凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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恋する乙女達02

【? 確かに遺伝子の関係で言えば私はあなたの母のようなものですが、何故唐突にそのような呼び方をするのです? また焦らすとは?】

 

「……人間っていうのは、気持ちとかが昂るとこういう非合理的な事をするのよ。そこはかるーく流してほしいわ」

 

 お義母様発言に対し母から真面目な問いを返され、アイシャは改めて込み上がってきた羞恥心で顔を赤くした。勢いに任せて変な事言うもんじゃないわね、と自身の軽率さをほんのちょっと反省。

 しかし新たな黒歴史ばかりを気にしていても仕方ない。気持ちを切り替えつつ、アイシャは思考を巡らせる。

 

「(さて、まずは現状把握からね)」

 

 最初に考えるのは、シェフィルが今どんな状態なのか。状態が把握出来ていなければ正しい対処法を取れなくなってしまう。

 幸いにして、疑問の答えは明白だ。

 シェフィルの反応を見れば分かる。彼女は、間違いなく自分(アイシャ)に恋をしている。()()()()()()()()反応をしているのだから間違いない。強いて言うなら反応が些か過敏であり、高々恋愛感情一つでパニックになり過ぎとも思えるが、シェフィルの生い立ちを考えれば納得がいく。

 シェフィルの歳は(シェフィル達の計算が正しければ)凡そ十五歳。人類文明に属していれば今頃中学生か高校生であり、一度や二度の恋をしていても珍しくない年頃だ。よい友達に囲まれていれば恋バナに花を咲かせてわいわい盛り上がる事だって出来るだろうし、小学校で「〇〇って××が好きなんだぜ~!」等と男子に意地悪される事もあるだろう。そういった友好関係から、正しいかどうか、好ましいかどうかは兎も角として、恋とは何かを学べる筈だ。

 仮に自身や友人が恋に無縁でも、創作物において恋愛要素は欠かせない。ラブコメやラブロマンスなど主題として扱われるだけでなく、アクションやサスペンスでも恋はエッセンスのように使われている。星間文明を築き、価値観や倫理観が古代から大きく変遷した今の人類であっても、恋愛は未だ最高のエンターテイメント。少しでもフィクションに触れていれば、自然と恋とは何かを……これもまた正解ではないとしても……学んでいける。人はそうして恋や愛に慣れていく。

 ところがシェフィルは人類文明とろくに接する事もなく、この歳まで恋や愛を知る機会に見舞われなかった。周りには母の一族のような知的生命体もいたが、彼女達の思考は基本的に野生生物のそれ。全てを合理的・数学的に思考する母達に、愛やら恋やらがある訳もない。ないものは当然教えられない。

 母に育てられたシェフィルが恋や愛を知らないのは当然だ。何も知らない感情に戸惑い、混乱してしまうのもまた必然だろう。

 つまり、今の気持ちが恋や愛だと教えれば良い。そうすればシェフィルは混乱から解き放たれ、恋する乙女となって問題は解決だ。恋を知らない少女が愛を理解する……漫画や映画では使い古されたテーマだが、だからこそ良いシチュエーションだろう。何千年も人間が好み、求めてきた物語の流れとも言える。

 無論アイシャも大好きな話だ。自分もそんな恋をしてみたいと、幼い頃は思ったものである。まさか大人になってから経験するとは思ってもみなかったが。

 

「(まぁ、本能剥き出しのシェフィルの事だし、理解した途端襲われるかもだけど)」

 

 この星の生物へと生まれ変わった時、シェフィルに話した。シェフィルを愛したら繁殖しても良いと。恋を教えたら、シェフィルとアイシャは相思相愛になる。

 相思相愛なら、繁殖した方が合理的だろう。母が言うように、さっさと子孫を残した方が良い。

 果たしてシェフィルの恋愛脳が勝つか、繁殖の本能が勝るか。しかし恋心を明かした時点で覚悟を済ましたアイシャにとっては、どう転んでも大した問題ではない。むしろ既成事実を作るのは古来より使われる女の武器である――――この星にそんなものはないにしても、だ。恋する女となったアイシャは、色々と無敵だった。

 さて、やるべき事は決まった。

 されどシェフィルにそれをどうやって伝えるか、という点でアイシャは悩んでしまう。ただし伝え方の問題ではない。こういうのは単純に、その気持ちは恋や愛なのだと教えれば良いとアイシャは思っている。変にオブラートに包んだり、詩的な表現を使おうとしたりするから、相手に真意が伝わらず拗れるのだ。古典文学(昔の少女漫画)でもそれは一つのお約束として語られている。そもそもシェフィルは恋愛について何も知らないのだから、遠回りな言い方をしたところで伝わる訳がない。

 どう話すべきかはちゃんと考えている。では何が問題なのかと言えば、教わる側であるシェフィルの方にある。

 

【アイシャ。シェフィルがこちらを見ていますよ】

 

 考えている最中、母がふと教えてくれた。

 反射的に先程、ミミミを渡してくれた後にシェフィルが隠れた場所へと振り向けば……確かにシェフィルがこちらを見ていた。トゲトゲボーに埋もれさせ、傷だらけになった顔とアイシャは向き合う

 瞬間、シェフィルは再びトゲトゲボーの茂みの中に素早く身を隠してしまう。その後「ぴぎゃー!? 目がぁ!?」と叫んでいたので、うっかり目に棘でも刺さったのだろう。

 普通ならば心配すべきだろうが、栄養さえ十分なら腕も内臓も生えてくるのがシェフィル(この星の人間)だ。目の一個や二個ぐらい簡単に治る。この星の生活に慣れてきたアイシャは、何をやっているんだか、と呆れるだけ。

 呆れつつ、厄介だと思う。

 

「身を隠す時の動き、速かったわね……」

 

【ええ。まるで猛獣でも目の当たりにしたかのようですね】

 

 アイシャの独り言に母が同意する。単にアイシャの動体視力が鈍いのではなく、本当にシェフィルは俊敏な動きで逃げている。

 シェフィルはアイシャを見るや、すぐに逃げてしまう。初めて覚える恋心に困惑した結果だろう。こんな状態では話なんて出来ないので、まずはシェフィルを捕まえるべきだが……これが極めて難しい。

 理由は簡単。アイシャよりもシェフィルの方がずっと身体能力に優れているから。

 アイシャの身体能力も低くはない。むしろ人間として見れば、常軌を逸したスペックを誇るといっても過言ではない。何しろ時速百キロ近い速さで走り、人間一人分より重い大岩も持ち上げられるパワーだ。おまけに腕が生えるほどの再生能力まで備える始末。恐らく脳天に銃弾を撃ち込まれても簡単には死なない。生身での戦闘能力なら、人類最高峰を名乗っても良いだろう。

 しかしこれでもシェフィルには遠く及ばない。力や速さだけでなく、思考の速度も段違い。下手に捕まえようとしても躱され、軽く掴んだぐらいでは一瞬で振り解かれる可能性が高い。

 

「(だから話を聞いてもらうには、抱き着くぐらいな感じで捕まえないとなんだけど)」

 

 果たして自分にそれが出来るのか。頭の中でシミュレーションしてみた結果は、引き攣るアイシャの表情が物語る。未だウゾウゾぐらいしか捕まえられない自分に、原種返りとの戦いから生還したシェフィルをどうにか出来ると思えるほど、アイシャは驕っていない。

 ならば、誰かに頼るべきだろうか。

 例えば今傍にいる、シェフィルの母。彼女がどれほどの強さを持つかは、原種返りとの戦いでハッキリと見た。母の実力であれば、シェフィルを捕まえるぐらいお茶の子さいさいだろう。繁殖するために必要な事だと言えば、自分の遺伝子を増やしたい母はきっと手伝ってくれるという確信もある。

 だが――――

 

【どうかしましたか?】

 

「……一つ聞きたいけど、あなたは人間の恋愛についてどう考えてるの?」

 

【レンアイですか。以前あなたが話していた内容と、解体した二隻の宇宙船のデータを解析した事である程度の推測は出来ています。異様な発熱、軽度の精神錯乱を伴うようですね。時には同種個体を殺傷する動機にもなるとか。これらの事からライバルや外敵を排除すべく肉体機能を向上させるための、興奮作用の一つと考えています】

 

「……あー、うん。成程。そういう解釈もあるわね」

 

 母の回答に頷きながら、アイシャは思う。あまり手伝ってほしくないな、と。

 シェフィルの捕獲に関してなら、母に頼めばあっさり解決するに違いない。だが、これは自分とシェフィルの話だ。助けを得る事が悪いとは言わないが、自分達が努力しないでどうするのか。

 加えて母の恋愛に対する理解度の低さからして、変に手伝ってもらうと余計事態が拗れそうだ。恋愛系フィクションでもお約束の展開と言えるだろう。創作を真に受けるのは良くないが、参考にすべき点も多いものである。

 等とあれこれ理屈を付けたが、アイシャは自分の本心をよく理解している。

 つまるところ、シェフィルと自分の恋路を邪魔しないでほしいのだ。恋心を認め、打ち明けた今だからこそハッキリ言える。この恋は自分のものであり、そこに自分達以外のものは入ってほしくない。いくら自分に好意的な味方であったとしても、だ。

 ……子供染みた独占欲だという自覚はあるが、この想いを止めるなんて出来やしない。命を助けてもらったり、料理の腕を褒めてくれたりしてくれたとはいえ、随分熱中しているなとアイシャ自身思わなくもなかった。

 

「ちょろいなぁ」

 

【何がちょろいのです?】

 

「こっちの話だから気にしないで。あと、シェフィルが今どうなっているかは見当が付いたから、私が一人でなんとかするわ。手伝いはいらない」

 

【分かりました。我々は人間の生態に詳しくありませんから、シェフィルの状態を理解しているのならあなたに任せる方が効率的でしょう。それに】

 

「それに?」

 

【我々も暇ではありません。シェフィルの方で大掛かりな作業があり、労働力として多くの端末が動員されています。我々の一族も戦闘能力の低い個体が多く集められており、残った個体の作業量が増加している状態です。私に割り当てられた作業も多く、少し忙しい状態となっています。あなたがやってくれるのなら、それに越した事はありません】

 

 一方的に事情を話すと、母は【後は頼みます】とだけ言って姿を消した。今し方交わした会話の意味に意識を割いていたアイシャには、待ってと一言口を挟む事も出来なかった。

 母は量子ゲートワープを使ったのだろう。先の話で出てきたシェフィルとは、人間の方ではなく惑星中心部にいた巨大生命体・起源種シェフィルの方か。

 地下深くで聞いた話が正しければ、母達は起源種シェフィルにとっての端末……白血球や赤血球のようなもの。作業指示があれば、基本的には大人しく従う立場だ。そしてアイシャからの質問を待たずに立ち去った事からして、本当に忙しいのだろう。

 むしろ話を切り上げてすぐ立ち去ったのだから、怒られないギリギリのところまで見ていようとしていたのではないか。それぐらいには気遣われていると考えて良いかも知れない。

 

「(……ところで、作業って何かしら?)」

 

 母がいなくなって気が弛んだからか、話に出てきた単語が気に掛かる。

 起源種シェフィルは星の中核に潜む、この惑星そのものと言える存在だ。起源種シェフィルに何かあれば、或いは何かすれば、惑星環境に大きな影響があるだろう。それこそ以前アイシャ達が死にかけた、『冬』の到来のような出来事が起きるかも知れない。その作業とやらが自分達には関係ないと考えるのはあまりにも楽観的である。

 しかし母は詳しい説明もしなかった。母がなんやかんやシェフィルを丁寧に世話しているのは、これまでの生活からも明らか。そしてこちらから問い詰めない限り話さなかった事は、少なくともアイシャ達の生存に関わるものではなかった。例えば起源種シェフィルの存在はとんでもない『秘密』だったが、知ったところで日々の生活に変化が起きた訳ではない。精々この星の寒さや『冬』の理屈が説明出来るようになっただけである。対して冬の時期が何時まで続くかのデータ、乗ってきた宇宙船が解体真っ只中にある事、何故中性子ビームが効かないのかなど、生活に関わる事は(一部手遅れだったが)すぐに教えてくれた。

 母は教えておくべき事柄であれば、ちゃんと教えてくれる。起源種シェフィルの下で行われる作業と影響について説明がないのは、大した影響はないか、あったとしても急いで説明しなくても良いぐらいには未来の話なのだろう。意識しておくに越した事はないが、今は頭の隅に寄せておけば良い。

 

「うん。今は、シェフィルに集中」

 

 ぱちんっ、と両手で軽く頬を叩いて気持ちを一新。アイシャはすっと立ち上がった。次いで視線を向けるは、シェフィルが隠れているトゲトゲボーの茂み。

 恋した相手に、自分への恋心を自覚させる。それも身体能力ではなく、頭を使った作戦を用いて。

 女のプライド、そして人間の誇りである知性を懸けた大勝負。この星に来て以来、二番目ぐらいに胸を昂らせながら、アイシャはシェフィル捕獲&説明大作戦を始めた。

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