その双子特殊につき 作:昼瀬七
メインストーリー1話から始めていきます。
『雪』
そう呼ばれる声に思わず顔を上げる。"今"呼ばれているのはぼくではなくて、呼んだ相手と主な親交がある片割れの方だった。
彼女はモニターの前で取り繕った声色で、自分を呼んだ相手に返事をした。片割れはナイトコードというサービスを介して、とある音楽サークルに参加している。ぼくは時折それを手伝うのだが、なぜだか頑なに彼女はサークルメンバーにぼくを紹介しない。
双子の姉・まふゆは、どうやらぼくのことを自分と同一視しているらしい。それは嬉しいことではあるけれど、いつか絶対にボロが出る。ぼくらは正反対だ。優等生と言われるまふゆに対して、ぼくはそうじゃない。
似ていないようで、しかし憎らしいほどにそっくりなぼくたち双子。通話にぼくが出ても気づかれないというのは少し驚いたけれど、同じ人間では無いのにいくら何でも無理があると思う。
「……うん、了解。それじゃあ私もミュートにするね。声は聞いてるから、何か用事があれば呼んで」
そう言ったまふゆが静かにマイクをオフに切り替えた。そしてすぐにぼくの名前を呼ぶ。何を言われるかはすぐに分かった。
「ふゆき、隣」
「はーい」
ぼくにも自室はあるけれど、まふゆと一緒に過ごす時間の方が多いからか、よく使う家具の類は基本的にまふゆの部屋に置いてあった。彼女の座るチェアの動きを邪魔しない程度の近さに、ぼくのチェアもある。そこに来いと短く告げたまふゆの隣に座った。
「ねぇまふゆ、そのハンドルネーム変えない?ぼくが呼ばれてるみたい」
「……じゃあふゆきも、"冬"って使うのを止めたらいいよ」
「えー、ぼくが好きな言葉なのに」
「同じだよ。ふゆきが私のことを好きなのと同じ。私だってふゆきのことが大事なんだから」
それを言われると弱い。ナイトコードのアカウントはもちろんぼくも持っていて、その他SNSで使うハンドルネームも全て"冬"である。まふゆの"冬"。ぼくらが冬生まれだということもあって、関連した単語は比較的気に入っている。
この話は無しにしよう。別に、紛らわしくたってそれもぼくらだ。
「まふゆ、ここの言い回しだと堅苦しい気がする。もう少し抽象的な方が共感を得やすいんじゃないかな」
「ふゆきが言うなら」
「ぼく、お茶取ってくるよ。何か食べる?」
「別に……いや、適当にお願い」
「うん、待ってて」
ぼくら双子は"優等生"だ。けれど、両親にとってのぼくは違う。あの人たちが大切なのは、自分たちの思い通りの"いい子"なまふゆであって、まふゆの"いい子"のぼくじゃない。
もう深夜だと言うのに、リビングには母さんが残っていた。気になったわけでもないのに、世間で話題になっていた文庫を読んでいるのだろう。そういう所がぼくは好きになれない。周りの評価なんてどうでもいいのに。
「あら、ふゆき。まだ起きていたの?」
「うん、まふゆと勉強してた。ちょっと休憩しようと思って」
「そう。ならお茶を淹れるわね、少し待っていなさい。何か軽食はいるかしら」
「食べる!じゃなくて、ぼくがやるよ?」
「疲れているでしょう?頑張っているいい子にはご褒美をあげるから、座ってなさい」
「ありがとう、お願いします」
勉強、それさえ関われば母さんはぼくにも優しい。というか、ぼくが母さんの思う通りの子でいるのならきっと文句はないのだろう。でもそれじゃつまらない。
母さんがキッチンで作業している間、暇になってしまったぼくは母さんが読んでいた本を手に取る。タイトルを見れば確かにテレビでは話題になっていたが、ネットの評価ではいまいちの文庫本だった。大方、本屋でのPOPにでも惹かれて買ったのだろう。あらすじを読んだ限りぼくは好まない気がした。
「ふゆき、その本が気になるの?」
「んー……ぼくはいいや、あんまり好きじゃなさそう。小説とか読むより、図鑑とかのが欲しいなぁ」
「まるで子供ね。今度は何が気になるの?」
「んとね、今は神話かな。星とか宇宙とか、歴史にも関わってくるから」
「あまり授業には関係ないでしょう?」
「母さんは無駄になると思うの?」
「あなたの将来の夢が見つかるならいいのだけれど」
「……ぼくは、今のぼくが知りたいだけだよ。先のことなんて分からない、そんなの全然楽しくない」
拗ねたように言えば、多少は理解してくれたのか母さんは微笑んで見せる。無駄になるとは言い切らなかったけれど、きっとまふゆの邪魔を考えている。ぼくが気にしたものなら、まふゆもそうだから。
看護師になりたいまふゆと違って、ぼくは今のようになる前から夢なんてなかった。まふゆがぼくの全てだから、せめて同じようになれたらいいなと。まだやりたいことなんて見つからないけれど、頑張るまふゆの傍にいたい。邪魔するわけなんてないんだ。
「大丈夫、ふゆきなら何にでもなれるわ。まふゆと同じお医者さんにだって」
「……」
「待たせてごめんなさいね、はい」
「ありがとう」
「あんまり遅くならないようにするのよ」
「はーい」
母さんの心配は無理もない。高校生活も残り半分を切っていて、進学にしろ就職にしろ早いところ進路を固めないといけないからだ。
母さんが用意してくれた紅茶とクッキーの乗ったお盆を持ちながら、ぼくは静かに階段を登る。まふゆを守れなかったぼくに、それ以外にやりたいことなんてない。
「……まふゆ、お待たせ」
「ありがとう。話し込んでいたみたいだけど」
「特になんともないよ、ぼくの進路についてだったから」
「そう。ふゆきはどうしたいの?」
「ぼくは……」
さっきまでちゃんと考えていたのに、まふゆの無機質な瞳に見つめられると、途端に何も言えなくなってしまう。ぼくのやりたいことは、本当にまふゆの邪魔にはなりやしないだろうか。
きっと、彼女にはそれが筒抜けてしまったのだろう。静かにまふゆがぼくを呼ぶ。
「ふゆきが隣にいないのなら、私もそうするよ」
「え……」
「2人でどこかに消えるのも悪くないんじゃない」
それはきっと、まふゆの心の声だった。
「……っ」
「ふゆきのやりたいことも、私のやりたいことも、見つからないなら消えてしまいたい」
「まふゆ、」
「……なんて。ふゆきは人気者なんだから、急に居なくなったりしたら駄目だよ」
「ぼくはっ、まふゆの隣にいたい!きみの邪魔になるかもしれないけど、それでもずっと一緒がいい!」
「……うん、私もだよ」
「……きみが消えてしまいたいと思うのなら、せめてぼくも共に行きたい。だから……っ」
「もう……泣かないの、ふゆき」
消えてしまいたいっていう気持ちは、ぼくにも良く分かる。けれど、まふゆと同じ苦しみはぼくには分からなくて、せめてその最後まで隣にいたいのに。まふゆには伝わらない。
抱きしめられたまふゆの体温はとても心地よいのに、きっと彼女にぼくのそれは届いていない。
「……ナイトコードはログアウトしたから、落ち着くまでこうしてるよ」
「ありがとう……」
「大丈夫。ふゆきを置いていったりしないから」
「……約束だよ。絶対、どこまでもぼくを連れて行って」
きみの心を守れないのなら、救えないのなら、せめてぼくはきみと地獄にだって堕ちてやる。だから、まふゆを呪わせてほしい。ぼくのことを、一生許さないで呪い続けてほしい。
ぼくたち双子は正反対だ。
けれど、その内に秘めた闇1つですら、憎たらしいほどにそっくりだった。