凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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進化の根源14

「ま、ずぅいぃぃ……」

 

「おぼろろろろろろ……」

 

 シェフィルとアイシャは二人揃って、口の中身をどばどばと吐き出す。顔面蒼白になり、身体もぷるぷると震えてくる。鼻がもげそうになる生臭さに悶え、ぬるぬるとした最悪の質感が舌に纏わり付いて何時までも取れなかった。

 二人を苦しめているものはマゼマゼ……の肉片。

 先程まで死闘を繰り広げていたマゼマゼの肉を、シェフィル達は食べたのだ。そもそもシェフィルがマゼマゼと戦った理由の一つが、アイシャの料理から生まれた存在がどれほど美味いか知りたかったから。止めとなった油石の熱で程良く焼かれていた事も、食べるという行為を後押ししている。

 結果は、二人の反応通りのものだったが。

 

「な、なんべごんな、まずびのぉおお……」

 

「げほっ! ごっ、うえぼっ! ……うう、ひ、酷い味……」

 

 苦しみながらもアイシャは苦笑い。

 笑えるだけの余裕があるのは、端から期待していなかったからか。それ故にちょっとしかマゼマゼの肉を食べなかったからか。

 対してシェフィルは期待に胸を膨らませ、大きな肉を頬張ってしまった。お陰で途方もない不味さが延々と口の中に残る有り様。数学的演算処理を平然と突破し、『意識』に不味さを直接叩き込まれたような気分に見舞われる。

 

「うぅうぅ……どうしてあの料理から生まれた生き物が、こんな味にぃ……」

 

「いや、料理から生まれた生物が美味しいとは限らないでしょ。というか料理から生まれた生き物は、もう料理じゃないし」

 

 シェフィルの愚痴にアイシャからツッコミが入る。それに対する反論をシェフィルは持ち合わせていない。戦う時に、自分だって非合理的だと思っていたのだから。

 はぁぁー、と長々としたため息を吐くシェフィル。

 苦労したのに報われないなと、かなり残念に思う。とはいえこんなのは自然界において珍しい事ではない。だからすぐに笑顔を取り戻す。

 ところで、アイシャの表情が何時もより暗いように見えるのは気の所為だろうか?

 

「アイシャ、どうかしましたか?」

 

 シェフィルが尋ねてみると、アイシャはハッとしたように目を見開き、右往左往。尤もそれで何がどうなる訳もなく、やがて俯くとぽつりと話し出す。

 

「……………その、腕が……」

 

 語った言葉はただ一言。しかしその一言で、アイシャが何を言いたいのか察するのは容易い。

 アイシャが気にしているのは、シェフィルの片腕。マゼマゼに止めを刺すために口の中へと腕を突っ込み――――食い千切られ、断面が剥き出しになっている左腕だ。

 油石を奥深くに突っ込まねばならない都合、大部分の腕がマゼマゼの口に入っていた。その状態で噛み千切られたのだから、かなり肩に近い位置まで失っている。腕というのは肘から先がないと、かなり能力が制限されてしまう。ここまで失うとほぼ腕としての能力はないと言って良いだろう。

 しかしシェフィルは特段気にせず。

 

「あー、これですか? 別に大したものじゃないですけど」

 

「大した事あるわよ! だって腕がなくなって……これからどうやって……」

 

「いや、このぐらいの怪我ならそのうち治りますし」

 

「治るとしても腕がなく、え?」

 

 シェフィルが淡々と答えると、アイシャは反射的にそれを否定……しようとしてポカンと呆ける。

 どうやらアイシャは、千切れた人間の腕は治らないものと思っていたらしい。

 或いは『普通』の人間はそうなのだろうか。しかしシェフィルは厳密に言うなら普通の、純粋な人間とは違う。

 

「ほら、此処見てください」

 

 右手で左腕の断面を指差すシェフィル。肉の断面を前にアイシャは顔を顰めたが、恐る恐る覗き込んでくる。

 そうして彼女は目にした事だろう。シェフィルの腕の断面が、もぞもぞと蠢きながら再生している姿を。

 

「ぎゃぴぃっ!? き、気持ち悪ッ!」

 

「あ、それは酷いですねぇ。私の身体が一生懸命治ろうとしているだけですよ。ぷんぷんっ」

 

「か、可愛い声出しても無理なものは無理!」

 

「むー。そこまで嫌がらなくても良いのに」

 

 唇を尖らせながら、むすーっとするシェフィル。

 とはいえ嫌がるものを無理強いしても仕方ない。断面のある腕をアイシャから隠すように、身体の向きを少し傾ける。

 

「ま、このぐらいの傷なら五十時間もすれば治ると思いますよ。ただエネルギー消費が激しいので、このまずーい肉でも食べなきゃいけない訳ですが。というかこれだけじゃ足りないので、なんか狩らないといけませんねー」

 

「ああ、そうなんだ……うん。なら明日のご飯は私が捕まえるわ! ウゾウゾぐらいなら、多分、捕まえられるし! 料理だって油石を使えば出来るし!」

 

 拳を握り締めながら、アイシャはやる気を見せてくる。

 別段、ウゾウゾぐらいなら片手で捕まえられる。あれはそのぐらい数が多く、尚且つ簡単に取れる生き物なのだから。

 だから『事実』を伝えるのは簡単だ。しかしシェフィルは、それは言わないでおく事にした。アイシャのやる気にケチを付けたくない、というのが理由の一つ。

 もう一つの理由は、アイシャが捕まえてくれたものを食べたかったから。

 言うまでもなく、誰が捕まえたところでウゾウゾの味は大して変わらないだろう。だからこの考えは極めて不合理的で、非論理的なものである。

 なのにどうしてか、感情が求めてしまう。アイシャの『手料理』を食べたくて仕方ない。

 

「(我ながら、何を考えているのやらという感じですが)」

 

 どうにも最近の自分は、非合理な思考が目立つ。

 母と比べれば、元々そういう考え方をしていたが……ここ最近は特に多いとシェフィルは感じていた。それも快不快に基づく生理的感情ではなく、何かしらの『意味(利益)』があるとは思えないものを求めがちだ。

 人間というのは、こんな非合理な考えばかりする生き物なのだろうか?

 アイシャを見ていると、その通りのような気がする。けれどもそんな事では自然界、この惑星シェフィルの環境を生き抜く事は出来ない。若干忌々しいと感じてしまう。

 

「えっと……だ、駄目、かしら……?」

 

 その気持ちが表に出ていたのか、アイシャが不安げな顔と声で尋ねてくる。

 これはこれで、シェフィルとしては望んでいない反応だ。なら、回答は決まっている。

 

「まさか。やってくれるなら、是非ともお願いします」

 

「う、うん! 頑張るわ! あともう変な生き物は出さないよう、余計な事もしない!」

 

「ですからあれはアイシャの責任ではないと……」

 

 未だに、マゼマゼを生み出してしまった事を悔いているのか? そう思いシェフィルは窘めようとするも、すぐに口を噤んだ。

 アイシャの真剣な眼差しで、胸がドキリと跳ねたがために。

 アイシャが何を考えているのか、シェフィルには分からない。ただ、その真剣な顔を見ていると言葉が詰まってしまう。彼女がこんな顔をするなんて、予想もしていなかった。

 

「うん、シェフィルが言うように私の責任じゃないかも知れない。だけど、それじゃあ私が納得出来ない。だから私にも、何かさせて」

 

 その顔のまま、こんな真っ直ぐな言葉を投げ掛けられたなら。

 ――――シェフィルには、こくんと頷く事しか出来なかった。

 

「……まぁ、ウゾウゾぐらいならアイシャにも捕まえられるでしょう。それに捕まえる練習はしておいた方が、後々役に立つでしょうし」

 

「うん! 頑張るわ!」

 

 合理的な言葉で飾ろうとするシェフィルに、アイシャは屈託のない笑みと答えを返す。

 それらを受けると、何故か身体がポカポカと暖かくなる。体温調節が上手く出来ていない気がして、いまいち落ち着かない。

 加えて、『これ』を言わなければいけないという気持ちにもなる。

 

「……あと、アイシャ。これだけは誤解しないでほしいのですが」

 

「? うん、なぁに?」

 

「私は、アイシャが料理を作ってくれた事にとても感謝しています。あんなにも美味しいものには今まで出会った事さえありませんし、アイツを生み出した料理はもっと美味しいものを私に食べさせようとして作ったものだと思っています」

 

「……………」

 

「ですから、思い詰めたり、料理を止めたりしないでください。やりたくない事なら兎も角、やりたい事を止める必要はないんですから」

 

 真っ直ぐアイシャの目を見つめながら、思っていた気持ちを伝える。

 果たしてアイシャはどう思ったのか。目を逸らしながら顔を俯かせ、小さく「うん」と答えるだけ。けれども思い悩んでいるようではない。

 もしも苦悩していたら、赤らんだその顔に愛らしい笑みが浮かぶ筈がないのだから。

 アイシャが笑ってくれた。シェフィルはアイシャの笑顔を幾度となく見ている。だが此度の笑顔は、何故かは分からないが……今までよりもずっと、遥かに可愛い。シェフィルの頭の中が真っ白になるぐらい。

 次いで胸がきゅうっと締め付けられる。

 なんだか分からない。嫌な気持ちではないが、訳が分からなくて混乱する。何より、何故かアイシャの方をチラチラと見てしまい、それでまた胸がきゅっとなってしまう。

 

「……しっかし。母さま、帰りが遅いですねー」

 

 今の気持ちを変えたくて、シェフィルは全く関係ない話を始めてしまった。

 脈絡のない話の変化にアイシャは最初キョトンとしていた。されど特段気にもしなかったようで、新たな話にあっさりと乗ってくる。

 

「ああ、そう言えば何処かに出掛けたんだっけ?」

 

「ええ。テトポポがこの地域に来たのを気にして、彼等の生息地に行きました。私的には偶々だと思っているのですが、どうにも母さま的には気になるようで」

 

「ふぅん。そのテトポポの生息地って、どの辺りなの?」

 

「うーん。此処からざっと……三千キロぐらい、でしょうか?」

 

 さらりと答えてみると、アイシャは思いっきり吹き出す。しばし咳き込んだ後、驚いたように声を荒らげる。

 

「さ、三千キロって、めちゃくちゃ遠いじゃない! 乗り物があるなら兎も角、日帰り出来る距離じゃないでしょーが!」

 

「まぁ、普通ならそうですね。私でも何回か睡眠を挟んで行くような距離ですし。ですが母さま達の種族なら、三千キロぐらいは大した距離じゃないですよ」

 

 事実を教えてみれば、アイシャは口許をぴくぴくと引き攣らせる。しかし考えても無駄だと思ったのか、ため息を吐いた後は落ち着いた顔立ちに戻っていた。

 次いで、シェフィルに問う。

 

「……前々から気になっていたけど、あなたの母さまって何者なの?」

 

 母の『正体』について。

 されどシェフィルは、その問いに首を傾げる事しか出来ない。何分、シェフィルにとって母は『母さま』でしかないのだから。

 

「何者かと言われましても……母さまとしか」

 

「そうじゃなくて、ほら、種族的な特徴とか、起源とか、あるじゃない?」

 

「うーん。そう言われましても気にした事なんてないですからねー」

 

 自分のルーツや種族すら、大して意識していないのがシェフィルだ。育ての親が『何』であるかなど、興味すら持った事がない。

 ただ、そう言われて思い返すと、色々な知識はあると気付く。

 母は意外と喋りたがりなのだ。だから聞いてもいない情報を、時折だらだらと話し出す。大半は聞き流しているが、何度も繰り返し聞けば覚えてしまう言葉も少なくない。

 

「確か、この星で最も古い種族だったかと」

 

「へぇ。何時からいる種族なの?」

 

「なんでしたかねー。なんか百五十……万年か億年と言っていた気がします」

 

「百五十億年じゃ宇宙誕生よりも前でしょーが。百五十万年というと地球生命としては普通だけど、でもこの星の生物種が一万年ぐらいで滅びる事を思えば、驚異的な長命ではあるわね」

 

「なのですかね? あと、ああそうそう。一つ母さま達について言わなきゃと思っていた事があります」

 

 話の中で、ふと思い出した事がある。

 母について知ろうとしていたアイシャは、興味津々といった様子で身体を傾けた。それぐらい聞く気満々であればシェフィルとしても話しやすい。

 ……本当に、この話はちゃんと覚えておかねばならないものだ。

 

「母さま達の『機嫌』を損ねてはなりません。意見するのは良いですが、この星で狼藉を働けば、たちまち母さま達の種族が滅ぼしに現れます」

 

 母を、本当の意味で怒らせてはならない。

 脳天気なシェフィルであっても、それだけは常に意識している事だった。

 

「……どういう、意味?」

 

「そのままの意味です。母さま達はこの星の『管理者』ですから、星に害悪を与えるものは許しません。まぁ、普通に生きてる分には気にもしませんけど」

 

「か、管理者? どういう事?」

 

「さぁ? 私はそういう話を聞いただけなので、詳細は知りません。あまり興味もなかったですし、話が難しくてよく分からなくて。なんか色々調べて、色々やってるらしいですよ」

 

「ええい、この脳天気野生児がぁ……!」

 

 何故かアイシャの『怒り』を買ってしまったようで、シェフィルは首を傾げる。とはいえアイシャも、本気でシェフィルに対し怒った訳ではないらしい。しばらくすると皺の寄った眉間を指で解し、力を抜くようにまたため息を吐く。

 ただし眼差しと顔は、未だ真剣さを失っていない。

 

「……じゃあ、一つだけ教えて。この星に害悪を与えたらって言うけど、何をしたらその判定を受けるの?」

 

 やがて尋ねてきたのは、極めて大事な話。

 確かにそれを知らねば、気を付けようがない。そしてこれについてはシェフィルも答えられる。母から散々聞かされてきたのだから。

 

「『シェフィル』の繁栄を妨げる事、ですよ」

 

 故に、母から教わった言葉を、そのままアイシャに伝える。

 アイシャの真剣な顔がちょっと間の抜けた、普段のものへと戻った。

 

「……確かあなたのお母さん達にとって、シェフィルって……」

 

「自分達とこの星、それとこの星で生きる生物全体を指していますね」

 

「シェフィルの繁栄って、つまりこの星の生物が繁栄する事?」

 

「恐らくそうかと」

 

「ちなみに獲物として食べたり、住処を奪ったりして、特定の種を絶滅させる事は?」

 

「勿論、何も問題ありませんよ。そんなの普通の生存競争じゃないですか。よくある事です」

 

 シェフィルが答えると、アイシャはまた大きなため息を吐いた。今度は、安堵したような吐息だった。

 

「なーんだ。要するに、普通に暮らしていれば良いって訳ね」

 

「ですねー。それに私達みたいに知能があれば警告もしてくれると思いますから、余程の事がなければ大丈夫かと」

 

「そうね、気を付けるに越した事はないだろうけど……ところでなんだけど、もし、万が一怒らせたらどうなるの? 逃げるしかない?」

 

 アイシャの質問に、シェフィルはけらけらと笑う。

 逃げるしかないとは、なんとも()()()な話だ。しかし母達の『力』を知らぬアイシャが、僅かな希望を見出すのも仕方ない。

 シェフィルは知っている。母達がどれほどの強さを有しているのかを。笑顔のまま、記憶にある『本当の事』を語る。

 

「逃げる間もなく、跡形も残らず消されますよ。本気を出した母さま達は、この星のどんな生物よりも強くて恐ろしいのですから」

 

 アイシャが表情を強張らせるような、恐ろしく、そして手の打ちようがない事実を――――

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