その双子特殊につき 作:昼瀬七
帰宅して、ぼくとまふゆは普段やれない分の作業を進めようと早々に部屋に篭もり始めた。ニーゴの活動をするまふゆ、OWNのMIXをするぼく。自分の歌声に手を加えていくというのは当然慣れなくて、ぼくは度々作業の手を止めることになる。
念入りにまふゆの作ったメロディラインをなぞるぼく。何度聴いてもまふゆの声には似ていなくて、それはぼくが彼女の声を聞きすぎているせいなのか、ぼくがそう思いたいだけなのか、それすら分からなくなってきた。でも一つだけ言えることはある。
「みんな、空気読んでくれてたんだね。ぼくの声とまふゆの声、同じなわけないもん」
「……いきなり何?」
「OWNのことだよ。OWNを聴いてるって知った時点で、少なくともぼくはもうナイトコードで喋れない」
「……」
「バレてるかもとか言ったけど。ぼくの存在は確実に知られてるね」
思えば先日、OWNの曲を聴いたKの反応は、ぼくの声だと確信した様子だった。もっとハッキリと相手に寄り添って言い換えるのなら、稀に"雪"として会話に参加する謎の声の主とぼくが同じ人物だと、そうKは結論付けた。
だとすれば、とんだ猿芝居として聞こえていたことにもなる。ぼくを隠そうとするまふゆと、それに付き合うぼく。ナイトコードの3人にはどう聞こえていたのだろう。それがまふゆの不器用な独占欲だとさえ、見抜かれてしまっていたら。面倒なことになりそうだ、そんな表情をしているまふゆ。
「……ふゆき」
「はーい」
まふゆはきっと、ぼくを自分だけのものにしたいのだと思う。だけどぼくはそれを望まない。昔のようにまふゆに笑っていてほしい。例えそれを、まふゆ自身が望んでいなくても。
まふゆはぼくを呼んで、そして強く抱き締めた。加減が分からないというか、多分そんなに余裕が無いのだろう。少し息が苦しいくらいが、ぼくにとってもちょうどいい。
ずっと、ぼくらの理解者はお互いしかいないんだと思っていた。まふゆがそう望んだから、ぼくもそう思い込んでいた。でも違うんだ。探せばきっといくらでもいて、ぼくらはそれに気づかないフリをしているだけだ。
それなら、ぼくのやることは1つ。
ぼくはぼくの掛けた呪いから、まふゆを解放してやりたい。傍にいるしか出来ない役立たずのぼく1人の力では足りないなら、まふゆを理解してくれるであろう皆の力を借りるまでだ。
さて、問題はどうやって力を借りるかだ。ぼくの想いがあの子を生み出したように、まふゆの想いをニーゴの3人に届けなければ。それを、どうやるか__
「__ぼく、ちょっとセカイに行ってくる」
「え?」
「ミクに、歌を聞かせる約束してたんだ。だから、ちょっと行ってくるね」
「……うん、行ってらっしゃい」
何か言いたげなまふゆから離れて、ぼくは自室へと駆け込んだ。鍵をかけてスマホを開いて、とある音楽ファイルを開く。
気がつけばぼくは殺風景で平坦な場所にいて、周りにはまるで瓦礫のようなものが散らばっていた。ぼくにはそれがまるで、まふゆの心の傷のように思えてしまう。好きになれそうにはなかった。
「……ふゆき、1人?」
「ミク!」
「どうしたの?まふゆは、元気?」
「まふゆのことで相談があるんだ。きみに、呼んで欲しい人がいる」
「……」
非対称な白いツインテールを下げて、ミクは静かに首を傾げた。
ここは、何も無いセカイ。まふゆの想いが作り出した、文字通り何も無くて冷たく寂しいセカイ。そして、ぼくの目の前にいるのは一応、あの初音ミクである。
彼女はぼくの想いによって形作られたバーチャルシンガーらしい。高さが違うツインテールも、左右非対称な瞳の色も、片方しか履いていない靴下も、少しずつ違うぼくら双子のような歪さだ。
さて、ぼくの無茶振りとも言える頼み事に、ミクはしばらく考え込んでからゆっくりと頷いた。表情が豊かではないから分かりづらいが、どうやらやる気満々のようだ。
「呼んで欲しい人……は、ナイトコードの3人、だよね?」
「そう。ぼくじゃ出来なかったけど、彼女たちならきっと気づいてくれる。まふゆを見つけてくれる」
「でも、それじゃあふゆきの想いは、」
「ぼくはいいんだ、まふゆが幸せになってくれれば、それで」
「……分かった。でも、わたしはふゆきにも幸せになって欲しい」
「……優しいね、きみは」
ぼくの想いが生んだミクは、ぼくのことよりまふゆのことを思うべきだ。少しだけ苦しそうな表情を浮かべるミクの頭を撫でて、ぼくは顔を上げた。
「……これは、ぼくのエゴだよ。あるいは贖罪とでも言うのかもしれない。消えるべきなのは、自由でありたいと願って彼女を置いて行ってしまった、ぼくの方だ」
ぼくじゃなきゃいけないんだ。そう繰り返すぼくの手を取って、ミクは小さく呟いた。
「ごめん。ふゆきがそう言うの、分かってた。だから、……奏に、助けて欲しいって伝えたよ」
「奏……?」
「ナイトコードではKって呼ばれてる……あの子はふゆきとまふゆ、どちらの存在にも気づいてくれた」
ミクは、ぼくが話を持ちかける前にすでに動いていた。このセカイにKを呼んで、まふゆのことを見つけてあげて欲しいと。
ぼくが動く前に。ミクは。
「……Kは、奏は、どうって」
「来てくれるよ。あなた達を見つけるために、セカイに会いに来てくれる」
「そっ、か……」
喜ぶべきなのに。ぼくの心はザラザラとするばかりだ。砂粒のような小さな何かが、気持ち悪いくらいに。
「……ごめん、今日はもう戻るよ、ミク。まふゆにも怪しまれるだろうし」
「……ふゆき、大丈夫?」
「うん……大丈夫だ、こんなの、まふゆに比べれば」
痛みを帯びた胸のザラつきに、ぼくはそう言い聞かせた。ミクを不安にさせるわけにはいかない。ぼくの気持ちが生み出した彼女は、誰よりもまふゆのことを思うべきだ。
「……ミク。まふゆには内緒だよ」
「うん。そもそも……ふゆきが話さないと決めたことを、わたしが勝手に話すことは出来ないから」
「そうなんだ」
「だから……、ふゆきにも、笑ってほしい」
「……うん。頑張るよ」
今のぼくのことは誰にも見られたくない。何か言いたげなミクを横目に、ぼくはセカイを後にするのだった。
もしこの世界に神様なんてのがいるとしたら、きっとぼくは神様に嫌われたのだろう。だって、大切な人も自分のことも、何一つ守れやしないんだから。