「という訳で、あなた達の生活を観察したいのです」
「……はい?」
目の前にいる、宇宙服で身を包んだ人間。不透明なヘルメット越しから掛けられた言葉に、シェフィルは呆けた声を返す。
――――シェフィルが人間達の研究施設を見付けてから、百時間ほど経っただろうか。
あれ以来シェフィルもアイシャも、人間達と積極的に関わりを持とうとはしなかった。人間達がしているという研究に興味もなく、仲介を頼まれたアイシャも母との会話は遠距離通信(強力な電磁波を飛ばしているだけだが)で行っていたため、わざわざ研究施設に立ち寄る理由もない。ちなみにアイシャは仲介する都合、母と人間達の間で交わされた話題を把握しているが、特段気になるものはなかったらしい。
なのでこれといって何もせず、巣穴でマルプニを飼育し、時折近場で狩りをして過ごしていたが……この日狩りに出ようと地上に出たところで、人間達と鉢合わせた。
人間達の数は五人。ずんぐりとした宇宙服を着た人間五人が並ぶ様は威圧的で、シェフィルは少し後退り。しかも「あなたの生活を見せてくれ」といきなり言ってくるのも、なんだか怪しくて気味が悪い。
「というかあなた達、ここまでどうやって来たのです? あなた達が来れるような環境ではないと思うのですが」
頭の中がこんがらがった結果か、疑問が思わず口から出てしまう。
人間達が建てたという建物から、シェフィル達が暮らす巣穴まで、直線距離で五キロほど離れている。この距離はシェフィルが全力疾走すればほんの一分半で横断出来るが……現実はそうもいかない。トゲトゲボーの茂みを掻き分け、そこに潜む猛獣を警戒しながら進む必要があるからだ。実際には、片道だけで一時間半は掛かるだろう。狩りのついでに寄るのは構わないが、理由もなく向かうには『リスク』が大きい道のりだ。
ましてや人間達は肉体的に脆弱であり、おまけに宇宙服がなければこの星で生きていけない。トゲトゲボーの茂みに入って服が傷付けばそれだけで命の危機であるし、猛獣に襲われたなら喰われてしまう。パックンに襲われただけで死にかけるような人間達に、トゲトゲボーの茂みを百メートルも進めるとは思えない。
だからこそ『どうやって』という疑問が湧いたのだが、人間達の背後に目を向ければ答えは明らかになっていた。
『道』だ。
トゲトゲボーの茂みの中に道が出来ていたのである。地面に何か白く硬いもの……後にアイシャが教えてくれたが強化コンクリートというものらしい……が一直線に伸びている。余程頑丈なのか道の上にトゲトゲボーが生える事は出来ず、道だけが伸びていた。道幅は三メートルほどあるため、人間達はトゲトゲボーに触れずに移動出来る。
道の両脇には複数本のワイヤーが伸び、大型生物の侵入を阻んでいた。ワイヤーは金属製に見え、指一本ぐらいありそうな太さからして恐らく極めて頑丈な筈。人間を食い殺せる大型種でも簡単には千切れまい。多くの生物がトゲトゲボーの茂みから出たがらない(姿を晒すと自分が危険になる)事も考慮すれば、かなり襲撃頻度を減らせるだろう。
この道のお陰で、此処まで安全に来られたという訳か。よく見れば彼等は銃で武装もしており、襲われても自衛ぐらいは出来るのかも知れない。五人もいれば相互に警戒出来るので、一人一人は無防備でも、群れれば案外隙はなさそうだ。
「(いや、だとしてもやっぱり危険でしょうに。それをほんの百時間ぐらいで作るとは……)」
「どしたのシェフィルー、って、うわ」
納得と同時に、人類文明のテクノロジーの優秀さに少々驚くシェフィル。丁度そのタイミングで、後から巣穴から出てきたアイシャに声を掛けられた。尤も、すぐに引いたような反応を示したが。
シェフィルでさえ人間達がどうやって此処まで来たかすぐに理解した。元文明人であるアイシャなら間違いなく即座に察しただろう。
そんなアイシャに、人間達はぞろぞろと押し寄せてくる。
「あなたもこの星に来た人間なのですよね?」
「え、ええ。そう、ね……」
「言うまでもないと思いますが、この星の環境は人間の生存に適していません。空気もなければ、熱も殆どないですから」
「ですがあなたはこの環境に適応しています。何か、特別な仕組みが身体にあるのですよね?」
「我々はそれを知りたいのです。血液採取をしたいとは言いません。ただ、普段の生活を見せてはくれないでしょうか」
「あなたの身体の仕組みが分かれば、今までコスト面で居住に向いていなかった星への定住も可能になるかも知れません。人類の更なる発展と進歩、繁栄のために協力をお願いしたい」
集まった人間達はアイシャに詰め寄り、頼み込む。アイシャは彼等に押され気味で、どう答えるべきか悩んでいるようだ。
……その顔は、シェフィル目線だとお世辞にも嬉しそうではない。
何より、アイシャは自分のつがいだ――――そう思っているシェフィルは、アイシャに群がる人間達を好ましく思わない。というよりちょっとムカつく。その感情を『嫉妬』と呼ぶ事をシェフィルは知らないが、本能に従順な彼女は自分の気持ちに嘘を吐かない。
「むむぅーっ。私のアイシャにあまり近付かないでくださいーっ!」
嫉妬心のまま動き、アイシャと人間達の間に割って入る。
いきなりシェフィルが話に割り込み、人間達は驚いたように後退り。
「ば、バカッ! そ、その言い方だと、その、色々バレちゃうでしょ!」
そしてアイシャは顔を赤くしながら、シェフィルの胸をポカポカと叩く。
照れているのはシェフィルにも分かるが、自分達がつがいの関係であるとバレて何か問題があるのだろうか? 羞恥心は覚えても、『世間体』や『貞操』という概念がないシェフィルには分からない。あと、怒っている割に嬉しそうでもある。アイシャの言いたい事がよく分からず、首を傾げてしまう。
ただ、人間達の方は色々と察したらしい。少しシェフィルとアイシャから距離を取り、落ち着いた口調で話し出す。
「申し訳ありません。貴重な……初めてのケース故に、興奮してしまいました」
人間達の一人が、深々と頭を下げる。人間の文化などろくに知らないシェフィルであるが、話の内容からして謝罪らしい。
「どうだか……私らの事、人間扱いしてないだけじゃないかしら」
ただ、アイシャは納得してないようで。
しかしその声は人間達には届いていないらしい。懇願する体勢を崩さない彼等の姿に、アイシャはため息を吐く。
それからアイシャはシェフィルに寄り添ってきた。顔を赤くするアイシャだったが、離れようとはしてこない。目の前の人間達に見せ付けるかのようだ。
「……どうする、シェフィル。私達の暮らしが見たいらしいけど」
その密着状態を保ったまま、アイシャは尋ねてくる。
シェフィルは何もない空に視線を逸しながら思案。
……正直、シェフィルはこの人間達を好んでいない。
何かされた訳ではない。先程はちょっと
なのに嫌な気持ちを抱く。全く理屈ではないこの感覚は、生理的嫌悪感、とでも言うべきだろうか。
なんとも非合理的な感覚……と言いたいところだが、生理的嫌悪感とはつまり本能だ。本能的に嫌だと感じるものに近付くのは、果たして『合理的』だろうか? シェフィルはそう思わない。排泄物や吐瀉物を本能的に避け、攻撃的な生物を無意識に嫌うのは、それが生き残る上で適応的な性質だからである。だからこの人間達が嫌いと思ったなら、その感覚に従うのが生存上は得となる可能性が高い。
しかし。
「(拒んだら拒んだで、面倒臭そうなんですよねぇ)」
本能には従った方が良い。だがそれが可能かどうか、将来的に最適かどうかは別問題。相手が知的で非合理的なら尚更だ。
拒んだところで、こっそり観察してきそうな気もする。加えて人間達にはほんの百時間かそこらで五キロの道を作り、トゲトゲボーの茂みを開拓してしまうだけの技術力もある。敵に回したり、或いは遠くから観察するためにトゲトゲボーを伐採されたりして、この地域の生態系を破壊されては堪らない。
どちらが得か、損ではないのか……考えた末に、目の届く位置にいる方が幾分マシだろうとシェフィルは考える。
「……知らないところであれこれやられるより、見える場所にいた方がマシですかね。アイシャはどう思います?」
「シェフィルがそう言うなら、私は構わないけど」
「じゃあ、観察するのは構いませんけど、邪魔はしないでくださいね? 私達、これから食糧を集めないといけませんから」
「ありがとうございます。こちらとしてもありのままの姿を観察したいので、何か邪魔に感じたなら遠慮なくお申し付けください」
シェフィルは敢えて棘のある言い方をしたのだが、人間達は快くこの条件を受け入れる。
その丁寧さに対し、本来なら自分の言い方が良くなかったと思うべきだろう。しかしシェフィルの中には、どうしても不快な気持ちが渦巻く。
とはいえ自分の出した条件を受け入れた相手に、やはり嫌だと感情的な反応をするのもシェフィルは好まない。
「まぁ、それなら良いでしょう……アイシャ。コイツらがいたら大物を狩るのも難しいでしょうし、今から小型種集めに切り替えても良いですか?」
「あ、うん。それで良いわ。ちょっと吐き気がしてきたし。家を出るまでは平気だったんだけどねー……」
アイシャはそう言うと、自身の胸を軽く擦る。
どうにもここ最近、アイシャはよく吐き気を催している。他にも倦怠感を訴えたり、なんだか熱っぽさもあるという。
実際に吐くほど酷くはなく、倒れるほどの倦怠感や熱もない。今し方提案した小動物集めやマルプニの世話、料理ぐらいならば問題なく出来るとアイシャ自身は言っている。なのでその気持ちを尊重し、こうして小型種集めで食べ物を集める事が最近多くなった。
その所為で自由な時間が少なく、あまりアイシャと愛し合えないのが不満と言えば不満なのだが。しかし交尾をすればアイシャに負担を掛ける。体調不良の彼女の体力を消耗させるのはどう考えても合理的ではないので、どの道控えないといけない事だ。無理に大物狩りをする必要はない。
……小型種集めも、果たして上手くいくのかどうか。
アイシャの所為ではない。観察している人間達が
「では、今から食べ物集めをします。静かにしててくださいね」
「はい。了解しました」
念押しに対する、人間達の真面目な答え。
何処まで信じていいものかと半信半疑になりながら、シェフィルとアイシャは食べ物探しを始めた。
……………
………
…
結論を述べると、人間達はさして邪魔ではなかった。
気配こと電磁波は垂れ流しだったが、幸い小型種が逃げ出す事はあまりなかった。小さな生き物にとって、自分より大きな生物なんていくらでもいる。人間達が放つ電磁波はあまり気にされず、シェフィル達は小型種を何時も通りに集める事が出来た。
そして人間達は本当に観察するだけだった。あれこれ記録はしていたが、こちらの邪魔は一切しない。シェフィル達が作業している間は可能な限り動かず、気遣いをしていると感じられた。
約束を守ってくれた相手は、なんとなく『信頼』してしまう。それは人間の本能かも知れない。
「これとかこれは毒のある生き物で、食べられないから捨てちゃうわ」
「成程。こちらは研究サンプルとして頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ、大丈夫よ」
何時の間にかアイシャは人間達とそれなりに打ち解けたようで、
……合理的に考えれば、アイシャの行動には何も問題はない。
人間達への警戒はシェフィル一人ですれば事足りる。ああやって話をする事で、聞き出せる情報というのもあるだろう。見落しを防ぐ意味でも『役割』を分けておくのは大事だ。
理屈の上では、アイシャの行動はなんら間違っていない。
しかし、だから仕方ないと納得出来ないのが嫉妬心というもの。シェフィルは鋭く、敵対的な眼差しで人間達を見てしまう。
「……うぅん」
尤もそんな気持ちも、アイシャが気持ち悪そうに顔を俯かせれば吹き飛んでしまったが。
「どうしましたか? また体調不良ですか?」
「う、うん。ちょっと目眩がしただけ。もう平気よ」
このところアイシャの体調はあまり良くない。段々と悪くなっている訳ではなく、アイシャも平気だと言っているが……こうも長く体調不良が続くとシェフィルも心配だ。
だが、それを治す手立てがない。
シェフィルはこの星で長く暮らしているが、『薬』と呼べるものを殆ど知らない。全く知らない訳ではないが、精々ある種の中毒症状……神経毒を中和出来る、別の神経毒を知っているぐらいだ。
何故薬になる生物を知らないのか。それは十五年間、この星の人間はシェフィルしかいなかったからだ。
毒というのは、あくまでも生理作用に過ぎない。だから量を減らし、適切な組み合わせを用いれば薬として機能する。その観点で言えば毒生物だらけの惑星シェフィルは、薬の宝庫とも言えるだろう。
だが量を間違えれば、当然毒は毒のまま。死は勿論、長時間の行動不能に陥る可能性もある。神経毒を食らって死にかけているなら兎も角、高々腹痛ぐらいで試すなんてあまりにもリスクが大きい。寝ていて治るのなら、放置する方が合理的だ。試行錯誤をするには、人口も時間も安全管理も、あまりに足りなかった。
いくら愛しいアイシャといえども、気分が悪い程度で、死ぬかも知れない毒を与えるなんてリスクの大きな行為は取れない。だから見守るしかないのだが……中々良くならないと、何か治療した方が良いように思う。だがシェフィルは寝る以外の直し方を知らず、やはり手は打てない。
「でしたら一度我々人類側の星で治療を受けませんか?」
それを踏まえて考えると――――人間の一人が出した提案を、シェフィルは咄嗟に拒絶する事が出来なかった。
「……あなた達の星で?」
「はい。居住惑星、此処からなら第三テラが一番近いですが、そこであれば様々な検査を受けられます。あなた達の身体に不調があれば、すぐにでも分かるでしょう」
「長い自然生活で、様々な問題が起きているかも知れません。それに発達した医療がなかった、石器時代人類は長くとも四十歳程度しか生きられなかったと言われています。検査と治療を受ければ、寿命を伸ばす事も出来ます」
「それにご家族や友人とも会われたらどうでしょうか。長らく行方不明で、心配もされているでしょう。我々の船で故郷まで送る事も出来ます」
人間達は星に帰るメリットをアイシャに次々と伝える。
それらについて、シェフィルは納得するしかない。
人類文明は、人間について誰よりも知っている筈だ。薬や治療方法に対する知識も豊富だろう。勿論この星の生物の遺伝子が入り、肉体構造が変化したアイシャに人間の治療法が通じるとは限らない。しかしこの星に留まるよりは、改善する可能性は高そうだ。
アイシャの身を案じるなら、人類文明に帰るよう勧めるべきかも知れない。
「ううん、帰らないわ」
等とシェフィルは思っていたが、アイシャ自身がこの選択肢を否定した。しかもほぼ即断即決という早さ。
あまりにも呆気なく拒否したからか。人間達だけでなくシェフィルも呆けたように固まる。ややあって質問を投げ掛けた人間の声には、少なからず戸惑いが含まれていた。
「……理由を訊いても、よろしいですか?」
「まず、親に会うつもりはない。ぶっちゃけクソみたいな親だから顔も見たくないのよ。今頃刑務所かもだし」
「成程。それは失礼しました」
「気にしてないから大丈夫。病院に行った方が良いのは間違いないし。ただ……」
「ただ?」
思わせぶりな言葉に、人間達が続きを促す。しかしアイシャは押し黙ってしまい、もじもじと身体を揺れ動かすばかり。
やがてアイシャの視線は、人間達からシェフィルの方へと移された。じっと見つめられたシェフィルは、どうして見られているか分からずキョトンとしてしまう。
「あ、愛する人の傍から離れたくないって言うか……今は特に」
そんな油断気味の状態で、こんな愛しい事を言われたものだから。
「〜っ! アイシャーっ!」
「ひゃっ!? も、もう、あんま張り付かないでって」
感極まってシェフィルはアイシャに抱き着く。アイシャは恥ずかしがるように一瞬身を捩らせるが、逃げる事まではせず。
「そ、そういう訳だから、私は故郷の星には帰らないわ。少なくとも今の気持ちはね」
「……承知しました。理由があるのでしたら、強制はしません。御身体を大事にしてください」
「うん、そうするわ。何かあったら……血液検査ぐらいは頼むかも。軍艦にだって医療施設ぐらいあるでしょ?」
「勿論です。星への帰還でなく、一時的に船に乗るというだけでも構いません。その時はお声掛けください」
アイシャと人間達は和やかに話す。シェフィルとしては相変わらず人間達に心を許してはいないが、アイシャが別の星に行かないならもうどうでも良い。
自分とアイシャはこれからも、この星でずっと暮らすのだ。
……シェフィルはそう思っていた。アイシャとの間にある愛を改めて実感し、喜びで心がいっぱいになる。それはとても幸せな気持ちであるが、しかし同時に注意力が散漫にもなっていた。
何時も通り周囲を、全てを警戒していれば、シェフィルは薄っすらと感じ取れたかも知れない。
黒いヘルメットの奥で、人間達が無機質な目でこちらを見ていると――――