凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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第五章 シェフィルの秘密
シェフィルの秘密01


 大地が崩落する。原種返りとの戦いの余波に、大地が耐えられなかったがために。

 半径数百メートルに及ぶ範囲が、轟音を立てながら落ちていく。落ちた高さは数メートルや数十メートルでは留まらず、『現時点』で数百メートル以上。未だ自由落下は終わらず、この調子では数キロ、或いは数百キロという高さを落ちていきそうだ――――

 シェフィルはそんな事を考えながら、落ちる大岩の一つの上にいた。空を飛べない身であるシェフィルは、このままだと岩と共に大地の底へと叩き付けられる状況である。

 勿論すぐ傍にいるアイシャも、同じ運命を辿るだろう。

 

「いやー、これは困りましたねー」

 

「ここここ困りましたじゃないわよぉ!?」

 

 しかしシェフィルはこの状況下でも冷静であり、抱きかかえている(人類文明では『お姫様抱っこ』と呼ばれる抱え方だ)アイシャの悲鳴を聞いても眉一つ動かさなかった。

 一般的な人間の反応としては、アイシャが正しいのだろう。

 シェフィルには人間社会の記憶などないので知らないが、長くアイシャと暮らしていればそのぐらいは予測が付く。死を前にしたら、ぴーぴー騒ぐのが『人間らしい』態度なのだ。されど、より生存率が高いのはどちらかと言えば、シェフィルは迷いなく自分の方だと答えられる。何故ならアイシャのやり方で、自分達が直面しているこの問題が解決するとは思えないのだから。

 

「落ち着きましょうアイシャ。泣き叫んでも何も変わりませんよ」

 

「そうだけど! そうだけどおおおおお!?」

 

「まずは安全に着地する事を考えましょう。このままじゃ衝撃でくちゃっとなっちゃいますよ」

 

 アイシャを宥めながら脅しつつ、シェフィルは周囲を見渡す。

 自分達が乗る大岩と同じく、地下へと落ちていく岩の数々。周囲にはそれらの岩が見た目上はふわふわと漂っている。

 無論岩は浮いてなんておらず、単にシェフィル達と同じ速さで落ちているだけ。そして大気が存在しない惑星シェフィルには、空気抵抗などの減速要因もない。時間が経てば経つほど、これらの岩とシェフィルは際限なく加速していく。

 何もしなければ、流石のシェフィルの肉体も落下の衝撃に耐えられないだろう。しかし地上は今や遠く、駆け上っていく事も出来ない。

 一旦帰還は後回し。まずは生きて着地する事を最優先とする。

 幸いにして安全な着地方法については、一つ考えがある。ぶっつけ本番なので成功するかは分からないが、練習する暇はない以上仕方ない。

 

「さぁて、と」

 

 シェフィルは大岩から顔を出し、下を覗き込む。

 宇宙の中でも特に摩訶不思議な環境である惑星シェフィルといえども、決して底なしの世界ではない。落ち続けていればやがて辿り着く。遠目に見ても硬そうな、ぶつかれば即死間違いなしと確信出来る大地(岩盤)が。

 目が『底』を視認した瞬間、シェフィルは大地までの距離を目測で把握。同時に、この星の自由落下速度と自分達が落ちてきた時間から、大まかな速度を算出した。空気抵抗がなければ、物体の速度は加速度と時間の単純な掛け算で、寸分の誤差なく導き出せる。その現在速度にこの後の加速分を含め、距離を割れば到着までの時間を算出可能だ。当然計算で消費した秒数は引いておく。

 結果、シェフィル達が大地と激突するまでの残り時間は約十六・五五八秒と判明した。

 算出したら正確に時間をカウント。並行してシェフィルはすぐに頭上を見上げ、辺りにある大岩の位置と動きを把握する。これらの大岩は崩落時のランダムな衝撃により、一見して不規則に動いているが……空気抵抗がないため、実際には極めて直線的な挙動だ。岩同士がぶつかって跳ね返る動きも、岩の硬さや衝突時の角度が分かれば予測可能。

 この星の生物であれば、演算で全て『予測』出来る。シェフィルの演算能力では少々不確実であるが、これなら許容範囲だ。

 

「(今っ!)」

 

 全ての計算を終え、大岩が地面に激突するきっちり十秒前に――――シェフィルはアイシャを抱えて跳んだ。

 運動エネルギーは速度の二乗に比例して増大する。そして物理の世界における速度とは相対速度……対象から見た速度から算出されるもの。

 よって地面と激突した衝撃は、「地面から見た速さ」で算出される。例えば時速百キロで落ちる大岩から時速五十キロで上方向に跳んだ場合、地面から見えるシェフィルの速さは100−50=時速五十キロ。見た目上は時速五十キロで落ちているのと同じであり、墜落時の衝撃も同じく時速五十キロ相当となる。つまり落ちている物体から跳べば、減速した状態で着地出来る。

 とはいえシェフィル達が乗る大岩の速度は、ちょっと跳んだだけで減速しきるものではない。惑星シェフィルの重力加速度は秒速十二・五メートル。落ちている間ずっとこの加速度を受け続けた大岩は、今や秒速一千二百メートル……時速四千三百キロ以上となっていた。走っても時速二百キロぐらいしか出せないシェフィルの脚力では、到底減速しきれない。

 なら、繰り返せば良い。

 

「ふっ!」

 

 跳んだ先にあるのは別の大岩。シェフィルはこの岩が迫るや、蹴り飛ばすようにしてまた『跳ぶ』。跳べばシェフィル達は更に加速し、地面から見れば減速する。

 跳んだ先にはまた大岩があり、蹴ってまた減速。そして次の大岩へ……これを何度も繰り返す。蹴れば蹴るほどシェフィルは加速し、地面との相対速度が減っていく。

 とはいえ、あくまでも減速だ。シェフィルは何度も跳んでいるが、地面から見れば()()()()()()()。地面との距離は刻々と迫り、あと一秒と経たずに大地と接触するだろう。

 何より、蹴り飛ばすための岩がもうない。そして必死に減速した結果は、安全とは言い難いスピードだった。

 

「ぬぅっ!」

 

 しかし全て計算通り。シェフィルは体勢を調整しつつ両足を地面に向ける。

 そして着地。

 着地の瞬間、足をゆっくりと曲げる事で衝撃を相殺する。背筋も同じくゆっくり曲げて、全身に伝わる衝撃を逃がす。

 それでも耐えきれず、足はぐしゃりと潰れた。骨と筋肉と神経が損傷。太ももに出来た裂傷から血が吹き出す。普通の人間ならば気絶する痛さが駆け巡るが、数学的に情報を処理する事で受け流した。ほんの少し顔を歪めるも、意識と冷静さをシェフィルは手放さない。

 数秒じっとして、もう落ちる感覚がなくなったところでシェフィルは一息吐く。なんとか無事に降り立てたと安堵。傷付いた足も少しずつ再生させる。ちょっとばかり重傷だが、止血だけならもう終わった。足の機能も数分から数十分程度で元に戻るだろう。

 

「う、ぐぶぇぇ……」

 

 ちなみにアイシャは、口からだばだばと胃の中身を吐き戻していた。急減速の繰り返しによって、三半規管が乱されたのか。

 シェフィルが背中を擦ってあげれば、すぐに落ち着きを取り戻してくれた。血の臭いもしないので、外傷に関してはなさそうである。体内までは流石に分からないので、これについては聞かねばなるまい。

 

「大丈夫ですか? 何処か痛みませんか?」

 

「う、ううん……大丈夫……気持ち悪いだけ……シェフィルは、怪我は……?」

 

「私も大丈夫です、っ」

 

 そう答えた直後、シェフィルは顔を顰める。アイシャを降ろすための動きで足に力が入ったが、未だ再生が終わっていないため上手く動かせなかった。

 するとアイシャは目を見開き、素早い動きでシェフィルの顔と向き合う。突然の動き、何より見つめ合ったアイシャの瞳に射抜かれたような感覚に陥ったシェフィルは、キョトンとしながら動けなくなってしまう。

 

「痛むの!? 何処か怪我、って、足が酷い事になってるじゃない!?」

 

「ふぇ!? え、あ、いや、このぐらい大したものじゃないですし。もう血も止まってますし、ちょっと休めば元通りですから」

 

 アイシャに問われ、わたわたしながらシェフィルは正直に答えてしまう。アイシャはシェフィルの答えに安堵したのか、ホッと息を吐く。

 その顔を見ていると、シェフィルは胸の奥底がじゅくじゅくと疼くように感じた。

 実際、怪我の程度は大したものではない。母の遺伝子を受け継ぐシェフィルの身体は再生力に優れており、肉が潰れた程度なら簡単に治る。負担もそこまで大きくない。何より怪我はしている。情報不足では正しい状況判断が出来ないのだから、正直に答えるのが『合理的』だ。慌てふためく必要はない。

 なのにこんな変な答え方をしてしまったのは、アイシャと目が合ってしまったから。

 いや、これも正確な原因ではない。目が合った途端、妙に心臓の鼓動が早まり、頭の中で余計な……それでいて全く無意味な(変な顔になっていないかとか)演算思考が過っていた。端的に言うと、考えが纏まらなかった。

 どうにも調子がおかしい。

 いや、調子がおかしいのは少し前から……アイシャと出会った頃からだ。アイシャと話したり、目を合わせたりするだけで、今まで感じた事のないものがわっと押し寄せてくる。最近のものが特に強烈なだけで、予兆自体は前からあったと言うべきだ。

 これらの変調は、繁殖のための準備なのだろうか。

 珍しい話ではない。成長する必要がある幼体と、繁殖のために活動する成体では、最適な行動が異なる。例えばある種の幼体は非常に臆病で隠れてばかりだが、成体になると極めて好戦的となり、産卵場所の確保をするため他種を積極的に攻撃するようになる。気性なんてものは結局のところ「そう判断すると子孫を増やす上で都合が良い」というだけで、状況が変われば切り替える方が合理的なのだ。

 今まで働いていなかった人間の機能が、アイシャ(繁殖相手)の存在により動き出したのだろう――――そう考えて納得しようとするシェフィルであるが、どうにも最近は不調が酷過ぎるとも思う。だとすると、やはり繁殖とは別の事柄ではないか?

 重篤な疾病だとすれば、生命の危機である。それに体調は戦闘などの『日常生活』にも関わるので、仲間には共有すべき事柄だ。特に、一緒に暮らしているアイシャには。アイシャは人間社会で生きてきた身なので、人間が患う不調にも詳しい筈。

 そうは思うのだが。

 

「(んんー……なんでか言う気が起きません)」

 

 いや、言いたくない、というのが正直な感情だろうか。だが何故言いたくないのか。アイシャは味方であり、繁殖相手の候補。伝える事で生じる不利益(裏切りなど)が、協力関係の強化や子孫繁栄という利益を上回るとは考え難い。

 合理的に、そう考えているのに。けれども口は動いてくれない。

 

「……ところでシェフィル……此処は、その……何?」

 

 言いたくない気持ちは、アイシャの質問という都合の良い逃げ道を利用する。喉まで来ていた言葉を飲み込み、シェフィルは辺りを見回す。

 それからちらりと、アイシャの顔も見た。

 アイシャは今、とても不安そうな顔をしている。そんな顔をさせたくないとは思うが、しかし今回ばかりはそうもいかない。この星で長く暮らしてきたシェフィルであるが、この星の全てを知っている訳ではないのだ。ましてや地下深くの事など、母に聞いた事もない。

 だからアイシャが知りたがっている疑問には答えられない。

 自分達の周りに広がる理路整然とした、()()()()()()()()()()空間がなんであるのかなんて――――

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