凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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第四章 侵略的祖先種
侵略的祖先種01


 惑星シェフィルに方位と呼べるものはない。

 何故ならこの星は宇宙空間を漂う孤立した存在であり、惑星の『向き』の指標となる恒星を持たないからである。おまけに地軸が不規則に回っており、空に見える星の位置は刻々と変わる有り様。煌めく星を基準にする事も出来ない。

 強いて定義付けるならば、星で最も気温が低い(厳密には熱の吸収量が多いだけ。気温自体は何処もほぼ絶対零度である)地域のある方角を『北極』とし、その真裏を『南極』とするぐらいか。

 その定義に当て嵌めた場合――――此処は、シェフィル達が暮らす地域から北西三千キロに位置する大地だ。見た目は他の土地と大差ない、平坦で、地平線の彼方まで雪が積もっているだけの土地。

 しかし『寒さ』には大きな違いがある。

 この地は『春』でも最大級熱量が一万八千〜二万度に達する。シェフィルとアイシャが暮らす土地よりも、三千〜五千度ほど惑星に吸い取られる熱量が多い。

 この違いが生息している生物達の形態に、大きな影響を与えている。具体的には、他の地域の生態系よりも小型種の割合が大きい。惑星シェフィルでは質量単位で熱を吸い取られていくので、大型でも小型でも体重当たりの『放熱量』は変わらない。そして寒冷地であるほど奪われる熱が多い。よって寒冷地では、体重当たりの基礎代謝が高くなっていく。

 ただ生きるだけでも消費するエネルギーが多いので、少しの餌でも生きていける身体の方が適応的だ。それには小さな身体の方が適切である。

 また一体の生物が生きるのに必要な餌が多いという事は、この土地で生きていける生物の『総数』は他の土地よりも少ない事を意味する。ウゾウゾやフカフカボーなど、生態系の基礎を担う種の個体数が少ないので、それらを食べる捕食者も少ない。捕食者が少ないので、それらを食べる高位捕食者も少ない。だから成り立つ生態系の『階層』数が少ない。これもまた小型種が多い(大型種が少ない)理由だ。

 とはいえ、では生命の姿が全くないかと言えばこれもまた違う。小さなウゾウゾなどであれば、地面を掘ればいくらでも捕まえられるぐらい個体数は多い。小さなフカフカボーがあちこちに生え、体長数十センチ程度の生物がその中を駆け抜けていく。惑星シェフィルの中でも過酷な環境ではあるが、生命に溢れた土地だった。

 そう、()()()

 

【事態は想定よりも深刻なようですね】

 

 雪の降り積もった大地の上で、シェフィルの『母』が呟く。

 母の視線の先に広がる景色は、黒。

 白ではない。降り積もる雪の大部分が黒く染まっているがために、色合いが他の土地とは異なる変化を遂げているのだ。

 しかし、何故雪が黒いのか?

 不純物を多く含んでいるからである。しかもこの不純物は、他の地域では殆ど見られないもの……微細な有機物だ。本来であれば土中や雪中に暮らす小さな生物がそれら有機物を食べてしまうため、雪の色は白く保たれる。だが今、この土地の雪には無数の小さな生物達でも処理し切れない、莫大な量の有機物が含まれている。それ故に黒く見えていた。

 そして小さな生物が処理し切れない、大量の有機物がどうしてこの地にあるのかと言えば――――死体があるから。

 文字通り大地を埋め尽くすほど、無数の生物遺骸が転がっているのだ。

 死んでいる生物に固有の呼び名はない。何故なら生き物に名を与えているシェフィルは、この生物種を見た事がないため。母の一族は個々の生物種に名を与えず、全てをシェフィルと呼ぶ。

 その生物(シェフィル)はふさふさとした白い毛で全身を覆い、太く短い六本の足を持つ。身体は地球の生命体で例えるとイモムシのようにずんぐりしつつも長い体躯で、体長は大きなものでも一メートルに満たない程度。頭は節足動物に似た甲殻で形作られ、左右に開く大きな顎でフカフカボー類を食べる。

 シェフィルならば『フサモー』とでも名付けるかも知れない。それが何千体と大地に、バラバラにされた状態で転がっていたのだ。更に全身が爛れ、細胞一つ残らず()()()()()いる。いくら生命力の強いこの星の生物でも、これでは流石に再生出来ないだろう。

 

【食べもせずに殺したようです。それも執拗に。これが最後の群れであったため、この種は絶滅しています】

 

 母の言葉に答えたのは、母と同じ姿を持つモノ。十メートル超えの体躯を有し、幅広な傘に無数の目があり、地面に付く身体の根本から無数の触手を生やした生命体。

 母と同種族の個体だった。母にとって仲間であるその個体からの言葉は、強力な電磁波によって形作られる。言語パターンも母の一族独特のもの。『シェフィル』がいない今、母の用いる言葉は仲間にだけ通じるものだった。

 

【絶滅種はこれだけですか?】

 

【いいえ。比較的大型の種が七つ絶滅しています。またそれらを主要な食料源としていた、大型生物二種も絶滅しました。これらと深い関係にあった十八種の生物も、一万時間以内に絶滅するでしょう】

 

【そこからの連鎖的絶滅は、予測困難ですか】

 

【ええ。ですが大きな影響が出るのは間違いありません。この絶滅速度は、生態系の回復力を上回っていますから】

 

 惑星シェフィルに生息する生物種の多くは誕生から凡そ八千万〜二億時間後、人類文明が使う暦に換算して九千〜二万二千年程度で絶滅する。あくまでも一般論であり逸脱したところでどうという話でもないが、どんな種も何時か滅びるという事は間違いない。

 しかしその原因は主に生存競争の敗北であり、衰退は短くとも数十年、長ければ数千年を掛けて緩やかに進行していく。数が減れば生態系への影響力も小さく、時間が掛かれば他の種も対応(進化)するのに十分な期間があるので、その種が絶滅しても生態系が破綻する事はない。また衰退原因が生存競争であれば、同じ生き方をする(競い合う)『代わりの種』がいる事を意味する。絶滅種の役割は生存競争の勝者が担うので、生態系は問題なく循環するだろう。

 もう一つの大きな絶滅要因である気候変動にしても、変化は数千年単位で進むものだ。代わりの種が現れずとも、周りの生物種は新しい環境に合わせて進化していく。故にこの原因で絶滅しても、周りに対する影響は微々たるものだ。

 これが自然界で起きる一般的な絶滅現象である。だが、此度フサモー達が見舞われた絶滅は一般的なものではない。

 フサモー達は()()されたのだ。それもほんの数百時間のうちに。ろくな生存競争もなく起きた、極めて短期間の絶滅。代わりとなる生物種は存在せず、この地の生態系は壊滅的な破綻を迎えるだろう。

 無論もっと長期的な、数万〜数十万年単位の観点で言えば、生態系はいずれ再生する。ウゾウゾなど単純な種から、高度で優秀な頂点捕食者が誕生するにはそれだけの時間があれば十分。だからこの絶滅と生態系の壊滅自体は、大した問題ではない。

 問題は、この絶滅を引き起こした『元凶』が野放しである事だ。

 

【ここまで被害が出る前に対処は出来なかったのですか】

 

【冬の間に出現したようです。我々の監視の目が離れた時でした】

 

【成程。タイミングの問題であるなら、仕方ありません。しかしここまでの攻撃性となると……】

 

【ええ。恐らく『原種』にかなり近い形質の持ち主です】

 

 原種という言葉を聞いた母は、僅かに身体を強張らせる。

 ただしその強張りは、緊張や恐怖心から生じたものではない。

 身体に滾らせているのは闘争の力。攻撃的で、その攻撃性を発揮するに足る『強さ』も同時に放つ。周りにいた小さくて非力な生命体は大急ぎで逃げ出し、遠く離れた位置にいる猛獣も危険を察知して走り出す。

 その気になれば、母は逃げた生き物の全てを殺し尽くせる。だが母はそんな無駄な事をしない。生態系の破壊に繋がる行為を、彼女達は決してしない。

 そして許しもしない。

 

【予測される戦闘能力は?】

 

【単独で交戦した個体がいます。結論を述べると、平均的な我々の戦闘能力を上回るようです。交戦個体は死亡しました】

 

【この忙しい時期に厄介な相手が現れたものです。いえ、それとも】

 

 この時期だからこそ現れたのか。

 母の思考回路を過る、一つの考え。しかしそれを言葉にし、隣にいる仲間へと伝える事はしない。彼女達は合理的思考の持ち主。証拠のない事柄である以上、どんなに『不穏』だとしても可能性の一つに過ぎない。わざわざ仲間に伝える、価値ある情報とは言えなかった。

 何より合理的だからこそ理解している。その可能性が正しかったところで未然に防ぐ方法なんてなく、自分達がすべき行動も変わらないと。考慮するだけ無駄である。

 また、根本原因の究明は問題が解決した後にすべきだ。今優先すべきは、問題そのものの解決。

 

【なんにせよ、無策で挑むのは好ましくありません。交戦報告を優先度3に設定。増援が来るまでは防衛と情報収集を優先し、無理な戦闘はしないようにしましょう】

 

【同意します。全個体に情報を共有……全個体から返信を確認。肯定率九十二・六一パーセント。意見は可決されました】

 

【反対理由は優先度設定に対するものですか。では反対意見の個体は任意の優先度で問題ありません。全個体に情報を共有……肯定率が百パーセントとなりました】

 

 淡々と交わされる、母と同種個体の会話。電磁波による無機質な『言語』は、感情の揺らめきを一切感じさせない。

 事実、母達は現在直面している事実に対して、なんら特別な感情は持ち合わせていない。種が幾つ絶滅しようと、この地の生態系が壊滅しようと、仲間が死んでいようと、それは母達にとっては些末事に過ぎないのだから。原種と聞いて力を滾らせたのも、『強敵』だと認識し、肉体を戦闘状態に移行したからに過ぎない。

 この星の生命体は機械の如く、或いはそれ以上に合理的だ。母の一族もその本質は同じ。他者の死に揺れ動くような情動など持ち合わせていないのである。

 ただ、全ての事柄に無関心という訳でもなく。

 

【問題は原因生物が何処に向かったのか、ですね。その調査は出来ていますか?】

 

【ええ。どうやら南東に向けて進んでいるようです】

 

 例えば母の場合、仲間から『目標』が何処に向かったのかを知った途端、その方角に向けて動き出したように。

 

【どうしましたか? 何か問題が起きましたか?】

 

 仲間は動かず、強めの電磁波を飛ばして尋ねてくる。

 母はその問いに対して即座に、あくまでも『口調』は淡々としたもので答えた。

 

【その方角は私の活動拠点です。私の娘もそこにいます。故に放置は出来ません】

 

【ああ、あの生物ですか。相変わらず随分入れ込んでいますね】

 

【当然でしょう】

 

 迷いない言葉で返事をするや、母は臆面もなく告げる。

 

【私の遺伝子を引き継ぐ、数少ない娘の一体です。死んだところでどうとも思いませんが、見過ごす事が出来るとお思いですか?】

 

 親と言うにはあまりに冷血で、行動の説明としては些か無感情過ぎる物言いで。

 しかしその理由を聞けば、同種個体は納得した。ならば仕方ないと反論を一切挟まない。何故なら彼女達は理解しているのだ。

 種族としての役割を持とうとも、それはそれとして、自らの遺伝子の繁栄を優先してしまう。むしろ自分の役割を果たしていると誤魔化しつつ、如何に自らの遺伝子を繁栄させるかしか考えていない。

 それが自分達の身体に備わった本能であり、『原種』の頃から変わらぬ性であり、そして此度の面倒な問題が生じた根本的原因なのだと――――

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