凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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星の継承者13

「――――はっ!?」

 

 途切れていた意識が覚醒した時、シェフィルは見知らぬ場所にいた。

 そこは狭い道だった。人が二人も並べば、それだけで道幅を埋めてしまうだろう。洞窟のように壁や天井があるが、いずれも金属で出来ており、けれども継ぎ目が見当たらない。凹凸も一切確認出来ず、自然由来のものではないとすぐに理解出来る。おまけに壁全体が発光していて、閉所なのに明るい。

 これほどハッキリしたものを見れば、シェフィルも状況はすぐに把握出来た。

 此処は人間達が操る戦闘艦の内部。母によって自分が送り込まれた、あの巨大な宇宙船の中。

 そして大切な、愛しい人であるアイシャが囚われている場所だ。

 

「(母さま、成功したんですね!)」

 

 まさか自分の身体を素粒子レベルで解体された上、失敗したらそこらの素粒子でもう一回作れば良いやと思われていたなど露知らず。流石は母さま、とシェフィルは親を誇らしく思う。

 しかしその思考はすぐに切り替えた。侵入に成功したからには、早速アイシャを探さねばならない。母も言っていたが、今は母達と人類が激戦を繰り広げているのだ。母はこの船に手を出さないだろうが、他の一族はお構いなしに攻撃してくるだろう。戦局は不利とはいえ、母達もそれなりに人間達の戦闘艦を撃破している。極論、一秒後にこの船が爆発しても不思議はないのだ。

 急いでアイシャを見付けなければ。ではどうすべきか? とりあえず、何もかも破壊する勢いで暴れ回るべきだろうか?

 流石に、それは不味いだろう。

 

「(此処はいわば人間の本拠地。どんな罠があるか分かりませんし、そもそも人間がたくさんいる筈です)」

 

 惑星シェフィルに落ちてきた戦闘艦、そこから救助された人間達を前にしてアイシャは言っていた。戦闘艦一隻当たり大体百人ほどで動かされていると。

 ならばこの船にも百人の人間が乗っていると考えるべきだ。しかもその百人は武装している可能性がある。シェフィル達の家を襲撃してきた程度の装備であれば、何人か纏めて相手も出来るが……ダリウス、あの男が装備していた強化外骨格相手では勝ち目がない。銃で武装しただけの人間にしても、流石に何十人も集まると厄介な相手となるだろう。

 元より、目的はアイシャを助け出す事。母達の戦いを助けるためにも戦闘艦の破壊に勤しみたいところだが、それは二の次である。それに母の話通りであれば、起源種シェフィルの手によりこの戦いは終わるのだ。損害を与えられなかったからといって悔やむ必要はない。

 暴れ回るなど愚の骨頂。人目に付かないよう慎重に、戦いを避けるように探索するべきだ。

 

「(まずはアイシャの居場所を探りましょう。確か、母さまは船の中心辺りにアイシャがいると言っていましたね)」

 

 一旦の行動方針と目的地を定めたところで、シェフィルは立ち上がる。自分の現在地や進むべき方角も分からないが、それらの情報を集めるためにも行動が必要だ。

 幸いにしてこの通りは一本道になっている。分かれ道だらけで迷う事はあるまい。まずは目の前にある曲がり角の先に行こうと、シェフィルはそちらへ向けて歩き出した。

 

「くそ! また一隻落ちたらしいぞ! 奴等とんでもない戦闘力だ!」

 

「あの星の生物が生体兵器だって話は本当みたいだな。早期に攻撃出来て良かったが、しかし地上戦から撤退した挙句、宙域戦闘でもここまでの損害が出るとは――――」

 

 そして曲がり角の向こうからやってきた人間こと兵士二人と鉢合わせる。

 ……こうもばったり遭遇するとは思わず、シェフィルはその場で硬直。アイシャ救出を意識し過ぎた事、それと人間の力が弱過ぎる事から、察知出来なかった。兵士達もシェフィルの気配を察知出来ていなかったようで、その姿を見て硬直。沈黙が両者の間に流れる。

 しかしその沈黙も長くは続かない。

 人間同士の出会いであるが、兵士達がシェフィルを『仲間』だと認識する事はない。十五という人間としてはまだまだ幼い年頃なのに加え、シェフィルが着ているのは毛皮で作った原始的な衣服。人工繊維で作られた、白く清らかなデザインの軍服とは似ても似つかない。一目で軍人ではないと分かるだけでなく、極めて原始的な――――今正に攻撃している惑星から来た事が窺えるのだから。

 故に兵士の一人は即座に自分の耳許に手を当てた。耳に掛けてあるイヤホン型端末を起動し、侵入者の存在を仲間に知らせるために。またもう一人は腰にある銃を手に取り、シェフィルを攻撃しようとしてくる。

 二人の判断は素早い。シェフィルと鉢合わせてから、ほんの一〜二秒程度で行動を起こしている。日頃の訓練の賜物であり、普通の人間ならば命乞いの暇もなく無力化(殺害)されていただろう。

 だがシェフィルから見れば実に悠長な動きだ。

 シェフィルは即座に跳び掛かり、通信を試みようとした兵士の頭にしがみつく。一度「仲間に伝える」と決めた思考は、シェフィルが肉薄してきたとしても瞬時には切り替えられない。耳に手を当てたまま兵士はまた固まってしまう。

 この間にもシェフィルは両手で兵士の頭を掴む。そして兵士が我に返るよりも早く、強引に頭を回してしまう。

 寸分の躊躇いもない動きにより、兵士の顔が真後ろを向く。ボキンッ、という音と感触がシェフィルの手に伝わった。もう意識もない兵士の瞳は虚空を見つめ、脳からの指示を失った身体は力をなくして崩れ落ちる。

 動かなくなった兵士を蹴り捨てつつ、シェフィルが次に跳び掛かるは銃を構えようとする兵士。銃の威力は決して小さなものではなく、当たれば(たとえ心臓を撃ち抜かれても死なないが)怪我は免れない。加えて速度も速くて回避は困難。極めて強力な攻撃である、が、しかし明確な弱点がある事にシェフィルは気付いていた。

 それは、攻撃が銃口から放たれる事。

 つまり銃口よりも内側、伸ばした腕よりも近くまで迫れば、決して当たらないという事だ。勿論腕を曲げるなり後退するなりすれば、また狙いを付けられる。銃自体を鈍器のように使い、格闘戦に切り替える事も出来るだろう。しかし一度「銃で撃つ」と決めた思考を切り替えるには、やはり一瞬でも時間が必要だ。

 思考の切り替えに時間が必要なのはシェフィルも同じ。だが母達の遺伝子を持ち、高速で情報を処理出来るシェフィルの思考速度は『純粋な人間』を遥かに上回る。

 肉薄したシェフィルは即座に相手の腹を殴る! 打撃により兵士は大きく前のめりになり、その隙にシェフィルは流れるような動きで背面に肘鉄を打ち込む。

 ただの人間が背中を叩いたところで、手痛い攻撃でしかない。だがシェフィルの筋力は人間離れしている。兵士の服は耐衝撃機能もあり、打撃の威力を大きく吸収したが……それでも威力は相殺しきれず。兵士の背骨は砕け、下半身が不随となる。

 それでも上半身はまだ動く。兵士は顔を顰めながら銃の狙いをシェフィルに向け、引き金を引いた

 瞬間、再度接近したシェフィルはその兵士の手を掴み、へし折りながら曲げた。

 手と一緒に銃口も向きを変え、兵士の頭を狙う。折られた手の痛みすら認識していない兵士の反応速度では、シェフィルのした事に気付く事も出来ない。

 銃口から放たれた針が、兵士の脳天を貫く。

 脳を貫通するダメージにより、兵士はぱたりと倒れた。もう上半身も動かない。

 

「ふぅ。いきなり鉢合わせるからビックリしちゃいましたよ」

 

 二人の人間を始末したシェフィルが、悪びれる事もなくそう独りごちる。

 予期せぬ遭遇だったが、二人が行動を起こす前に始末出来たので良しとしよう。前向きに考えながらシェフィルはうんうんと頷いた。

 ……残念ながら、『戦闘艦』はそれを見逃してくれず。

 突如、艦内に警報が鳴り響く。いきなりの警報音に驚いたシェフィルは、つい先程人間二人を殺した時の勇ましさは何処へやら。迷子の少女のように右往左往してしまう。

 

【警告。艦内に侵入者確認。乗員二名死亡。機動部隊は戦闘態勢に入り、迎撃に移れ】

 

 そして流れてきた放送を聞き、どうやら穏便な潜入が破綻したと知る。

 

「ほへー。中で何があったかも分かるのですか。人間の文明というのは、やはり凄いものですね」

 

 素直に、改めて人類文明の発展ぶりを感心するシェフィル。同時に身体に力を滾らせ、意識も好戦的なものに切り替えていく。

 バレた以上、力を抑えて隠密行動する理由はなくなった。それに何が起きたか瞬時に察知したという事は、恐らくこちらの居場所も把握しているだろう。人間達は分散してシェフィルを探し回る必要はなく、大量の戦力を一気に投じてくる筈だ。

 シェフィルのその予想は正しかった。

 無数の『電磁波』が、シェフィルの方に接近してきたのだ。

 

「む。早速来ましたか」

 

 人間も生物である以上、筋肉などの活動で微弱な電磁波を放出している。これだけだと惑星シェフィルの虫程度の力しかないが、今回の人間達はしっかり武装しているのか。より強い電磁波を放ち、ハッキリと感じ取れた。

 艦内放送があってから僅か十数秒でこちらに駆け付けてくるとは。そう簡単に出来る事ではないとシェフィルは感心しつつ、不敵に笑う。電磁波の発する方角、それと出力が強まる(近付く)感覚を解析すれば、相手がどの程度の速さやルートで移動しているか『丸見え』だ。これなら何時接敵するか予測するのは容易い。そして何処から現れるのかも、なんの問題もなく予想出来る。

 故にシェフィルは足下に転がる人間の一人の足を掴み、荷物のように背負ってから動き出す。ついでに左右もキョロキョロと見回しておく。こちらは人間達の行動に気付いていないと言わんばかりに。人間達は見事シェフィルの仕草に引っ掛かったのか、接近する速さも動きも変えない。

 或いは、人間達はこちらの不意をつけると思っていたのかも知れない。

 普通ならばそうなっただろう。何故ならこの宇宙船は、自由にその形を変える事が出来る。砲台をぐにゃぐにゃ曲げたり、穴を塞いだり。ならば宇宙船の中に新しい通路を作る事も、出入口を作る事も難しくないだろう。

 人間達は勝利を確信した笑みを浮かべながら、()()()()()姿()()()()原始人(シェフィル)がこの奇襲を予測出来る筈がないと言わんばかりに。

 見えていたシェフィルからすれば、滑稽を通り越して笑う気にもならないが。

 

「攻げ」

 

 先頭に立っていた人間は、恐らく奇襲に成功したと思っているのだろう。彼が声を発する前に、シェフィルが大きく振りかぶっているにも拘らず。

 無論シェフィルは彼が言い終わるのを待つ気はない。容赦なくその手に持っていた人間の亡骸を兵士に叩き付けた。

 人間、という言葉を物理的に言い直せばどうなるか? それは質量六十キロ以上の『物体』だ。巨大な岩に匹敵する重さであり、十分な速度があれば相応の破壊力を有す。

 シェフィルが振るった死体は、時速三百キロ近い速さまで加速していた。この時受ける衝撃の大きさは、シェフィルには縁のない事象であるが……重量一トンの乗用車が時速七十キロ以上の速さで激突した時のものに匹敵する。しかも乗用車であれば面積が広い分衝撃も拡散するが、今回激突したのは車よりも小さな人間の身体。衝撃は一点に集中し、より大きな打撃を相手に与える。

 何よりシェフィルが狙ったのは頭部。

 遺体の直撃を受けた兵士の頭はぐしゃりと潰れ、それでも打撃のエネルギーは失われず身体が空中で横回転。しかも引き金に掛けていた指が硬直した事で、四方八方に銃を撃ってしまう。

 対象を狙っていない弾丸は、殆どが壁に当たる。されど鋭く丈夫な――――シェフィル達への有効性を追求した針状弾丸は、同じく頑強な壁と接触するや跳ね返り、死んだ兵士の後ろに控えていた仲間達に当たる。攻撃開始と思いきやいきなり始まった同士討ち。兵士達は何が起きたのかも分からない。しかも奇襲のために通ってきた道は非常に狭く、事情を知らない仲間が後ろを塞いでいるため後退も出来ない有り様だ。

 針が腹や肩に当たった者はまだ良い。しかし額や首など、致命的な部分を撃ち抜けばその者は死に至る。次々と倒れていく仲間の姿に、『最前線』に立つ兵士が恐怖から硬直するのは無理もない。

 シェフィルはその隙を逃さない。

 

「ぐがあああ!」

 

 落ちていた針の一本を素早く拾い、咆哮と共に眼前の相手へと振り下ろす! 兵士はハッとして銃口をシェフィルに向けたが一手遅い。

 眼球を針が貫き、脳まで達する。悲鳴を上げる兵士の手首を空いている片手で掴んだシェフィルは、腕の骨をへし折りながら銃口を更に後ろの兵士に向けた。

 狙われた兵士が青ざめた時には、目玉を貫かれた兵士は銃の引き金を引く。この生意気な原始人を撃ち殺すという信念は、痛みと迫る死を無視して攻撃行動を起こしたのだ。尤も既に銃口は仲間を見ていて、信念が貫いたのは同僚の命なのだが。

 同士討ちさせればもうコイツに用はない。目に刺さったままの針で頭の中身をぐりゅっと軽く掻き回したら蹴り飛ばす。

 ここまでの戦闘時間は僅か数秒。その数秒で、シェフィルを奇襲しようとした部隊――――七人の兵士のうち六人は命を落とした。多少真面目にやったとはいえ、シェフィルとしては『全力』には程遠い。元々呼吸などしていないとはいえ、汗一つ流さず、息も乱さなければその余裕ぶりは窺い知れるだろう。

 その圧倒的な実力差を理解したのか。運良く最後まで生き延びた兵士は、銃を向けつつもシェフィルに攻撃しなかった。シェフィルが視線を向ければびくりと身体を震わせ、銃を手放して両手を高々と上げる。人類の文化など殆ど知らないシェフィルだが、これが降伏のポーズである事はなんとなく理解出来た。

 こちらを攻撃しないのなら、今すぐ殺す必要はない。それに、丁度聞きたい事もあった。シェフィルも攻撃の手を止め、生き延びた兵士に話し掛ける。

 

「一つ質問があります。あなた、私のアイシャが何処にいるか知りませんか」

 

「た、たす、助けて……」

 

 シェフィルが問い詰めると、兵士は震えながら頓珍漢な答えを返す。誤魔化しているのか、とも思ったが、よく考えると自分が電磁波で話している事を思い出す。

 そういえば普通の人間は音で会話をするのだった。普段使っていない器官を動かすのはちょっと面倒だが、アイシャの情報を得るためなら仕方ない。少し気合を入れてから、声を出す(声帯を震わす)

 

「質問です。アイシャが何処にいるか答えてください」

 

「あ、アイシャ……? だ、誰の事……」

 

「私の大切な人です。あなた達が私の暮らす星に爆弾を落としていた時、あなたの仲間が攫っていったんです。知らないなんて言わせませんよ」

 

「し、知らない! 俺達はただの機動隊で星には行ってない! それは実行部隊、が……」

 

 何かに気付いたのだろうか。答えていた兵士の言葉が不意に途切れる。そして目を見開きながら大きく口を開けた

 瞬間、天井から伸びてきた棘が兵士の後頭部を貫く。

 棘は長さ二メートル近く、太さは十センチほどあり、天井と一体化している。どうやら天井の一部が盛り上がり、鋭利になって伸びてきたようだ。壁だった場所からいきなり通路が出来るぐらい変幻自在なのだから、棘を生やすぐらい造作もないだろう。その鋭さがどれほどのものであるかは、射抜かれた兵士の姿を見れば明らか。棘は頭を貫いて喉から飛び出しており、頭蓋骨と脳の中身でも止められなかった。

 更に射出速度は凄まじく速い。シェフィルでも反応するのがやっとの超スピード。普通の人間では視認すら間に合わない速さだろう。

 貫かれた兵士は絶望しきった目をしていて、手足が痙攣していた。一応息はあるが……脳が損傷し、二つの傷穴から酷い出血をしている。シェフィルであればここから再生も可能だが、ただの人間にとっては致命的な怪我。もう助からないだろう。

 勿論シェフィルはこんな攻撃を仕掛けていない。しかしシェフィルを狙った攻撃が外れ、不運にも人間の兵士に当たったようには見えない。だとすると、これは所謂『口封じ』。何かに気付いてしまった味方に、何も喋らせないようにするための措置か。

 それは貫かれた兵士も気付いたらしい。微かに動いた指先が、ある方向を指差した。小さなサインを示した兵士は、直後何も言わず力尽きる。

 ……アイシャに対して何もしていなかったと思われる彼等を殺めても、シェフィルは申し訳ないという気持ちを抱かない。人間達が惑星シェフィルを、自分を攻撃してきた事は事実。攻撃者に如何なる事情があろうと、自分の生命を脅かすのであれば排除する。それは野生の世界において、ごく普通の振る舞いだ。

 ただ、今し方道を指し示してくれた事への『恩』は覚える。合理的だからこそ、事態を個別に判断する。敵は敵であるが、その事自体に恨みなどない。そして裏切りと報復の概念ぐらいは、シェフィルも理解している。

 あの状況で示された指先。あれは自身を裏切った誰かに対する報復だと、シェフィルは信じる事にした。

 

「それでは、有り難く目的地へと進ませていただくとしましょうか」

 

 アイシャ奪還のためにシェフィルは屍を踏み越えながら進む。

 それを阻むように天井から伸びてきた棘が、今度は正確にシェフィルを貫く軌道で襲い掛かってきた。

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