兵士を口封じした『棘』。天井から伸びてきた凶器は一旦縮み、兵士の頭から抜ける。力なく兵士の身体が倒れ伏すのと同時に再び伸び、今度は正確にシェフィルを狙ってきた。
シェフィルの身体は普通の人間よりも遥かに丈夫だ。されどあの棘相手に、自分の身体の丈夫さを確かめようとは思わない。難なく貫かれると、直感的に分かる。脳天を貫かれても死なない自信はあるが、それはあくまでも一回二回の話だ。傷の再生には多くのエネルギーを使う。何十回と受ければ、エネルギー切れになってしまうだろう。
可能な限り回避しなければならない。幸いと言うべきか。普通の人間では反応すら出来ない速さで迫る攻撃は、シェフィルであれば対応可能なものであった。
「――――っ」
顔面を容赦なく狙ってきた棘に対し、シェフィルは顔を微かに傾ける事で回避。皮一枚のところを掠めていったその棘の側面を掌で叩く。
棘は打撃により曲がったものの、折れはせず。
掌に返ってきた反動から推察するに、やはり極めて頑丈だ。思った通り、これを正面から受けたらシェフィルの身体でも易々と貫かれてしまう。そして貫くという性質上、防御時の反動で後退・回避を行うという事も出来ない。
中々厄介な攻撃だ。針を射出する銃と同じ性質の攻撃である事から、恐らくシェフィルや母達を想定したもの。船内に侵入される事が予想通りかは分からないが、効果的な対策を行っている。
しかしシェフィルは退く気など毛頭なく、恐れも一切抱かない。
ようやくアイシャへと続く道のりが示されたのだ。そのための道のりであるならば、どれほど危険であろうとシェフィルは爛々とした気持ちで進む事が出来る。
「(待っていてくださいアイシャ! もうすぐ助け出します!)」
亡き兵士が指し示した方角目指し、シェフィルは一直線に走り出す!
だが戦闘艦も大人しくシェフィルを通さない。再び棘を生やし、シェフィルを襲う。
それも一本ずつ天井から、なんて律儀なものではない。壁からも床からも、一度に何本もの棘が生えてシェフィルを貫こうと襲い掛かる。相手がただの人間であれば、情報量の多さに思考が間に合わず硬直。瞬きする間もなく、全身穴だらけとなっていただろう。
「ふっ!」
しかしシェフィルはこの攻撃に反応。棘と棘の間に身体を滑り込ませ、止まる事なく前に進む。
シェフィルが回避すると、棘は一度縮み、生えてきた根本まで戻る。それから再び射出し、シェフィルを貫こうとするが……シェフィルは背後や側面から伸びてきた棘も、少し身体の向きを変えるだけで回避。足下から生えてきた棘は出てくるのと同時にステップを踏み、軽やかに跳んで避けてみせた。
それを三度も繰り返すと、更に無数の棘が四方八方から生えてくる。天井から頭と首を狙った棘が、壁からは両手両足を狙った棘が、床からは腹を狙った棘が……更に背後からも棘が生え、シェフィルを貫こうと襲い掛かってきた。
こうも無数に棘があると、流石に身体を隙間に通すような真似は出来ない。人間ならば万事休す、逃げも隠れも出来ずに穴だらけとなるだろう。
だが、シェフィルは余裕の笑みを返す。
確かに隙間は見られない。ならば隙間がなくなる前に突破すれば良い。即座に前進の判断を下したシェフィルは、最大級の力で床を蹴って跳躍する。棘はシェフィルのいなくなった場所を遅れて貫いた。
更にシェフィルは足下から伸びてきた棘を踏むと、その勢いを利用して加速。一気に十メートル近く跳び、距離を稼ぐ。
だがこの長距離高速移動を、人間達(正確には戦闘艦のコンピューターだが)は予想していたのか。シェフィルが着地する寸前、その場所から鋭い棘が生えた
「よっと」
が、シェフィルもまたタイミングを合わせて身体を捻る。
ぐるんと空中で一回転。身体を反らし、伸びてきた棘を横切るように躱す。更に回転の勢いで棘を蹴り上げ、伸びきった棘の向きを変えておく。
これにより、不意打ちのつもりであろう天井から伸びてきた棘と、床からの棘が激突。真っ直ぐシェフィルを狙っていたがために、衝突により軌道が変わった棘はシェフィルの傍を掠めるだけで終わる。
そしてこの回避が予想外だったのか、棘による攻撃は一旦止まった。今頃、何故こんなに躱されるのか、あたふたしながら解析しているかも知れない。船全体を電磁波が行き交い、激しく情報交換を行っているのがシェフィルにも感じ取れる。
シェフィルから言わせれば、こんな攻撃に当たる訳がないのだが。確かに速いが見切れないほどではなく、何より攻撃の予兆が
「(ハッキリと電磁波が見えていますよ。丁寧に予告してくるとは、優しい事で)」
攻撃寸前の壁は、強い電磁波を帯びている。シェフィルの目にはこれがハッキリと視認出来た。
シェフィルは知らない事だが、それは戦闘艦の装甲を形成するナノマシンが活発に動き回っている証だ。微細とはいえ機械であるナノマシンは、電気により動いている。電気が流れるとそこには電磁波が生じるため、シェフィルにはナノマシンの動きや活性が把握出来た。しかも電磁波の『向き』にも特徴があり、射出方向と速度まで予測可能だ。
人間達もこの弱点には気付いていた。故に様々な改良を加え、電磁波の発生量は極めて微量なものになっている。少なくとも人類の持つ機械では、射出方向どころか予兆の検出も難しい。
しかしシェフィルにとっては、これで隠しているつもりかと嘲笑いたくなるぐらい強い電磁波だ。惑星シェフィルの生物にとって、電磁波は他者の存在を示す重要な情報の一つ。喰う側も喰われる側も、生きるために自分の存在を消す事が重要である。そのため電磁波の遮断は、数多の生物が幾億の年月を掛けて進化させてきた。更に相手の電磁波は感じ取れるよう、感覚器は鋭く進化している。
シェフィルもまた数億年の進化の最先端を行く身。高々数百年で進歩させた技術など、シェフィルにとっては幼体のお遊戯に過ぎない。
彼女にとって厄介なのは、もっと『物理的』なもの。戦闘艦を操る人間達も、大慌てで進めた解析により気付いたのかも知れない。
「! これは――――」
全身でびりびりと感じ取る強い電磁波。壁や天井、床から電磁波が発せられている。しかも棘を生やす直前の局所的な強まりではなく、全体が満遍なく電磁波を帯びていた。
ここから導き出される動きは一つ。
壁も天井も床も、全てが満遍なく動き……道を塞ごうとしている。
つまりシェフィルを壁で押し潰そうとしているのだ。極めて物理的で単純、しかも行く手を遮る事が出来て一石二鳥の『攻撃』である。全方位から迫るため回避どころか逃げる事も出来ず、戦闘艦の圧倒的質量相手では押し返す事も出来ない。
母の一族であれば、自前の戦闘能力で強引に突破出来ただろう。しかしシェフィルは、いくら普通の人間とは比にならない身体能力を持っているとはいえ、強化外骨格に負ける程度の力しかない。戦闘艦と戦っても勝ち目なんてない。
では諦めて潰されるしかないのか?
ただの人間であれば、その通りだろう。しかしシェフィルには一つだけ打つ手がある。
アイシャとの日々で身に着けた新技、あれの応用だ。どうにか出来る自信はあまりないが、やらねばどうせ死ぬ。迷う理由はない。
「むんっ!」
シェフィルは全身の筋肉を震わせる。
筋肉の動きにより生み出されるのは、強力な電磁波。大自然の中であれば隠し通そうとする力だ。
これを体内で循環させ、指向性を持たせて発する。例えば床を踏み締める足先や、壁に触れた手などから。
愛に戸惑っていた頃、アイシャから逃れるために使った技・体内放射だ。体内のエネルギーを一気に外へと放出するもので、今回は電磁波の形で解き放つ。
シェフィルの放ったものは、母達が使う電磁波ビームなどと比べれば非常に弱々しい。しかし人間達の扱う機械、それこそ周りにあるナノマシンが発する電磁波と比べれば遥かに強い。
シェフィルから放たれた電磁波は、周囲の壁を形成するナノマシンを直撃。電気信号により統率・制御されているナノマシンにとって、外部からの電磁波はノイズ同然だ。少量のノイズであれば大した影響もないが、大きなノイズを受けてしまうと情報処理に不具合が生じ、命令通りの動きが出来ない。要するに誤作動を起こす。
無論人類もこの問題は把握しており、ナノマシンには外部からの電磁波を防ぐ仕組みがある。生半可な文明では、人類が操る
されどシェフィルから放たれた電磁波は、ナノマシンの防衛機能を容易く突破。動作不良を引き起こし、ナノマシン同士の連携が崩壊してしまう。異常を検知した戦闘艦のメインシステムは、これが艦全体に広まらないよう誤作動を起こしている区画を分離。
命令を失ったナノマシンは停止。そのナノマシンで構成された、シェフィルに迫っていた壁も止まる。
「(おおっ。思った通り止まりましたね!)」
シェフィルはナノマシンの特性など知らない。だが電磁波で連絡を取り合っている事は、周囲から放たれる電磁波から察していた。そこに高出力のものを叩き込めば混乱するのでは、程度の考えだったが、見事予想は的中。どうにか助かった。
この隙に素早く前進。触れていない壁や床は電磁波の影響を受けていないため押し潰そうと迫るが、シェフィルが踏み付けるだけで床は、触れるだけで壁は機能停止してしまう。
シェフィルを押し潰そうとする人間達の目論見は潰えた。期待通りの結果にシェフィルは不敵に笑ってみせる。尤も、内心は少し戸惑い気味だったが。
「(私、こんなに電磁波を出すの上手でしたっけ?)」
シェフィルの体内放射は、あくまでも技術。人間の身体にこの技を使うための専用器官は備わっていない。
よってその出力は、ハッキリ言って大して強くない。アイシャやプリキュを一瞬怯ませるのが精々の、格上には通じない小手先の技だ。
だから正直、少し壁の動きが鈍れば良い程度にしか期待していなかった。しかし実際に技を使ってみると、思っていた以上の高出力で電磁波を放出し、ナノマシンの動きを止めてしまう。期待以上の成果は嬉しいが、原因不明は問題だ。何時までこれが続けられるか、代償が何か分からなければ、今後の予測にズレが生じてしまう。
体調が良いのか、はたまた自分の身体が成長したのか。或いは、アイシャを救いたいという愛が力を引き出しているのか――――
「(うん! 全然分かりません!)」
考えてみたが、結論は導き出せず。
よって考える事は無駄。情報処理にエネルギーを割くよりも、今はアイシャ救出が優先だと思考を切り替える。それに短期的な好調なら終わる前にアイシャを救出した方が良く、代償があるならやはり長時間の使用は好ましくない。
仮にただの好調だとしても、高出力電磁波を生めばその分エネルギー消費も大きい。どの道長時間の使用は不可能な筈だ。
……それを込みで考えても、調子が良いように感じるが。全然体力を消耗している気がしない。気がしないが、そんな感想に命を預けるつもりはない。
なんにせよ合理的に考えればエネルギーが尽きる前の決着、短期決戦が最適解となる。
「(好調な今のうちに、探るとしましょう)」
押し寄せる壁を防ぎながら、シェフィルは周囲の電磁波の解析に意識を集中させた。
周りを蠢く、無数のナノマシンが放つ電磁波。しかしこんなものに用はない。更に深く、微細な変化にも意識を集中させる。
大きな変化は感じ取れない。そうであるなら前に進み、再び解析を行う。ひたすらにそれを続けながら、宇宙船の奥へ奥へと突き進む。時々不意打ちのように棘が伸びてきたが、今のシェフィルはそんなものに当たらない。難なく躱し、問題なく前進し――――
ついに小さな『波』を感じ取る。
小さな電磁波の波だった。微かなもので、ノイズか何かかも知れない。もしもそれが知らない波形だったなら、シェフィルはきっと躊躇いなく無視しただろう。
だがこれは違う。今までずっと傍にいて、ずっと肌で感じていた波形だ。これを忘れる訳も、見落とす訳もない。
アイシャの放つ電磁波を、ついにシェフィルは捉えた。
「見付けましたぁ!」
アイシャの存在を感じ取り、シェフィルに満面の笑みが戻る。
もう足は止まらない。シェフィルは今まで以上の速さで廊下を駆け抜けていく。身体からは力が溢れて止まらない。足から放つ電磁波により床を形成するナノマシンは誤作動を引き起こし、広い範囲で動きが止まる。それどころか壁にも伝播し、左右から迫る事も出来ない。棘すら誤作動を起こし、どうにか撃ち出しても狙いは滅茶苦茶。最早回避すら必要ない。
やがてシェフィルの行方を遮る『壁』が現れる。
厳密に言えば、廊下の先にあったのはただのT字路。左右に続く道がちゃんとある。恐らくこの道は一般的な連絡通路であり、普通ならば目の前の壁に突っ込むような事はしないだろう。
しかしシェフィルは止まらない。
壁の向こうからアイシャの気配がするのに、どうして止まらねばならないのか。
「っだああああああああああああ!」
全身全霊の力を乗せて、シェフィルは目の前の壁に蹴りを放つ! 蹴りの威力は、壁を破るには到底足りないもの。しかし全身の力を込めた事で、一際強力な電磁波が足先から放出される。
壁を形成していたナノマシンは電磁波によりショート。装甲の硬さはナノマシン同士の磁力結合により生み出されている。正常にナノマシンが機能していれば流星にも耐える強度を誇るが、逆に誤作動を起こせば磁力結合は消え、装甲は砂より細かな粒の集まりと化す。木材どころか砂山以下の強度だ。
シェフィルはそんな理屈なんて知らない。込み上がる衝動に身を任せて蹴っただけ。
ただそれだけで、蹴られた場所から数メートルの範囲が崩壊。奥へと進む新たな『道』が切り拓かれた。
人間達もシェフィルの攻撃を黙認などしない。四方八方から棘を生やし、攻撃しようとしている。だが今のシェフィルは全身から強力な電磁波を垂れ流していた。棘を生やす機能は誤作動で大半が停止、運良く伸ばせても狙いは滅茶苦茶。シェフィルには当たりもせず、妨害すら出来ていない。
「ぬぅうううがあああああ!」
渾身の力を入れて、二度目の蹴りを放つ。今度の壁も耐えきれず、シェフィルは更に奥へと進む。
そして三度目の蹴り。壁だけでなく天井も砕け、崩落の影響から戦闘艦全体が軋む。撃沈を予感させる事象だが、シェフィルは気にも留めない。
今回の壁は、砕けた先に大きな『穴』が空いたのだから。
大きなと言っても、シェフィル一人がどうにか通れる程度の直径だ。しかも周りの壁がぐねぐねと動き、既に修復を始めている。電磁波により阻害されたといっても、全てのナノマシンが機能停止した訳ではない。攻撃は出来なくても、寄せ集まるぐらいは出来るようだ。
もたもたしている暇はない。この先にアイシャの気配がするのだから迷う必要もない。
シェフィルは勢い良く穴に跳び込む。力いっぱい跳び込んだため、すぐには止まれない。着地地点で前転するようにして勢いを逃がす。ごろごろと数回転してようやく止まれたシェフィルは、鋭い眼光と共に顔を上げる。
辺りを見回す必要などない。
そこにいる二人の人間の姿を目にすれば、此処こそが目的地である事は一目瞭然なのだから。