凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

105 / 116
星の継承者09

 地上へと出たシェフィルは、一瞬の迷いもなく研究所のある方に向けて走り出した。

 アイシャを乗せた箱が何処に向かったか。後を追えない状況故に推測するしかないが、シェフィルは候補など一つしかないと思っていた。人間達がアイシャを連れ去る理由なんて分からないが、どうせ研究とやらに決まっていると。

 だからアイシャがいるのはきっと研究所だ。仮にいなくても、そこにいる人間達から聞き出せば良い。勿論答えようが答えまいが全員殺す。だから一直線に、研究所へと走る。

 幸いと言うべきか、茂みの中に生物の気配はない。先程まで落とされていた爆弾から、あらゆる生き物達が逃げた結果だろう。そういえば母は無事だろうか……という考えも過るが、今はアイシャが最優先。不安は頭の片隅に寄せておく。

 全速力で走れば、巣穴から研究所まで五分も掛からない。無機質な外見が、今は無性に腹立たしい。

 

「ぐがぁああ!」

 

 理性を失った咆哮と共に、シェフィルは施設の扉を蹴る! 先程戦った人間達が喰らえば、苦しむ間もなく死ぬほどの強烈な一撃だ。

 しかし以前人間達が出入りしていた入口は、シェフィルの足蹴ではビクともせず。シェフィルの足はビリビリ痺れるぐらい反動があったのに、扉は見たところ傷どころか歪みもしていない。

 やはり外と内を区切る部分は頑丈に出来ている。そうは思えども、シェフィルの心は挫けない。最初からこの程度の事態は想定内だ。人類文明の高度な科学力を思えば、こんな蹴り一発で壊れる軟な素材で出来ている筈がないのだから。

 そう、分かっている事。

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

【おいおい、マジで扉を蹴破ろうとしているぞ】

 

【あの子も人間なんだろ? まぁ、化け物に育てられたら扉を開ける理性もないか……】

 

 シェフィルの『耳』には研究所内で交わされる、人間達の話し声が聞こえている。どうやら彼等は建物内でも宇宙服を着ていて、通信により会話をしているらしい。そのため微かにではあるが、電磁波の声が漏れ出している。

 化け物というのは母の事を指しているのか。成程、人間から見れば母は異形だ。初めて母を見たアイシャも攻撃を加えているので、人間にとって母はさぞや恐ろしい姿なのだろう。

 怖がる事は理解出来る。だが怖い姿=理性がない、とはどういう意味か。それこそ理論の飛躍ではないか。何より母の一族はこの星で最も聡明で、最も合理的な種族だ。人間(自分)よりもずっと。

 その母の性質を理解せずに見下す。これが自称知的生命体の発言なのだから、滑稽なのは果たしてどちらなのか。

 

【ま、サンプルは一体で十分だろ。あれは駆除するそうだ】

 

【勿体ないねぇ。半分とはいえ人間なんだから、あの子も回収すりゃいいのに】

 

【あっちは制御出来そうにないから捕獲は諦めるんだとさ。ま、標本収集班との連絡が途絶えた挙句当人が今此処に来ているぐらいだし、正しい判断だな】

 

 シェフィルが聞いている事も知らず、だらだらと人間達は話している。

 どうやらシェフィルが巣穴で人間を皆殺しにした事は、彼等も既に把握しているらしい。流石は人間、耳が早いと褒めるべきか。

 尤も、知られていても大した問題ではない。少なくとも彼等が、迫るシェフィルから逃げ出さない限りは。

 

「ぬぅうがぁあ!」

 

 シェフィルは大きく腕を振りかぶり、渾身の力で扉に殴り掛かる。ただし今度の殴り方は拳ではない。

 指を真っ直ぐに伸ばした、手刀と呼ばれる形だ。

 この状態の手で扉を殴る、いや、突き刺せばどうなるか? まず、シェフィルの指の骨が折れる。自分の全力の突きを、渾身の蹴りでも壊れない硬さの物体に叩き込めばそうなって当然だ。しかしシェフィルの再生力であれば、骨折を治すぐらいさして時間も掛からない。骨が粉々になった痛みも、数学的に情報処理すれば感じる事はない。

 そして怪我を恐れず突き刺した手は、扉と壁の隙間に捻じ込む事が出来た。金属製の扉は指の太さだけ凹んでいて、本当に僅かなものだが……これなら指を掛けられる。

 

「ふんっ、ぐ。うぅうううぅ!」

 

 後は渾身の力を込め、扉をこじ開ける! 指の骨が自身の力に耐えきれず、バキバキと音を鳴らして砕けた。しかしシェフィルは止めない。更に力を入れ、指から血が滲み出ても続け……

 僅かに、扉が開いた。

 その瞬間をシェフィルは見逃さない。今度は素早く足先を捩じ込み、足と手の力で扉を開こうとする。手の力だけでも少しは開いた扉だ。足の力も加われば、もう閉じた状態ではいられない。

 ついに扉は開かれ、シェフィルは転がり込むように研究所内へと侵入。扉はすぐに閉じたものの、中に入ってしまえば関係ない。

 

【なっ!? お、おい、侵入――――】

 

 シェフィルの様子を監視していたであろう、人間達が何かを叫ぶ。仲間に緊急事態を伝えようとしているのか。

 生憎、それを許すつもりはない。

 

「ぐああごおおおおおおおっ!」

 

 全身全霊の力を込めた雄叫び。

 突如シェフィルが上げたそれは、厳密に言えば『叫び声』ではない。極めて強力な電磁波だ。

 宇宙服を着ているであろう人間達は、電磁波による通信を行なっている。そこにシェフィルの大声、即ち強力な電磁波を流し込めばどうなるか? 通信機が耐えられず爆発……とまではいかないものの、強過ぎる電磁波により一部回線の機能を阻害。通信に障害が生じる。

 更に電磁波は、研究所内の機械にも流れ込む。精密機械に過度の電流が走り、計測データの破損または狂いが生じた。

 電磁パルス(EMP)攻撃。

 奇しくも、シェフィルが放った一撃は人間達にそう呼ばれているものと酷似していた。まさかこんな『辺境』の地で受けるとは思っていなかったのだろう。どの機械にも高機能なEMP対策など施されておらず、小さくない被害を受ける。

 その被害の全容を解明しようと、人間達の動きが忙しなくなる。シェフィルはそんな動きも、全て電磁波の挙動から把握していた。

 電磁パルス攻撃なんて知らないシェフィルには、人間達が動揺している理由は分からない。彼女はただ威嚇として吼えただけなのだから。しかし相手が混乱しているのであれば、その隙を見逃す道理はない。

 シェフィルは電磁波を観測し、周囲状況を把握する。

 扉の先は小部屋となっていた。幅二メートル、奥行きも精々五メートル程度。高さは四メートルほどだろうか。物は置かれていないが、天井には小さな突起物(シェフィルは知らないが汚れを落とすためのシャワーだ)が等間隔に五個並んでいる。床も壁も金属的な光沢を放ち、凹凸どころか傷も見られない。

 そして最奥にはまた扉があった。

 外と中、その境界線に位置する部屋らしい。徹底して、外のものを中に入れないための工夫だろう。実に入念な対応だと、感心してしまう。

 

「(ですがあの扉、今破ったやつよりは脆そうですね)」

 

 しかし人間達にも驕りがあるようだ。建物内に続く扉は、外へと通じるものより薄そうに見える。恐らく閉じる力も強くない。

 シェフィルはすぐ扉の前に向かい、指を捩じ込もうとする。

 だが、その必要はなかった。

 シェフィルが開けようとした扉は、突如爆発でもしたかのように吹き飛んだのだから!

 

「っ!?」

 

 飛んできた扉を、シェフィルの理性は認識していない。しかし身体の方は反射的に動き、大きくその身を仰け反らせる。お陰で直撃は避ける事が出来た。もしも当たっていたら……端が掠めた頬に一筋の切り傷が出来ていた事から、結果は容易に想像が付く。

 そして躱したと頭で理解してすぐ、シェフィルは後退を行う。

 何が起きたかは分からない。だが少なくとも、扉の近くには『扉を壊した存在』がいる筈。どんな相手か、現象かは分からないが、直撃を受ければ生命が危ないと直感的に判断したのだ。

 その判断は正しかった。

 もしも回避していなければ、先程までシェフィルがいた場所に振り下ろされた『拳』が、シェフィルの脳天を叩き潰していたであろう。

 

「ほう、これを躱すか。やはり野生動物の反応速度は見くびるべきではないな」

 

 後退したシェフィルに、話し掛けてくる者がいる。

 扉があった場所……そこには一人の人間がいた。

 いや、果たして本当に人間だろうか? シェフィルは一瞬、そんな疑問を抱いてしまう。何しろそれは身長が三メートルほどあり、肩幅だけでも一メートル近い。全身が金属で出来ているようで、全身が装甲に覆われているように見えた。手足が異様に太く、非常に暴力的な『体型』だ。腕一本だけでシェフィルの身体と同じぐらいの大きさがある。

 だが、やはりそれは人間なのだろう。

 頭である透明なヘルメット。その中に、以前出会った人間――――ダリウスの顔があったのだから。

 ダリウス。この星に墜落してきた連中の一人であり、母達によって助けられた人間だ。あの時、普通の宇宙服を着ていた彼は(ぶかぶかな宇宙服を着ていたので外観の詳細は分からないが)普通の人間と同じぐらいの身長だった。しかし此処にいる彼の頭は、身長三メートルの身体のてっぺんにある。

 つまりこの巨大な身体は、恐らく殆どが機械……人間の生身ではない、という事だ。鎧のように着込む事で、『戦闘能力』を底上げするための装備なのだろう。どれだけ強くなるのか、どんな強さを発揮するのかは謎だが、一つ確かな事がある。

 こんなものを着て現れる輩が、友好的な筈がない。

 元より仲良くなるつもりはない。シェフィルは敵愾心を露わにしつつ、ダリウスを問い詰める。

 

「お前がアイシャを連れ去ったのですか……アイシャを返しなさい!」

 

「確かに、彼女は我々が捕獲した。よって既に我々のものであるし、そもそも最初からお前のものではない。野生動物に所有権はないからな。自然の全ては人間のものだと、人間の法に明記されている」

 

「私もアイシャも人間です! しょゆーだかなんだか知りませんが、アイシャを返しなさい!」

 

「いいや、お前達は人間ではない。そう連邦政府が判断した」

 

 シェフィルの訴えを、ダリウスは淡々と切り捨てる。彼は嘲笑するような笑みを浮かべていた。彼はアイシャを返すつもりなんてないらしい。

 母やアイシャに助けられた身でありながら、彼もまたアイシャを攫った人間達の一味のようだ。

 恩を仇で返す……という概念をシェフィルは持ち合わせていない。野生の世界に『恩』などという考えは無意味。その瞬間の損得を考え、より自分が得する方を選ぶだけだ。相手が自分に何かしてくれた存在だとしても、それを裏切る方が得なら間違いなくそうする。

 だからシェフィルは、ダリウスに対し恨むだとか軽蔑するだとかの感情は抱かない。

 ただ純粋に、大切なものを奪った輩への殺意を滾らせるだけだ。

 

「なら、死になさい!」

 

 容赦なくシェフィルはダリウス、彼の顔面を守るヘルメットに跳び蹴りを放つ。

 人間はこの星の環境では生きられない。ヘルメットを砕き、外気に晒してしまえば彼は窒息死する。一切の容赦がない故に、シェフィルはこの攻撃を躊躇わない。ダリウスはこの攻撃を防ごうとせず、故にシェフィルの蹴りはヘルメットを直撃。

 結果は、シェフィルの足が弾き返される、というものだった。ヘルメットは見たところ無傷で、中の空気は一呼吸分も漏れていないだろう。

 

「(硬い!)」

 

 それでも結果自体は予想通り。アイシャを攫った連中が全滅している事を、研究所の人間達は知っていた。ならばダリウスも同じく知っていて、シェフィルがどれだけ恐ろしい相手か理解している筈である。にも拘わらずこうして自信満々に現れた以上、それなりに頑強な装備だとは予想していた。

 予想外だったのは、それを差し引いて考えても『硬い』事。

 手応えだけで分かる。蹴りを直撃させたにも拘わらずビクともしない。恐らく二発三発どころか、十発喰らわせてもこのヘルメットにはヒビ一つ入らないという確信がシェフィルの中に生じる。

 ならばどうするか? 思わず打開策を考えてしまうのは、『知的生命体』である人間の本能なのだろう。

 この星に生きる他の生命であれば、一瞬の迷いもなくここで後退を選んだに違いない。何故なら相手にダメージが入っていないという事は、その相手は反撃を繰り出す余裕があるという事なのだから。

 

「ふっ」

 

 ダリウスが不敵に笑う。しまった、と思った時にはもう遅い。

 ダリウスが纏う機械は、射程内に留まるシェフィル目掛けて拳を放ってきた。

 動く体勢になかった事もあり、これは回避出来ないとシェフィルは悟る。それでも諦観なんてせず、即座に両腕を構えて防御。しっかりと、最良ではないが次善ぐらいの体勢で受けた。

 しかしこれでも威力を抑えきれない。

 まるで針でも突き刺されたかのような、鋭い刺激が腕に走る。その刺激は周りにも伝播し、腕の骨に無数のひび割れを作り出す。

 打撃の衝撃を受け止めきれず、シェフィルの身体は大きく吹き飛ばされてしまった。

 もしも背後に壁があれば、叩き付けられる形になり更なるダメージが背中から全身に広がっただろう。だが幸いにして、今のシェフィルの後ろに壁はない。ダリウスが姿を現した時に吹き飛ばした扉が激突して、外と内を分ける扉が壊れていたからだ。言い換えれば、シェフィルは外まで飛ばされた訳だが。

 シェフィルは空中で身を翻し、両足から着地。それでもまだ残る打撃の衝撃は、大地を滑る事で少しずつ相殺していく。

 どうにか体勢は維持したが、しかし研究所から大きく離されてしまった。目測だが、二十メートルは離されたかも知れない。

 尤も、研究所内に入るための最大の障壁であるダリウスは、自ら研究所の外に出てきてくれた。待ち伏せや罠を心配しなくて良いのは幸運であるが、人間であるダリウスがこんな基本的な立ち回りに気付いていないとは考えるべきでない。その可能性もゼロではないが、敵が愚かである事を前提にするのは、戦いの中で最も避けるべき愚行である。

 ダリウスがある程度聡明であるとすれば、この行動を取った理由は明白だ。

 

「(勝てる自信があるという事ですか)」

 

 立ち回りを意識せずとも確実に勝てるという自負。つまりそれだけの『性能』を、身に纏っている機械は有している……とダリウスは考えているのだろう。

 その考えは誤りだ、と言いたいところだが、先の一撃をもらったシェフィルだからこそ確信する。ダリウスの判断は『正しい』。身体能力の差は歴然としていた。

 

「流石、最新鋭の強化外骨格だ。少しばかりパワーがあり過ぎて、精密動作に向いていないのは玉に瑕だが」

 

「きょうか、がいこっかく……それが、その服の名前ですか」

 

「正解だ。本来これは『戦争』の時に着るものであり、野生動物の駆除に用いるものではない。だが、お前の戦闘能力の高さからこの装備が適切だと判断された。実際普通の人間なら、今の拳で全身バラバラだ。食らった蹴りにしても、まさかショックバランサーが起動するとは思わなかった。普通のヘルメットごと間違いなく砕かれていたな」

 

「人間って軟なんですね。もうちょっと身体を鍛えた方が良いんじゃないですか」

 

 自らの装備である強化外骨格を誇るダリウス。彼自身の方を煽りながら、シェフィルは打開策を模索する。

 少なくとも、真っ向勝負は得策ではない。

 蹴っても割れないヘルメット、こちらの腕を砕く打撃。いずれをとっても、シェフィルを大きく凌駕する身体能力だ。まともに戦ったところで、正面から粉砕されるのがオチである。

 何処かに弱点はないだろうか。繋ぎ目などがあれば、あの服を引き剝がせるのでは。考えながら注意深く観察するが、しかし期待していたものは見付からず。

 

「生憎、人間はもう鍛える必要なんてない。文明の力のお陰でな」

 

 そしてダリウスも、シェフィルの考えが纏まるのを待ってはくれない。

 ダリウスが走り出した、瞬間、彼は猛烈な速さでシェフィルに迫ってくる。

 通常、走り出した直後はそこまで速くない。余程走る事に特殊化した生物以外、徐々に加速して最高速度に達する。ところがダリウス、いや、彼の着ている強化外骨格はほぼ一瞬で最高速度に到達。シェフィルを凌駕する、時速四百キロ以上の速さで近付いてきた。

 あまりの速さに驚く暇もない。シェフィルはほぼ反射的に、迫るダリウスの足に蹴りを入れる。

 転倒を狙った一撃は、しかし効果がない。強化外骨格の力は、シェフィルの足蹴ではビクともしないほど強いのだから。

 

「ふん!」

 

 むしろ足下にいるなら好都合とばかりに、ダリウスはシェフィルを踏み潰そうとする。

 このまま踏まれたなら、頭を粉砕されて一発で死ぬだろう。だが、シェフィルはこれを避けない。

 即座に両手を突き出し、ダリウスの片足を掴んだ。激突時の衝撃でまた骨にヒビが入り、痛覚を激烈に刺激するも、シェフィルはこれを無視。

 

「ぬ、うううがあ!」

 

 両手で持ち上げ、ダリウスをひっくり返さんとする! 

 これには流石のダリウスも驚いたのか、大きくその目を見開いていた。身体もバランスを崩し、今にも倒れそうになる。

 そう、倒れそうにはなった。だが、

 

「(う、動かない……!?)」

 

 どういう事か。ダリウスの身体が、急に動かなくなってしまう。どれだけ力を込めても全く動かない。

 ダリウスは今や一本足立ちだ。しかもシェフィルが片足を持ち上げた事で、胴体は今や水平に近い傾きになっている。不安定の極みのような体勢であり、バランスを取るだけなら兎も角、この体勢を保つのは極めて困難だ。シェフィルだってこんな状態で更に足を持ち上げられたら、簡単に転んでしまう。

 どうしてダリウスは動かない。

 

「知らないだろうから教えてやろう。この強化外骨格には自動姿勢制御が組み込まれている。要するに、俺が意識しなくても勝手に体勢を保ってくれるって訳だ」

 

 困惑するシェフィルに、ダリウスが自慢げに語った。科学的な用語が多いものの、「勝手に姿勢を保つ」という部分は理解出来た。

 つまり服自体が、彼の体勢を保っているらしい。なんてズルい、と悪態の一つでも吐きたくなるが、生憎暇がない。

 ダリウスが着ている強化外骨格は強引に姿勢を補正。片足を掴んでいるシェフィルをその勢いで踏み潰さんとする!

 

「くぅ……!」

 

 これは抑えられない。判断ミスを受け入れ、シェフィルは横に跳んでこれを回避。

 しかしダリウスは次の行動を読んでいたのか。シェフィルが跳んだ方に、的確に拳を放つ。

 シェフィルは咄嗟に片腕を構えて防御……だがダリウスの一撃は、これを容易に粉砕する。腕の骨を砕き、その腕を押し潰すようにして肩まで打撃を通してきた。これにはシェフィルも苦痛で顔を顰めるしかない。

 無理に抑えるべきではない。身体から力を抜き、打撃に逆らわずシェフィルは殴り飛ばされる。何メートルも跳んだが、足が無事なら着地は問題ない。

 しかしそれは、ダリウスも理解していたのか。

 ダリウスは片腕を唐突にシェフィルの方へと伸ばす。顔どころか目さえシェフィルの方を見ていないのに、正確にシェフィルの頭を指し示していた。

 

「(何を……)」

 

 あまりにも不自然な行動。それ故にシェフィルにはどう行動すべきか分からず、身体が強張ってしまう。

 その瞬間を見逃さないと言わんばかりに、ダリウスの指先から『何か』が発射された。

 針だ。自分達の巣に現れた人間達が銃から撃ち出したのと同じもの。ダリウスの指先は銃となっているらしい。

 まさかの遠距離攻撃により、シェフィルの思考に混乱が上乗せされる。最適な行動は回避、次善は腕での防御。しかしどちらの行動も、銃を撃たれると意識していなければ間に合わない。

 針はシェフィルの右目を貫通。目玉を一つ、破壊した。

 

「が!? あ、ぐ、うううう!」

 

 しかしシェフィルは止まらない。むしろ武器を手に入れたと、即座に自分の目に刺さった針を引き抜く。素早く針を握り締め、眼球付きのそれを大きく振り上げた状態でダリウスへと突撃する。

 失った眼球は即座に再生を開始。片目は庇わず、今度はこちらの番だとばかりにシェフィルは針をダリウスの腹目掛けて振るう。渾身の力に加えて、人間が作った武器だ。これならば装甲を貫けるのではないか――――

 その期待は、ダリウスが放った拳により針ごと粉砕された。

 針を破壊しても拳は止まらず、シェフィルの腹を打つ。衝撃が体内を駆け巡り、シェフィルの内臓を破壊。壊れた臓器の血が口から溢れ出す。

 

「おや。ここまでやれたか」

 

 シェフィルがボロボロになったところで、まるで他人事のようにダリウスが独りごちる。そして大振りの拳で、シェフィルの頭を殴ろうとしてきた。

 しかし今までの攻撃と違い、今度の攻撃は読みやすい。

 シェフィルは即座にしゃがみ、拳の下を潜るようにして回避。バク転の要領でダリウスの胸を蹴り、その反動で跳躍。一旦彼との間に距離を取る。くるりと空中で回転しながら体勢を立て直して着地

 

「ぐうぅう……!」

 

 したかったが、地面を踏んだ瞬間にシェフィルは膝を付いてしまう。

 内臓が打撃で幾つも損壊した。片腕はろくに動かず、撃ち抜かれた片目は再生途中。既に肉体はボロボロであり、健全な状態と比べて大きく身体能力が低下している。口からは今も血が溢れ出し、身体がどんどん冷えていくのが分かる。

 恐らく、普通の人間にとってこの状態はかなり危険、というより致命的なのだろう。シェフィルの姿を見たダリウスから『敵意』が薄れた事から、普通の人間の事などほぼ知らないシェフィルにも窺えた。

 しかしシェフィルであれば、まだ耐えられる。

 内臓は勝手に再生する。目は完全に治っていないが、そろそろ視力も回復するだろう。腕の骨折程度であれば既に完治した。体温の保持はやや遅れているが、遅いだけでいずれ平常値に戻る筈。

 再生には莫大なエネルギーを使うため、疲労感は拭えない。治りかけの身体など万全に程遠い力しか出せないだろう。それでも、戦うために動かす事は出来る。

 

「まだ、まだぁ……!」

 

 まだ死なない。まだ戦える。生きて動けるならばチャンスはある。

 死を前にして諦める生物などいない。勝利を確信するダリウスに反発するかの如く生に執着し、鋭い眼光で彼を睨む。どれだけ傷付こうと、シェフィルの闘志は寸分も揺らがない。

 戦いでは、シェフィルの心は折れないのだ。

 だが次の瞬間、シェフィルの身体に悪寒が走る。今までろくに感じた事のない、恐怖の感情が僅かに心を蝕む。

 シェフィルを恐れさせたもの。それはシェフィルの事を見る、ダリウスの表情。

 彼は笑っていた。

 しかしただの笑みではない。光悦とし、涎まで垂らし、理性のない、けれども本能的とも言い難い……どす黒く不自然な欲望に塗れた笑みだった。

 シェフィルが知る感情に、あんな笑みに結び付くものはない。得体の知れない感情を自分に向けられた事で、普段滅多に感じない恐怖が生じたのだ。

 

「素晴らしい。あそこまで重傷を負いながら、まだ生きている。いや、回復までしている……やはり、あの女を捕獲して正解だった」

 

「正解?」

 

 一体なんの話をしているのか。いや、そもそも何故コイツはアイシャを攫ったのか。恐怖という感情から戦闘への意識が一瞬逸れ、ダリウス自体を知りたい衝動に見舞われる。

 残念ながら、今それを知る事は叶わなかった。

 ダリウスの頭……ヘルメットの中で鳴り響いた電子音が、戦いの終わりを告げたからだ。

 

【隊長。帰還準備が整いました。直ちに帰還してください】

 

「おいおい、これからだって時に……仕方ない。戻るとしようか」

 

 ダリウスは通信者に悪態を吐くと、やれやれとばかりに首を横に振る。

 不本意だ、と言いたげな反応であるが、シェフィルに向けた顔は愉悦に染まっていた。

 

「時間切れだ。もう一体サンプルは欲しかったが、この星と命運を共にする訳にはいかない。お前はこの星の表層と共に消えてもらう」

 

「っ! ま、待ちなさい!」

 

 戦いはこれからだ。その意思を露わにするも、ダリウスは聞く耳も持たず。

 颯爽と駆け出したダリウスは研究所内に戻る。すると壊れた入口を塞ぐように、周りの壁が自ら動き出す。

 壁は完全に入口を塞ぎ一体化。続いて研究所が震えるように動き出す。その揺れが地震のように大地を震わせるほど大きくなり……やがて研究所が()()()()()()

 研究所の下部から、莫大な『煙』が噴き出していた。更によく見れば、研究所の天井部分から紐のようなものが伸びている。そしてその紐の先に、何時の間に来ていたのか、一隻の戦闘艦が浮かんでいた。浮かび上がった研究所は、戦闘艦の方に向かって飛んでいく。

 どうやら自前の推進力に加え、戦闘艦による引き上げもあるらしい。瞬く間に浮上した研究所は、戦闘艦の下部にある穴から中へと入り、回収されてしまう。

 そして戦闘艦は、そのまま宇宙空間へと飛んでいってしまう。姿が見えなくなるのに、数分と掛からない。

 

「そ、んな……」

 

 がくりと、シェフィルは膝を付く。

 研究所には、きっとアイシャがいた。アイシャごと研究所が戦闘艦に回収された以上、アイシャも宇宙に行ってしまった。

 いくらシェフィルでも、生身で宇宙には行けない。

 どうすればアイシャの下に行ける? アイシャを助け出せる? 考えても考えても、答えは出てこない。恐らく野生の生き物達なら、無駄な事はしないと考える事自体を止めるだろう。しかしシェフィルにそんな真似は出来ない。だってアイシャは大切な、愛する人なのだから。

 けれども現実は愛など関係なくそびえていて。途方に暮れるしかなく。

 

【シェフィル。どうしましたか】

 

 この声掛けがなければ、シェフィルは死ぬまで動けずにいただろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。