体育倉庫に閉じ込められ、八奈見のオムライスをご馳走になり、そして放課後。
月之木先輩はこんなことを言いだした。
「我々文芸部は――書く方にも進出します」
「え、文芸部なのに執筆してないんですか?周堂は書いてるって」
「え?そうなの?」
視線が周堂に集まる。
「……いや、文芸部と聞いたら、当然執筆もするものと思って」
居心地悪そうに、絞り出すように周堂は答えた。
月之木先輩が、こほん、と咳払いを一つ。
「熱心な周堂君のことはともかく……私たちは『文豪になろう』で活動することになります。頒布とか流通とか大変なので。そして――来る週末、我々文芸部は合宿を行う!」
へ?
「青年の家に空きがあったので押えておいたわ」
「い、いやいや、今週末って明後日じゃないですか」
抗議するも、昨今の出版業界はスピード感が命と訳の分からない理屈を展開される。同じく反対派だった小鞠は“缶詰”のワードに陥落。そして周堂はと言えば……。
「良いんじゃないですか、合宿。幸い僕も予定は空いていますし」
乗り気だった。勝手に執筆を始めるような奴が反対する訳もないか。
その後、再び怖いギャルが襲来したり、月之木先輩の無残な成績が明らかになったり、不安要素だらけの予定が立てられたりして、部活は解散となった。
やらかした。そういえば文芸部って最初は執筆活動してないんでしたね。とんだ不良部活だよ。……あれ、でも小鞠さんも元々書き進めていたよな。なんで僕だけこっぱずかしい思いをしなければいけないのだ……いや、油断していたのが悪いんだが。
素直に思い込みをゲロって言い訳は立ったが、完全に原作知識に振り回されたかたちだ。どうせしばらくは温水君とヒロインたちは友人のままだしと気を抜いていたが、どんな把握漏れや僕がいることによる変化があるか分かったものではない。反省しなければ。……とはいえ、まだ物語は序盤も序盤。僕が変にしゃしゃり出ると、むしろ原作で立っていたフラグを折ってしまいかねない。今のところは普通に友達付き合いに終始するのが無難だろう。
さて、合宿立案の翌日(つまり今日)は焼塩さんが入部する日だ。同時に失恋する日でもある。
目の前で、そのやり取りは進んでいく。付き合っているだのいないだの、そんなんだのそんなんじゃないだの。そして。
「――俺彼女いますし」
時が凍る。僕は構わずお茶をすする。焼塩さんには悪いが、一安心だ。もしバタフライエフェクトか何かで朝雲さんと付き合っていなかったら大変だった。
そのまま、焼塩さんは逃げるように文芸部への入部を宣言する。綾野君は何も知らないまま、安部公房を携えて去っていった。鈍感な奴だ。
知らん顔で読書に勤しんでいると、スマホが震える。八奈見さんからメッセージが届いていた。
『檸檬ちゃんと温水君とお茶するんだけど、せっかくだし周堂君もどうかな???』
『あと、呼び方周堂君でいいの?』
しばし悩んだ後、返事をする。
『焼塩さんが良いのなら喜んで。呼び方はそれで大丈夫です』
という訳で、僕らは一路八奈見さんがフラれたファミレスへ。
八奈見さんの一言によって焼塩さんの分は奢りということになったわけだが……僕も?いや、傷心の女の子を前にお金の話はデリカシーが無いらしいのでしないけど。全然いいんだけどね、初対面とはいえ前世から思い入れあるわけだし。
店員さんを呼び、各々食べたいものを注文していく。僕はコーンのオーブン焼きにした。夕飯前だし。
その後は八奈見さんと焼塩さんの愚痴を聞きながら、大量の料理が八奈見さんの口内に吸い込まれていくのを眺めていた。こうして直に見るとすさまじいな……目に見えて太らないだけ凄いと思う。
会計の段になって、八奈見さんの所持金が足りず温水君に借金するのを見届け、僕たちは解散することになった。
明日は文芸部の合宿。小鞠さんが恋に破れるイベントだ。皆と仲を深めるのにちょうどいいイベントでもある。ゆくゆくは恋バナをしなければならないわけだし、このあたりで普通の友人ぐらいにはなっておかねば。
あとまあ、前世から通して部活合宿なんていうのは初めてなので。割と、楽しみだったりして。
合宿当日。男子更衣室に、何故だか周堂の姿は無かった。
「あー……先にお手洗いって言ってた気がするな。……あんまり吹聴する話でもないしなあ」
玉木部長に聞いてみたのだが、曖昧な返答が帰ってくるばかりだった。何の話だろう?
とりあえず着替えて、玉木部長とともにレジャーシート等の準備を進める。
部長と阿呆な話をしていると、続々と女性陣がやって来た。
さすがに大人っぽい月之木先輩、意外とくびれたウェストが印象的な八奈見、日焼け跡が目に眩しい焼塩、パーカーに身を包んだ小鞠。……うむ、部長の言っていたことも分からないでもない。
と、ようやく周堂がやって来た。こちらもパーカーを着ている。すわ設営のサボりかと文句の一つでも言おうとしたのだが、ある一つの疑問が俺の脳内を埋め尽くした。
「周堂、お前……足細いな」
「……まあ、そうですね。それが何か」
「あ、いや……すまん、セクハラだったな」
最近は同性でもセクハラが成立すると聞く。言動には細心の注意を払わねば。
「さ、最低だな、温水」
げし、と小鞠が俺の背中を蹴る。
「いや、今謝っただろって」
「別にいいですけど……ま、そうですね。じゃあ小鞠さん、最低な温水君のことは放っておいて遊びましょうか」
「うぇ」
周堂は小鞠の手を取ると、渚へと駆け出していく。……イケメンは違うなあ。俺だったら確実に#MeToo案件だ。
「ちょっ、ちょ、すど、ア゛ーーーーーッ!!!」
……さて、せっかくだし俺も遊ぶか。小鞠の悲鳴をバックに、俺は爽やかな気分で立ち上がった。
「ぶへっ、はっ、はあっ、お、溺れるかと思った」
「そんなに水浸かってませんでしたよ?」
「そ、そういう問題じゃ、ない。……温水、周堂のこと、男子と思ってるぞ。いいのか」
「あー。やっぱそうでしたか……ま、面白いから放っておきますよ」
僕は八奈見さんのようにスタイルが良いわけではない。声も低めで、普段から男子制服を着ているし、今日も丈の長いパーカーだ。何も知らなければ、女子と気づくのは割と難しい。……あくまで、何も知らなければ、だが。
当然僕は女性なので学校のシステム上はそう扱われるし、体育の授業でも女子として扱われる。でも男子制服を着ている、そんな奴は当然クラスの中で噂になる。クラスの中の噂はやがて学年、学校全体に波及する。“生徒会長がそいつに会いにクラスにやってきて、しかし別段注意はされなかった”なんてエピソードがあれば、猶更。
そういう訳で。僕が女性だと知らないのは、温水君のような噂に興味のない孤高の人に限られる。
別段隠し立てしている訳ではないので遅かれ早かれ気付くだろうが……それまでは、僕の計画に利用させてもらおう。男だと思われていた方が、温水君と話をするにはやりやすい。
ちなみに、僕が男子制服を着ているのは未だに女子の服に感覚がアジャストできていないからだ。本当は下着もあまり好きではないのだけど、母親が止めるのでスポブラで我慢している。周りからは身体と精神の不一致と思われているけど、ある種間違いではない。巷間で言うところのそういった悩みとはだいぶ性質が異なるので、なんだか騙しているような気分になることもあるが。
「面白……な、なんか、心配して、損した」
「小鞠さんは優しいですね。あ、温水君こっち来ますよ、水かけちゃいましょう」
「よ、よしきた」
「え、何何―――わっぷ!?」
まあ、面白いとは言ったが。全く気付かれないのは、どことなく腹立たしいものがある――成程、これが乙女心か。
その後、温水君VS.僕&小鞠さんで散々水をかけあった。童心に返った気持ちだ……身体の年齢的には相応しい振る舞いとも言える。
ひとまず2話まで同時投稿。以降は1日1話更新ですが、ストックは現在5話までしかありません。ゆるりとお待ちください。