TS転生者は負けヒロインたちに温水君を攻略させたい   作:あどべんちゃ

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2話

 時間が過ぎるのは早い。今僕たちは、キャンプ場の炊事場でバーベキューの用意を進めていた。

 

「周堂……くん?」

 

「ちゃんよりはくんの方がいいですね」

 

「じゃあ周堂くん。……うーん、すっくんで。すっくん、火起こしって難しいんだね」

 

「そうですね。僕も中学の時に挑戦したことがありますが、上手く行きませんでした」

 

「じゃあ仲間だ、あたしたち。頑張って豆の……皿?」

 

「さやです」

 

「それ取ろう、うん」

 

 顔を煤で汚した焼塩さんと一緒に、僕は無心で豆のさやを剥き続けた。

 

 用意が終われば本番である。楽しい楽しいバーベキュー、ただし野菜のみ。温水君同様よく焼き派閥の僕は、周囲の皆に攫われてばかりだ。ああ、あれも生焼け、それも生焼け、そっちも生焼け!皆がお腹を壊さないか心配でならない。

 すると、あたりを見回していた温水君と目が合った。それだけで通じ合う。ここは僕らの戦場ではない。撤退だ。僕たちは仲良く、ちょっと焦げ目のついたトウモロコシを齧ったのだった。あ、美味い。

 

 バーベキューが終われば、次は花火……つまり、小鞠さんの告白が待っている。あれをアニメで見たときは、色々とハラハラしたものだ……花火の扱いもそうだし、告白しちゃった、というのもそうだし。

 この後のことを思うと楽しむ気にはなれず、ねずみ花火ではしゃぐ焼塩さんを見守っていると、視界の端に温水君と八奈見さんの姿を捉えた。あ、あーんしてる!イチャついてる!こうして直に見ると、八奈見さんからの温水君への好感度って結構高いのでは、と思ってしまう。とはいえ今はさすがに時期尚早だ。好感度にもベクトルがある。実際このあと温水君は一度フラれるわけだし。

 ……あそこ二人があーんしてるってことは、そろそろだよな。僕は小鞠さんにそれとなく近寄る。玉木さんのことは信頼しているが、万が一間に合わなくては大変だ。

 

 小鞠さんが花火を手に取る。火をつける。つかない。首を傾げる。傾げて、覗き込んで――。

 

「ばっ」

 

 温水君の声と、砂を蹴る音。思わず前に出る。瞬間、光が爆ぜる。乾いた音がする。

 視界が戻ると、玉木さんが花火を投げ捨てているところだった。

 ……ああ、良かった。原作通り、玉木さんはきちんと小鞠さんのことを守れたようだ。

 

 その後のやりとりも原作通り。玉木さんの優しい言葉に、小鞠さんの想いは、溢れて。

 

「好き、です」

 

 ……あー。すごい、アニメで見た情景そのままだ。本当に素敵な場面だ。思わず涙がこぼれるほど。

 けど。この恋は、失恋で終わる。溢れた恋心が、すれ違っていた想い人と恋敵を引き合わせてしまう。そんな、寂しい皮肉。

 

 そんなことを考えている間に、小鞠さんも月之木さんもキャンプ場を去ってしまった。玉木さんもまた、迷いながら闇夜に溶けていく。後に残された僕たちに、気まずそうにキャンプ場の管理人さんが声をかけてきて、慌てて撤収作業を始める。

 

「小鞠ちゃん、そうだったんだねえ。月夜の下、身体を張って自分を助けてくれた大好きな人に告白!いいなあ、すっごくいい!これからは女の子も攻めの時代――攻めの、時代……」

 

 洗い物をしながら、自ら傷口を開く焼塩さん。負けヒロインというのは、どうしてこう……。

 

「……なあ、周堂。ちょっといいか」

 

 ホルモンをもちゃもちゃしながら話す八奈見さんと、何故かそれと会話が成立する焼塩さんを横目に、温水君がぼそりと話しかけてきた。

 

「ええ、構いませんが」

 

「ちょっと移動しよう」

 

 移動した先は男子トイレ。うーん、僕は入れないぞ。どうしよう、早速性別バレか?

 

「まあ、その、あんまり気を落とすなよ」

 

「はい?」

 

「俺は恋愛とか経験ないから、正直よく分かんないんだけど……いいことあるって、そのうち」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。話が見えてこないのですが」

 

「え、いや……小鞠に気があるんじゃないのか?だって、さっき泣いてただろ」

 

「……」

 

 確かに、小鞠さんの告白に感極まって泣いていたわけだし、誤解されてもおかしくはないが……!袴田君とか綾野君と同レベルだからな、それ!

 

「あれは……花火の煙が目に入っただけです」

 

「え、じゃあ昼間小鞠と遊んでたのは」

 

「普通に友達ですし」

 

「……やっぱイケメンは違うな」

 

 と、温水君の誤解を解いていると。

 

「周堂、温水……」

 

「うわぁ!?」

 

 突然、玉木さんがゆらりと現れて話しかけてきた。……そういえば、温水君は本来この時小用中だったが。まさか漏らしてないだろうな。

 

「……こんなところで何をしているんです、玉木さん。てっきり二人のどちらかを追いかけたものとばかり」

 

「いや、それがさ……どうして古都にあんなこと言われたのか分からなくて。俺、一度アイツに告白して振られてるんだ」

 

「え!?いやいや、4、5歳の頃の話でしょ?」

 

「去年のクリスマスだよ……だから分からないんだ。なんで振られた相手にあんなことを言われにゃならんのか」

 

「えっと……とにかく、ちゃんと話をしたほうがいいと思います。あの様子だと、何か誤解がありそうですし」

 

「……ありがとう、温水。結構恋愛慣れしてるのか?」

 

「こう見えても俺、恋愛マスターなんで」

 

 ひきつった笑いで、温水君は宣言するのだった。

 

 

「二人とも、何してたのかな。月之木先輩も小鞠ちゃんも大変だっていうのに」

 

 洗い場に戻ると、ご機嫌斜めの八奈見さんにお叱りを頂いた。はい、仰る通りです。

 

「大変って……どうしたんだ?」

 

「月之木先輩、荷物まとめて出てっちゃったの。宿とは反対方向」

 

「え、そりゃ危ないな」

 

 呑気にそんなことを言う温水君。本当、ドライというか鈍いというか。

 

「ええ。危ないので誰かが追いかけなければなりませんね」

 

「え?」

 

「周堂君はよーく分かってるね。檸檬ちゃんは小鞠ちゃんのとこ行ったし、私は部長を探してくるから。ほら行った行った!」

 

「え、俺が?いや、でも―――あ、はい。分かりました」

 

 温水君を見送る。……あれ、僕手持ち無沙汰だな。ええと、この後は確か月之木さんと温水君のところに玉木さんと八奈見さんが合流して……小鞠さんと焼塩さんの方に行ったほうがいいのかな。でも居場所知らないし……。しょうがない、青年の家に戻るか。バーベキューで煙の臭いが染みついているので、ぱっぱとお風呂に入ってしまおう。

 原作的には、このあと八奈見さんとのイチャイチャ、小鞠さんとの切ないシーンがあるが……さすがに、前者はともかく後者を出歯亀する気は無かった。というか、出歯亀で言ったら非常階段でのやりとりとか全部逃し続けてるし。

 

 

 お風呂を上がり女子部屋に戻ってようやく、性別で部屋が分かれているのを思い出した。案外すぐに僕が女なのはバレるかもしれない。

 部屋に入ると、焼塩さんがいた。思ったより小鞠さんと一緒にいた時間は短いらしい。

 

「おかえり、すっくん」

 

「ただいま戻りました。……小鞠さんは」

 

「……部長さんが来てね、小鞠ちゃんに、ごめんなさいって。小鞠ちゃん、一人にしてほしいって」

 

「……そうでしたか」

 

「あたしはね、すっくん。小鞠ちゃんのこと、ちょっとだけ羨ましいんだ。正面から告白して、きちんと受け止めてもらって。結果は、ああなっちゃったけど……告白した時の小鞠ちゃん、なんかかっこよかったから」

 

「……そうですね。とても、奇麗でした。あの時の小鞠さんは」

 

「……よし、湿っぽい話終わり!ねね、これ書いたんだけどどう思う?なんとかってサイトに上げるやつ」

 

 ぴらり、と焼塩さんは1枚の紙を出す。

 

「これは……絵日記ですか?うーん……『文豪になろう』は文章を載せるサイトなので、残念ながらこれは上げられませんね。でも絵日記としては良いと思います、明日皆にも見てもらいましょうか」

 

「OK、ありがとすっくん!そういえば、すっくんの方は作品出来た?」

 

「僕は……個人的に書いているものがあったので、今は推敲中ですね。よければ読んでもらえますか?」

 

「うん、読む読む」

 

 スマホに作品のプレビューを表示させ、焼塩さんに渡す。

 僕の小説はラブコメ、現代日本で繰り広げられる青春物語だ。なろう向けに連載の1話として体裁を整え、ヒロインたちとの出会いと青春の予感を描いたものになっている……と、いいんだけど。

 しばらく時間が経って、焼塩さんはスマホをこちらに返してきた。

 

「超いい感じだった!あたしは小説のことよくわかんないけど、青春って感じ!」

 

「ありがとうございます。面と向かって褒めてもらえるのは嬉しいものですね」

 

 ……そろそろ、小鞠さんとのシーンは終わった頃だろうか。

 

「ちょっと外に出て来ます。飲み物でも買ってこようかなと……焼塩さんは何かリクエストありますか?」

 

「んー、だいじょぶ!そろそろ歯磨こうかなと思ってたし」

 

 確かに結構夜も遅くなってきたが、お泊り中の高校生が寝る支度をするには少し早い。さすがは焼塩さん、健康優良児だ。

 

 ロビーへ向かうと、目論見通り温水君がコーヒーを買っているところだった。

 

「こんばんは、温水君」

 

「あ、ああ。周堂も飲み物か」

 

「そんなところです。明日の朝に推敲を間に合わせたいので、コーヒーでも飲もうかな、と」

 

「俺も……そうだな、そんなところだ」

 

「小鞠さんのこと、色々考えてしまいますよね。顔に書いてあります」

 

 本当は原作知識なのだけど、そこはご愛敬。

 

「……そうだな、色々考える。考えるけど、あんまり実感はない。結局は他人の事だっていうのもあるかもしれないけど……ここ最近、俺の周りの環境が変わりすぎて、ついていけないっていうか」

 

 おや。思ったより話してくれるな……男子と思われていることのメリットが早くも現れたようだ。

 

「でも、案外悪くはない。そんなふうに思っているんじゃないですか?」

 

「……周堂は何でもお見通しなんだな。参った」

 

「偶々ですよ。文芸部の“先輩”としては、その変化が君の創作の糧になることを祈るばかりです……良ければ、一緒に作業しませんか。気が紛れるでしょう」

 

「……長くなるぞ」

 

「いいじゃないですか、徹夜。青春っぽくて」

 

 その晩、僕と温水君は互いに意見を聞きながら執筆をして夜を明かした。……図らずも、僕が女子部屋であることに気付く機会を奪ってしまったな。

 

 翌朝、施設の集会室にて。

 

「温水ー?昨日部屋に戻ってこなかったけど、何してたんだ」

 

 玉木さんが温水君を小突く。

 

「いや、流れでロビーで執筆を……っていうか、それなら周堂も一緒でしたよ」

 

「あれ、そうなのか。昨日も二人で話してたし、結構仲良いよな」

 

「仲良いって言うか……」

 

 そんな会話をしながら、玉木さんの手で僕たちの作品が投稿されていく。

 と、そこに小鞠さんが現れた。あたりに微妙な空気が漂う。それに知らん顔をして、小鞠さんは玉木さんに話しかける。

 会話の流れは原作通りだ。小鞠さんは、ひとまずの整理をつけられたらしい。一先ずは安心だ。

 焼塩さんが絵日記を見せて、文芸部のTwitterで公開することになるのも原作通り。

 合宿の二日目は、一日目とは打って変わって穏やかに過ぎていく。

 出来れば八奈見さんとも話をして、多少なりとも仲良くなっておきたかったのだが……彼女はバスでも電車でも爆睡していたので、残念ながらそのチャンスは無かったことを、ここに記しておく。

 

 

 合宿翌日。八奈見さんに対する陰口を聞いてしまったことをきっかけに、温水君と八奈見さんの仲がこじれる日だ。

 これについて、僕の出る幕は無い。ので。

 放課後、八奈見さんのところへ。

 

「やあ、八奈見さん。元気がないけどどうしたんですか」

 

「周堂君。……そう見える?」

 

「見えます。僕で良ければ話を聞きますが」

 

「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。今日はスイーツの気分」

 

 愚痴を聞く。それはもうたっぷりと聞く。

 というわけで、とある喫茶店にて。

 

「ひどいんだよ温水君。

「友達だと思ってたのに、いきなり縁を切るような真似してさ。

「本人にも言ったけど、ああいう雑な終わりはよくないと八奈見ちゃん思います。

「かと思うと急に変な話しだして、これっぽっちもついていけないし。

「温水君だって友達なのに、どうして他の友達と比べるようなこと言うのかな。

「っていうか、噂って何。

「周堂君は聞いたことある?

「無い?

「そう。

「結局はそのぐらいの噂なんだよ。

「それをさ、勝手に私も嫌でしょとか決めつけちゃって。

「挙句の果てには、噂が流れるの嫌ですとか。

「女の子のことを何だと思ってるのかな。

「ああいうところだよ、温水君は」

 

 変則そういうとこだよ頂きましたッ……!

 生で聞くと愚痴も尊い!いくらでも奢れる!っていうかアレですね!?噂になるの嫌と思われたのが気に入らないんですね!?クゥ~~~~~!多分今は全然恋愛感情じゃなくて単に異性として見られてない感じが乙女心的に気に障ったんだろうけどそれもまた美味しい!最高!

 

「……周堂君、聞いてる?」

 

「これ以上なく集中して聞いていました。温水君もつれない人ですね」

 

「そうなんだよ、ほんと温水君はさあ……」

 

「まあ……僕から見れば、何か誤解があるのではという気もしますが。とはいえ温水君の態度はあんまりです」

 

「誤解も六階も無いよ。温水君は八奈見ちゃんの繊細な心を傷つけたの」

 

そう言うと、八奈見さんはパフェを切り崩しにかかる。しばらくはそちらに集中するだろう。

 まー、温水君の気持ちは原作では克明に描かれているのだが……言葉選びが良くなかった。「お前と噂になるのが嫌です、俺に迷惑なので」という意味だと思われても仕方がない。

 まったく不器用な奴だ、温水君は。まあそういうところがイイんだが……。

 

 

 終業式まで残り二日。八奈見が部室を去り、何をするでもなくぼうっとしていると、周堂が顔を出した。

 

「こんにちは。落ち込んでいますね、温水君」

 

 俺の顔を見るなりそんなことを言われてしまったが、確かに今の俺は気落ちしていた。

 

「……そう見えるか」

 

「見えます。僕でよければ話を聞きますが」

 

 うわ、『どしたん?話聞こか?』だ。こいつ手慣れてやがる。

 とはいえ、今の俺にとって周堂は一番相談しやすい相手だ。何かと察しのよい彼は、きっと悩みを聞くのも上手い。

 ……話してみるか。

 

「……色々と思うところがあって、知り合いともう会わないようにしよう、って決めたんだ。

「その方が、向こうに迷惑がかからないから。

「……でも、そういう別れ方は嫌だ、って言われて。

「喧嘩別れみたいな感じになってさ。

「後悔する訳じゃないけど……俺は、他人との繋がりを一つ失ったんだな、って。

「少し前までは、そもそも知り合いですらなかったのに。

「落ち込んでる自分がいるのに驚いたっていうか……。

「あの時間は、俺にとって楽しいものだったんだな、って。

「繋がりって、こんな簡単に人を変えちゃうんだな」

 

「ええ。他人と関わることは、他人を受け入れることです。変わらずにいられる人なんていません」

 

 周堂は俺の言葉を首肯する。なんというか、含蓄のある言葉だ。頼れるオジサンキャラと話している気分になる。

 

「……周堂は随分達観したことを言うんだな」

 

「書物の受け売りですよ。変化にも色々ありますが、温水君のそれは十分健全なものだと思います。というか今までそういった変化を経験していないのが不健全……?」

 

「やめろ、本当のことを言うな」

 

 急に刺してきやがった。とはいえ、概ね周堂の言う通りだろう。俺はつい最近まで、正真正銘のぼっちだったのだから。

 

「まあ、なので変わることを受け入れることです。それより大事なのは、温水君がどうしたいかではないのですか」

 

「どうしたいかって……」

 

「そんなに落ち込んでいるのはどうしてです?その相手と仲直りしたいのでは?」

 

「仲、直り……して、いいんだろうか」

 

「では、仲直りしたいのですね。素直じゃないんですから」

 

「あ、いや、い、今のは誘導尋問だろ!?だ、だいたい俺から距離を置こうって言ったのにそんなの不誠実って言うか……」

 

 思わず早口になる俺に、周堂は破顔して、満足気にどこかで聞いたような台詞を呟いた。

 

「そういうところですよ、温水君」

 

 ……その笑顔に、なぜだか心臓が跳ねたのは墓場まで持っていきたい秘密だ。




周堂が小鞠に気があったと誤解したとして、温水君が自発的に慰めるかは結構五分な気もします。ただまあ、涙を流すところまで見ているのでさすがに心配するのでは……。
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