凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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星の継承者11

「う、ん……うう……」

 

 意識を取り戻したアイシャは、頭を押さえながらもぞもぞと身体を動かす。目を閉じたまま無意識に辺りを弄り、そして覚醒した自我は疑問を抱く。

 何故、自分は意識を失っていたのか。

 寝ていたような記憶はない。だから思い出そうとする。確かシェフィルが巣から出ていくのを(咄嗟に動けなかった結果だが)見送った後、突然部屋の壁が崩れた。何か動物が襲い掛かってきたのかと思っていたが、現れたのは宇宙服姿の人間達。

 手には銃を持っているし、おまけに着ている宇宙服は原生生物が豊富な場所で切る『標準戦闘防護服』だった。なんとも物々しい装備で、しかも不躾な侵入。一体何事かと尋ねたところ、いきなり頭を殴られ、くらくらしていたら薬品のようなものを噴霧されて……

 

「っ!」

 

 そこまで思い出して、アイシャは気付く。自分は、人間達に攫われたのだと。恐らく噴きかけられたのは麻酔の類か。人間用のものが効いたのか、この星の生物の研究で通じる麻酔を得たのか、或いは致死量級のものを嗅がされて耐えたのか。

 色々な可能性が過り、そして思う。こうして目覚めたものの、果たして自分の身体は完璧に解毒出来たのだろうか。

 まさかまだ毒素が体内に残っていて、何か悪さをしているのでは。

 

「だ、大丈夫、よ、ね……あ、あの星の生物、凄く強いし、再生力に優れるし……」

 

 不安に駆られたアイシャが触るのは、自分の下腹部。大事に、丁寧に、傷付けないように。

 そんな触り方をしても何も分からないのは、アイシャだって分かっている。けれどもやらずにはいられない。『人間』というのはそういう生物なのだから。

 

「お目覚めかね、お嬢さん」

 

 その人間に話し掛けられた時、アイシャはぞわぞわとした悪寒を覚える。

 反射的に声の方へと振り返れば、そこにいたのはダリウスだった。

 見た瞬間アイシャが覚えた感情は、嫌悪。人間に攫われたという状況で、人間に鉢合わせれば嫌悪感を抱くのは当然である。加えて今の彼は強化外骨格……戦闘用パワーフレームを装備していた。身の丈三メートル近い『体躯』はこちらを威圧し、見下してくる。

 何よりダリウスが浮かべている、一見好意的な、けれども下心があると本能的に感じさせる笑みが極めて不快だった。

 

「……ええ、最悪の目覚めよ。此処は……研究所?」

 

「いいや、船の中さ。我々の戦闘艦、その中でも特別な一室にいる」

 

 アイシャが予想した答えをダリウスは否定し、誇るように語る。

 船の中。

 その言葉により、アイシャは酷く動じた。戦闘艦の中という事は、此処は宇宙空間である可能性が高い。

 惑星シェフィルの何処かであれば、強引に脱出する事も出来たかも知れない。しかし宇宙船の中から脱出したとして、その先に広がるのは無限の大宇宙。高度なコンピューターや星図がなければ、そのまま虚空を浮遊する物体Aとなるしかない。

 それに、いくらシェフィルでも一人では宇宙に来る事は出来ない。シェフィルとアイシャの間にある愛がどれほど大きなものでも、宇宙を満たす暗闇はそれを遥かに上回る。

 心の奥底から、絶望が一気に湧き出す。

 けれどもアイシャは、溢れそうになる絶望をどうにか抑え込んだ。諦めたらそこで終わりとなる。どれほど無謀に思えても、抵抗を諦めなければ奇跡だって起きるかも知れない。大きな捕食者に捕まった虫が、藻掻いた拍子に地面に落ちて逃げ果せるぐらいのちっぽけな奇跡が。

 奇跡を掴むためには、少しでも情報が必要だ。何も知らない状態では、千載一遇の好機を知らぬ間に逃してしまうかも知れない。向こうから色々話してくれるなら好都合と、気持ちを持ち直す。

 

「……特別、ねぇ。こんな物置みたいな部屋が?」

 

 少し挑発的な物言いをしながら、大袈裟な動きでアイシャは辺りを見回す。

 実際、アイシャは自分のいる一室が『特別』なものには思えなかった。何しろ一辺十メートルと広いものの、端末一つ置いていない殺風景な状態なのだから。空っぽになった備蓄食糧庫でも、もう少し色々(温度センサーなど)あるものだ。

 ……あまりにもなさ過ぎると、見渡す中でアイシャは気付く。

 扉すらない、と。扉がない事自体は、さして不思議でも異様でもない。戦闘艦を形成している微細機械・ナノマシンは、電流による操作で自由に動き回る事が出来る。そしてこのナノマシンは名前の通りナノ単位、十億分の一メートル単位の大きさしかない。これは細胞内小器官であるリボソームに匹敵する小ささだ。人間の目に見える大きさではなく、故にナノマシン製の板は一枚の途切れない物体のように見える。

 全長二百メートルを優に超える戦闘艦に繋ぎ目がない(ように見える)のは、ナノマシンによる変形を用いているため。扉を形作ったり、或いは消したりするのも、無数のナノマシンの並び方を変えるだけなので造作もない。

 とはいえ普通の部屋なら扉は作っておくものだ。いくら変形により新たに作れると言っても、多少は時間が掛かり、出入りの度に待っていては効率が悪い。扉を消しておくのはエンジンや弾薬庫など人の出入りを制限したい場所か……或いは他人に知られたくない、秘密の小部屋ぐらいなものだろう。

 恐らくこの部屋は後者だとアイシャは考える。その考えが正しいかどうかは、ダリウスが得意げに語ってくれた。

 

「ここは私のプライベートルームでね。艦長権限を使い、特別に作らせた。設計図にも載っていない区画であり、この船の乗員でも一部しか知らないものだよ」

 

「へぇ。そんな場所に私を閉じ込めておくなんてね。そこまでして私を攫った理由は何かしら?」

 

「……おや、気付いていないのか」

 

 答えてくれないと思いつつ動機を尋ねてみると、何故かダリウスは少し驚いたような反応を示す。

 おどけている、ようには見えない。本当に驚いているような反応を前にして、冷静さを取り繕おうとしていたアイシャも思わず動揺を露わにしてしまう。

 

「ど、どういう事よ」

 

「ふむ、確かに自らの才能や価値というものは、自分自身では中々気付けないものだ。少し暇を持て余していたから、ここは一つ教えてやろう」

 

 余程嬉しいのか、ダリウスは上機嫌な笑みを浮かべる。その笑みに気味の悪さを感じつつ、わざわざ情報を出してくれるのなら乗らない手はない。アイシャは息を飲み、ダリウスの話に耳を傾けた。

 

「まず、君達が元人間である事。それが事の始まりだ」

 

「……私は、今でも人間のつもりだけどね」

 

「しかしそれは一部だけだろう? 君達の毛髪を採取して調べたが、遺伝子的にはほんの一割だけが人間だった。そんな生物を人間と呼ぶ訳にはいくまい?」

 

 ダリウスはさも当然だと言わんばかりに訊き返す。反論しようとして、アイシャは口を閉ざす。

 彼の考え方は、今の人類にとっては普遍的なものだ。

 ――――宇宙に進出するまでに、人間は数多の自然を思うがまま利用してきた。環境破壊により一時期は文明崩壊の危機に晒されたが、先人の努力と科学の発展により克服。最早自然を必要としなくなった人類は、潤沢な資源と制限されない開発力により宇宙に版図を広げた。

 それ自体はなんら悪いものではない。野生生物だって、自分に出来る範囲で環境を改変し、自らの子孫を増やしていく。その結果他種の個体数が減ったり、絶滅したりしてもお構いなし。『繁栄』した生物こそが後世に残る。全ての生物がしている営みなのだから、人間だけが控える理由はない。

 しかし自然を克服し、星さえも思うがままに操れるようになった人類は、一つの思想に至ってしまう。

 人間は『特別』なのだと。

 これさえも基本的には悪くない。人間が人間を特別視するのは当然だ。されど人間は、そこまで『合理的』ではなかった。自分達が特別だという建前を真実だと勘違いし、更には特別と優秀さを同一だと思い込む。多くの人が他惑星の知的生命体を大切に保護しようと考える、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と見下すようになるほどに。

 そんな特別優れた人間の遺伝子よりも、他惑星の生物の遺伝子が多く混ざっている。果たしてこれは人間なのか?

 ……以前の自分なら良くて『知的生命体』扱いだなと、アイシャは思う。そして昔のアイシャは、これでも人間の中では比較的他種族に融和的な方だった。ダリウスのような考え方も、そう珍しくない。文化の中で形成された価値観なので、反発したところで揺らぐものではなく、何より良い悪いで語れるものではないだろう。

 

「ええ、まぁ、そうね。人間である事にも拘らなくなったし……だからこそ、こんな攻撃までして私を確保する理由はないと思うけど」

 

「ははっ! 攻撃と君の捕獲は別口だ。攻撃は連邦政府の要望、捕獲は私個人の指示だよ」

 

「……どういう意味?」

 

「その前に一つ尋ねよう。君は、あの星の核にいる存在を知っているかい?」

 

 ダリウスからの問い。その問いの答えを、アイシャの脳は即座に導き出す。

 起源種シェフィルだ。

 あの惑星の核に潜む生命は幾つもいるが、人間がなんらかの方法で観測出来、尚且つ強い興味を持つような存在はそれしかないだろう。起源種シェフィルは星の中核にいるため、簡単には見付からないように思えるが……人類文明には惑星の資源分布を調べるための高性能センサーがある。あれならば星の内側を覗き込む事が可能だ。

 センサーは主に反射された電磁波を解析し、惑星内部の絵図を描く。あの星は大抵のエネルギーは吸い取ってしまうが、母達が通信で使う都合、特定周波数の電磁波は吸収され難いと聞く。恐らく、その電磁波を人類は突き止めたのだろう。更に地表面に研究施設を建てる事も出来た。ここまで条件が揃えば、人間達に惑星シェフィルの観測が出来てもおかしくない。

 問題は、それを肯定すべきか否か。

 ダリウス(人間)達は自分を攫った輩であり、間違いなく敵である。既にバレているとは思うが、わざわざ確信に至る情報を渡す必要はない。感情を誤魔化すように、アイシャはダリウスを睨む。

 ダリウスは気に留めた様子もないまま、話を続けた。

 

「知っている前提で話を進めよう。まず、事の発端は星自体の発見にある。救難信号を追った一隻の軍艦が、あらゆる電磁波を吸い取る奇妙な惑星を発見した。君の暮らしていた星だ」

 

「……偶々巡回中だった感じかしら?」

 

「そう。発見自体は偶然だ。さて、その星は電磁波を吸い取るだけでなく、熱も発していない。極めて隠密性の高い星であり、自然物とは思えない」

 

「自然物じゃないなら、なんだってのよ」

 

「異星人の戦略級兵器。それが軍、そして連邦政府の公式見解だ」

 

 戦略級兵器。

 即ち、単体で戦争の行方さえも左右する兵器という意味だ。明確な定義は存在しない、というより定義出来ない言葉でもある。例えば石器時代程度の文明なら、中世ヨーロッパで使われていた出来の悪い大砲でも戦局を左右するだろう。かといって惑星外から攻撃可能な今の人類文明にそんなものを使っても、戦局は何一つ変化しない。

 人類文明がこの星を戦略級兵器と認定したという事は、この星を『脅威』と判断した事を意味する。

 

「とはいえ、見た目はただの星だ。人類の居住惑星に向けて進んでいる素振りもない。それに電磁波も熱も吸収する性質は、今後の人類文明にとって役立つ」

 

「今後、ね。つまり安全そうだから、まずは軍を率いて調べに来たって訳?」

 

「その通り。とはいえ数を集めてもどうにもならず、挙句墜落してしまったがね」

 

 ダリウスの話を聞いて、アイシャは納得がいく。

 今思えば最初から不自然だった。惑星シェフィルにやってきたのは数十隻の戦闘艦。普通惑星資源を調査するなら、戦闘艦による護衛が付くにしても、調査船が主力となる。

 しかし惑星シェフィルを兵器だと考えていたなら話は別。万一戦いとなった場合、調査船主体では被害が大きくなる。安全を考慮し、いざという時に破壊するつもりなら、戦闘兵器を主体にするのは当然の判断だ。

 思えばアイシャも、起源種シェフィルや惑星シェフィルの存在を不審に思っていた。何処かの文明が作った存在ではないかと。実際には超絶進化した野生生物だったが、そんな事を知らない人間達が『シェフィル』を兵器と考えるのも無理のない事だろう。

 

「さて。調査を進めるうちに、この星で三つの問題が確認された」

 

「三つ?」

 

「一つは、この星自体が我々人類の常識を超えている事」

 

 今の人類文明なら、惑星の一つ二つを造成する事も不可能ではない。

 不可能ではないが、現実的ではない。惑星ほど巨大な質量を集め、固め、安定させる『エネルギー』があまりに膨大だからだ。そんなエネルギーを投じたら、人類文明はまともに機能しなくなるだろう。環境の良い星を改造するのにもエネルギーは使うが、星を一から作り出すのに比べれば数十億分の一で済む。

 それは他の文明でも同じ筈である。

 つまり人工物と思われる星があるという事は――――人類文明よりも遥かに大きなエネルギーを扱える、超文明の存在を想定しなければならないのだ。

 エネルギーの大きさが文明レベルに直結する訳ではない。しかし石器時代と産業革命期だと、扱うエネルギーが桁違いに違い、そして圧倒的に産業革命期の軍隊の方が強い。膨大なエネルギーの使い手は、ほぼ間違いなく強大な存在である。

 強大な文明により生み出された星が、果たして人類文明にとって脅威でないと言えるだろうか?

 

「二つ。この星のエネルギー吸収の原理が、全く解明出来なかった」

 

 惑星シェフィルのエネルギー吸収について、人類は勿論研究した。再現出来ればエネルギー産業に革命が起きるだけでなく、この危険な星の攻略にも役立つ。

 だが、現時点で全く解明出来ていない。

 吸われ難いエネルギーの波形や、吸収量などは判明した。しかしそれは情報でしかない。どうやってその性質を発揮しているのか、どうすれば再現出来るのか。まるで分からなかった。

 さながら原始人に、核爆弾の原理なんて想像も出来ないかのように。

 

「今や数多の星々を支配する人類が、一年も研究してないとはいえまるで分からない。解明の手掛かりすらない体たらくだ。人類との技術力差は、悔しいが明白と言わざるを得ない」

 

「……だからって、攻撃を仕掛けるのはどうなのよ。おか、んんっ、あの黒い生物達との対話だって出来た筈よ」

 

「それが三つ目の問題だ。我々人類に匹敵する知的生命体で、尚且つこちらの勢力に組み込めない存在が現れてしまった」

 

 今まで人類文明が発見した知的生命体は、いずれも人類よりも遥かに文明レベルが下だった。こちらが観測している事に気付かず、政府の決め事や民意一つで種族の寿命が左右される程度の存在でしかない。

 ところがこの星に暮らす知的生命体は、人類文明の存在に気付いた。

 尚且つ人類のコントロール下に入る事を明確に拒んだ。それは人類に制御出来ない、人類に匹敵する勢力が野放しという事。簡単に絶滅させられるか分からないどころか、何時こちらに危害を加えてくるか分からない。

 もしかすると、人類の明日を脅かす可能性がある。そのような存在を認める訳にはいかない。全ての人間の生命を守るため、()()()()()()()()()()()()()()

 

「三つの理由から、連邦政府は正式にこの星の破壊を検討していた。そして止めが、惑星内部にいる存在だ。地上で研究を進める中で、核とは全く異なる何かが確認出来た。正体は不明。この未確認存在を静観不可能な脅威と結論付け、ついに惑星破壊作戦が決行された訳だ」

 

「なんて身勝手な……!」

 

「そうは言うが、生物なんてどれも似たようなものではないかね? あの黒い化け物達も、案外同じ判断をしそうだと私は考えているが」

 

 咄嗟に反発するアイシャだったが、ダリウスの指摘に声を詰まらせる。確かに母達の一族は合理的で、一切容赦がない。もしも『シェフィル』に危害を加えると考えたなら、躊躇いなくその生物を殺すだろう。たとえそれがまだ推測だとしても、だ。

 人間が『予防措置』をしてはいけないと、少なくとも合理的な観点で止める理由はない。

 

「(止められる可能性があるとすれば、この星が兵器ではなく生物だと伝えるぐらい……ううん、駄目ね。伝えたところで信じるとは思えない」

 

 惑星サイズの生物なんて、今の人類科学では想定すらしていない存在だ。「理論上あり得ない」と言われかねない、非常識な存在でもある。

 アイシャも、直に起源種シェフィルを見ていなければ信じていなかっただろう。なら、ダリウス達を星の中核に案内したら信じてもらえるだろうか?

 ……論外だ。この星の『制御』を目論む人間達を、星の中核に招くなど自滅行為に等しい。仮に野生生物だと信じたところで、惑星サイズの生物という制御不可能な存在と認識されるだけ。考えは何も変わらない。

 どうあっても、人間達は止まらないだろう。地球上からあらゆる危険を取り除いたように、宇宙からも脅威を全て消し去るまで。

 

「(兎も角、連邦政府がこの星を攻撃する理由は分かった)」

 

 納得は出来ないが、理解は出来る。人間は恐怖と共存出来ない。ましてや未知となれば尚更だ。全ての恐怖を取り除こうとするのは、動機としては納得がいく。

 理解出来ないのは、ダリウスの方だ。

 

「で? そんな危険な星の『原住民』である私を生きたまま船に乗せるなんて、どういうつもりなのかしら?」

 

 連邦政府の動機が「脅威の排除」である以上、アイシャを生きたまま船内に連れ込む事を命じるとは思えない。跡形もなく、星ごと破壊するのが最適解だ。そして人類文明は(少なくとも普通の星相手なら)それを可能とするだけの技術力を持つ。

 果たして自分を攫ったのにはどんな理由があるのか。考えようとしたアイシャであるが、それはすぐに無駄だと思う。

 ダリウスが浮かべた、邪で欲深な顔。こんな顔で語られる言葉が、理屈で説明出来る『合理的』なものである訳がないのだから。

 

「この星の生命体については、よく研究した。あの知的生命体の弱点や戦闘能力を探る必要があったからな。しかし研究の過程で、面白い事実を見付けた。なんだか分かるかね?」

 

「いいえ、さっぱり。何しろあの星の生き物、地球とか他の星の生物と全然違うんだもの……優秀過ぎて、人間である私には想像も付かないわ」

 

「その通り。驚異的な再生力、優れた肉体性能、無から湧き出すエネルギー。どれも人間にはない魅力だ」

 

 アイシャが若干織り込んだ皮肉を、まるで気付いてないかのようにダリウスは肯定する。

 事実、ダリウスが挙げたものは魅力的である。医療、軍事、エネルギー革命……惑星シェフィルの生物の能力を再現出来れば、人類文明は途方もない進歩を遂げるだろう。膨大な富を生む事も考えれば、政財界も惹かれる案件と言える。

 しかしダリウスの物言いから、彼自身はそれらよりも惹かれるものがあるらしい。

 

「だが何より魅力的なのは、不老不死である事だ」

 

 それが、まさかこんな、あまりに古典的なものだとはアイシャも思わなかったが。

 

「……不老不死、ですって?」

 

「その通り! 小型種の細胞で実験したが、一定条件を満たせば半永久的に生存する事が判明した。比喩ではなく、本物の不老不死の細胞だ」

 

 不老不死。

 ダリウスが語った言葉に、アイシャは思わず息を飲む。

 何百年、何千年、もしかすると何万年……人間が追い求めてきた夢。物語などで何度窘められても、それでも求めて止まない死の超越。

 今の人類でも叶わない、「死なない」という夢。それを惑星シェフィルの生物は叶えているというのか。

 馬鹿らしい、と本来ならば呆れる話だろう。古今東西、不老不死なんて詐欺の常套句だ。だが惑星シェフィルの生物ならば、エネルギーさえあれば無尽蔵に再生し、死んだ肉体を『蘇生』させるほどの細胞ならば――――不老不死もあり得るかも知れない。

 ここで、本気で呆れ返る演技が出来れば、多少ダリウスの動揺を誘えたかも知れない。だがアイシャは無意識に息を飲み、彼の言葉を肯定してしまう。

 ダリウスは光悦とした笑みを浮かべた。

 

「不老不死! 人類が長年望んでいた夢がついに手に入る! 心が躍るだろう!?」

 

 叫ぶような口調で、不老不死への憧れをダリウスは語る。

 その憧れは、彼だけのものではあるまい。特権階級からしても、永遠の命は欲しくて堪らない筈だ。不老不死を求める仲間、或いは媚びへつらうスポンサーとして、ダリウスに協力している連中がいるのだろう。少なくとも惑星シェフィルでアイシャを攫った奴等は、その計画の一員に違いない。

 そして彼等が不老不死を手に入れた時、惑星シェフィルは破壊済み。仲間以外(或いはダリウス以外)が求めても、永遠の命は手に入らない。暗殺を試みても、頭が破損しても再生する生命力の前では無駄。宇宙船を爆破しても、丸焦げ程度なら復活する筈。何が起きても『代替わり』すらしない。

 一部の不死の権力者による支配。惑星シェフィルの不老不死を解明した時、空想作品に出てくるような最悪の政府が誕生するだろう。

 

「(別に、人間達の政治がどうなろうともう私は知ったこっちゃないけど)」

 

 しかしそんな事は、アイシャにとってどうでも良い。もうアイシャはあの星で、シェフィルと共に生きると決めたのだ。連邦政府による圧政が宇宙を支配しようと、関わるつもりは一切ない。

 だが、こんな事のために自分達の暮らしを脅かすなんて。

 それだけは許せない。許せないが、この状況をどう脱するべきか。

 

「(仮に逃げ出しても中にいる軍人はダリウスの配下。最悪不老不死を求める同士という可能性もある……ううん、不老不死の価値を思えば末端には知らせていないかも。なら焚き付ければ或いは……)」

 

 今し方得た情報で何か作戦を練れないか。光悦としているダリウスの前で考えを巡らせてみるアイシャ。

 もう少し考えれば一つぐらい案も出たかも知れないが、室内に鳴り響いたアナウンス音が思考を妨げた。どうやらダリウス宛ての通信らしい。

 

【艦長。無数の生命体が当艦隊に接近しています】

 

「何? ……ああ、黒色知性体か。交戦規定に則り、総司令部に状況説明後戦闘を行う。先の惑星降下戦では少なからず被害が出た。決して油断はするな」

 

 ダリウスと船員との会話を、アイシャも聞く。詳細な状況は分からないが、どうやら母の一族がやってきているらしい。

 攻撃された以上、母達も静観する気はないのだろう。

 

【既に連絡を行っています。ですが、連邦軍総司令部と通信が行えず……】

 

「何? 通信妨害か?」

 

【こちらの通信は飛ばせており、管理システムは通信妨害の可能性を否定しています。ただ、連邦政府側からの返信が一切ないのです。一分前からこの状況ですので、黒色知性体が何かしている可能性は否定出来ません】

 

 どうやら交戦前の手続きで、問題が起きているらしい。人類側の問題か、母達が何か仕掛けているのか。

 なんにせよこの混乱に乗じれば逃げ出せるのではないか、という期待を抱くアイシャ。しかしダリウスの揺るぎない自信を見るとあまり期待出来そうにない。この程度の事態は、想定済みなのだろう。

 

「分かった。プロトコルに則り、当艦隊の判断で交戦を行う。油断するなよ、相手は人智を超えた存在だ」

 

【了解。全艦に交戦指示を通達。人類の力を見せ付けてやります】

 

 やり取りの後、通信は途絶える。ダリウスの不敵な笑みを見る限り、人類側が有利なのだろうか。しかし母達の合理性を思えば、勝機なしに突っ込んでくるとは思えない。何か作戦がある筈。

 そしてもしかしたら。

 

「(……流石に、それは乙女が過ぎる)」

 

 自分が抱いた考えを否定するように、アイシャは首を横に振る。

 いくらシェフィルが自分を愛しているとしても、こんな宇宙の彼方まで助けに来る筈がないのだから――――

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