時は少しばかり遡る。
会議室には赤いカーペットが敷かれ、高級感を漂わせている。
中央には黒檀製の円卓が置かれ、細かい装飾が高級感と重厚な雰囲気を作り出している。
アッシュとエルムによって招集された大臣たちが次々と会議室に集まり始める。
普段ならば雑談が交わされる場であるはずなのに、今日の空気は違った。
誰もが感じていた。何かが起きたのだ、と。
そのような中、大臣たちの反応は困惑が多くを占めていた。
宰相、ロイド・ド・マルスも困惑しているものの一人だった。
「まったく、なんだね突然……我々を呼び出して……政務の途中だったというのにだ……ジル、君もそう思わないかね?」
話を振られた内務大臣、ジル・ラ・ルヴィエは、一瞬たじろぎながらも答えた。
「緊急、というからには何か重大なことが起こったのではないでしょうか。少なくとも、私はそう考えます」
それに続くように、食料大臣であり、コックを束ねるゴルドルフ・フォン・アルフレートが、豊かな白いあごひげを揺らしながら口を開いた。
「ジル君の言うとおりではないかね、ロイド君。この時間になっても陛下たちが帰還したという報告がないのを見るに、何かが起こったと考えるのが妥当じゃろう。……とはいえ、老いぼれ爺の戯言かもしれんがな」
「ま、まあゴルドルフ食料大臣がおっしゃるならそうなんだろう……だが、それとこれとは話が違うのでは?宰相は忙しいんだからな!」
まだ黒く、短い。けれどしっかりとあるちょび髭を振りながらそう叫ぶロイド。
「まあ、落ち着き給えよ、ロイドくん。……しかし、ただの遅れにしては騎士団からの報告がないのが気になるのう。よもや、不測の事態が起こったのではあるまいな?」
ロイドの声を聞き、ほかの大臣も何事か、と集まってくる。
「これはこれは、ロイド宰相……ご機嫌麗しゅう。そうカッカしていても良いことはありませぬぞ」
軍部大臣、マルクス・ヴァン・ルッテリアもそのうちの一人だった。
「っ、マルクス軍部大臣」
苦虫を噛み潰したような顔をロイドはする。
2人は同期で、競い合う仲だ。
宰相と軍部大臣、共に国にとって大きな役割でありながら隙あらば蹴落とそうと互いに思っている。
「やれやれ、宰相殿は相変わらず忙しそうだな。そんなに政務が大変なら、私が代わってやろうか?」
ニヤニヤと小馬鹿にするように笑う。
いや、実際に小馬鹿にしているのだろう。
宰相といえども、実際政務をしているのは女王だ。
そして女王が不在の今はアッシュとエルムが分担していた。
では、なぜ忙しいのか。
それはひとえにロイドが書類仕事が苦手なだけだった。
少ない書類でも多くの時間がかかるのだ。
「……生憎だが、軍部大臣が政を握る日など来ないさ。軍の帳簿管理すら怪しい軍部大臣
マルクスは少し力押しを好むきらいがある。
すなわちマルクスも書類仕事に向いていない、苦手ということだ。
「っそれをロイド、お前が語れるか!この私よりも書類仕事が苦手かもしれないお前が!そうだな…政務室にこもったまま書類と睨めっこするより、前線で剣を振るほうが性に合っているんじゃないか?」
「なんだと!」
ヒートアップする二人。
ふたりともプライドだけは高いため、この争いはきっと終わらないだろう。
広い会議室の中央に置かれた円卓で、様々な視線が交差する。
特にバチバチに静かに威嚇しつつ言い争っているロイドとマルクス、二人によって緊張感が増す。
けれど誰も言わない、介入しない……そう、思われていた時だった。
「はぁ。……お二人とも、そのくらいになさってください。大臣同士が争う姿を、イリス様にお見せしてもよろしいのですか?」
外務大臣、パトリシア・ラ・スノーフィールドが仲裁に割って入った。
同調するかのように文部大臣、コゼット・ラ・ルイーズも口を開く。
「そうそう、トリィ……ううん、パトリシア外務大臣の言う通りだよ?落ち着いて、ね?招集した理由もイリス様たちがいらっしゃったら話されるだろうから」
財務大臣、ルナ・ド・シュタットフェルトは、話さない。
ひたすらに沈黙を保っていた。
ルナの言葉の、すぐ後だった。
会議室前の警備担当の近衛兵が口を開く。
「エルム・フィア・テア=ヴィオレット第一王子殿下、アッシュ・フィア・テア=ヴィオレット第二王子殿下、イリス・フィア・テア=ヴィオレット第一王女殿下及びローゼリア・フィア・テア=ヴィオレット第二王女殿下がいらっしゃいました」
それまでの剣呑な雰囲気が消え失せ、ピシリと緊張感が場を支配する。
そして、会議室にイリスたちと伝令してきた騎士、シャックが入ってきた。
ギィ、と軋む音とともに扉が開かれる。
王族の4人に共通する銀の髪。
それが廊下のランプから放たれる光により淡く輝く。
それは、神の降臨に見違えるほど、美しいものだった。
大臣たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。
イリスたちが所定の席に座る。
「座りなさい」
イリスが口を開く。
静かな声が、会議室に響く。
空気を一瞬にして変える声だった。
大臣たちはその声に一瞬遅れて椅子に腰を下ろす。
それを確認したイリスは口を開く。
「王位継承権第一位、イリス・フィア・テア=ヴィオレット。その権限と、非常事態たる状況を元にここに宣言します。……では、王国の行く末を決める緊急会議を始めます」
その言葉が放たれた瞬間、大臣たちの反応は二分された。
ロイドとマルクスは一体どういうことだ、陛下はどうして遅れているのか、非常事態とは何が起こっているのか……などと動揺し、疑問を口に出している。
ゴルドルフやルナ、コゼットたち大多数の大臣は冷静に受け止めている。
そんな中、議長となったアッシュの声が響く。
「はいはい、静粛に静粛に。理由はイリスと、急いで教えに来たジャックが言うからさ。疑問はわかるけどさ、まずは落ち着きなよ。特に宰相と軍部大臣のお二人さん」
渋々、という様子で二人は黙る。
再び、会議室は静寂に包まれる。
それを確認すると、イリスが口を開く。
「では、単刀直入に話しましょう。会議中何者かの襲撃によって皇帝、コンチェルタ・ムジーク・カイゼリンと女王陛下及び王配殿下が意識不明の重傷とのことです」
三度、ざわめきが訪れる。
「帝国を住処とする、知能があまり発達していない魔獣が襲ったのか?なら戦争を仕掛ける口実ができたな」
マルクスがウキウキしている。
「戦争、だなんて。しかも帝国と……私は嫌ですね。大体まだそうと決まったわけにはありませんし。何より仕事が増えます」
パトリシアが少し疲れたように言う。
「外務大臣に同意だ。戦争なんて得しないもの、ゴメンだ」
ロイドは同調する。
「何らかの事態が発生したことは察していましたが、まさかここまでとは」
静かにルナが呟く。
その声色には、僅かな驚愕と、不安が含まれていた。
「然り。まさかここまでの事態とは思わなかった」
ゴルドルフも呟いた。
再びイリスが口を開く。
「とはいえ、私も詳しいことはまだ知りません。――ジャック、説明を。できる限り、詳細に」
いきなり大臣たちの集まる空間に放り込まれて緊張で固まっていたジャックがその言葉を受けて話し始める。
「突然のことでした。その時おr……私は同僚のアランと会場の警備をしていました。昼間なのに急に空が血のように朱くなって、頭がすごく痛くなって、眼の前が真っ赤になって、それで……視界が復活した、と思ったら、帝国の魔獣とも、ヤマトの妖魔とも違う、見たことのない生き物があちこちを襲ってた。会場も襲撃しようとしてたから迎撃したけど、数が多くて段々と劣勢になっていって、……眼の前が真っ暗になったと思ったら治療班のところにいて……何が起こったのか、自分でも何がなんだか」
そう言い終わると、ジャックは口を閉ざした。
暫し、沈黙が場を包む。
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「……すみません、今、空が朱くなった、と言いましたか?」
沈黙を破ったのは、文部大臣。コゼット・ラ・ルイーズのその一言だった。
「え、あ、そう、言いました、よ?」
問い詰めるような声に少し怯えてしまったのか、答える声は震えている。
朱い、空?……そういえば、どこかで……聞いた、ような。
「うそ、なんで……まだ、猶予はあるはず、なのに……どうして」
コゼットの声も震えている。
まるで、認めたくないかのように。
「ねぇコゼット、大丈夫?」
心配になって、声を掛ける。
「…………大丈夫、です。イリス様。少し、朱い空という単語に見覚えがあって」
透き通る、月の光のような声が響く。
「それなら私も。確か古書館のエストレラ首長連合のハイエルフ族の預言者が記したという預言書で視た」
その主は、月の名を持ち、エルフの特徴の尖った耳を持つルナだった。
「先祖が暮らしてた国。やっぱり気になるからいろいろ調べてた。その過程で視ただけ。確か、その予言は」
「第7巻、2094ページ、77節目から同じく第7巻、2095ページ、56節目まで。残念なことに、最後の方はかすれて読めなくなってしまっているのだけれど……」
被せるようにコゼットが告げた。
そして、ここにはない書をなぞるように指を動かしながら預言の内容を告げる。
「”空が紅く染まるとき、大いなる災いが訪れる。それは異邦からの来訪者、全てを無へと変えるもの”」
そこで一度切るコゼット。
引き継ぐようにルナが続ける。
「”それは未知のものを下僕とす。それは禁じられし言霊を告げる”」
そして、二人が同時に言う。
「「”されど悲観することはない。闇がより強くなるならば、光もより強くなる。災いが現れるとき、それを晴らすものも現れる。その姿は”」」
気になるところで切られる。
かすれている、というところなのだろうか。
「此処から先はかすれてしまっている。肝心な部分で。本当に、残念」
預言と現在の状況は重なる部分が多い、と感じる。
謎が多い。
未知の生き物に、朱い空。そして、預言。
ひとまずそれは置いておいて、今決めるべきは対応だ。
そうアッシュ兄さんに話してもらうように頼む。
「ひとまず預言のことは置いておこうか。今決めるべきは帝国への対応だろう。意見がある人はいるかい?……ああ、もちろん戦争以外で」
皆が考える。静かな時間が流れ、過ぎ去っていく。
まず口を開いたのは、やはり、マルクスだった。
「ここはやはり帝国が怪しいかと。大陸の不穏分子は潰すべ」
「却下」
「な、なぜだ!?まだ終わっていな――」
「却下だ」
無慈悲に却下の裁定がくだされる。
マルクスは机に突っ伏した。
その様子に誰もが呆れた。
なんとも言い難い空気が流れる。
その中で次に口を開いたのはパトリシアだった。
「私は、このまま治療を続けてもらうことを提案します。帝国は我らの用いる魔法とは仕組みが異なる音楽魔法を用い、その治癒魔法は我らの用いる治癒魔法よりも効力が高いです。また、互いに被害を受けた者同士、協力し合うとこが可能かと。同盟を結ぶ余地は十分にあると考えます」
「なるほど、それは妥当じゃな。ただ、のう。同盟を結ぶ、となると外交官なり使いなり人が必要じゃと思うが……パトリシア、たしかお主もうすぐヤマトに視察のために出張、なのじゃろ?」
「それは自分でも把握しています。それが問題なんですよね」
「その、私は、パトリシアさんとゴルドルフさんの意見がよいと思います」
あんまり目立たなかったジルが同調する。
「私もパトリシアさんに賛成ですね。誰が向かうのか、などは決めなければなりませんが」
「私もパトリシアに賛成」
パトリシアの意見は支持者が多いようだ。
「そうだね、一応だけど多数決を取ろうか」
アッシュ兄さんがそう告げる。
「マルクスに賛成の人」
勢いよくマルクスが手を上げたが、他に上がっている手は皆無であった。
「パトリシアに賛成の人」
マルクス以外の手が上がる。
基本方針はパトリシアの意見に決まった。
しかし問題は、誰が向かうか、ということだ。
ここで私は一つ決めた。
自分が立候補する、ということを。
「……私が行きます。将来のためにも、ここで経験を積むべきと考えます」
――何度目なのか、沈黙が場を支配する。
「じゃあ、ローズも一緒に行く」
あまりにも当然のように告げられた一言。
思わず、ローズを見る。
その、ルビーのように紅い瞳には、決意が揺らめいていた。
「だって、ローズ……ううん、
そう話すローズ。その雰囲気は、いつものローズとは異なるものに感じる気がした。
一瞬だけ、ローズの瞳が朱く輝いた気がしたのは、ただの幻か、それとも――
次の瞬間、ローズはいつものルビーのように紅い瞳に戻った。
気をつけろ、と直感が私に囁いた。