人間達がこの星に墜落してから、六百時間ほどの時が流れた。
最初のうちは、母達と人間(そして仲介役のアイシャ)が頻繁に話をしていた。そして初遭遇から二百時間ほど経った頃に行われた話し合いで、大まかな約束事が纏まったらしい。
どんな約束事が交わされたのか。話が難しい上に細かくて、シェフィルにはよく分からない。ただ母から聞いた話によれば、結局人間達はこの星の研究を許されたという。この星の生き物を外に連れ出さない、宇宙服や機械で使うエネルギーは外から運び込む、等の条件付きで許可されたそうだ。
ちなみにアイシャから聞いた話によると、発電装置ではあまりにも効率が悪いので、人間達は『ふぇむとすぷりんぐきかん』なるものを主軸のエネルギー源にしているらしい。どんなものかと言えば「すっごく高度な量子力学を用いて作ったゼンマイ式動力」との事。純粋な運動エネルギーを利用した動力で、本来は特殊な実験施設など電気が使えない環境で活躍しているらしいが、この星では普通の発電機より向いている。ゼンマイは電力で回すらしいが、それは宇宙船内でやれるので問題にはならないのだろう。
かくして話は纏まり、シェフィルの知る限り大きな問題が起きる事もなく四百時間後が過ぎた今――――人間達はこの星に大きな『家』を建てた。
「ほへー。こんなものが出来ていたんですねー」
「……大分本格的ね」
獲物を狩るため(マルプニだけで生きていけるほどの飼育体制はまだ出来ていない)、巣の外に出たシェフィルとアイシャ。二人の見下ろす先に、その建物はある。
場所は、人間達の船が落ちて出来た巨大なクレーター。微生物や小動物の働きにより土が均され、船が落ちてきた時よりも縮小しているが、まだ『クレーター』と呼べる程度には周囲よりも低い土地になっている。既に周りから進出してきたトゲトゲボーが発芽・成長し、露出していた地面を埋め尽くしていた。
このクレーターを生み出し、大地に突き刺さっていた宇宙船は母達の手によって解体済み。今では跡形も残っていない。代わりとばかりにあるのが、四角い構造物である。
綺麗な正方形をしており、一見で自然物ではないと分かる。一辺二百メートルほどの大きさがあり、表面は銀色の光沢を放っていた。金属で出来ているように見えるが、以前宇宙空間で見た戦闘艦と同じく繋ぎ目が見られない。
極めて高度な技術により作られた産物なのは間違いない。しかもこんな建造物は、シェフィルが知る限りこの前……百時間ぐらい前に来た時にはなかった筈である。即ちこの建物は長くともほんの百時間で建てられたという事。凄まじい建築能力だ。
……勿論その建物も、クレーターを満たすほど生えるトゲトゲボーに埋もれている。トゲトゲボーの高さはほんの一メートルにも満たない程度。建物周辺のトゲトゲボーは更に背が低く、五十センチぐらいか。恐らく最初は除去を試みたが、いくらやっても生えてくるトゲトゲボーに根負けしたのだろう。
「おや。中から人が出てきましたね」
シェフィル達が見ている前で、四角い建物の一部が開き、中から人間達が出てきた。
現れた人間達は三人。いずれも宇宙服を着ているが、宇宙船に乗っていた時のものよりも見た目からして分厚く、重たそうに見える。装甲板のようなものも幾つか付いていて、如何にも『防具』のような様相だ。
人間達のうち、二人は大きな……中性子ビーム銃と似た形をしている……武器のようなものを構えている。残り一人が四角い『入れ物』を持っていた。
人間達は周囲を警戒しながら、目の前に広がるトゲトゲボーの茂みに入る。トゲケドボーには鋭い棘が生えているが、見た目丈夫そうな宇宙服は破れていないらしい。彼等は慌てる事もなく、建物から少し離れた位置まで移動。そこに生えているトゲケドボーの一本を揺すり、落ちてきたものを入れ物の中に入れ始めた。
恐らく小さな、体長数センチ以下の生物を採取しているのだろう。しかし取り方が不器用過ぎて、あんなやり方では一日やっても一人分の食べ物も集まりそうにないが。
「あれじゃあ、一食分集めるのも大変そうですねぇ」
「そうねぇ……って、納得しちゃったけど、あれは食べるために集めてる訳じゃないわよ。食糧は宇宙船から運び込んでるでしょ、多分」
「そうなのですか? ではなんのために集めているのです?」
「そりゃあ、研究でしょ」
「けんきゅー? あんな小さな生き物を調べて、何が分かるんでしょうね?」
「色々分かるわよ。例えば体液から未知の物質が得られれば、その効能次第では薬や殺虫剤などの開発に応用出来るわ。それと生態系における立ち位置が分かれば、生態系自体をコントロールするヒントになる」
「ほへー」
人類文明が凄いのか、小さな生き物が凄いのか。シェフィルには分からないが、兎に角凄いという気持ちは抱く。
そんな凄い人間と小型種を眺めていたシェフィルだが、遠目で見ていたがために気付く。
トゲトゲボーの茂みが揺れ動いていると。
茂みの揺れ方は小さい。シェフィル達はクレーターの縁から俯瞰しているため気付けたが、同じ目線でいたら恐らく察知は困難だ。
ましてや小型種を捕まえている人間達は、全く見えていないだろう。
「あれは一人やられますかね」
茂みの揺れの正体を知っているシェフィルは、予想をぽつりと呟く。
アイシャも気付いたらしい。シェフィルと違い、思わずといった様子で立ち上がり、何かを叫ぼうとしている。
しかし茂みを揺れ動かすものが一気に速度を増したため、警告は間に合わず。
「ガパァッ!」
地中から飛び出した生き物――――パックンが人間達のすぐ近くに飛び出した。
二つの円錐形の底部分をくっつけたような胴体、そのうち頭側(と言っても外見からは判別出来ないが)の円錐が十六方向に裂け、大きな口となる。惑星シェフィルの生物の中でも独特な形態は、遠目で見ても識別は容易だ。
体長は八十センチほどか。人間よりも遥かに小さい体躯が……人間達が自分よりも弱いと、発する電磁波の量から判断したのだろう。現れたパックンに必死な様子はなく、さながら小さな獲物を襲うような気軽さすらシェフィルには感じられる。
襲われたのがシェフィルなら、簡単に返り討ちに出来ただろう。正面から向き合い、開いた顎を掴んで引き裂けば良い。アイシャでも逃げるぐらいは出来る筈だ。しかし『普通の人間』は反応すら間に合っていない。
「ぎゃああああっ!?」
パックンに腕を噛まれた人間(武器を構えていたうちの一人だ)が、遠くにいるシェフィル達にも届くぐらい激しい
これは『駄目』でしょうね――――シェフィルはそう思っていたが、しかし人間達はシェフィルの予想を上回る。
パックンに噛まれている人間が、その手に持っていた武器をパックンに押し付けたのだ。シェフィルの知識が正しければ、あの武器は『銃』と呼ばれるもの。
とはいえこの星の生物に対し、中性子ビームが通用しない事をシェフィルは知っている。無駄な足掻きですね、と冷めた評価を下していたが……すぐにそれを改める事となる。
人間が銃の引き金を引いた瞬間、パックンの胴体部分が
「ガプェエエアアッ!」
パックンは頭だけになり、慌てて口を離す。逃げるためか土に潜ろうとしていた。
しかし人間はこれを許さない。更に銃を撃ち、残った頭も粉々に吹き飛ばす。
二度の攻撃を受け、パックンは最早原型も残っていない。パックンはかなり単純な生物であり、再生力も強いのでバラバラにされても復活出来るが……ここまで細かな破片からだと流石に時間が掛かる。その間、人間からの『攻撃』を防ぐ術はない。
ややあって建物からぞろぞろと人間達が出てきた。
人間達は怪我した仲間を抱えて建物の中に戻る。それからパックンの肉片を回収していく。恐らく研究に使われるのだろう。
一連の様子を眺めていたシェフィルは、素直に感嘆した。
「ほぇー。銃でよく倒せましたね。効かないと母さまは言っていたのですが」
「中性子ビームが効かない事は実験か何かで知ったんでしょ。だから物理的銃弾に切り替えたんじゃないかしら。実弾兵器は装填が面倒で廃れ気味なんだけど、この星の生き物相手ならこっちの方が有効ね」
シェフィルが疑問を呟けば、アイシャが推測ではあるものの答えてくれる。
相手によって戦い方を変えるというのは、シェフィルもやっている事。人間達も武器を変える事で、どうにか惑星シェフィルの生物と戦えているらしい。あれでも不十分だとシェフィルは思うが(有毒生物なら一噛みで終わりになりかねない。パックン程度に噛まれる時点でこの星での生存に向いてないと言わざるを得ないだろう)、意外と人間もやるではないかと感心する。
対してアイシャは、何か思うところがあるのか。
「……あーいう生き物を殺すのって、シェフィル的にはどうなのかしら」
不意に、そんな事を尋ねてきた。
「私的にですか? 別に、どーとも思いませんけど」
「ああ、ごめん。シェフィルって、この星の地下にいる奴の方よ。確かこの星の生き物が発する熱を、起源種シェフィルが吸収しているって話だったでしょ?」
「成程。確かにそうでしたね」
以前アイシャと地下深くに落ちた時、母の一族である地下さんから聞いた話だ。起源種シェフィルは、この星で繁殖した生物からエネルギーを得ている。
起源種シェフィルからすれば、この星で栄える生物こそがエネルギー源。生存競争や食物連鎖による殺し合いは、結果としてエネルギーの放出になり、死骸は他の生物の成長・繁殖に使われる。このためエネルギー生産の総量は、長い目で見れば変わらない。
しかし人間達が生き物を殺すのはどうだ? 殺したものを食べもせず、研究のために使うのでは、生物の総数は減ってしまう。よって星全体のエネルギー生産量も減る筈だ。一体二体では微々たる量だが、何十何百となれば無視出来ないかも知れない。
母が開発を拒んだのも、この星の生命の数が減るのを起源種シェフィルが嫌がったからだろう。ならばどうして研究用の殺傷は容認しているのか?
【あの程度であれば問題ありません】
シェフィルも疑問に思ったところで、丁度良く母が姿を現した。
音もなく突然やってきたので、量子ゲートワープを用いたのだろう。シェフィルだけでなくアイシャにとっても最早慣れたもので、二人とも驚かずに振り向く。
「あ、母さま。殺しても問題ないのですか?」
【はい。あの程度の殺傷数なら影響は軽微ですから。加えてあの施設で発生した廃棄物は、全てこの星に捨てられています。それらは炭素や水素、窒素などを多量に含むものです。捨てられるほどシェフィルの資源量は増え、資源量が増えればその分生命の数も増えるため、長い目で見ればより多くのエネルギーを得られるでしょう】
「あー……そういやアンタらも、別に生態系自体は重視しないタイプだったわね。というかさっきから変な臭いがするのは、その廃棄物の所為かしら」
「え? なんか臭います?」
アイシャが臭うと言うので嗅いでみたが、シェフィルは特段何も感じない。全く臭わないとは言わない(トゲトゲボーなど生物が発する揮発成分が僅かにあるので)が、気にするほどの濃度ではないだろう。
もしかするとアイシャの方が、嗅覚に優れているのだろうか? 今までそんな風に感じた事はなかったが……
【それについては勘違いでは? 廃棄物は即座に凍結していますから、気体元素は半径数メートルも飛んでいませんよ】
「うーん、そうなの? なら何かしらこの臭い。変に周りが臭うような……」
「体調の違いとかもあるのでは?」
「そうかなー……」
くんくんと何度も鼻を鳴らし、臭いを嗅ぐアイシャ。小型種っぽい仕草に、シェフィルは少しときめく。
【話を戻しましょう。人間達の活動は、現時点でシェフィルにとっても有益です。今後も監視は必要ですが、こちらから停止を要求する状況ではありません】
出来ればしばしアイシャを眺めていたい気持ちもあったが、母はお構いなしに話を進める。ちょっと不満はあったが、理性的なシェフィルはすぐに気持ちを切り替えた。アイシャから母に視線を戻し、納得を伝えるためシェフィルは頷いた。
母達は、そしてきっと起源種シェフィルも、合理的な生命体だ。純粋な損得で物事を判断する。たとえ人間がこの星で大量絶滅を引き起こしても、長期的に『得』をするのであれば好きにさせるだろう。
【それに今のところ約束は守られているようです。ならばこちらからとやかく言う事はありませんよ】
ましてや研究を許す条件……生き物を外に運び出さないなどが守られているのなら、何も問題はないという事だ。
母がそう言うのだから、実際問題はないのだろう。
ただしシェフィルには懸念もある。
「しかし、ちゃんと最後まで約束を守ってもらえるのですかね?」
母達と人間達が交わした約束は口だけのものだ。破ろうと思えば何時でも破れる。今は守っていても、何時までもそうとは限らない。
そもそも約束というものを、シェフィルはあまり信用していない。
野生の世界で生きてきたシェフィルであるが、だからこそ『約束』の重要性と軽さを理解している。確かに約束があると(警戒などの必要がなくなるので)効率は良いが、しかし
約束なんて何時破られるか分かったものではない。守らせるには『報復』をチラつかせるのが一番だが、あの人間達にどんな手が使えるというのか。そもそもシェフィルが聞いた限りでは「あれをしてはいけない」という話はあっても、「あれをしたらこうする」という話はない。
これでは、人間達が約束を破ろうと考えた時、止めるものがないではないか。
【確かに、シェフィルの言う事も尤もです。信用しないから約束をしない、というのも一つの手でしょう。それに私見ですが、あの人間達は信用出来ない】
母もシェフィルの疑問は否定しない。むしろシェフィルの言葉に同意する。
母達は合理的だからこそ、信じるという行為自体を好まない。どれだけ過去の行いが誠実でも、それは未来永劫誠実である事を意味しない。統計から確率を低く見積もる事はしても、裏切りの可能性は常に考慮しておく。
ならばどうして、人間達がこの星で研究する事を許したのか。不思議に思うシェフィルに、母は淡々と教えてくれた。
【ですがシェフィル、約束というのは必ずしも守らせるものではありません」
「……はい?」
【破られても問題ない約束をするのも一つの手です。勿論、そのための備えは必要ですが】
教えてくれたが、シェフィルにはピンとこない。約束なのに、破られても良いとはどういう事なのだろうか?
【さて、そろそろ私は報告に戻らなければなりません。あの人間達が気になるかも知れませんが、自分の事を優先して考えるようにしなさい。では】
しかし母が詳細を教えてくれる事はなく、小言を残して消えてしまう。
なんだか釈然としない。シェフィルはそんな気持ちでアイシャの方を見遣り、アイシャも首を傾げている。
……前向きに考えるのなら、母達には母達なりの考えがあるという事なのだろう。そしてそれをシェフィル達があれこれ考える必要はないと、少なくとも母は思っている。
なら、言う通りにすれば良いだろう。
実際人間達の事ばかり考えている今、本来の外出目的である狩りは上手くいってない。帰ればマルプニがあるので失敗しても致命的ではないが、そのマルプニだけで生きていけないから狩りに出ている。ここでの失敗が遥か未来で、マルプニを食べ尽くすような結果に結び付く可能性もゼロではないのだ。
将来についてあれこれ考えるのは悪くないが、将来だけを考えては今を生き残れない。
「ま、母さまがああ言うなら大丈夫でしょう。狩りの続きをしましょうか」
「そうね……うぷ」
アイシャにこの場を立ち去るように提案。彼女はすぐに肯定したが、不意に口許を片手で抑える。
よく見ると、顔色も悪いように感じた。
「アイシャ? どうしましたか?」
「うーん、なんか吐き気、というほどじゃないけど、胸の辺りがこう……ううん」
尋ねてみるが、どうにもハッキリとした答えが返ってこない。
誤魔化しているようではないのでアイシャにも分からないのだろう。しかしこれが一番良くない。体調不良の原因や症状が不明では、正しい対応が取れないのだから。
せめて何処が悪いかぐらいは知りたい。
「大丈夫ですか? お腹が痛いとか、気持ち悪いとかありませんか?」
「そんな心配されるほど酷くはないわよ。でも何かしらねぇ、変に鼻も利いてるし、身体もちょっとだるいし。これじゃあまるで――――」
何かを思い付いたのか、アイシャは口を開いた。しかし最後まで言い切ってはくれない。
何故かアイシャは途中で声を詰まらせてしまう。
そして大きく目を見開き、顔も赤くした。混乱している、というほどの状態ではないが、戸惑いが窺える。
「……どうしましたか?」
「え、あ、うん! なんでもないわ! 多分、もしかしたらだけど……な、なんでもないから平気!」
尋ねてみるとアイシャは必死に健全ぶりをアピールする……それは本当になんでもないのか? と言いたくなるが、ハッキリと否定された手前追求もし辛い。
「……大丈夫なら良いのですが、何かあったら休むのですよ? アイシャに何かあったら、多分私凄い事になりますから」
「はいはい、無茶はしないから本当に安心して良いから……それよりもお腹空いちゃったわ! 狩り、頑張りましょ!」
幸い、食欲はあるらしい。なら、きっと本当に大丈夫なのだろう。
気持ちを切り替えたシェフィルは、獲物を探すため人間達の建物からさっさと離れていくのだった。