その双子特殊につき 作:昼瀬七
「ふゆき」
大勢に囲まれていても、私が呼べば彼女はすぐに振り返ってくれる。大きい声ではないはずなのに、聞き逃さないでいてくれることがとても嬉しかった。
「まふゆ!」
眩しい笑顔で駆け寄ってくる彼女を抱きとめて、それから私は頭を撫でた。目線は同じなのにふゆきの方が小さいような気がするのは、私の姉心からくる錯覚なのだろうか。
「ごめんね、お待たせ。教室で待っててくれて良かったんだよ?」
「ぼくが会いたかったからいいの」
「でも……ふふ、相変わらず人気者だね、ふゆきは」
私らしくない皮肉をたっぷりと込めてそう言えば、ふゆきはキョトンと小首を傾げた。幼子のような仕草も様になっているように思うのはさすがに怒られてしまうだろう。そういうところがさらに注目を浴びるというのに。
「ぼくじゃなくてまふゆだと思うけどね」
「そんなわけないでしょう?」
「皆が見たいのはその顔だよ」
「え?」
「んーん、早く帰ろ」
戸惑う私を余所に、ふゆきは私の手を引いて歩き出した。部活が終わって最終下校時刻が近づいている今、そんな私たちを見守る視線はとても多い。それは先ほどふゆきを取り囲んでいた生徒たちが証明していて、妹が人気者である事実が嬉しくもどこか腹立たしい。
ふゆきの苦しみも理解出来ないくせに、ふゆきの上っ面だけに惹かれるなんて。傲慢にも程がある。
「まふゆ?」
「うん?」
「言っておくけど、ぼく何となく分かるからね」
「……何のことかな」
「そんなん言ったらぼくもだもん」
そんな黒い感情が悟られたのか、呆れ混じりの笑い声が聞こえた。私がふゆきの感情の機微が分かるように、ふゆきにだって私のことが分かる。例えばほら、この観衆に何を思うのかさえ。
「疲れるよね。ぼくも、君も」
「……うん」
「ねえまふゆ、今日は寄り道して帰らない?」
「怒られちゃうよ」
「ちょっとくらい平気だよ。それとも、いや?」
「……ううん。一緒だよ」
色々なことが頭に過ぎった私だったが、寂しげに眉を下げる妹の表情を見て全てが吹き飛んだ。この世に妹より優先される用事なんてない。あっても私には些末なことである。
さて、私の返事に一転して目を輝かせたふゆきは、どこに行こうかと機嫌が良さそうにSNSを開き始めた。転ばないようにと伝えた私の裾をギュッと掴んで、まるで幼子のようだ。可愛らしいとは思うけど、それで周りからの歓声が上がるならお姉ちゃんは見逃してあげられない。
「……ふゆき、手」
「え?」
「それだと私が歩きづらい。どうせなら手を繋ごう」
「いいの?やったー!」
「子供じゃないんだから……」
大手を上げて喜びそうな妹の右手を掴んで歩き出す。手くらいならいつだって繋ぐのに。それに評判の良いお店とか私はどうでも良くて、ふゆきが笑ってくれるのなら何だっていい。それはきっと彼女の方もそうだ。
「まふゆ、本屋さんにしよ」
「うん、分かった」
「図書館で面白そうなの見つけたんだ。まふゆもきっと気に入るよ」
「そう。どんな本だった?」
「星座と神話の本!」
「へぇ……確かにそれは気になるかも」
「でしょ!」
「でもお母さんに見つからないようにね。ちゃんとふゆきの部屋の本棚にしまうんだよ?」
「はーい!」
無邪気に喜ぶ姿はとても可愛らしい。だからそんな姿を誰にも見せたくなくて、足早に校門を通り過ぎた。部活終わりの少し火照った体に、ふゆきの低い体温は心地良い。
近くの書店に入れば、ふゆきは私の手を離して目当てのコーナーへ向かってしまう。特に何か必要なわけではない私は、適当に見て回りながら彼女を追いかけた。
「ふゆき、見つかった?」
「うーん……当然だけど、同じ本は見つからないからなぁ」
「星座と神話って言ってたよね。2冊欲しいの?」
「あ、これ。これならどっちのことも知れるかも」
「これにするの?」
「うん、内容も良さそう。待ってて、すぐ買ってくるから」
「私も行くよ」
「だーめ。まふゆ、すぐお金出そうとするもん」
「人聞きが悪い」
自分のことに使えと言うなら聞けない話だ。私は私のために使うくらいなら、持てるもの全てをふゆきに捧げたい。喜ぶ顔が見たいし、それを私も望むのだから。
そう考えていたのが筒抜けたのか、呆れたように笑ったふゆきは私を置いてレジに向かっていってしまう。たかだか趣味の本1冊に2000円もかけることを、果たして母は許してくれるだろうか。そう悩んで、ふゆきに紙幣を1枚差し出した。
「ふゆき、はい」
「だから、自分で払うってば」
「何に使ったのか聞かれた時。困るんじゃない?」
「……むぅ」
「ふふ、大人しく出させてね」
何かと適当な理由をつけて、結局はただの自己満足だ。ふゆきが私の何かで笑ってくれるのが嬉しい。そのためには何だって使ってみせる。
「……あのさ、おねーちゃん。ぼくが悪い子だったら危ないからね?」
「ふゆきは良い子でしょう?」
「これ悪気ないんだもんなぁ……」
「あらあら、仲良しなのねえ」
「はい、とっても」
レジ打ちのおば様に微笑まれ、ふゆきは照れたように私から顔を逸らした。
ふゆきの嫌う"良い子"は、お母さんが求めてくるそれであって、私の言う良い子のことではない。それを知っているからこそ、私は念を押して言うのだ。
「ありがとうございました〜」
「気をつけて帰るんだよ」
「はい」
「はーい」
嬉しそうな横顔が見られるのなら何だってする。空っぽになった私を唯一埋めてくれる彼女だけは、誰に何を言われても譲りたくない。そんな感情に気がついているのかいないのか、無邪気に私の手を握る妹。
「ありがと、まふゆ!」
「うん。どういたしまして」
あぁ、どうか。
その無邪気なままで、私の傍にいて。どこにも行かないで。優しくて不器用な妹に、こうして今日も私は首輪を掛け続ける。