TS転生者は負けヒロインたちに温水君を攻略させたい 作:あどべんちゃ
焼塩と一緒に神社から帰って来た時、周堂は部屋にいなかった。行きの時からリビングにもいなかったことは確認しているが、あいつどこで寝ているんだ。まさか女子部屋なんてことはありえないだろうし、車か?そんなに俺と一緒に寝るのが嫌だったのか?
翌朝になって、さすがに気になったので本人に聞いてみると、
「……まだ気づいてないんですね。自分で考えてください、全く」
と、何故か馬鹿を見る目で言われてしまった。……よく見ると、少し目のあたりが腫れている。こいつ、泣いてたのか?何故?
以前、周堂は小鞠の告白を見て泣いていた。本人曰く小鞠に気があったからではないそうだが……まさか、今度こそ。
「あの、なんで僕の顔をじっと見つめてるんです?」
「周堂、ええと……焼塩と何かあったのか?」
焼塩がずっとあの神社にいたのなら、あるいは周堂と話をする時間だって十分にあったはずだ。
「っ、な――んで、それを」
「え、マジでか。お前、相手は失恋直後の子だぞ……!?」
「……ん?待ってください温水君、著しい誤解があります」
「いや、焼塩にフラれたんだろ?さすがに今回はお前が無謀だったと思うぞ」
「……いや、もう、なんか……はあ。昨日は温水君を友達と言いましたが、考え直す必要がありそうです」
「え」
冷たい言葉を残して、周堂はさっさと車に向かってしまった。どうやら違ったらしい。
……目の腫れに気を取られてたけど、そもそも全体的に覇気が無かった気がする。口ぶりからして焼塩と何かあったこと自体は間違いではないようだし……うーむ。まだまだあいつのことはよく分からん。
新城から帰ってきてからずっと、考えていた。今回の一件を僕の手で引き起こしたこと、その重みを。
結局僕は読者気分のままだったのだろう――この上なく舞い上がっていた。ポップコーン片手に、最前席でかぶりつき。そんな不純な心持ちで、彼女たちの純粋な想いを弄ぼうとしたその報いが、早々とやってきた。
原作への冒涜だ、という僕の懸念は、正しかったわけだ。笑えない。
どうしようかな。もう僕は関わるべきではない、いっそ退部してしまおうか。……駄目だ、僕が文芸部を去ると小鞠さんを原作以上に追い詰めてしまう。
ベッドの上でああでもないこうでもないと転げまわっていると、スマホが震えた。焼塩さんからのメッセージ。
『この前の約束通り、遊びに行こ!今から駅前集合で大丈夫??』
……ああ、そういえば。そんな約束をしたな。今日は始業式の前日だから、綾野君との密会は終わっているはずだ。
『了解しました、少し待っていてください』
約束を違えるわけにもいかない。僕は身を起こして、出かける身支度を整えた。
豊橋駅前。人通りは多くもなく少なくもない。焼塩さんの褐色の肌はよく目立つ。
「あ、おーいすっくーん!……なんか元気ないね。大丈夫?」
「……そう見えますか?気にしないでください、人に話すような悩みではありませんから」
特に、あなたには。
「そうなの?うーん……じゃ、せめて今日は思いっきり遊ぼう!ほら、早く!」
「え、ちょ、焼塩さ――」
彼女に手を引かれるまま、走らされる。
それから、彼女が思いつくかぎりのお店を回った。『八奈ちゃんじゃないけど、今日は食べ歩きしよう!』とのことである。
空がすっかり茜色になったころ、僕たちはとある喫茶店にいた。
「どーお、ちょっとはすっきりした?」
「……まあ、楽しくはありました。気を遣わせてしまってごめんなさい」
「そういうときはごめんじゃなくありがとうじゃない?うーん、あんまり効果無かった?」
「あ、ごめ……いえ、ありがとうございます。焼塩さん」
「ふふ、そうそう」
にへ、と柔らかく笑う焼塩さん。今まであまり意識はしなかったけど、こうしてみると本当に美少女だな。温水君も罪作りなやつだ。
「今日の所は、あたしは聞かないけどさ。もしちょっとでも話したいって思ったなら、誰かに聞いてもらいなよ」
「……仮に、そう思ったとして。誰に話せばいいんでしょうね」
「ぬっくんとかどう?結構聞き上手っていうか……話したくなる雰囲気ない?」
「温水君ですか。そうですね、彼なら……」
他ならぬ彼なら、きっと。勝手に僕の荷物を背負ったりはしないまま、聞いてくれるだろう。
不思議と、彼には話せる気がした。ひょっとすると、焼塩さんの代わりに怒ってくれるかもしれない。あるいは、散々自罰を抱えながら。それでもなお、許されたいと思ってしまっていたのかもしれない。
焼塩さんに改めてお礼を言って別れる。そろそろ日が暮れようとしていた。
……そうだな、早い方がいい。折角焼塩さんに勧めてもらったことだし。僕はLINEを開いて、温水君に電話をかけた。
周堂からの突然の呼び出しを受けて、俺はとある公園へとやって来ていた。
周堂はいつかのように気落ちした様子で、ベンチに腰かけていた。
「こんばんは、温水君。お早い到着ですね、ありがとうございます」
「ああ、こんばんは……ええと、話ってなんだ?」
「お悩み相談、というやつです。聞いてもらうなら、温水君が適任かな、と。焼塩さんの勧めで」
「まあ、俺でいいなら聞くけど」
ありがとうございます、と、彼は俺を隣へ手招きする。誘われるがままに座ると、どことなく柔らかい匂いが香った。イケメンは匂いまで良いのか?
「……これからする話は、ある種のたとえ話です。
「あまり、深く考えずに聞いてください。
「あるところに、未来が分かる人がいました。
「未来といっても、そんなに壮大なものではありません。
「ある男の子を中心にした、ちょっとした恋模様のお話が分かるだけです。
「その未来には、その人自身はいなかったのですが……その人は、そのお話を間近で見たいと思ってしまいました。
「そうして、その人は男の子の近くに行きました。
「初めは良かったのです。
「放っておけば、その恋模様はお話通りに進みました。
「だからその人は、未来が分かるということの意味を分かっていなかったのです。
「あるとき、本来の未来では起きるはずの悲しい出来事が、起こらなくなりそうだということが分かりました。
「それで、その人は。
「何の気もなしに、自らの手で、その悲しい出来事を起こしてしまったのです。
「すぐにその人は、後悔しました。
「その出来事で悲しい思いをした女の子は、物語の登場人物ではなく。
「確かに現実に存在する、その人のお友達だったことに、ようやく気付いたのです。
「その人は、友達に謝りましたが……未来が見えることは伝えられません。
「だから、正真正銘自分のせいだということは、言えないまま。
「いえ、そもそも、言ってはいけないのです。
「話してしまえば、怒るも許すも友達次第。
「その人は、行いの責任から解放されてしまいます。
「だからその人は。
「ずうっと、その後悔を抱えていなければなりません。
「それが、無責任に未来に干渉したことの罰なのです。
「……とっぴんぱらりのぷぅ、なんて。
「たとえ話は、これで終わりです。
「温水君は、この話を、どう思いますか」
……正直に言えば、あまりぴんと来なかった。たとえ話と言っても突飛が過ぎるというか……。未来が分かるとは、つまり何のことだろう。
あ、でも、一つ分かったぞ。直近であった悲しい出来事と言えば、多分地下資源館でのことだ――なら、『未来が分かる人』は周堂のことか?
未来が分かる、は彼の言う通り比喩として……薄々、焼塩が想いを抱えていることには気づいていて。わざと、それを言ってしまうようにしたのか?
「……全部が全部わかったわけじゃないけどさ。ずっと一人で抱えたまんまなんて、そんなのは寂しいかな」
「いいえ。駄目なんです、温水君。それは、一人で背負っていなきゃならないんです」
それが罰なんです、と、周堂は俯いて呟いた。かなり参っているらしい。
……焼塩の時に引き続き、柄じゃないが。頼られてしまったのだ、頑張って話してみよう。
「一人で背負うのは、分かった。けど、そんな風に抱え込んだままじゃ、いずれガタが来る。自分のことを、少しでいいから許してあげられないか」
「それは、温水君の決めることじゃありません」
「じゃあ誰が決めるんだよ。や……友達の女の子か?その子には話せないんだろ」
「……」
「誰が決めるか分からないなら、俺が代わりに決めたっていいはずだ。そのままじゃ、誰も決めてはくれないんだから。もう一回言うぞ、自分のこと、許してやれないか」
「……僕がしたことは、許されることではありません。自分の思う通りの未来が見たいなどと、思い上がって――」
「そんなの、誰でもしてることだろ。自分の思い通りの未来になるように行動することは、将来に向かって頑張るのと同じことだ」
「……たとえそうでも、あなたは未来が見えることの重さを分かっていない」
震える声で、周堂は呟く。けど、俺から言わせればそんなのは関係ないんだ。
「じゃあ未来を知らないまま、その悲しい出来事を引き起こしたら、周堂は後悔しないのか?」
「……それ、は」
周堂は黙り込んだ。結局の所、こいつは、焼塩を傷つけるきっかけを作ってしまったことに罪悪感を感じているのであって。未来が見えるとか、勘づいていたとか、そんなのはあとからやってきた理屈だ。
「後悔したなら、次はそれを反省して、前に進む番だと思う。誰かに悲しい思いをさせたからって、それが一生許されないのは……あんまりだ。世の中はそうなってないだろ」
罪を犯した人に、償いの機会が与えられるように。後悔したなら、その反省を次に活かせばいい。そうやって、人は前に進んでいく。
「……そう、ですね。世界は、いっそ残酷なぐらい優しいから。僕はまだ、前に進むことを許されている……はは。ほんと、ひどい話です」
涙を流しながら。薄く、周堂は笑った。
「いっそ、叱ってもらえるなら、なんて思っていたのに……許されてしまいました。すっかり気分が楽になってしまいましたよ」
「どこかで楽になりたいと思ってたから、俺を呼んだんじゃないのか」
「手厳しいですね。ま、叱られてもそれはそれで楽になっていた気がします……結局僕は、本当の意味で抱え込むことが出来ずに、早々に人に頼ってしまった。弱いですね」
「そのぐらいで丁度いいんじゃないか。そうじゃなきゃ、そのうち本当に潰れてたかもしれないし」
「……人に頼れるのもある種の長所、ですか。全くその通りです」
うんうんと、俺を見ながら頷く周堂。やけに視線が生暖かい。
「何にせよ、役に立てたなら良かったよ。明日は始業式だし、そろそろ解散しようぜ」
「そうですね。ありがとうございました、こんな時間に。では、また明日――僕の、友達」
涙を拭って、周堂は微笑む。その笑顔に、久方ぶりにどきりとさせられてしまった――おのれ、イケメンめ。
頭を下げて去っていく周堂を見送りながら、ふと思う。
ある男の子を中心にした恋模様が見たくて、その男の子に近づいたと言ったが……普通に考えれば、綾野のことだよな。まさか、またひと悶着起きるのか?けど、別に周堂と綾野って親しい感じは無いよな。となると部長……いやいや、部長は焼塩の件に関係無いしな。じゃあ誰だ?
うんうん唸りながら、俺は帰路に就く。眠りに落ちるまで、答えは出なかった。
十月も半ばを過ぎた頃。俺と周堂は、玉木部長に中庭に呼び出されていた。
「俺ら三年生は、今月で部活引退だろ。部長を小鞠ちゃんに任せようと思ってるんだが、副部長をどうしようか、とな」
え、そんなの周堂で決まりじゃないのか。不思議がる俺を前に、周堂が口を開く。
「僕に打診があったのですが、温水君の方が向いていると思いまして。夏休みに温水君には随分とお世話になりましたから、彼なら安心かと」
「とまあ、当の周堂から推薦があってな。頼まれてくれないか、温水」
世話になった、とは始業式前日に相談に乗った件だろう。まあ、周堂がそういうのならわざわざ断るのも変だしな……。
承諾すると、部長は安心したように息を吐いた。
「ありがとうな、温水。俺たちが卒業したあとの小鞠ちゃんが心配でな、部長になって、ちょっとでも自信をつけてもらえたらって」
成程、良い采配じゃないだろうか。今から部長業務を頑張れば、三年生になるころには立派な先輩になっていることだろう……多分。きっと。
「ちなみに、小鞠は引き受けたんですか?」
「ああ、先週お願いしてな。昨日の夜返事があったんだが……」
部長は不安げだ。色々あったが、やはり可愛い後輩なのは間違いないのだろう。
「小鞠のこと、随分心配してますね」
「そうよっ、心配なの!」
「うおっ」
突如、ベンチに座っていた俺たちの頭上から声が降ってきた。いつの間にか、月之木先輩がやってきていたらしい。
あまりにも切実すぎる受験の話が繰り広げられる。俺は強引に話題を文芸部顧問の話に変えた。
……しかし、担任の甘夏先生にさえ顔を覚えられていない俺に顧問のツテなどあろうはずもない。縋るように周堂に視線を送る。
彼は爽やかに微笑んで、こちらへ近づき、俺の肩に手を置く。
「頼みましたよ、副部長」
世話になった恩とかは、別に感じていないらしい。
翌日、放課後。
八奈見の発案で取材に行くことになり、八奈見、小鞠、周堂と水上ビルの辺りへやって来ていた。焼塩は陸上部の方のツワブキ祭の準備があるらしく忙しそうにしていたので誘っていない。
あれこれ店を見つけてはさっさと歩いて行ってしまう八奈見の後を追っていると、小鞠が話しかけてきた。
「ぬ、温水。なんで、私と周堂、呼んだ?」
「部の取材なんだから、そりゃ呼べる奴は呼ぶだろ。企画のアイデアを探すなら頭数は多い方が良いしな」
「で、でも……わ、私たち、邪魔じゃないか」
邪魔?何が邪魔なんだ。
「だ、だってお前、や、八奈見と付き合ってる、だろ」
「いやいや、それはない。なんでそう思うんだよ」
「お前ら、い、いつも一緒」
うーむ、本当にそうだろうか?
教室では八奈見とはほとんど会話しない。部活は二人きりではないし、最近は非常階段でも小鞠といる方が多いから……。
「八奈見よりはお前と一緒にいる時間の方が長いんじゃないか?」
「ぬあっ!?」
「何です、恋バナですか?僕も混ぜてくださいよ」
小鞠の奇声で気が付いたのか、周堂が会話に混ざってきた。
「そんな浮ついた話じゃないぞ。まあ良く聞け小鞠、ラッコっているだろ」
「ら、ラッコ?」
「ああ。ラッコは一日に体重の20%以上の餌を食べるんだ。可愛いけれど、大飯喰らい。ラッコに恋はしないだろ?そういうことだ」
「なるほど……?」
「騙されちゃいけませんよ、小鞠さん。暗に八奈見さんが可愛いことまでは認めてますからね」
「「はっ!?」」
し――しまった!墓穴だったか!いや落ち着け、まだ弁明は可能なはずだ!
「待て待て、あくまで一般論というかだな」
「見苦しいですよ温水君。あなたは今確かに、八奈見さんは可愛いと言ったのだ……!」
「なんかキャラ違うぞお前!」
こんなに恋バナに食いつくやつではなかったはずだ。明らかに目が爛々と輝いていて、俺と男子連中との仲であらぬ妄想を繰り広げている時の小鞠と同じ目になっていた。
「おーい、何の話してるのさ。こっちに良いお店あったよー!」
と、そんな俺たちに八奈見が声をかけてきた。何の店かは明言していないが、これで食べ物じゃなかったら驚きだ。
結局そのまま恋バナはうやむやになり、俺たちはスイーツに舌鼓を打ったのだった。なお、小鞠は持ち合わせがないようだったので俺のを分けることにした。またセクハラとか言われなかったのは幸いだ。
それから。八奈見さんコンサルへの任命、テーマ及び企画内容の正式決定、顧問の決定を経て、一週間ほど経過した。今日は火曜日、ツワブキ祭まで五日を切っている。
原作通り、文芸部の主な準備は小鞠さんと温水君が担当しているため、僕はクラスでの準備に注力していた。ちなみに企画内容は執事喫茶、クラス女性陣(と一部男子)の強烈なプッシュによって僕は執事長に任命された。別に男装喫茶ではないのだが……まあ常日頃から男装していれば、さもありなんといったところか。
女性陣はやけに熱心で、僕を含めたキャストは立ち居振る舞いを徹底的に叩き込まれている真っ最中だ。
「いいわ……とってもいい。特に周堂、まるで人生経験を積んだ老執事みたいな風格が出ているわ。不思議ね」
「……お褒めに与り光栄です」
まあ、精神年齢は確かに一回りどころでなく上なのだが……しかし最近は焼塩さんのことで千々に心を乱すなど、数字ほどの成熟性は失われているきらいもある。どうなのだろうか、そのあたり。
自ら淹れた紅茶で休憩していると、温水君が教室を訪れた。
「えーと、周堂っていますか」
「あ、いるいる。周堂くーん、お客さん」
「はい。何の御用ですか、温水君」
「お、おお……さすがに似合ってるな。あ、用ってのはだな……えっと、ごめんなさい、周堂ちょっと借りてもいいですか」
「今休憩中だし、大丈夫よ」
「ありがとうございます。ちょっと、二人で話せないか」
僕らは人通りの少ない階段まで移動した。
「えーと、用ってのはだな。小鞠のことなんだけど……展示の準備で、結構根を詰めちゃってるみたいで。周堂からも、気にかけてやってくれないか。四月から文芸部だったの、周堂だけだろ」
そういえば、そろそろ小鞠さんと二人で図書館に行った頃か。
「そういうことなら。ただ、ご覧の通り僕もクラス展示で忙しいので、あまり力にはなれないかもしれません」
「なんでもいいんだよ。あいつ夜遅くまで原稿書いてるみたいだし、そういう時にちょっと連絡して息抜きさせてやるとかさ」
おお、ナイスアイデア。企画を立案した時も思ったが、温水君結構発想力あるよな。
「了解です。その調子で部長のことをよく見てあげてください、副部長」
「まあ、先輩方からも任されちゃったしな。悪いな、休憩中に邪魔しちゃって。執事喫茶、頑張れよ」
温水君からの励ましの言葉をありがたく受け取って、教室へ戻る。
……ツワブキ祭が終わったら、その次は部長会。小鞠さんに関しては、後押しを始めても問題ない時期になるが……まだ、迷っている。
さんざっぱら、焼塩さんの件で後悔したのだ。また同じ轍を踏んだらと、怖がらずにはいられない。後押ししようとして、かえって傷つけてしまったら。
「お悩みのようだね」
「はぇっ」
突然の見透かすような言葉に妙な声が出る。声の主、壁にもたれかかっていた、その人物は……。
「放虎原さん。お久しぶりです」
放虎原ひばり生徒会長。やたら風格があるが、その実割とドジな方。
僕の男装が噂になり始めた頃、教室にやって来て、しかし説教するでもなく満足げに頷いて去っていった人でもある。
「君のような人物が、何を悩むというのかな」
「僕にだって悩みはありますよ。あの、そろそろ練習再開するんで戻らないとなんですが」
「君にはその芯の強さがあるだろう。思うままに振舞えば良い」
「何の話ですか」
僕の言葉もお構いなしに、会長は話を続ける。
「春、君に会いに行ったことがあるだろう。一年に、男装の女子がいるという噂を聞いてね」
「ありましたね。あれ、結局何だったんですか」
「もし君が好奇の視線に晒され、己を曲げて女子の制服を着用することを選んでいたなら。その必要はない、と説くつもりだった」
「はあ……ええと、一応僕のことを心配してくれていたんですね?それは、どうも」
「どういたしまして。つまるところだね、君は自分の中に強い芯を持っていて、その通りに動くことができる。なら、何も迷うことは無い……私は、そう思うよ」
「……そうですかね。時には自分を曲げなければ、他人を傷つけてしまうこともあると思いますが」
「そうとも。己の芯を貫けば、時には誰かを傷つけることもありうる――だが、君はそれを悔いて、受け止め、進むことのできる人間だ。そうでなければ、私もこうは言わない」
悔いて進む、か。温水君と似たようなことを言うんだな、この人は。
「……分かったような気はします。助言、ありがとうございます」
「うむ、励むといい。君が何を目指しているのかは全く分からないが、生徒会長として陰ながら応援しているよ」
どうなんだ、それは。僕が朝雲さんみたいな人だったら責任持てるのか?
一応お礼を言って、こんどこそ教室に戻る。なんとか練習には間に合った。
完璧なお辞儀の角度を追求しながら、考える。生徒会長のお墨付きも頂いたことだし……探り探りにはなるが。頑張って皆を後押ししていくとしよう。それから、前は軽く言っていたフラれたあとのケアについても。背中を押した分の責任は、負わねばならない――実のところ一つ、思いついてはいるのだが。ケアというにはあまりにも乱暴で、そのうえ実現可能性も絶無。一旦は脇に置いておこう。
「周堂、雑念が所作に滲み出ているわ。罰として紅茶を五杯」
「は。失礼いたしました、大奥様」
……何をやってるんだろう、僕は。
感想、高評価頂けると励みになります。気が向いたらよろしくお願いします。