凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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星の継承者15

 長く伸びた、黒い髪。

 過酷な自然界での生活の中で幾分鍛えられたが、未だ華奢な身体付き。

 そして今にも泣きそうな、けれども喜びを露わにした可愛らしい顔。

 全てが愛しい存在を前にして、シェフィルもまた嬉しさが顔に出てくる。今すぐ彼女――――アイシャに抱き着きたい。強く、二度と離さないぐらい抱き締めたい。

 けれどもアイシャは今、シェフィルから十メートルほど離れた位置にいる。部屋の最奥に位置しており、幾つもの棒が等間隔に並んだもの(シェフィルは知らない事だが『檻』と呼ばれる施設だ)に囲われ、囚われているようだ。棒は高さ八メートルもある天井まで伸びていて、上から乗り越える事は出来そうにない。

 

「シェフィル! どうやって……」

 

 アイシャは反射的といった様子でこちらに来ようとしたが、両手で掴んだ檻の棒……鉄格子はビクともしない。力を込め、外そうとしているが、アイシャの努力は実らず。

 どうやらアイシャの力では壊せないぐらい、頑丈なものらしい。そして彼女を閉じ込めている輩は、きっと鉄格子の前に立つ人間――――ダリウスなのだろう。

 ダリウスは強化外骨格を纏っている。アイシャでも、生身のダリウスなら十分殺せる筈だ。アイシャにそれをする気があるかは兎も角、反撃を警戒して着込んでいたのかも知れない。

 

「ついに、辿り着きましたよ……!」

 

 激しい怒りを露わにし、殺意に満ちた眼差しでダリウスを睨むシェフィル。

 今まで兵士達を殺す事も躊躇わなかったシェフィルであるが、その時でもここまで強い『殺意』は抱かなかった。確かに怒りや憎しみの感情は抱いていたが、合理的な思考が鈍るほどの感情は抱いていない。だからこそ合理的に話を聞いたり、指し示した方角に素直に従ったりした。

 しかしダリウスは違う。抑えきれない憎悪の感情が彼には向く。

 殺すだけでは全く足りない。少しずつ手足の肉を削ぎ落とし、痛みと恐怖をたっぷりと与えた上で八つ裂きにしてやる。逃げたらとことん追い詰め、徹底的に嬲り、命乞いを聞きながら殺す……これまでの長い生涯でも抱いた事がない、極めて人間的な感情がシェフィルの胸中を満たす。

 対するダリウスは、驚いたような顔になっていた。

 とはいえシェフィルの纏う雰囲気に恐怖した、という訳ではないらしい。予想外の事態に直面したような、呆気に取られた顔のように見える。しかもその瞳は爛々と輝いているではないか。恐れるどころか、むしろ喜んでいる様子だ。

 

「……まさか、お前が来るとは。侵入者が現れたとは聞いていたが、黒色知性体だと思っていたぞ。どうやってあの星から宇宙まで来た? いや、船への侵入経路は?」

 

「あなたの質問に答えるつもりはありません。それよりアイシャを返しなさい!」

 

 好奇心、つまりは余裕を見せるダリウスに、シェフィルは怒気を強めて詰め寄る。こんな奴に情報を渡すつもりなどない。そもそもアイシャを前にして、冷静さを保つ事も無理だ。

 しかし優先順位は忘れていない。

 時間を置いて、ようやく数学的思考が合理的な計算(考え)を行う。シェフィルの目的はあくまでもアイシャ。アイシャを取り戻せるのであれば、コイツの話を聞くのは(極めて不快であるが)受け入れなくもない。殺さないでおくのも、それで楽にアイシャを取り戻せるなら、一応選択肢としては考えておく。

 感情的には全く受け入れ難いが、アイシャと引き換えなら我慢しなくもない。だからダリウスから大人しく従うのであれば、聞く耳ぐらいは持ったのだが……

 

「返せ、と言われてもな。もう彼女は我々の所有物だ。人類文明の法的には、な」

 

 ダリウスはアイシャを返す気など、微塵もないらしい。ふてぶてしく笑いながら、悪びれた様子もなく答える。

 

「何が所有物ですか……勝手に奪っていった癖に!」

 

「宇宙の全ては人間のものと、人間がそう決めた。人権があれば話は別だが、彼女はもう人類とは異なる存在だ。何よりお前達が棲む星の危険性から、あの星は攻撃対象となった。よってそこに棲む生物は保護対象にもならない。だから絶滅など気にせずに捕獲しても問題はない。ここまでは分かるか?」

 

「ごちゃごちゃと言い訳してないで、いいから返しなさい!」

 

 意味の分からない言葉をべらべらと並び立てられ、シェフィルは更に怒りを露わにした。

 するとダリウスは呆れるようにため息を吐く。こちらの頭が悪いと、心底思っているであろう見下した目だ。

 

「……そうだ。お前も一緒に来るか?」

 

 次いでハッとしたような表情を浮かべ、そんな提案をしてきた。

 一瞬、シェフィルは身体を強張らせる。今まで昂らせていた感情が無になるほど、思考が停止してしまう。

 

「……どういう意味です?」

 

「俺はコイツを使って研究がしたい。そして研究を進めるには、サンプルは多ければ多いほど良い。あの星はこの後破壊するため、ここでサンプルを十分確保出来ないと後々困る。もしかすると研究が滞るかも知れない」

 

「あなた達の事情なんて知りません。要件をさっさと言いなさい」

 

「つまりお前もサンプルになれ、という事だ。お前はコイツと一緒にいたいのだろう? サンプルになるのであれば、一緒の施設で飼育してやろう。分かりやすく言うなら、一緒に暮らせるという事だ」

 

 訊き返せば、ダリウスは冷静な口振りでそう説明する。

 アイシャと共に暮す。確かにそれがシェフィルの目的だ。尚且つ一緒に生きていけるのなら、別に住処が何処だろうと構わない。

 育ってきた惑星シェフィルから離れるのは不安と言えば不安だが、アイシャと一緒なら乗り越えられるだろう。加えて以前アイシャが話していたが、人間が暮らしている星に、惑星シェフィルほど過酷な環境はないと聞く。なら連れて行かれた先の星でも、生きるだけなら問題ない筈だ。

 悪くない提案のように思える。

 

「シェフィル! コイツの話なんて聞いちゃ駄目!」

 

 ただしそれは、アイシャが話を拒絶するまでの事だ。

 

「コイツはただサンプルが欲しいだけ! サンプルが増えたら、私達のどちらかが死んでも問題ないから一層酷い事をする筈よ! そもそも共闘の可能性があるから、私達を一緒にする訳ない! バラバラに引き離すに決まって」

 

「五月蝿い獣だ」

 

 アイシャが捲し立てるように叫ぶ中、ダリウスは冷めた視線で彼女を一瞥。

 瞬間、アイシャが掴んでいた鉄格子から棘が生えた。

 

「いっ……!?」

 

 小さな棘だったが、アイシャの軟い皮膚を貫くには十分。跳ねるようにアイシャは鉄格子から離れ、両手を庇うように指を丸め込む。

 余程深々と刺さったのだろう。アイシャの手から血が滴り落ちている。

 酷い怪我、というほどのものではない。アイシャも惑星シェフィルの生物と同じ遺伝子を持ち、強力な再生能力を身体に宿している。あの程度の怪我であれば、数秒もすれば治りきるだろう。体力の消耗も殆どない筈だ。

 騒ぐほどの怪我ではない。仮にこれがトゲトゲボーを握っただとか、天敵の攻撃であれば、シェフィルも(心配はするだろうが)そこまで頓着しなかっただろう。

 だが、今の怪我は間違いなくダリウスが『指示』した。具体的な命令は出していないが、間違いなくあれはダリウスの意思で行われた。挙句あの物言いからして、口封じや牽制などではない。本当に、ただ五月蝿かったから痛め付けたように聞こえる。

 身を守るためでも、食べるためでもない、ただ憂さを晴らすための攻撃。

 『合理的』に考えれば、ダリウスの意思など関係ない。重要なのは結果で、その結果が大したものではないのだから感情を昂らせる必要なんてない。なのにどうしてだろうか。シェフィルは自分の胸の中で、どうしようもないほど怒りが湧き出す。非合理的だと思えども、自身の心が制御出来ない。

 

「さて、君は一応知性のある生命体だ。ある程度はその意思を尊重しよう。どうだい? 彼女と一緒に来るかい?」

 

 挙句、何も悪い事などしていないと言わんばかりにダリウスはにこやかに微笑む。きっと、心からの笑みだ。

 ぷつんと切れるような音がシェフィルの頭の中で響く。

 ……にこりと、シェフィルも笑う。躊躇いなく歩み、ダリウスの傍まで一気に肉薄

 した瞬間、間髪入れずに殴り掛かる!

 一切の手加減なし。獲物や天敵相手にも振るわないような、渾身の力での攻撃だ。与えた衝撃の一部がシェフィル自身にも跳ね返り、手の骨が砕けてしまうほど。ダリウスは反応すら出来ていないのか、微動だにせず。シェフィルの拳は確かな手応えを感じた。

 しかしダリウスに怪我はない。

 彼の前に()()()()()()()()()、シェフィルの攻撃を受け止めたのだから。金属板は床から伸びており、シェフィルの攻撃に反応して自動的に展開されたのだろう。

 金属板にはヒビが入り、あともう少しで破壊出来そうだった。尤も、仮に砕いたところでダリウスの纏う強化外骨格相手では威力不足だろうが。自分だけが傷を負った結果に、シェフィルは舌打ち一つ。ダリウスは全くダメージを受けていない……が、彼の表情は随分と苦々しいものになっていた。

 

「……成程。これが貴様の答えか」

 

「分かっていただけましたか。ええ、その通りです」

 

 睨み付けてくるダリウス。そのダリウスに向けて微笑みながら、シェフィルは言い返す。

 

「アイシャを虐めた。そんなお前の思い通りになるなんて、クソ喰らえなんです。交渉するならもっとこっちの気持ちを考えなさい、バァカ!」

 

 心の底から見下した、本心からの罵声。

 ピキリと、音が聞こえそうなぐらいダリウスの眉間に皺が寄る。彼の感情が昂ぶりきる前にシェフィルは後退。安全な距離まで後退する。

 一呼吸入れる程度の時間が経ち、手の骨折は完全に治った。道中の疲労も多少なりと回復し、尚且つ適度な興奮状態を維持している。戦闘能力の一点で見れば、シェフィルは今こそが『万全』だ。

 対するダリウスはどうか。彼自身の体調はどうでも良いだろう。その身体は金属の塊である強化外骨格に覆われている。

 そして強化外骨格は人間の武器。恐らくしっかり整備され、エネルギーもたっぷり充電されている筈だ。あの三メートルもの体躯、シェフィルの何倍ものぶとさがある巨腕や巨足を動かすのに支障はあるまい。つまり奴もまた万全である。

 シェフィルは緊張を覚える。惑星シェフィル上で戦った時、シェフィルは強化外骨格を纏ったダリウスと勝負にならなかった。敵の能力をある程度知る事は出来たものの、それはダリウスも同じ事。恐らく力関係はあの時とそう変わらない。感情任せに真正面からぶつかり合えば、一瞬で叩き潰されるだろう。

 どう立ち振る舞うべきか。どんな戦いを繰り広げるべきか。

 今までの生涯で積み重ねてきた戦闘経験を元に、無数の状況を頭の中でシミュレーション。ダリウスがどんな行動を起こすか、あらゆる攻撃パターンを考えておく。とはいえ実力差を考えると、どのパターンでもシェフィルの方がダメージは多いのだが。

 挙句こちらを格下に見ている筈のダリウスに、油断が見られない。

 

「万物の霊長を馬鹿呼ばわり、か……あまり図に乗るんじゃない! 原始生物が、標本にしてくれる!」

 

 怒りを露わにしながら、ダリウスの纏った強化外骨格が動き出す。

 肉薄し、振るわれた金属の拳。明確な殺意のこもった一撃を前に、シェフィルもまた拳を放つ。

 二つの打撃の激突と共に広がった衝撃波が、戦いを告げるゴングの役割を果たした。

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