「という訳で、じゃーん。私が仕留めたガルルです!」
片手でガルルの頭(小動物による捕食で内部がグチャグチャになった状態)を掴み上げたシェフィルは、満面の笑みを浮かべながらそう自慢する。
自慢された相手は二人。戦いが終わってからこの場に戻ってきた、母とアイシャだ。
母は(元々表情などないが)何一つ感情を変化させずに【素晴らしい。よくやりましたね】と伝えてくる。母は何事もよく褒めてくれる。だからこの言葉もシェフィルにとっては慣れたものだが、褒められるのは何度されても嬉しいものだ。
とはいえ今回の本命は、母ではなくアイシャの方。
そもそもシェフィルがガルルと戦ったのは、アイシャの願いである美味しいものを食べさせるため。そしてあわよくばアイシャに自分が繁殖相手に相応しいと認識させる事だ。
美味しいものを食べさせるとどうして繁殖出来るのかはよく分からないが、人間の本能がそう命じたのだからきっとそれで上手くいく。本能のまま生きてきたシェフィルは、自分の本能通りに動いた事でそう確信していた。
「ひょえぇぇ……」
アイシャの反応は、恐怖に引き攣った顔を浮かべる事だった。
どうにも「ありがとう! 私と子孫を残しましょ!」と言いそうにない。あれれー? と思い首を傾げるシェフィル。何か間違えたのだろうかと考えてみるが、原因はさっぱり分からない。
生首を掲げる姿が不気味という『非合理的』な発想は、シェフィルの思考の埒外にあった。そもそもマンモスを石器で狩っていた原始時代なら兎も角、恒星間航行が出来るようになった今の人類が食べ物を奢られたぐらいで繁殖相手に選ぶ訳もないが……今時の人類を知らないシェフィルには想像も付かない。
考えても分からないので、直接訊いてみる事にした。
「どうしたのです? そんな顔して」
「い、いや、だって生首……」
「動きませんよ? まぁ、そのうち再生するでしょうけど、このぐらい小さかったら流石に脅威にはならないと思いますよ」
「そ、そういう問題じゃないの! 気持ち悪い! あと傷口がうねうねしてるのがヤダ!」
「うーん。よく分かりませんが、そういう事なら捨てましょうか」
どうせガルルの頭はかなり硬質化していて、食べるのに時間が掛かる。中身を穿って食べればいいが、正直効率は良くない。故にシェフィルは躊躇いなく、ガルルの頭を遠くに投げ捨てる。
捨てられたガルルの頭が、地面に落ちる事はなかった。
大地を粉砕して現れた、体長二メートルほどの生物に捕食されたからだ。見た目はウゾウゾのような蛆虫型なのだが、上半身側が螺旋を描き、またヒゲのように細かな足が無数に生えている。
シェフィルがネジウゾと呼んでいる種だ。恐らくガルルの体液などから、『有機物』の存在を感知してやってきたのだろう。ネジウゾの身体の先端にある口は筒状(正確にはその筒状の『吻』の奥にあるのが本当の口だが)で、歯さえ生えていないが、大きく広げてガルルの頭をぱくんと丸飲みにしてしまう。
無防備な頭相手だから出来た事であり、ネジウゾ自体は大きさの割に大して強くないが……アイシャにとっては相当恐ろしかったらしい。「ぎゃーっ!?」と悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。ネジウゾの姿が見えなくなっても、へたり込んだままだった。
「(むぅ。何がいけなかったのでしょう?)」
アイシャが何故へたり込んだのか。理解出来ないシェフィルは、少し考え込む。
少し考えてやっぱりよく分からなかったので、気にしない事とした。
それに、本命はあんな頭ではない。
「それよりもアイシャ! 見てください、このガルルの身体! ウゾウゾよりも美味しいですよ!」
美味しいものを食べたがっていたアイシャに振る舞うべきは、ガルルの身体の方なのだから。
倒したガルルの身体のうち、食べられる部分である中身の半分ぐらいは、既にシェフィル自身が食べている。戦闘で負った怪我の再生に使った資源、そして消費したエネルギーを補充するためだ。
残りの半分も、少し小動物に食べられているが……まだ十分残っている。アイシャを満腹にするぐらいは出来るだろう。
「……えっ。もしかして、私のために戦ったの……?」
その事を伝えると、アイシャはキョトンとしながら尋ねてくる。
「? 別に、アイシャのためではないですよ?」
シェフィルは心から不思議に思い、首を傾げる。繁殖したいのはあくまでシェフィルの意思であり、決してアイシャのためではない。
故に今の言葉は嘘偽りのないもの。しかしアイシャは何か思うところがあるのか、考え込んでしまう。
やがて小さく息を吐き、背筋を伸ばして、立ち上がったアイシャはガルルの身体へと歩み寄った。
群がる小動物達はアイシャの接近を気にせず、ガルルの身体を食べ荒らす。その小動物を一匹一匹指で摘み(その際毎回「うひ〜!?」と悲鳴を上げていた)、ぽいっと近くに捨てていく。小動物ぐらい一緒に食べれば良いのでは? とシェフィルは思うが、アイシャの好きなようにやらせる。
そうしてある程度綺麗にしたところで、アイシャの動きがまた止まった。今度は何か、神妙な顔付きをしたままで。
しばらく待っていたシェフィルだが、あまりにアイシャが動かない。ひょっとすると何か、例えば何処を食べればいいか分からないなどの問題が起きたのだろうか。
【どうしましたか。何か問題でも?】
母も同じ疑問を抱いたようで、アイシャに質問を投げ掛ける。
問われたアイシャはびくりとしながら背筋を伸ばす。問い掛けてきた母の方をちらりと見ると、再び考え込むように目を伏せ、ガルルの亡骸に視線を合わせる。
「……その、食べ物って、生き物なんだなぁって思って」
ややあって出てきたのは、そんな言葉。
シェフィルにも母にも、全く意味が分からない言葉だった。
「……あの、それが何か? というかさっき食べたウゾウゾも生き物ですけど」
【他の生物を捕食して栄養を得る事は、珍しい生態ではないと思うのですが】
「あ、えと、そうじゃなくて……今まで工場で製造された食品しか食べた事なかったから、食べ物と生き物が結び付いてなかったというか……ウゾウゾでそれを思わなかったのは、考える余裕もなかっただけなんだけど」
「はぁ。そういうものなのですか?」
【食物が生命かどうかが、重要だとは思えません。栄養源となるのであれば、どちらでも構わないのでは?】
「いや、まぁ、そう言われたらそうかもなんだけど……」
何か思うところがあるのか、アイシャの口から出る言葉は何処か重々しい。
正直、何を思っているのかシェフィルにはさっぱりだ。
生き物を食べている事など、シェフィルにとって今更であるし……仮にその感覚がなかったところで何が問題か分からない。感覚を持とうが持つまいが、生きるためには結局食べるのだから。恐らくこの星の生物で、そんな無意味な事を考えている個体など一体たりともいないだろう。
とはいえ、『物事』にどんな感情を抱くかは自由だ。合理的な考え方の方が生存には適しているだろうが、それは生き残りやすいという結果の話であり、良し悪しの話ではない。
シェフィルとしては現状アイシャに生きていてほしいので、生存上の問題があれば改めてほしいが……それも結局はシェフィルの願いであり、どうするかはアイシャが決める事である。生存上の問題がないのであれば、尚更どうこう言う事ではない。
「そうですか。まぁ、どう思うかはアイシャの自由です。ただ、食べるなら早いうちが良いですよ。折角退かした虫達がまた来てます」
精々、のんびりしているとガルルの肉をみんな横取りされてしまうと伝えるぐらいだ。
アイシャは苦笑いした後、覚悟を決めるように力強くガルルの肉を掴む。液状の体組織であるが、時として体重を支える事も出来るそれは弱い力では剥がせない。最初は戸惑い、力を込め、どうにかこうにか指先で摘むぐらいの肉一欠片を千切り取る。
それを腕部分の服に空いた穴へと投げ入れ、口許まで運ばれてきたものをぱくり。アイシャはよく噛んで、ガルル肉を味わう。
ウゾウゾの時と違い、今度は苦しみ悶える事はしない。やがてごくりと喉を鳴らし、アイシャは肉を飲み込む。
「……不味っ」
笑いながら出てきた言葉は、あまり高い評価ではなかった。
「えぇーっ!? ガルルが不味いってどういう事ですかぁ!?」
「どうもこうも、全然味しないし。生臭いし、鉄みたいな苦さがあるし……ウゾウゾよりは全然マシだけど、マシなだけじゃない。美味しくはないわよ、これ」
【ふむ。ガルルの味でも好意的な評価になりませんか。我々に人間のような味覚はありませんが、ガルルは食味のよいものと考えていたのですが】
「ぜんっぜん。こんなのお店で出したら普通にクレーム入るわよ。もー最悪ぅーこれ以上は食べられなーい」
だらだらと出てくるワガママな言葉。先程までの感傷は何処へやら、だ。
折角の獲物を食べないなんて、勿体ない事をするものですね……シェフィルはそう思うが、しかし食べる食べないもまた相手の自由。食べた方が良いとは思っても、強制まではしない。
それに、アイシャが食べないならシェフィルが食べるだけの事。既に身体の傷を癒やす程度には回復出来たが、あくまでも損失を補っただけ。蓄えを作るにはもっとたくさん食べねばならない。
何より、出来るだけ体力を付けておいた方が良い。
「(こんなに美味しいのに……あ、家に帰れば、まだ復活してなければゴワゴワの肉もありましたね。あれなら気にいるでしょうか。でもあれ、ガルルより美味しくないと思うんですよねぇ)」
アイシャに拒まれたガルルの肉をぱくぱくと食べながら、シェフィルは今後アイシャに振る舞う肉について考える。
しかしよい候補は思い付かない。
ガルル以上の肉がないとは言わないが、それはガルル以上の強敵だ。シェフィルでは仕留める以前に、相対するだけで危険だろう。
それら強敵にしても、ガルルより何十倍も美味しいか、と言われれば答えは否である。むしろガルルの肉質は、この星の生物としてはほぼ最上位。それ以上の捕食者の肉など、危険性と釣り合わない程度の差しかない。ガルルを不味いと言った以上、他の捕食者も恐らく不味いと扱き下ろされる。
一体アイシャの星にいる生き物はどれだけ美味しいというのか。
……そう思うと、途端に興味が湧いてきた。シェフィルはウゾウゾも問題なく食べられるぐらい『不味さ』に耐性があるが、それはそれで美味しいものは普通に食べたいのだ。
それに、アイシャと楽しい話をするチャンスでもある。
どうにもアイシャの話は難しいが、生き物の話題ならばシェフィルも多少なりと分かる自信があった。何しろ母から生きる術として、生物学は色々と叩き込まれたのだから。これについてならば、多少専門的な話になっても会話に付いていけるだろう。
「そういえば、アイシャが暮らしていた星にはどんな生き物がいたんです?」
どんな返答が来てもどんと来い。そんな内心を抱きながら、ちょっぴり何時もより楽しげな口調でシェフィルは問う。
「え? どんな生き物って……人間以外の生物なんて、殆どいないわよ」
なんて事もないかのように返されたアイシャの答えは、全くの想定外だった。
「……いない?」
「基本的にどの居住惑星も、人間のための環境に調整されてるからね。天然の海とか山とかあると気象制御のコスト掛かっちゃうから、全部開拓しちゃう」
「ぜ、全部、ですか?」
「そう、全部。あと赤道付近の熱を極地まで循環させる、熱伝導線の敷設もあるから、地面も惑星中隙間なく開拓するわ。環境自体を根こそぎ変えるから、大半の生物は絶滅するって訳。ま、そもそも野生生物とか菌がいると病気の元だから、遺伝子データを採取したら生き残っても根絶しちゃうけど」
【それは興味深い。しかしそのやり方では、食物はどのように生産しているのでしょうか。工場生産されているとの話ですが、原材料は何かしらの生物ではないのですか?】
予想外の答えにシェフィルが戸惑っていると、母がアイシャに質問する。
アイシャはちょっと誇らしげな態度で語り出した。
「生き物じゃなくて、分子合成機で生産しているわ。今の人間の技術なら、光合成より効率的な光変換合成が出来る。それなら体質とか遺伝子で有害なものが出来るかも知れない植物を育てるより、一から作った方がマシでしょ? 大気中の二酸化炭素濃度も管理しないとだから、消費量が分からないと駄目だし」
【成程。全てを管理するのであれば、生物ではなく工業的に製造する方が理に適っていますね】
「そーいう事。ちなみに現在人間が居住している惑星は、確か全部で三十六個。資源惑星は七百を超えるわ。その全てで生態系を『改善』し、人間の管理下に置いているの。ちなみに私が生まれたのは第三テラ。三番目に改良された地球型惑星よ」
【ほほう。人間の版図は、私の想像以上に広かったようですね。思っていたよりも優秀な生物だと、評価を改めねばなりません】
「ふふん、ようやく人間の凄さが分かったかしら? あっ。一応補足しておくと、知的生命体がいた場合は違うわよ? その時は現地文明の発展を見守り、宇宙進出を果たすまで不干渉とするのが決まりだから。この星も、もし発見されたら監視対象として保護される筈。まぁ、あなた達が交流を望めば、その限りではないけど。今の政府は開拓のための技術支援ならノリノリでやるからね」
【そうですか。人間との接触についての統一見解はまだ用意していませんし、今から少し考えた方がよさそうですね】
予期していない話の展開にシェフィルが唖然としていると、母とアイシャで話が盛り上がってしまう。
我に返ったシェフィルは、ぷくっと頬を膨らせた。話を振ったのは自分なのに、どうしてこっちと話してくれないのか。母も、なんでさっと話を攫っていくのだろう。
むくれていると、アイシャがにやにやしながら顔を近付けてきた。
「ほらー、拗ねないの。そうねぇ、この星の名前を教えてくれる? 私も自分の生まれ育った星の名前を教えたんだしさ」
そうして投げ掛けてきた質問は、ようやくシェフィルにも分かるもの。しかしこの状況で問われても、あやされているようでちょっと気分がよろしくない。
「……シェフィルです」
故にシェフィルは、ちょっぴり不満げにそう答えた。
今度はアイシャの顔が呆けたものに変わる番だった。次いで顔を顰める。何を言っているんだ、と言わんばかりに。
「いや、アンタの名前を聞いた訳じゃないわよ。聞いたのはこの星の名前」
「ですからシェフィルです」
「……ん? えっと……?」
繰り返し答えると、アイシャは困惑し始める。シェフィルの言おうとしている事を理解しようとして、けれども上手く答えが出せないのだろう。口はパクパクと喘ぐばかりで、確認や疑問の言葉すら紡げないようだ。
アイシャの考えは未だ分からない事が多いが、しかし今回に限ればシェフィルにも何を戸惑っているのか察せられた。だからもう一度、より丁寧に伝える。
「この星の名前はシェフィル。『私達』と同じ名前ですよ」
母から教わった、この世界の名前を。
シェフィルは、完璧にはアイシャの心境を理解していなかった。
自他の識別をしない母の種族シェフィル。その種族と同じ名前を与えられた元人間のシェフィル。そして星に付けられたシェフィルの名前。
その情報を突き付けられたアイシャは考えていた。シェフィルにはアイシャが何を考えているか分からず、ついアイシャの顔を凝視してしまう。無論凝視しても他者の思考など読めるものではなく、これは全く無駄な行動である。
「……ねぇ、それって」
アイシャの口から出てきた、疑問の言葉。
何を問おうとしているのか。シェフィルは耳を傾け、言葉の続きを待とうとした
次の瞬間の事である。
「ご、ぽ」
言葉の代わりに漏れ出たのは、液体の混ざった吐息。しかしそれはすぐに途切れる。透明な被り物の奥にある顔は青ざめ、目はぐりんと白目を向く。
「――――アイシャ!?」
攻撃を受けている。それに気付いたシェフィルは即座に、アイシャの周りに意識を向けた。
攻撃者の正体はすぐに分かった。
『トゲオー』だ。体長一メートルほどの生物で、普段は雪の下に隠れている。身体は厚さ十センチしかない円盤型をしていて、身体の下側には何万本もある触手状の足を持つ。この平べったい身体を雪と地面の間に差し込み、触手を用いて滑るように動く。
特徴的なのは口だ。身体の一箇所から、太さ十センチ長さ二・二メートルほどの『管』が生えている。この管の先にあるのが口器なのだが、まるで鋭い針のように尖っている。その鋭さたるや、シェフィルの腕だろうと簡単に貫通するほど。
そしてアイシャの着ていた服は、シェフィルの肌ほど丈夫ではなかったらしい。トゲオーの口器はあまりにも呆気なく、服とアイシャの喉を貫いていた。
「っ!」
シェフィルは咄嗟にアイシャの身体を掴む。
代わりとばかりに、近くにあったガルルの身体に口器を刺し直す。こちらは誰も掴んでいないため、トゲオーが管部分をもたげれば、簡単にガルルの肉体は持ち上がった。
そして全力疾走。ガルルの亡骸を奪い、逃走してしまう。
暢気に会話していたら、隙をつかれて色々蹂躙されてしまった。シェフィルの足ならば、追おうと思えば出来なくもない速さだが……お腹も膨れ気味の今、そこまでしてガルルを確保したい訳ではない。何よりアイシャを置いていく事は出来ない。
やれやれと、シェフィルは肩を竦めるだけだった。
「いやー、油断してしまいました。それよりアイシャ、怪我の方はどうですか?」
それからシェフィルは、アイシャの容態を尋ねる。
……そのアイシャの顔が、被り物の奥で真っ青になっていると今になって気付く。
「んー? アイシャ? アイシャー」
シェフィルは何度もアイシャに呼び掛ける。だが、返事はない。
更にその身体の表面に、氷が張り始めた。
よく観察すれば、喉笛から溢れている血も凍っている。穴が開けられた服からもう血は流れていないが、凍った事で塞がっただけ。アイシャの傷が再生した様子はない。
何が起きているのか? 困惑するシェフィルの傍にやってきた母は、アイシャの顔を覗き込む。
【死んでますね】
そしてなんの感慨もなくそう伝えた。
死んでいる。
言葉の意味はシェフィルにも分かる。この星で生きてきたシェフィルにとって、それはとても身近な言葉だ。生きるために数多の生き物を死に追いやり、自分も幾度となく死にかけてきた。
だけど、こんなあっさり死ぬのは予想外。
シェフィルは人間の丈夫さというものを、よく理解していなかった。喉笛を棘で貫かれた程度、シェフィルであれば回復可能なのもあって、まさかアイシャがこの一撃で落命するなど予想もしていなかったのである。
……尤も、驚いた点はそれだけだが。アイシャが攻撃された事にも特段怒ってはなく、トゲオーに攫われるのを防げたので自分の対応は及第点だとすら考えていた。アイシャが死んだ事自体に、思うところはない。
「そうですか、死にましたか」
シェフィルは、アイシャの死を大した感情もなく受け入れた。
そう、シェフィルにとって死は身近なものであり、忌むような現象ではない。大体にして、シェフィル自身一度は死んでいるのだ。自覚はなくとも、身体はもう死に慣れている。
そしてシェフィルは、死を覆す術を知っていた。
【では、蘇生させましょうか】
母からの提案。シェフィルが受けたのと同じく、人間の身体を母の細胞に置き換える措置。人類文明さえも未だ到達していない、未踏にして禁断の領域。
死者の蘇生――――普通の人間にとって忌むべき、或いは禁忌と呼ぶべき行いだ。されどシェフィルにとっては自分を生み出した行為である。そもそも死を覆す事の何がいけないのか。死んだら子孫を残せないのだから、生き返るならそれに越した事はない。嫌悪など覚える筈もなかった。
むしろこれで、ようやく自分は『独りぼっち』ではなくなる。
「はい、母さま! よろしくお願いします!」
満面の笑顔で、シェフィルは母の提案を後押しするのだった。